第22話・エピローグ「俺の願いは……」

   ***

 西の空が朱から紺に色を変える頃、貴史は村の診療所で目が覚めた。


 「よかった貴史くん。具合はどうですか?」


 気が付くと、穂谷がベッドの横で貴史の手を握っている。随分と長い時間、付き添ってくれていたらしく、彼女の表情には疲労があった。


 「あぁ、大丈夫だ。体も気分も快調だよ」

 上体を起こして体を捻って見せると、穂谷はようやく安心したようにため息をつく。


 「突然倒れたと聞いたときは、どうなるかと思いましたわ。でも、大事なくて安心です。一応、要経過観察となっていますので、無理はしないでいただけると助かりますわね」


 穂谷はそう言って微笑んだ。

 貴史も、今回は素直に頷く。連続殺人事件を引き起こしたのが森だと判明し、今頃宮野が事情聴取でもしている頃だろう。焦る必要は無い。

 だが気がかりがあった。


 「俺のことより……あかりは大丈夫なのか?」


 目が覚めたとき、隣にあかりがいなかったことに、貴史は少し寂しさを覚えていたのだ。手を握ってくれていたのが彼女なら、失った意識なんて一発で吹き返していただろう。


 「あかり様は、すぐに目覚めて七夕祭に出て行きましたわよ」

 「七夕祭? 中止になったんじゃないのか?」


 七夕祭の主催者が殺人犯の犯人で、関係者が二人も死んでいる。それだけに留まらず、境内まで爆破で被害に遭っているのだ。とても開催できる状況ではなかった。

 しかし、穂谷は「ふふっ」と微笑み窓の外を指す。


 「そろそろですわね。見ていてください」


 彼女の指先に釣られて貴史は外を見た。

 そこにはいよいよ暗くなってきた夜空が広がるばかり。

 そうして「何を見せたいのか」と、貴史が焦れて問いただそうとしたとき、地上から一つの火球が打ち上げられた。


 「あっ!」


 そして花開く。ドンッと、花火の弾ける音が遅れてやってきた。

 そうして一度外に意識を向けると、他にも聴こえてくるものがある。


 「この音……祭りの!」

 「えぇ、村の有志の方々……あかり様を筆頭に、七夕祭を何とか開催できるように、あちらこちらを奔走したと聞いていますわ。もし、貴史くんが元気なようでしたら、七夕祭に行きませんか? きっと、いい事があるはずです」


 にこやかに笑顔を絶やさない穂谷と、七夕祭が何とか開催されたという事実。

 そこにあかりも関わっているというのなら、事件の解決に尽力を尽くして正解だったと達成感を得た。安堵のため息がでる。


 「あぁ、ここ2日間、気の休まる時がなかったんだ。これで肩の荷もおりるってもんだ」


 貴史は穂谷の提案に乗ることにして、病院をでた。

 会場に行けば、あかりたちもいるだろう。穂谷曰く、河川敷が主な会場らしい。あそこなら、確かに祭りには最適だ。


 村長の手伝いをしないといけないと言っていた穂谷とは別れて、貴史は単身で河川敷へと向かう。

 すると、背丈の倍以上あるような巨大な竹笹に、色とりどりの短冊がくくられていた。ライトアップが施され、村を横断するように連なるソレは、いつか森が言っていたような地上の天の川と化している。

 そしてたどり着いた貴史は思わず感嘆の声を上げた。


 「おぉ、すごいな。アレだけのことがあったのに、人で溢れかえっている」


 神憑川の川沿いに、ズラリと何百メートルにも渡ってテントやら長机やらが設置されており、屋台や夜店が軒を連ねている。当初より規模は小さいが立派に祭りの様相を呈していた。

 すっかり暗くなった空には、時たま思い出したかのようなテンポで打ち上げられる花火が咲いている。


 「貴史! 目ぇ覚めたか!」

 「あぁ、すっかりこの通り元気さ。慎二兄こそ店を空けてて大丈夫なのか?」

 「屋台は美香保に任せてるから俺は自由時間さ」


 青山食堂の慎二の声に、貴史は手を振って答えた。

 慎二も事件にめげずに七夕祭に出店しているようで、貴史は笑う。


 「みんな楽しそうで……頑張った甲斐があったって思うと気分がいいな」

 「存分に楽しんどけよ。祭りはいくらでもあるが、七夕祭は来年までおあずけだぞ」

 「わかってるさ。短冊だって、去年までより圧倒的に多いんだぜ。見とかないと損だろう」


 河川沿いにライトアップされた笹の葉と短冊は、長い列を作って神社の方まで伸びていた。事件で幾度となく見た気味の悪い絹の短冊ではない。村民の様々な願い事が書かれている。

 眺めていると、そこに春香や美香保がいた。


 「あれ? 美香保、店はどうした?」

 「貴史くんに慎二じゃない。それなら親父に丸投げしてきたのよ。普段はちっとも店のこと見ないんだからたまにはいいでしょ」

 「あ、お二人も屋台を巡っているのですね」

 「さっき偶然会ったところだけどな」


 貴史はそう答えながら、周辺を見渡す。


 「あかりは一緒じゃないのか」

 「あら? 貴史お兄さんも知らないのですか?」


 てっきり春香と一緒にいるものだと思っていたが、あてが外れたようだ。

 となると、貴史は当初予定していた通りの人物に会いに行かなければならない。


 「ブラブラするついでに探しとくよ。三人は祭りを楽しんでおいてくれ」



   ***

 「こっちから探さないとダメか……となると、あかりが行きそうな場所はどこだっけか」


 結局会場ではあかりを見つけられなかった貴史は、神社を降りて再び河川敷の人ごみの中をすり抜けていきながら記憶を思い返す。


 そして、一年前の今日を思い出した。

 いまも花火を打ち上げ続ける南の湖畔。彼女はあそこにいるだろう。彼女から告白され、貴史があかりを好きだと始めて自覚した場所である。

 事件のことは忘れて今夜は彼女と過ごそう。

 花火を見上げながら、貴史は一人呟いた。


 「俺の願い事は、お前と一生幸せになることだ」

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