第7話・不安「叶えたい願い事」
「恵美ちゃんが?」
「あぁ、宮野っていう刑事さんが、彼女が犯人かもしれないって言っていた」
事情聴取を終え、旅館に帰ってきた貴史は、あかりと春香に顛末を伝えた。
今いるのは、貴史の泊まっている一〇六号室。机を囲んで話し合う。
宮野の話によると、幾野が失踪してから神器の盗難も、寺の殺害も発生しており、何か関連性があるのではないかと言う。あかりも疑われていることは、あえて伝えなかった。
「でも、恵美ちゃんが犯罪に巻き込まれている可能性だってあるでしょう?」
「宮野さんは、ちゃんとその可能性もあるって言っていた。どちらにしても、恵美ちゃんが事件に関係しているって……」
「その予想が外れて、恵美ちゃんが事件に巻き込まれていないことを祈るばかりね」
「恵美先生、大丈夫でしょうか」
あかりと春香が一緒にため息をついた。
貴史も全く同じ気持ちだった。幾野の行方不明なんて、日付が変わればひょっこり解決するものだと気楽に考えていた。それだけに「犯人候補」なんて単語を聞かされたら、嫌な想像が頭をよぎる。
「どうする?」と彼女は尋ねた。
「どうするって?」
「短冊よ。大きな事件があったんだもの、貴史なら捜査の協力とかいって、趣味の推理に没頭するものかと思ったけど……まだ、短冊の括りつけが残っているでしょう?」
「そう言えば、今日はまだ一つも手を付けられていないな」
短冊は、七夕祭までに完成させないと意味がない。可能なら今日、遅くても明日には村に飾れるのが理想である。
やりたいことと、やらなければならないこと、それが多すぎる。貴史は二つを天秤にかけるが、結果は決まっていた。
「事件のことも大事だが、七夕祭も事件と同じくらいに大切だ。短冊の方を手伝うよ。ただ考えるだけなら、手を動かしながらでも出来るだろう」
七夕祭の設営を、一手に引き受けていた寺は殺害されたが、それで七夕祭が中止になってしまうことは彼も望んでないだろうと、貴史は推測する。そして、余計に七夕祭の準備は忙しくなる。祭の委員会である村長や森は、今まで以上に過酷なスケジュールで祭の準備に取り掛かるはずだ。
「隆太兄さんが少しでも楽出来るように、私たちに出来ることはドンドン手伝っていきましょう」
貴史の意図を汲み取って、春香が笑う。
「えぇ、そうね。今年の七夕祭は、何としても開いてもらわなくちゃならないのよ」
あかりは真剣な表情で、拳を握り締めて意気込んだ。
「……やけに張り切っているな」
「張り切る……か。そうかもしれない。今年の七夕祭には、どうしても叶えたい願いがあるのよ」
貴史に指摘されて、あかりは笑って握り拳を解く。
「一体何を叶えたいんだ?」
貴史は素直に疑問に思った。
しかし、彼女は「今は内緒よ」と、ウインクした。やっぱり可愛い。
「さぁ、事件のことは警察に任せて、私たちは七夕祭の手伝いでも進めましょ」
話しはここまでと、あかりが手をパンと叩いて席を立つ。
いろいろと、考えることは増えてしまったが、貴史たちのやるべき仕事は短冊の括りつけだ。
「そうですね」
春香もやる気に満ちた表情で頷いた。
***
「で……?」
「で……とは?」
「どうして真っ直ぐ神社に迎えないわけ?」
あかりに半目で睨まれた貴史は、現在神憑川の川原にいる。
簡潔に言うと、彼は道草を食っていた。
磐舟山の麓にある神社を指差して、あかりは憤る。
「神社まで目と鼻の先じゃない!」
貴史も慌てて弁解するしかなかった。
「仕方ないだろう。寺社長の遺体発見現場から、随分と離れたこんな場所まで警察が捜査しているんだ! 何があったのか気になるだろう?」
「貴史ってやつは、舌の根も乾かぬうちに……」
額に手を当てて、首を左右に振るあかり。それには、貴史も苦笑いするしかなかった。
「まぁまぁ、あーちゃんも落ち着いてください」
春香が困った顔で、あかりをなだめる。どうやら貴史の肩を持ってくれたようだ。
春香に言われて、あかりもこれ以上追求する気も失せたのか、大きくため息を吐いて言う。
「わかったわよ、付き合うわ。私も気にならないって言ったら嘘になるしね」
なんとか意見も纏まった(?)一同は、捜索隊に参加している星野に声をかけた。
「星野さーん」
四人の警官と川原を練り歩いていた星野は、貴史の声に反応して振り返る。
「おぉ、みんな揃ってどうされました?」
星野は貴史たちを見つけると、パッと笑顔になって顔を上げた。
貴史は気になっていることを直球で尋ねる。
「なんでこんな場所を調べているんですか?」
寺の遺体発見現場から数キロ離れたこの場所に、一体何があるのだろうか。あかりや春香も周囲を見渡してみるが、特筆するような物事は見当たらない。
星野は、困ったように頭を掻いて同行している警察官たちの方を盗み見る。
警察官たちは、川原に茂った雑草を払いのけながら捜査を続行しており、こちらの声までは聞こえていなさそうだった。それをいいことに、星野は口の隣に手を添えて、声量を抑えて前置きをした。
「うーん。あまり捜査情報を外部の方に言うのは良くないのですが、貴史くんたちになら大丈夫でしょうか。一応……私から聞いたというのは、内緒にしておいてください」
もちろん貴史たちの反応は、黙って首を縦に振るだけだ。
「寺さんの遺体が濁流に流されて発見されたというのは、先ほど宮野さんから聞いたでしょう? その流されたそもそもの場所を探しているんですよ」
「あぁ、なるほど通りで。でも今も探している最中ってことは、ここより更に上ってことになるよな……」
星野の話をきいて納得した貴史は、ふと上流を見る。
ここは既に磐舟山の麓に位置しており、その入口として構える神社が左右に森に囲まれている。その神社の横を流れる神憑川を登っていくと、山に入ってしまうのだが、その川幅は神社の手前あたりで途端に狭くなる。
「寺さんって結構大柄だったよな。いくら雨で増水して流れが早くたって、あそこより上から流されるとは思えないが……」
顎に手を当て思案顔になる貴史。
彼の言うことに困ったように頷く星野も、既に同じ推理に至っているのだろう。
「だから、私たちはこの辺を重点的に探しているんですけどねぇ。とはいっても、私たちが先入観に囚われていてはいけないので、収穫が無ければ山に入ってでも捜索しますが」
彼はため息をついた。
普段の磐舟村は、星野がサイクリングをしていても何一つ不自由のない平和な村なので、昨日今日のような大事件は年単位で見てもトップクラスの大騒動。
星野の心労は、既にかなり蓄積されてしまっているだろう。
「私たちにも出来ることがあればいいのですが……」
汗を拭う星野や、川原の捜索を続ける警官たちを見渡して、春香は無力感を醸して呟く。
「いえいえ、これはそもそも私たちの仕事ですので、春香さんが気に病むことはありません」
星野は慌ててフォローして、背筋を伸ばし直す。
それを聞いたあかりは尋ねる。
「そうは言っても、星野巡査は元々恵美ちゃんを探していたでしょう? そっちはどうするのかしら?」
彼女が尋ねるのは、貴史も気になった。しかし彼には、ある程度予測が立っていた。
「恵美ちゃんも事件に関わっているかもしれないっていう話だったし、手分けして捜査は進んでいるんだろう?」
「貴史くんの言うとおり、幾野さんの捜索も時期に始められるはずです。現在は、寺さん殺害の犯人を捜索する班と、神器や幾野さんを捜索する班の二つに分かれて作業しているんですよ。私と宮野刑事は例外で、両方掛け持ちですがね」
なるほどそれは心強いと貴史は感心する。
宮野という女刑事も、星野巡査の口ぶりからかなり優秀な人物と思われた。
「それなら私たちは警察に任せて、七夕祭をしっかり開催出来るように頑張った方が良さそうですね」
春香は、頼りがいのある星野の発言を聞いて気合を入れ直す。
それにあかりも頷いた。
「えぇ、ようするに適材適所よね。事件は捜査のプロに任せて、私たちはしっかり準備するわよ!!」
気合の入ったあかりは、拳を掲げた。
そしてその手を真っ直ぐ星野に向けて続ける。
「叶えたい願い事があるの。だから神器での儀式がちゃんと出来るように、事件の解決は頼んだわよ!」
ビシッと決まった宣言に星野は驚きつつも、任されたことを誇りに思う様にして力強い笑顔を作ると、敬礼して返答する。
「任されました。必ずや事件の犯人を捕まえてみせましょう」
あかりに激励されて、星野にも再度気合が入ったのだろう。貴史たちに背を向けて、警官たちに合流すると、すぐさま真剣な表情で捜索に加わった。
「よし、わざわざ付き合ってくれてありがとう。遅れた分を全部取り戻す勢いで作業に掛かるか!」
それぞれが、気合を入れ直してやるべき事を進めようと努力している。
それが貴史にとっても、良い原動力となった。
それだけじゃない。気恥ずかしくて口にはださなかったが、あかりが叶えたい願い事に、貴史も力を貸してやりたかったのだ。
心にも体にもやる気をみなぎらせたところで、ようやく貴史たちは神社に到着した。そこに神主がやってくる。
「おや、皆さんお揃いで。神器の件、あかりくんたちの方では何か進展はありましたか?」
今朝会った時よりは、随分と落ち着いた柔和な笑みで挨拶する神主は、そう尋ねてきた。彼が落ち着いているのは、星野に知らせることで、警察に任せることが出来たという安心感が強いのだろうと、貴史は勝手に解釈する。
そしてそれは間違いではなかった。駐在所に置かれた書置きを、星田はちゃんとチェックしていたのだ。星田はもう五十代、現役の駐在所勤務としてはかなり高齢ということも鑑みても、同時期に次々と舞い込んでくる事件の知らせに割いた心労は察するばかりであった。
あかりは、神主の問いかけに「一応ね」と答える。
「警察の人も神器の捜索に力を注いでいるから、きっとすぐに見つかるわよ」
彼女の励ましに、神主もホッとため息をつく。
そして「それじゃあ、頑張っていただいたお礼にお茶でも出しましょう」と、少し曲がった腰に手を当てながら奥へ戻っていった。
「すぐ、見つかってほしいですね」
その背中を見ながら、春香がポツリと呟く。
「神器なんて、どこにでも隠せそうだからな……探すのには警察も骨が折れるかもな」
貴史が同感だと首を縦に振り、それでいて現状では難しいと頭を悩ませる。
「それもそうなんですけれど、恵美先生も……寺社長を殺した犯人も……みんな早く、見つかってほしいです」
俯いてしまった春香にかける言葉を見失う。
次々と、人や物が消えていく。そんな言葉が貴史の脳裏によぎった。
願い事を星に祈って『得る』ことが七夕祭の一つの命題であるにも関わらず、現実は何かが消えていくばかりだな……と、そんな不安に襲われた。
***
短冊のくくりつけ作業は、やる気に満ち溢れた貴史たちの手によって、遅れを取り戻す勢いで進められた。あっという間に竹笹に括りつけられていく短冊が、どんどん山積みになっていくのを見ながら、あかりも満足そうに一息つく。
「ふぅ、これってもしかして予定より早く終わるんじゃないかしら?」
神主に出された冷えたお茶を飲みながら、貴史も自分の作業に納得して笑う。
「ほんと、やる気の出した甲斐があったな」
「皆さん、いろんな願い事を書いていますから、それを飾って上げられないと怒られちゃいますもんね」
微笑む春香は、括り付けの終わった短冊からひとつ手に取って愛おしげに眺めながら呟いた。彼女が見ている短冊を覗くと、寺栄一と名前が綴られている。彼が生前に書いた今年の願い事であった。
「事業の拡大と地域発展、商売繁盛に家内安全……か」
短冊にギリギリ納まりきるような、大きな字で羅列されている。
「寺さんって、結構欲張りだったのかしらね」
「それでこそ寺さんらしいですよ。七夕祭や村の再開発の協力にも、一番に手を上げたくらい先見の明がある人でしたから、これくらい大胆でも不思議ではありません」
春香は懐かしむかのように目を細めた。
その様子に貴史はふと疑問を投げかける。
「春香って、寺さんと仲が良かったのか? そういえば昨日も、寺さんを紹介してくれたのは春香だったしな」
「仲は良かったですよ。というより、良くしてもらっていました」
春香は昔を回想しなかが話し出した。
「私の家は、元々甘草区にあったのは覚えているでしょう? 今は新甘草区に名前が変わっていて、高速道路の建設で引っ越しをしたんです。それが今の倉治家です。
建設予定地に住んでいた私たちは皆、街中に移住しています。
その時に、一番気を使ってくれたのが、寺さんでした。
高速道路を建てた国からも、しっかり補填は受け取っていたのですが、その公共事業に携わった寺さんのことですから、半ば強制的に移住させた私たちに負い目を感じていたのかもしれません。公共事業で一躍会社が儲かったということも影響しているかも……。
きちんと手当を受けて、丁寧な説明もしてもらっていましたから、寺さんの杞憂なのですけどね。それで私は、両親に会いに来る寺さんと合う機会が多くなって……私が七夕祭のボランティアをすると話してから、七夕祭を盛り上げるためのお話なんかをよく一緒にさせてもらいました……だから寺さんは、村の再開発の第一人者として、七夕祭にも積極的に協力してくれていたのかも知れません」
春香の話を聞いてから、貴史は再び寺の書いた短冊を見る。
「全部……本当に叶えようとしていたのかもな。だから、六十代の後半にもなっているのに、あんなに精を出していたわけだ」
昨日の風景が思い出される。
丁度貴史たちのいる縁側から見える境内で、森と寺の二人は、企画書と睨めっこしながら奔走していた。昨晩の豪雨ですっかりずぶ濡れになっているが、彼の残したものはここにある。
「なんだか、感傷的になってしまったな」
貴史はなんだか暗い空気を感じて、頭を振って場を濁す。
湿っぽい雰囲気は苦手だった。
あかりも似たような感想を浮かべたようで、苦笑いして話題を変える。
「春香ちゃんの話を聞いていると、よりいっそう寺さんが殺害されたのか分からないわね」
彼は人当たりがよく誠実だったという事は、春香の話を聞いていて感じられた。
あかりの疑問は最もだ。
「宮野刑事は、七夕祭の関係者なんじゃないかって言っていた。殺された寺さんは七夕祭の重要な人物だし、使われた凶器は七夕の神器だから、俺の見解も彼女と相違ない」
おそらく七夕祭絡みの事件だろう。
しかし、そうなると問題がある。
「七夕祭の関係者が犯人って……ようするに私たちの知り合いの中に、犯人がいるって言っているようなものなのよ?」
あかりの言うとおりだ。身内に、犯人がいるかもしれない。
「でもそれはあまりにも出来すぎだ。七夕祭の関係者は何も俺たちの知り合いばかりじゃないだろう。もしかしたら委員会の職員かもしれないし、それこそ寺さんの会社の社員かもしれない」
「……ちょっと犯人候補が多すぎて頭がこんがらがりそうね」
あかりは事件の行方を思って、深い溜息をついた。
事件の話とは裏腹に、随分と進んだ短冊の括り付けを、惰性でしながらあかりと貴史は話し込む。
「そこなんだ。宮野刑事も多分、人間関係の洗い出しで相当参っているんじゃないかな」
「旧知の仲である村の皆とは違って、完全に初見の宮野刑事にとってみれば、私たちが当たり前に知っていることですら、一から確かめるしか無いものね」
それは人海戦術でも使わなければやってられない作業だろう。
そんな風に、世間話をしていたところ、神社の方にやってくる複数の人影が見えた。
「あれは……?」
いち早く発見したのは春香だったが、一番に正体を当てたのは貴史だろう。
「さっき星野さんと一緒にいた警官たちだ」
短冊の括り付けをしている最中にも、何人かの警官たちが神器の捜索のために、裏の蔵の周りや山頂を調べていたのだが、そっちではない。寺の殺人事件を担当する班の警官が四人。星野はいないことから察するに、他の捜索班の方に行っているのかもしれない。
殺人現場は発見できたのだろうかと、彼らの様子を見てみたが、汗水流すその表情には相変わらず疲労の色が濃い。どうしても下で発見できないから山の方まで探すことにしたのだろう。
しかし彼らは貴史たちを見つけると「そっちも祭が出来るように頑張れよ」と、笑顔になって激励してくれた。
慌ててあかりが返事する。
「いえいえ、こちらこそ捜査お疲れ様です!」
その言葉を聞いて、警官たちは元気を取り戻したかのようにガッツポーズをして、山へ入っていった。
彼らの精力的な活動を見ていると、自然と貴史たちにも元気が沸いてくる。
そして数分後、またもや神社の階段の方から一人の男性がやってきた。
「隆太兄さん!」
隆太兄さんと貴史に呼ばれた森は、大きく手を振って答える。
「進捗はどうだい貴史!」
「結構進んだぞ!」
首からタオルを下げた森は、貴史の報告に嬉しそうな笑顔を作って駆け寄ってきた。
「隆太兄さん、こんなところまでどうしたの? 忙しいんじゃなかったの?」
手に持っていた短冊を脇に置いて、あかりは驚いたように尋ねる。
「確かに忙しくなってしまったけど、僕は僕に出来ることをするしかないからね。ここに進捗を聞きに来たのも、仕事の一環さ」
「短冊のことか?」
貴史が聞くと、縁側に腰を下ろした森は頷いた。
「そうなるね。君たちが進めてくれている短冊なんだけど、完成したものから順次河川敷に並べていこうと考えていたんだ。その様子だと、十分な量が出来ているみたいで安心したよ」
森は出来上がった笹を、何本かまとめて手元に寄せてしみじみと語る。
「寺社長が死んだって聞かされた時には、度肝を抜かれたけど、君たちを見ていると安心したよ」
それを聞いて、貴史は押し黙ってしまう。
再び昨日の情景が思い出されたからだ。
七夕祭の準備は、大部分を森と寺の二人三脚でこなしてきたはずだ。その相棒が、夢半ばで倒れたのだ。しかし、彼の言動を見る限り、打ちのめされて七夕祭の準備に手がつかないなどということは無さそうだ。もしかすると、七夕祭の準備に奔走して、考えないようにしているだけかもしれない。
貴史は出来るだけ陰鬱とした話題にならないように、気をつけながら言葉を選んだ。
「まぁな。だが短冊を並べに行くって言っても、これだけの量の笹を持って歩くのは大変だぞ」
部屋にある積み重なった短冊の笹は、全部持ち出そうと思えば何回か往復しなければならないだろう。それくらいの量がある。それに加えて、神社と河川敷の間には、百を超える階段が壁のように伸びていた。いくら慣れ親しんだ石段とはいえ、あかりや春香に大荷物を持って何度も往復させるのは気が引ける。
しかし森はそれも見越していたのだろう。
膝を打ち、勢いよく立ち上がると、その言葉を待っていたと言わんばかりに饒舌に喋った。
「僕も、そのことはしっかりと対策済みさ! 元々村長に軽トラを貸してもらえるように頼んでいてね。そこに積んでくれさえすれば、運ぶのは全部僕に任せてくれればいいよ!」
それを聞いて、あかりも「いいわね!」と親指を立てて笑う。
しかし、河川敷沿いに伸びる道を飛ばしてこちらにやってくるパトカーの姿が目に入った。何事かと、貴史とあかりがその様子を見ていると、今度は山の方から一人の警官が駆け下りてくる。パトカーが到着し、中から降りてきた宮野に、彼は顔面蒼白で叫ぶようにして伝えた。
「滝壺で……女性の遺体が派遣されました!」
それは第二の犠牲者を知らせる凶報であった。
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