第19話・僕の革命「あんたの革命は失敗だよ」
時間は少し遡る。
「終わっていなかった! 何にも最後じゃないじゃない!」
宮野は現場で叫んでいた。
黒煙を上げる境内を見上げ、宮野は携帯のアドレス帳から十条の番号を探している。伝えなければならなかった。猶予は僅かしかない。手遅れになる。
***
森隆太が犯人だと判明し、貴史が現場を離れた直後。
十条から『森が磐舟山にいる松塚を襲うかも知れないから追う』といった旨の連絡が、宮野の元に飛び込んできた。
だが、そんなことで安心して丸投げするような宮野ではない。
「このタイミングで、彼は何を目論んでいる? 爆弾の量。人一人には多すぎる……」
手に持ったボールペンを下唇に押し当てながら、宮野は森の行動を推理した。
そして彼女は歴戦の刑事である。貴史たちが紆余曲折経て気づいた真実に、僅かな手がかりから推理していた。そう、神社が狙われることは既に分かっていた。
そして、それが間に合った。
「慌てずに! 境内から離れてください!!」
すぐさま駆けつけた現場。境内に設営されている出店の台裏に、爆弾が仕掛けられていることを発見した宮野たち警察は、避難誘導も行った。
神社の神主や村長、星田巡査が居合わせたことも幸いし、ひとり残らず境内から避難させることには成功したのだ。不幸中の幸い。未曾有の犠牲は未然に防ぐことが出来た。
そして爆発と衝撃。静かな磐舟村には似合わない、特撮ばりの爆発だった。
境内からずっと走って離れたのにもかかわらず、内蔵に響く衝撃波に襲われる。火が吹き出し噴煙が空を覆う。
圧倒的な破壊の前に、宮野は鳥肌が立った。彼女が気づいていなければ、村の主要な人物が皆まとめて殺されていたかもしれない。
森の怨恨はそれほどまでに深いのか。
そうして内心に少なからず恐怖があったからだろう。
「森隆太を捕縛しました!」
警官から告げられた報告に、心底安堵してしまった。どうやら、最初から群衆の中に紛れ込んでいたらしい。これだけの爆弾を自分で仕掛けておきながら、平気な顔をしてその爆破エリアの中にいる度胸は見上げたものである。
村民を避難させ、群衆が引くと、森はあっさりと見つかったという。
宮野は安堵して――引き出された森の表情が諦観に満ちていることを見て――ホッと溜息をついた。彼は何かを喚くこともなく、ただ黙って立ちすくんでいる。
だがしかし……それすらも、森の計画だと誰が気づけよう。
全て織り込み済みだった。
諦観した表情も、神社境内の爆破すら、計画を完遂させるための罠だった。
それを宮野に気づかせたのは、解決ムードの漂う現場には似合わない動転ぶりを見せていた一人の警察官からの伝言である。
小太りの彼は、しどろもどろにこう言った。
「あ、あのっ! 壊れた木箱を調査していた班がいまして。というのも、現場に残されていたのはなんとも不可解だったでしょう? 理由もなく放置するのかと、疑問を持った者がおりまして……」
水を差された気分だったが、彼女の横目はしっかりとあるものを捉えていた。それまで黙っていた森の眉が、ほんのわずかにひそめられた気がしたのだ。
宮野はそれで気が変わると「端的に教えてちょうだい」と言う。
「先ほど木箱の木材と同じ木片が、花火倉庫で発見されたんです。で、そいつが言っているんですよ『木箱に入っていたのは爆弾なんじゃないか?』って」
「えっ!?」
爆弾と聞き、弛緩していた宮野の脳が、一気に動き出す。
「まさか……境内の爆発で全部使ったんじゃ無かったの!?」
天を貫くほどの爆発だった。アレは盗まれた爆弾を全部使ったものだと思っていた。だがそうではないとしたら? まだ残されていて、何か企んでいるのだとしたら?
宮野は森に詰め寄ると、俯く彼の口元には嘲笑が浮かんでいた。余裕の表情に見切りをつけて、彼女は考え込む。
「山頂に放置された木箱……その中身は空だったはず。そこに爆弾を置いてきた?」
いったい何のために?
山頂というフレーズで、十条から来ていたメールの文面がふと思い出される。
『森が磐舟山にいる松塚を襲うかも知れないから追う』
「今頃は、爆発に釘付けになっているでしょうね」
ポツリと、隣の森が呟いた。
それで全てが宮野の中で繋がる。
「山頂に爆弾を仕掛けたの!? 松塚議員がいることまで見越して……」
愕然とする宮野を無視して、森は山頂の方に視線を向けた。もはや、境内の爆発など最初から眼中になかったようであった。釣られて宮野も山頂を見る。
「人影……っ!!」
山頂で、棒立ちの人たちがいた。
一人は松塚議員に間違いない。かろうじて十条の姿も見えた。あそこに、爆弾が仕掛けられている。彼女は、それが真実だと確信した。
「終わっていなかった! 何にも最後じゃないじゃない!」
最後にとんでもない事を一度ならず二度までも。
「もう手遅れですよ。見ていてください」
痛いほど拳を脱ぎりしめる宮野とは対象的に、不気味なほど落ち着いた声で、森はほくそ笑む。彼は待っている。このまま傍観していてはいけない。
「早く知らせないと!」
携帯を取り出して、十条が何か言っているのも全て無視して叫んでいた。
「今すぐ山頂から離れなさい!!」
電話口で、息を呑む音が聞こえる。宮野は祈るしかなかった。
それを聞いた森はうすら笑いを引っ込めて、宣言するように呟く。
「これが……僕の革命ですよ」
彼はポケットの中に忍ばせていたスイッチを押し込んだ。
そして――
***
――五感が全て、吹き飛んだ。
腕の中にしっかりと、抱きしめて庇う彼女の柔らかさだけが、意識の端に微かに残る。そんな走馬灯のように緩やかで冷静な思考の片隅で、貴史はある事に気がついた。
「あぁ、それなら辻褄が合う」
薄れゆく意識の中、貴史は静かに確信した。
「それなら、全部説明がつく」
***
磐舟山の山頂で、爆発音と共に土煙が舞い上がる。
神社の境内で起きた爆発の規模と、ほとんど差がないほどの爆発であった。
「どれだけの爆弾を仕掛けてんのよ……」
「……これほどですか」
一連の事件を革命と称した森も、噴火の如き爆発に圧倒されて溜息をついている。
だがこの惨事、呆然としてその場にいた誰もが動けなかった。
「あーちゃん! 貴史兄さん!」
ただ一人、春香が悲鳴を上げていた。
村長が何とか抑えていたが、彼女は今にも山へ走り出しそうな勢いである。
そこでようやく宮野も現実に追いついてきた。
「貴方! まだ爆弾を仕掛けているとか言わないわよね?」
彼女は森に詰め寄り問う。
「そうだね。これより先は計画に無いから安心して欲しい」
溜息をつく彼の表情は、それまでと変わらず緊張した表情であった。彼の言葉が本当かどうかなんて、疑っている猶予はない。それよりも、爆発に巻き込まれた彼らが心配だ。春香の言葉通りなら、最低でも四人が巻き込まれていることになる。
「大至急、四人の救助を!」
宮野の掛け声で、警官たちが慌ただしく動き出す。
そんな中、宮野は改めて森の方を向いた。
「どうして……こんなことをしたの?」
それは最後の確認である。今一度、彼の罪を明らかにせねばならない。
「その前に、一つ訪ねてもいいですか? どうして私が犯人だとわかったのでしょうか?」
森は努めて冷静に、しかし警戒心はむき出しのまま、ゆっくりと聞き返してくる。
これは最後の勝負だと、宮野は感じ取った。ここで全ての証拠を上げて、一から彼の罪を認めさせなければならないのだ。森は、それを宮野に求めている。
「貴方は最初に、幾野恵美さんを誘拐した。それが二日前の早朝の出来事」
そうだ。最初に、星田巡査から幾野の失踪という報告が上がってきたのだ。
それを聞いて、森は頷いて目を瞑る。「えぇ、その通りです」と強く彼は頷いた。
宮野は、事件の流れを回想しながら森の犯行を白日のもとに晒していく。
「二日目の夜。貴方は昼間に履いていた靴とは別の靴を履いて、神社の倉庫に忍び込んだ」
靴の履き替え、これが正体不明の靴跡の正体であった。既に森の自宅にて確認が取れていた。この日。青山食堂で飲んでいた森が、十一時前に帰ったことも既に判明している。
神器を盗んだ彼は豪雨の中、そこで幾野を殺した。彼女の胸と腹にあった刺傷後は、森と幾野の身長差にあっていた。そのあと寺を高架下まで呼び出して殺害。寺が誰かに呼び出されたという事は、寺が務める建築会社の社員たちの証言で分かっている。
「その時に、寺さんが抵抗したんですよ。そして靴が脱げてしまったんです。気づいていましたか?」
「えぇ、そこから貴方が犯人だという確証が強くなったわ」
森が宮野を確かめるかのように肩をすくめて尋ねると、当たり前だと言い放つ。掬い上げられた靴からは、森の指紋と幾野と寺の血痕が検出されていた。寺の事件現場発見を遅らせるために、暗渠を使った遺体の輸送トリックは貴史が見破っている。それに加えて暗渠を知っていたのはごく少数。森もその内の一人であった。
「貴方は、捜査に来た私たちの目を盗んで、それ以降も犯行を実行したってわけね」
「警察が巡回していたのは厄介でしたが、一度人ごみに紛れれば数分撒くことなど造作もありませんでした。なにせ僕は祭の準備も手伝って多忙でしたから、行くあてには困りませんでしたよ」
なんでもないかのように、森は爽やかな笑顔で言い放つ。
そのことに宮野は狂気を感じた。職業柄、殺人犯と対面することは珍しくないのだが、追い詰められてなお森のように表情一つ崩さない人間を見るのを、彼女はなかなか慣れられない。
「そうやって犯行に及んだ動機は、ぶどう園の閉園ね」
だから彼の核心をついた。
森も、流石にこのことには驚いたようで、すこし狼狽する。
狼狽し、頷いた。
「しかし……そこまでバレていてなお、全ての計画を実行に移すことができました。僕の革命は達成されたといってもいいでしょう」
森は両手を上げて「降参です」と言った。最後の最後まで食えない男である。
その時、不意に山道の方が慌ただしくなった。 境内の爆心地で被害状況を確認していた警官たちの群れが左右に割れた。
「隆太兄さん。残念ながら革命は失敗だ。その報告をしにきた」
その中から現れたのは、天野貴史。
山頂の爆発に巻き込まれたはずの青年が、少女を腕に抱いて立っていた。
***
貴史は満身創痍だった。
爆発の炎に煽られた背中は軽く火傷を負っていたし、全身を叩く飛礫によって無数の打撲と切り傷が刻まれている。衝撃波に脳を揺さぶられて一時は意識も飛んでいた。それで残した全身全霊、あかりを守るためだけに注いだ。その献身の甲斐あって、あかりに怪我は一つもさせていない。ショックで意識を失っているものの、それだけですんでいることを、駆けつけた警官たちに教えてもらった。
森の魔の手から守り抜いた最愛の少女を抱いている彼の姿は、さながら象徴的で、その場の全員の注目を集める。
「隆太兄さんの計画は失敗だ」
もう一度告げた。
「……」森は怪訝な顔をして、境内から降りてくる貴史を見つめる。
その表情はみるみるうちに状況を把握しているようだった。
「松塚……松塚さんは、無事だったわけですか」
彼にとっては復讐の最後の標的だったはずだ。その松塚が生きている。
「その通りだ。宮野刑事の電話と、十条さんの咄嗟の指示のおかげでな」
あと数秒。
それだけ宮野の連絡が遅れていたら、即死圏内だったかもしれない。あと少し、貴史たちの緊張感が薄らいでいれば、反応が遅れたかもしれない。最後は限りなく奇跡的な偶然の積み重なりだった。
「松塚さんと十条さんは重傷だって話だが、命に別状はない。最悪の事態は免れたわけだ」
今頃、警官たちが丁寧に二人を運んでいることだろう。
そしてついに正面で森と向かい合った貴史は、睨みつけるようにして言い放つ。
「いくら隆太兄さんでも、あかりの命を危険に晒したこと……絶対に許さねぇぞ」
「……あぁ、元々許してもらうつもりなんか無いさ。貴史くんの言うとおり、僕の革命は失敗に終わったようです。私情で始まった革命と呼ぶのも烏滸がましい類のものですがね」
宮野に核心を突かれた時と同じように、肩をすくめて嘆息する森。
貴史は舌打ちした。あかりを狙ったという事実のあとに、貴史が森を尊敬する理由はなくなっている。すでに構図は被害者と加害者であった。貴史は、抱いていたあかりを安静な場所にそっと寝かせると、春香に介抱を任せる。
そして再び森の前に戻ってきた。
彼は決意を固めるように深呼吸したあと、囁くように言う。
「僕の……革命か」
「……?」
ぼそりと呟いた貴史の言葉。初め宮野は聞き取れなかった。
「言っただろう、隆太兄さんの計画は失敗だって」
「それは、松塚さんを殺しきれなかった時点で明白でしょう?」
「そうじゃないんだよ」
貴史は、ゆっくりと続ける。
「僕たちの革命……いや、彼女の革命って言ったほうが正しいか?」
貴史の突然の発言。
宮野は始めて、森の表情が明確に歪むのを見た。
「……貴史くん。なんのことをいっているんですか?」
「分からないなら全部言ってやる。悪いが今の俺は頭に血が上っているんだ。適当な弁明じゃあ許さねぇぞ」
その瞬間、貴史から発せられる圧力が増した。実際にどうこうという話ではない。だが、第三者となった宮野の視点から見ても、森の狼狽は明らかであった。森は、沈黙を選ぶしか残されていない。
「突然どうしたのよ貴方?」
宮野は尋ねた。彼がなにを言おうとしているのか、彼女には全く見当がつかない。
そして貴史は宮野を置いてきぼりにしたまま、大前提をくつがえす。
「そもそも、この事件は隆太兄さんだけが起こしたもんじゃないんだよ。単独犯じゃなかったってことだ。共犯者がいる」
宮野の思考に空白がよぎった。
森も、柔和な笑みを消して貴史の発言に眉をひそめる。
「それは見当違いですよ。先ほど刑事さんともちゃんと結論に辿りていているんですから」
「そうか。隆太兄さんにとって、そこが絶対に譲れないラインってことか」
「……」
「最初から事件を辿ってみよう。そうしたら俺の言いたいことがわかるはずだ」
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