第18話・磐舟村炎上「今度は彼が狙われる」
朝別れる時に「祭の最終準備をする」と言っていたあかりの言葉を思い出し、貴史が真っ先に向かったのは神社だった。
小さい村だが、新天草区から神社までは走っても十五分かかる。
そのあぜ道・河川敷を駆け抜けて、ようやく神社に到着した頃には、太陽は空の一番高いところまで来ていた。いつ森が次の犯行を実行するか分からない今、焦る貴史にとっては息が詰まりそうなほど長い時間であった。
それにも関わらず、貴史の期待は裏切られる。
神社に、あかりの姿が無かったのだ。今しがた抜けてきた人ごみを振り返る。誰しもが祭の準備に夢中になっていた。村を上げての祭なだけに、その場にいるだけで気分が高揚しそうな熱気があった。
貴史だけが冷や汗。
こにいる全員が、爆弾を持った殺人犯が村の中にいることを知らない。この群衆の中で爆発が起きてしまえば、その被害は計り知れない。未曾有の大規模テロにまで発展してしまう。
「くそっ、こんな時にあかりはどこにいるんだよ!?」
肩で息をしながら、境内で立ち尽くす貴史。
境内に群れる人ごみの中にあかりがいるならまだマシだが、神社ではない別の場所に行っているとなると、不安でどうにかなってしまう。
だがそんな不安は、春香が駆け寄ってきたことによって一部解消された。
「貴史お兄さん!? そんなに急いでどうしたんですか?」
息を荒げて玉のような汗を垂らす貴史をみて、驚く春香はハンカチを取り出して汗をぬぐってくれる。彼女にされるがままの状態で、貴史は単刀直入に尋ねた。
「春香ちゃん! あかりを知らないか? ここにいるって話だっただろう?」
貴史の気迫に目を瞬かせる春香だったが、すぐに丁寧に答えてくれた。
「あーちゃんなら、なにやら真剣な顔をして山に向かいましたよ?」
首をかしげて言うあたり、あかりは目的を伝えずに磐舟山に登ったことになる。
真剣な表情ということは、それなりの理由があってのことだろうが、ここで議論しても始まらない。
「一人でか?」
「いえ、十条さんが付いて行きました。一人は危ないですからね」
そういう春香は、村長や長尾市長と共に居残り組だという。
「いつ入った?」
「十分くらい前じゃないでしょうか? 十条さんの携帯が鳴って、しばらくしてからだったので」
という事は、宮野の連絡を見てからのアクションということになる。
森が犯人だという連絡を見て山に入ったのなら、あかりたちは森の居場所を知っていたのかも知れない。そして、それこそ神社の裏手に聳える磐舟山。祭のため簡易なロープと看板で封鎖している山道の入口を見て、貴史は意を決する。
あかりも森も、この先にいる。十分も差がついてしまっているとなれば、全速力でも追いつけるか分からないが、貴史の選択肢には森とあかりが出会ってしまう前に追いつく以外の最善手がない。
「ありがとう助かる」
「いえいえ……もう一つあるんです。あーちゃんたちが山に登ろうと言い出す前に話していたんです」
短く礼を言いロープを跨ごうとした貴史に、春香が慌てて声をかけてきた。
その唐突さに、貴史は中途半端な体勢のまま首を傾げる。
「話していた?」
「誰かが危ないかも……って、次は彼かも知れないって呟いたのを聞いたんです」
貴史は驚愕する。
彼が狙われる……?
「やっぱりまだ続けるつもりか!!」
次の犯行が行われることをあかりたちは推理したのだ。間違いない。
今度こそ春香に別れを告げて駆け上がる。
「取り敢えず急げ!」
貴史は自分に叱咜する。
磐舟山には、山頂に登るルートが二つあるのだが、貴史はそのどちらも使わなかった。追いつけないかもしれないと言ったのは、この二つのルートを使った場合。貴史はもう一つのルートを知っていた。
「古い山道……斜面が急で危ないからと使われなくなった修行僧たちの登山ルートがあったはずだ」
山の中を蛇行しながら伸びる通常の山道とは違い、こちらはほとんど一直線。
昔の名残でそのままの命綱を頼りに、飛ぶように急斜面を攻略する。岩の形や木の根の這う向きを経験で覚えていなければ困難な軽業を、貴史は極限の集中力でこなしていった。このペースで行けば追いつける。貴史は確信した。もしかするとあかりたちよりも早く山頂につく可能性だってある。
そして絶壁のような斜面から開放されると、山頂に鎮座する観音岩が見えてきた。
「あかりっ!!」
山頂に着くなり息も整えずに叫ぶ。
だがそこにはあかりの姿は無かった。代わりに別の人物がいる。
そこでようやく、春香が教えてくれた狙われるかもしれない彼の正体に行き当たった。松塚萩。磐舟村出身の府議会議員。
彼は岩の上に立ち、眼下の磐舟村を見渡していた。
それも数瞬前の話。
「誰だっ!!」
彼は刹那の速さで振り返って貴史を睨みつけてきた。
松塚の凄まじい剣幕に思わずたじろく。
「俺だ! 天野貴史だ!」
聞かれるがままに貴史は自分の名前を答える。
いらぬ問答をしている余裕は無かったので、すぐに松塚に話を聞いてもらえる状況を作らねばならなかった。彼がいま磐舟山の山頂にいるということは、松塚は森が犯人だと知らないはずなのだ。
「松塚さん、実は……」
隆太兄さんが犯人なんだと、伝えようとした。
だが、その言葉は松塚の怒声によってかき消される。
「なんだ!? 君が犯人か!? なるほど……私をも殺しに来たわけか」
「……っ!?」
絶句。
なぜ、そんな突拍子もない妄言が飛び出してきたのか分からなかった。
だが松塚の目は真剣そのものだ。
「図星か? いったい何が動機なんだ!?」
何か勘違いをしている。貴史には身に覚えのない糾弾だった。
「俺は犯人じゃない! どうしていきなりそんな話になってんだ!?」
貴史も気づけば叫び返している。
松塚は、一瞬たりとも貴史から目を離すまいと睨みつけながら、一枚の紙を見せつけた。
「君ならこれが何か分かるだろう!!」
突き出された手に掲げられるは、七夕の短冊。
それも特別、絹の短冊であった。そして印字された不気味な文字。
『松塚萩ニ、死ヲモッテ失ッタ者ノ憎シミヲ受ケサセル』
「これも君が書いたんだろう!」
ようやく貴史は、松塚が声を荒げる理由を知った。
そして彼を見て舌打ちしたくなる。彼の目には、恐怖が影を落としていたのだ。犯行予告に使われる絹の短冊。実際に二人を殺した文言は、松塚を混乱に陥れるのに十分な効力を発揮していた。
「違う! 松塚さんの勘違いだ!」
そうとわかれば、ますますこんな無益で無意味な問答を続ける意味がない。
だが、弁解すればするほど、松塚は猜疑心に囚われていく。
「勘違いも何もあるか! 私はこの短冊をさっき見つけたんだ。そこに君が来た! それが何よりの証拠だろう!!」
話にならなかった。普段の松塚はこんな暴論を言うような人間では無いが、混乱のせいか論理も筋道も滅茶苦茶である。松塚は放っておいて、森を探しに行こうかとも逡巡したが、それも無駄になる。森は松塚を狙っている可能性が高く。森の居場所は松塚に聞かなければ、ヒントの一つも得られない。なんとしても松塚には正気に戻ってもらう必要があった。
「いったい何の恨みがある?」
貴史の葛藤をよそに、松塚は唸るように貴史を睨めつける。勘違いなのだから恨みも何もあるはずが無いので、貴史は思わず閉口してしまった。
貴史の様子を見て、松塚はまた糾弾するように口を開こうとする。
しかし、その直前。
「いた! 松塚さん!!」
貴史たちのいる山頂に、あかりが飛び込んできた。後ろには春香の行っていた通り十条もいる。彼らも急いできたのだろう。既に息が上がっていた。
「あかり! やっと来たか!」
あかりの安否が確認できたのと、警察官の十条が合流した事で、貴史は少し安堵する。
「山頂が騒がしいと感じていましたが、最悪の状況ではなさそうで良かった」
十条の言う最悪な状況は、森が松塚を殺してしまっている事態だろう。
少なくとも、まだ森は松塚を殺しに来てはいない。
「貴史!? どうしてあんたがここにいるのよ!?」
もっともな疑問だ。近づいてくるあかりは、汗を垂らし既に疲労困憊のようだったが、それでも無事なことに本当に安堵した。急いだかいがあったというものだ。
それに彼らがいれば、松塚の誤解も解けるだろう。
「あかりくん? それに警察まで……いったいこれは何事だ!?」
案の定、松塚の悪い方への混乱は収まったようにみえた。
「松塚さん、落ち着いて聞いて欲しい。真犯人が分かったんだ」
「真犯人……? 君が、犯人ではないのか?」
松塚は、短冊を突き出したまま立ち尽くしていた。彼は状況の変化について来ていない。殺害予告を出された動揺と、警察やあかりが来た安堵が綯交ぜになっている。
そしてその問答で、状況を察したのは十条だった。
先ほどの怒声の応酬も含めて、松塚の勘違いに気づいた彼は簡潔に言う。
「先ほど被疑者が判明しました。被疑者は森隆太です」
「森くんが?」
それを聞いた松塚は、森が犯人だとはまるで想像していなかったように唖然としていた。貴史を犯人と言ったのも、偶然そこに居合わせたからで深い理由などなかったはずだ。
三人の表情から、それが真実だと悟った松塚は冷や汗をかいて謝罪する。
「すまない。どうやら私の早とちりだったようだ……となると、私を一人で山頂に向かわせるように森くんに誘導されたわけか」
やはりそうかと歯噛みした。その予感は、松塚が山に入ったと聞いた瞬間からあった。
「隆太兄さんは、松塚さんが七夕祭の日に山に登ることを知っていた。それに山道に入るためのバリケードを設置するのは隆太兄さんだった。こうすれば、松塚さんだけ孤立させることが出来ってわけだ」
貴史は一年前の夢から。そして、あかりと十条は数時間前の森や松塚との会話から、それを推理していたのだ。だが根本的な問題。
「私が一人きりになるからと言って、どうして私が狙われることになる? 彼の動機はいったいなんなのだ?」
答えはほとんど判明している。
「隆太兄さんは、ぶどう園が高速道路の建設工事で潰されたことを恨んでいた。松塚さんも、責任者の一人だっただろう?」
これを知ったのは、事件が発生する直前。あかりからさらりと聞いていたことだった。森は自らの土地を奪った人たちに、ただならぬ怒りを抱いていたことは絹の短冊からも明らか。結びつけるのは容易だった。
しかし肝心要。貴史は抜けていた。
「そんなことより隆太兄さんは!?」
松塚が無事なら、それでいい。だが本命の森はどこへ行った? とあかりは叫ぶ。
そして貴史も状況を理解した。松塚の命を狙う森を追うために、磐舟山に入ったのではなかったか? 絹の短冊が何よりの証拠だ。森はここに来たはずである。
だが、真実はその真逆。
「誰も……合っていないのか?」
「私は見なかったわ。貴史はすれ違ってもいないの?」
「もしそうだったら、こんなところでのんびりしてねぇよ」
森は、手元に神器の短刀だけでなく爆弾まで持っているはずなのだ。彼の使う爆弾が、どの程度まで汎用性があるのかは未知数だが、松塚がここにいることを確認した森が、今まさに起爆しようと息を潜めているかもしれない。貴史がそう考えていると、苦虫を噛み潰したような表情をする十条は、最悪の想定をした。
「もしかしたら、私たちが登ってきた山道とは反対側に潜んでいるのかもしれません」
最悪だが捨てきれない可能性。
森が行方を暗ましたままの今、どこから出てきてもおかしくなかった。そうなると、今も茂みの影からこちらを伺っているかもしれない。今ここに爆弾が投げ込まれでもしたら命はない。
十条の一言で、急に空気が張り詰めた気がした。いや、実際に息苦しいほどの緊張感に、全員が支配されてしまっている。危険とは感じつつも、誰もその場から動けない。
息を呑む音すら出してはいけないかのような圧迫感が続いた。
「私が……周囲を確認してきましょう」
それを一番に破ったのは、この状況を作ってしまった警察官の十条であった。
「大丈夫です。こういう現場は慣れていますので」
そこは警察としての矜持なのだろう、人当たりの良い笑みを口元に覗かせてから 「皆さんは安全が確認できるまで待っていてください」と言い残し、来た山道とは反対の方へと降りていく。
その後もしばらく沈黙が続いたが、耐えられなくなったあかりが三人にだけ聞こえる声量で呟いた。
「隆太兄さんは、一体どこまで計画しているのかしらね」
「計画?」
当事者の割に今まで事件から遠い所にいた松塚は、あかりの言葉に首を傾げる。
「隆太兄さんは、この計画をずっと前……あぁ、少なくとも一年前から計画を練っていたはずだ」
貴史はそう言いながら、今朝見た夢を思い出していた。
夢のおかげで思い出した暗渠だが、思い返せばあの時一緒に居たのは森である。七夕祭の最中に、わざわざ木箱を流していたのだ。推測の域を出ないが、あの時試していたのだろう。寺の遺体発見現場と殺人現場を離れさせることによって、捜査にかかる時間を稼ぎ、猶予を作ったのだ。
そんな風に、あかりと貴史は事件の概要を松塚に説明した。そうしているうちに一度戻ってきた十条は、反対側へと姿を消す。どうやらまだ森は見つからないらしい。それを見送った三人は、周囲に神経を張り巡らす。
そうしながら松塚は、二人から聞いた話を反芻していた。
「なるほど、神器を盗んだ手際に、豪雨と闇夜に紛れて寺社長と幾野くんを殺害した実行力や、花火から爆弾を作り上げた周到な下準備……それら全てを七夕祭の準備で奔走する合間にやり遂げているという話か。確かに入念な計画が無ければ破綻しそうなモノだ」
幾野の事はあらかじめ誘拐していたし、あかりが絹の短冊を発見したのは森に誘導されていたのかもしれないという。そして事件の犯人が森と判明すると、一瞬で思考を切り替えて警察官の監視網から姿を消したのだ。計画を最後まで実行するつもりなのだろうと、貴史は推測していた。
彼の復讐劇がどこまで続くのかは、未だに闇の中である。
「そしてその周到な計画の一部に、私の殺害も含まれているわけか」
あえて声に出して再確認する事で、松塚は落ち着きを取り戻しているようであった。だが、眼鏡を押し上げる彼の表情は依然として厳しい。
「説明に何か変なところがあったかしら?」
「そうではない。そうではないが……それほどまでに用意周到に臨んだ犯行にも関わらず、少々粗が目立つと思ったのだよ」
「粗?」
「犯行までの準備は間違いなく十全だったと言えるだろうが、事件の隠蔽に対しての注意が杜撰すぎるとは思わないか?」
依然として予断を許さぬ状況であったが、冷静に戻った松塚の頭脳は明瞭だった。
貴史も彼がなにを言わんとしているかに気づき、話を引き継ぐ。
「知る人が見れば、誰の物かがひと目で分かる木箱が放置されていたって話か」
「それも一つだ。完璧な計画を立てていたのなら、細部まで行動を詰めるだろう」
その細部に不始末があったため、木箱が森の持ち物だったことが分かり、結果的に森が犯人であることの証拠の一つとなっている。なぜ森は、誘拐した幾野を拘束していた山頂に、証拠まで残していったのだろうか。
「それに、これは不幸中の幸いだが、あかりを狙った爆破はカスリもしなかった。そもそもあかりを狙う動機だが、あかりはぶどう園の閉園に何も関与していないだろう?」
あかりを狙う動機を今ここで考えても仕方のない事だが、どちらにせよ彼女は傷一つすら負っていない。その前に二人も殺害している森の正確さからは外れている。
「どうして詰めを誤ったのだろうか」
松塚の言葉に、三人揃って首を傾げた。
「単純に、切羽詰っていて手が回らなかったとかかしら?」
「当時は大雨だったから、十分にありえるよな」
これも、想像はできるが確証には至らない。
「わからないことと言えば、どうしてあかり君の時だけ爆弾を使ったのかも疑問だ」
松塚は呟いた。
確かにそうだと頷く貴史と、沈黙するあかり。松塚の疑問に答えてくれたのは、汗を拭う十条であった。
「それは我々が見張りについたから、直接的な凶器を持ち歩けなかったからでしょう。神器と呼ばれる短刀には、殊更注意していましたからね」
彼の表情は晴れていないが、そのまま続ける。
「若しくは、適材適所というものでしょう。人一人を殺害することなら、爆弾よりも短刀の方が確実で隠密性がありますが、家の中にいる人間に対して短刀は不向きです」
「では、私は短刀の方で刺殺される可能性があるというわけか」
十条の話を聞いて、松塚は唸る。貴史たちが来なければ、松塚は一人。森の恰好の標的となっていただろう。
「だから近くに潜んでいるかもと見回りに行ったわけか」
貴史は十条の発言の意図を知る。
短刀を持って松塚を狙うとなると、周囲に隠れていると考えるのが普通だろう。
「だけど、いなかったってことよね?」
森が手ぶらで帰ってきたのがその証拠だった。収穫なし。磐舟山の山頂付近に森はいない。緊張していたぶん拍子抜けな気もしたが、かえってそれが貴史の不安を増長させた。
「それこそ、隆太兄さんはどこに行ったって言うんだよ?」
「隆太兄さんは、家を半壊させるほどの爆弾をまだ隠し持っているんでしょう?」
「はい。爆弾も我々警察の捜索対象なのですが、まだ見つかったという連絡は受けていませんので、森さんが持っていると判断するのが妥当でしょう」
森は逃走中。
しかも足跡すら見つからない。
だが、松塚が何かに気づいたかのようにハッと顔を上げた。
「爆弾? ……くそっ! 私以外にも、森くんが狙うであろう候補に思い当たる節がある。いや、むしろ本命はそちらかっ!?」
後ろに撫で付けた髪を乱暴に掻き乱しながら、彼は「最悪だ」と呟いた。
「一体何に思い当たったんだ?」
「いるだろう! 高速道路建設に関わった人物の中でまだ被害に遭っていない者が!」
叫ぶ松塚は要領を得ない。
だがその焦りは貴史にも伝わってきた。貴史は必死で考える。いったい他に誰がいただろうか。そもそも森は、どのラインの関係者までを選んでいるのか。
何か、大前提を勘違いしていないか?
ふと、彼の脳内によぎる自分の言葉。
森の憎悪の対象が個人だと思い込んでいた。だがそれが真実でないとしたら?
復讐の対象は……まさか、
まさか……
まさかっ!!
「磐舟村の……全員なのか!?」
ぶどう園の犠牲と引き換えに、再開発を笑って享受している村人たちが、森の憎悪の対象なのだとしたら、それは狂気。思考回路が焼けきれているとしか思えない暴挙。だが、誇大と言い切れない現実味が、これまでの森の計画性から浮かび上がる。
どうして、爆弾が必要だった?
短刀では足りないのだ。
どうして、直近の者にしか恨みが向けられていないと勘違いした?
事件を大きく表沙汰にしないためだ。
どうして、犯行を七夕祭に合わせて実行した?
それこそ計画の最重要な要素だからだ。人が集まれば、まとめて計画を完遂出来る!
全部理由があったのだ。全ては森の計画の内だったのだ。追う者の思考を狭め、切り捨てられた選択肢にこそ本命を盛る。ただそれだけのこと。
そして貴史は思い至る。
あかりを追って磐舟山に入る直前に見ただろう?
祭の準備で村人が集結している境内の風景を……っ!!
一度は非現実的な話と笑い飛ばしただろう?
この群衆の中、爆弾が爆発し――
――七夕の青空が、真っ赤に塗り替えられていた。
思わず岩から身を乗り出して、眼下の惨事に絶句した。
四人とも言葉が出ないどころか、思考すら放棄したのではないかと思える程である。打ち鳴らされる太鼓などとは比べられない爆音と、視界を真っ赤に染めるほどの爆炎が、磐舟村に轟いた。貴史が見たときには既に、境内が黒煙に覆い尽くされ様子が見えない。
「嘘でしょ……」
あかりが呟いた。あそこには、大勢の村人だけではない、春香も村長も市長もいたはずだ。設営されたテントも短冊も、あの爆発の中で無事なわけがない。
「本当にそこまでするとは……」
真っ先にその可能性を示唆していた松塚は、特に悲痛な表情をしていた。
その横顔を見て、貴史は思い出す。
『松塚さんは、自らが携わった磐舟村の発展を見ることが、何よりも幸せなのよ』
あかりの言葉だ。
だがそれこそが、森を復讐に駆り立てて、後戻りのできない所まで追い詰めてしまった。松塚の幸せが、彼の目の前で崩壊していく。
「これが、隆太兄さんの復讐なのかよ」
森は爽やかな笑顔の下に、どれほどの憎悪を隠していたのだろうか。
「絹の短冊は、このことを示していたのでしょうか。なんと悪辣な……」
さすがの十条も、この事態は全くの想定外だったようで、狼狽を隠しきれない。
全ての事態が、貴史達の一歩先を行っている。
「ねぇ、早く下に下りましょう!」
「一刻も早く、状況を確認しましょう。けが人がいれば、すぐにでも介抱しなければなりません」
あかりが言い、十条が頷く。その時、十条の携帯がけたたましく鳴った。
「警部から……ですか」
このタイミングでの連絡だ。何か重要なことが分かったのかもしれない。
だが、十条に直接かけて来たことが不思議だった。連絡なら、メールで一斉送信ではなかったか?
だが、そんな疑問も彼の会話ですぐに氷解した。
『今すぐ山頂から離れなさい!!』
要件だけを伝える電話口の宮野。
その声は悲鳴であり、余裕の絶えない宮野とはかけ離れた焦燥に満ちており――
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