第9話・事情聴取「さっそく聞かせてもらおうかしら」

 貴史と宮野は、揃って事情聴取をする為に、並んでここにやってきた。

 『市立第一学校』

 隣町と村の堺。正確にはギリギリ隣町にあるこの学校。

 その高校生が集まる高等部の正門の前で、彼らは意外な人物と出会った。


 「……どうだ? 事件の方は」


 貴史たちが来るなり、白髪とメガネが特徴的な男性が声をかけてくる。

 磐舟村出身の、府議会議員の松塚萩だった。


「私の支援している七夕祭だ。まさか中止にするなどとはいわないだろうな」


 旅館で見せた爽やかな作り笑顔はなりを潜め、少々威圧的にも感じられる口調で彼はまくし立ててきた。


 「えぇ、そのためにこうして捜査をしているのよ。議員こそ、こんなところで何をしているのかしら?」


 高圧的な態度にも全く屈せず、宮野は尋ね返す。

 彼は犯人候補の一人。彼女が強く当たるのも、どこか納得できた。

 彼女は、一つでも多くの情報を松塚から得ようとしている。


 「私か? 村の今後のための打ち合わせをしに来ただけだ」

 「打ち合わせの内容を、教えてもらえるかしら?」

 あくまで素っ気ない彼に対して、宮野は遠慮なく探りを入れている。


 「……今は答えられん内容だ」

 しかし彼は答えることなく口を固く閉ざした。


 これには宮野も肩をすくめる。貴史も釣られて苦笑いするしかなかった。

 だが、幸いにして気まずい沈黙が流れる前に、校舎の方から一人の男性が姿を現す。


 「げっ、武藤先生……」


 頑固な鬼の生徒指導部長として有名な先生の登場に、貴史は思わず声が漏れた。

 貴史のうめき声に反応し、振り向いた松塚の様子を見ると、どうやら彼が呼び出していたようだ。というよりも、武藤が迎えに来たという表現が適切だろう。松塚を招き入れるために門を開く武藤に、宮野刑事はすかさず近づいてこういった。


 「私たちも、一緒に話を聞いてもいいかしら?」


 その表情は微笑みであり、同時に松塚が困惑するのを楽しむような意地悪な笑みが浮かんでいた。門を開いた武藤は、声を掛けられてようやく宮野と貴史の存在に気づく。

 訝しむような視線を宮野に向けながら、武藤は心当たりを探った。


 「ん? あんたが連絡にあった刑事ってことかいな?」

 「はい、事件に関してお伺いしたいことがあって参りました」


 神社を出るときに、学校に連絡を入れておいて正解だったようで、宮野は簡潔に要点を伝えた。


 「あいよ。ほんなら松塚さんと一緒に案内するからついてきてください」


 訛りの入った言葉で、武藤は彼らを応接用の部屋に案内する。

 貴史は彼らのあとを付いて行きながら、久々の母校を懐かしんでいた。貴史がここを卒業したのは二年前。その頃の幾野は、社会科の非常勤講師としてここで教鞭を取っていた。取っていたと過去形なのは、春香の担任教師になっていたことからも分かる通り、学校の常任教師になったからだ。

 殺されてしまった今では、それすらも過去形で語られることになる。

 そんな物思いに貴史が耽っていると、武藤が呆れた口調で話しかけてきた。


 「ところで……どーして、お前が刑事と一緒におるんや? まさかまた悪さしとるんとちゃうやろな?」


 彼は自分で話していて気づいたのか、徐々に顔を青くさせると叱るように問いかける。貴史が入学するもっと前から、生徒指導の鬼と村で有名な武藤とは、それはそれは縁があった。やんちゃをして呼び出された回数は両手には収まらない。

 だが今武藤が感じている不安は、勘違いである。

 貴史は慌てて否定した。


 「違う違う。悪さなんてしてねぇよ……っていうか、どっちかというと巻き込まれた被害者側だ」

 「……被害者ぁ?」


 武藤は貴史の説明に疑問符を浮かべて首をかしげる。

 すると隣でその様子を見ていた松塚議員も、貴史に問いただしてきた。


 「私も彼がここまで付いて来たのには、些か驚いている。宮野刑事……このことは、ちゃんと説明してもらえるのだろうか? そうでないと事情聴取は対応できんぞ」


 眼鏡の下の眼光をキツくして、松塚は宮野の答えを待つ。

 当然の疑問だろう。

 彼らにとってみれば、打ち合わせの為の時間の一部を、突然やってきた刑事に割くだけに留まらず、そこに若い学生が混ざっているのだ。

 貴史が関係者であることを、武藤はともかく松塚は知っている。

 だが関係者である事と、事情聴取に同席することはイコールで結びつかない。

 これからする予定であった打ち合わせの内容でさえ、貴史の前で話すのを誤魔化したくらいだ。松塚は、特に貴史の前で、ずけずけと詮索されるのが嫌なのだろう。

 そんな視線と語気に込められた松塚の警戒心に対して、宮野はあくまで調子を崩さずにはにかんで答えた。


 「七夕祭の関係者が狙われていることは、状況を見れば見当はつくからね。あら? 貴方は一人で行動しているのかしら?」

 答えていて、ふと疑問に思ったのか、宮野は松塚に質問で返す。


 「秘書が車にいる。彼女とともに行動しているんだ。問題なかろう?」

 松塚議員は、校舎の外へと顎をしゃくって「あっちだ」と指す。


 植え込みとフェンスが邪魔して見えなかったが、そちらに秘書がいるのだろう。


 「それなら良かったわ」


 宮野は安堵の溜息を漏らす。

 とは言ってもまさかこの状況で暴挙に出る犯人はいないだろう。

 今は誰しもが神経をとがらせているはずだ。万が一松塚が犯人であっても、暴れだした際に真っ先に狙われるのは七夕祭の関係者である貴史だ。そのあたりは心得ている。宮野や武藤を手にかけるのは、これまでの犯人の行動に一致しない。

 そう貴史が推測を立てるのと同時に、宮野刑事は最初の疑問に答える。


 「彼を連れてきた本当の理由は、端的に言えば事件の解決に協力してもらうためね」

 「協力て……貴史が警察に協力出来るほど偉くなったんか!?」


 宮野は、貴史とって分かり切った発言をしたが、武藤達にとってはそうでない。

 刑事に何故か信頼されている貴史に、驚きを隠せないようだった。


 「まぁ、ともかくそういう事ね。だから彼込で話は聞かせてもらうわよ」


 宮野はソファに腰を下ろし、前のめりになって宣言した。


 

   ***

 ここでの貴史の役割は、宮野や松塚らの発言を一言一句記憶することではない。

 発想の転換。発言の中に混じっているかもしれない、事件との因果関係を見つけ出すこと。それ以外の情報蓄積や精査などは、本職の宮野の領分。

 話を切り出したのも、やはり彼女だった。


 「幾野恵美さんを最後に見たのはいつですか?」


 対面に座る松塚と武藤、二人への質問。

 幾野との面識はあるはずだ。

 いつだったかと、記憶を遡る松塚に対し、武藤はすぐに答えてくれた。


 「一昨日……三日の退勤の時に挨拶したんが最後や」

 行方不明になった前日。

 「ということは、行方不明になる前の日までは、通常通り出勤していたということね」

 「そうや」

 

 短く肯定する武藤に、宮野刑事の質問が続く。


 「その時の彼女に、何か変わったことはあったかしら?」

 「うーん。特に変わったところ……か。幾野先生は、相変わらず忙しそうにしてたくらいで、命狙われてるって言う感じは無かったなぁ」


 顎に手をあてがい思案する武藤。

 その表情に、期待していた大きな反応はない。

 良くも悪くも普段通りだったということだ。


 「……それじゃあ、幾野さんが殺されたのは全くの予想外だったってことね」

 「そりゃそうや、行方不明って言うだけで信じられんへんかったのに、殺されたなんて聞かされて……さっきまで職員一同、気が動転してたところや」


 武藤は勘弁してくれと言わんばかりの口調で溜息をつく。

 その様子に、宮野は短く礼をして、武藤の隣に座る松塚に顔を向ける。


 「松塚さんが、幾野さんに会ったのはいつが最後ですか?」


 改めて問われた松塚は、なにやら困った顔をして呟く。

 「どこから話したものだろうか……」


 何を考えているのか、貴史には察することが出来ない。


 「短く、簡潔に……話してくれると助かるわ」


 眼鏡越しに見える鋭い瞳を一度伏せてから、松塚はゆっくりと話しだした。


 「彼女と最後に会ったのは、一週間前だったはずだ。その日は七夕祭の主要関係者が全員参加する最後の打ち合わせだった。そこに彼女もいた。彼女にはよく世話になっていたので近況の報告で談笑もしたが、武藤くんの言ったように、彼女に不審に感じるところは無かった。少なくとも私には、彼女がトラブルを抱え込んでいるといった風には見えなかったわけだが。何か、まだ気になる事があるか?」


 宮野が武藤に後から聞いた質問も含めて、彼は一通り答え、最後に話の主導を宮野に返した。


 「そうねぇ。主要関係者が集まっていたって言うけれど、詳しく教えてくれないかしら?」

 「……刑事さんは七夕祭の関係者の中に、この事件の犯人がいると睨んでいるのか。なるほどそれなら、私も同席させた理由に納得がいく。構わない、私の知識が役に立つのなら、いくらでも話そう」


 松塚は、出されていたお茶を一口飲んで、名前を上げてゆく。

 貴史が驚くほど協力的な態度だった。


 「磐舟村の村長である天野氏に、神社の神主、実行委員長の森君がいたことは言わないでもわかるだろう。他には、殺されてしまった寺氏と幾野君も同席していた。そうだな……もう三人、欠かせない人物がいる。磐舟村で旅館を経営している旭氏と、村の商店通りの会長を担っている青山氏、隣町の市長の長尾氏だ。ここに私も含めた九人が、七夕祭の主要関係者といるだろう」


 九人。そこから殺された二人と被害者の神主を引いて六人……か。

 貴史は頭を抱えそうになる。七夕祭の関係者が怪しいということで、宮野刑事と貴史は、松塚や森や村長を犯人と推測して事件の流れを構築していた。

 だが、そこに新たに三人加わる。

 松塚議員の言った旭と、青山についてはよく知っていた。


 旭玄徳は、恋人である旭あかりの父親で『お金の動く行事には奴がいる』と言われる程に、商売に対する才覚を持つ男である。温厚な言葉と表情で、相手の懐に難なく潜り込む様は、商売敵達から恐れられている程であった。


 青山連太郎は、昨晩夕食をとった青山食堂の本来の持ち主である。しかし、寂れかけている商店街の会長でもあった彼は、食堂の経営を娘たちに任せていた。

 旭と青山は、どちらも地域のスポンサーとして企画に参加しているのだろう。


 大方の予想はつく。

 宮野には、あとで自分が説明すればいいだろう。

 しかし、最後の一人がわからなかった。


 「隣町の市長……? どうしてそんな人が磐舟村の七夕祭なんかに?」


 隣町の市長の顔なんて、平凡な生活を送っている貴史にはあまりにも縁が無い。

 貴史が疑問を発すると、宮野が溜息をついて「あの人もいるのか」と呪うようにつぶやいていた。


 「彼女については私が説明するわ」

 「……彼女?」


 宮野が頭を抱えて言った言葉に、貴史が引っかかる。

 それも含めて宮野は答えてくれた。


 「市長の事よ。長尾華代市長。七十代なのにまだ市長の座に居座り続けているような災いのような女性よ」


 そう話している間にも、彼女の表情は関わりたくないと訴えていた。


 「長尾氏をそのように呼ぶのは、あまりにも礼儀がないだろう。ましてやここはプライベートな空間ではないのだぞ」


 彼女の言葉に、松塚は表情を険しくして諌める。

 しかし、宮野刑事は悪びれずに言い返す。


 「アレを災いと呼ばずになんて言うのよ……はぁ、全くその言い方じゃあ、まるで私が悪いみたいじゃないのよ。誤解されたくないから一気に言うわ」

 彼女は言葉を途切れさせずに、二本の指を立てる。


 「長尾市長を知っている人が、彼女に下す評価は二つ『天才』と『天災』。彼女が市長の座についたのは、今からもう二八年も前。それから彼女はずっと市長を続けているわ。彼女はあの街の都市化をたった一代で成し遂げて、大都市圏に劣らない街に育て上げた天才。それは間違いない。だけど、彼女はその裏で、様々な人の世界を握りつぶしたの。都市化に付いてこられない弱者を追い出し土地を奪い、根付いていた地場産業を外来資本で押しつぶした。そんな天災の権化のような老獪なのよ……だから、彼女の改革で得をした人は『天才』と呼び、犠牲になった人は『天災』と呼んでいるの」


 そこまで聞いた貴史は、宮野が頭を抱えている理由が分かった気がした。


 「そんな人が、七夕祭の主要関係者の中に混ざっている。それは、ただ協力しているだけじゃない」


 聞いた限りでは、長尾市長はかなり過激で革新的な思考の持ち主のようである。

 そんな彼女が、伝統という保守的な祭り事に、協力するだけというのは考えられない。


 「何か裏がある――君はそう考えているのか?」


 思案する貴史を、松塚の鋭い視線が射抜いていた。

 彼は、貴史の驚く反応を見て言葉を続ける。


 「そんなことは当たり前だろう。ただ祭に金を出すなんて、市長だけでなく誰もしない。もちろん私も、ただボランティアをしているわけではない」

 「じゃあ、長尾市長が本当は何を目的に、七夕祭に参加しているのかを知っているのか?」

 「それについて私は関知していない。まして探ろうとも思わん。知りたいのなら、彼女らに挨拶をして協力を取り付けた、森氏本人に聞くべきだろう」

 ソファの背に深く背を預け、市長に関する追求はこれ以上受け付けないと口を閉ざす。


 松塚の話を聞いて、貴史は市長だけでなく、やはり全員を疑ってかからなければならないと、再認識した。誰も彼もが、純粋な協力関係ではない。

 勿論貴史も利害の一切取り払った協力関係なんて無いと考えてはいるが、その腹の内に隠している利益が、今回の殺人事件に関わっている可能性がある。

 これも、聞き出さなければならない。

 しかし、松塚が口を閉ざし、武藤が緊張した空気に溜息をついたのを見て、貴史は当初の目的を思い出した。

 そして、宮野刑事が再び問う。


 「あなたたちの知っている幾野恵美さんのこと、犯人候補との関係。それを知っている限り全部話してちょうだい」


 彼女の目は、貴史にも向いていた。

 今ここには、幾野を違う視点で知る人物が三人もいるのだ。

 それならば、何かヒントが見つかるだろうかと、貴史は口を開く。


 「俺の知っている恵美ちゃんのことなんて、もう既にみんなが知っていることだろうけど、確認のためにも話しますよ」


 貴史は一つ一つ、彼女の顔を思い出しながら続ける。


 「幾野恵美ちゃん。磐舟村の出身で、国内屈指の国立大学を卒業したあと、磐舟村の活性化のためにじいちゃん……いや、村長の助言役の一人としても、一線で活躍していたって聞いている。そして本職は、市立第一学校高等部の社会科の先生。それに加えて、大学で専門的な講義も開いている若い女性研究者……だった。村長は恵美ちゃんを頼りにしていたし、俺もよく恵美ちゃんから村長への頼みごとを聞いていた。関係は良かったと思う」


 貴史の知る限り、幾野と村長の関係は明るかった。

 しかし、その過程で何か問題が発生していても、貴史は現状何も知らない。

 それを聞いて、松塚は小さく頷く。彼にとってもやはり既知の事柄だったはずだ。幾野の略歴を知っている武藤だったが、どうやら村長の助言役だったことまでは知らなかったらしい。


 「幾野先生、随分忙しそうにしてると思っとったけど、そんな事までしとったんか」


 驚嘆する武藤を見て、松塚も話だした。


 「彼女はあの若さ明るさだけでなく、類まれなる努力の天才だった。私も発言力と経済力でこの村の発展に貢献してきたつもりだが、彼女の方が、磐舟村の適切な再開発に貢献していたといっても過言ではない。今回の七夕祭においても、彼女の助言は我々を驚かせるのに十分な内容であった。七夕祭の企画を描いたのは森氏だったが、それを適切に取り纏めたのは彼女だ。あとで森氏に企画書を見せてもらうといい……彼女の功績がひと目で分かる筈だ」


 厳しい目つきと言動からは、想像できない賞賛の嵐だった。

 彼の言葉を聞いて、宮野は飲んでいたお茶から口を離す。


 「貴方たちの話を聞いていると、幾野さんは完璧超人に聴こえてくるわね」


 彼女の声には感心の色があった。

 そして武藤も頷く。


 「完璧超人とまでは言わへんけど、才色兼備って言う言葉がピッタリ似合う人やったわ」

 「それでも凄いわよ」


 肩をすくめる宮野。

 しかし、先程まで幾野を褒めちぎっていた松塚が、少し苦い顔をした。


 「確かに彼女は優秀だった。優秀であったが、それでも一つトラブルがあったことを思い出した」

 「……何もトラブルは抱えていないって、さっき言ってなかったかしら?」

 「抱えてはいなかった。抱えてはいなかったし、彼女が気にしている様子も無かったので忘れていたが、一週間前の打ち合わせの際に、長尾市長と口論をしていたことを思い出した」


 それを聞いて、宮野刑は薄く笑って「へぇ」と呟く。

 こういう悪いことを聞いて、舌なめずりするのは、彼女の悪い癖だと貴史は思う。

 だからといって口にはしないが、彼女がいやらしく笑ったということは、いいヒントを貰ったと感じているからだろう。これまでにも、何度かこういった表情が見られたから間違い無いだろうと、貴史はあたりをつけていた。


 「口論の内容はなんだったんだ?」

 「地域開発に対する価値観の違いだ。彼女らの方針を考えれば、すぐにわかることだった。ようするに、過激な政策を打ち出す長尾氏と、穏健的な幾野氏では、七夕祭の方針一つをとっても対立する側面があったのだ」


 眉をひそめてそう語る松塚。

 打ち合わせで起きた口論が、よほど険悪であったことがうかがい知れる。


 「これは、市長に話を聞くときに、改めて聞いたほうが良さそうね」


 宮野が、メモ帳に書き込みながら頷いた。

 貴史が武藤を見てみると、彼はこれ以上知らないと首を振る。


 「幾野先生については、これ以上教えられることはあらへんわ。それになんや……もう一人犠牲者がおんねやろ?」


 彼は、確かめるように訊ねてきた。

 その通りだ。犠牲者は幾野だけではない。寺が第一の犠牲者だった。

 武藤から得られる情報は望み薄だが、今は情報収集の段階だ。聞くに越したことはない。聞くに越したことは無いが、宮野は既に最初の事情聴取で松塚から話を聞いている。

 あえて、もう一度確認する必要は無いと考えているのではないだろうか。だとしたら、宮野がわざわざ武藤に聞かせないかもしれない。そう懸念した貴史は、彼女が何か言い出す前に「一つだけ」と前置きしてから訊ねた。


 「七夕祭の主要関係者たちが集まったのは、七夕祭の企画が初めてなのか? 七夕祭を巡るいざこざが、殺人事件にまで発展しんじゃないかって考えているんだが、問題の発生源は、何も今年の七夕祭に始まったとは限らないだろう?」


 去年や一昨年にも、同様の機会があったのなら、今回の計画性の高い殺人事件にも説明がつく。


 「なるほど、前年の禍根を引きずっている可能性があると言うのか。だが、それは無い。去年や一昨年は、もっと出資者が少なくても運営出来ていたから、青山氏や旭氏は打ち合わせにまで口を出さ無かった。それに当の寺氏は他の仕事が手一杯で、七夕祭に人員を割く余裕がなかったから不参加だった」


 寺がいなかったという事は、貴史の推理は外れだったという事になる。

 空振りした溜息を吐いた貴史だったが、松塚は言葉を続けていた。


 「しかし……去年は長尾氏が、天野村長と森氏を相手取って、何か口論をしていた」

 「へぇ……一応、それについても聞いておいたほうが良さそうね。でかした貴史くん! それでこそ連れてきた甲斐があるってものよ」


 いいことを聞いたと、宮野は笑って貴史の背中を叩く。

 この人は、人の諍いを楽しむ悪癖でもあるのでは無いだろうか。


 「いや……間違いなくあるな」


 貴史は苦笑いしながら、宮野に聞こえない程度にぼやいた。

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