第10話・あかりside「伝説に殺される」
貴史らが、まだ滝壺で捜査の報告を聞いている頃、あかりは神憑川の河川敷にいた。
「貴史はどうやら警察の人と一緒に、犯人探しをしてくれるみたいだから、私たちは私たちのやることを始めましょうか」
軽トラの荷台から飛び降りて、載せていた笹を取る。
隣では春香と運転をしていた森と、警察官の十条の三人が、あかりと同じように笹を抱えていた。十条は、滝壺で悲鳴をあげてしまった春香をいち早く助けてくれた若い警官で、そのまま春香と仲良くなったようだ。彼は、貴史という男手が無くなった準備のメンバーを手伝うと申し出てくれた。
「これを、どうするのですか?」
「川沿いにある木の柵に、等間隔で括り付けていってください!」
その好意をありがたく受け入れた森は、短冊の垂れ下がる笹を一本飾り終えたところだった。どっさりと積まれた笹を、短冊がちぎれないように慎重に持ち上げて、同じ作業を繰り返していく。
神憑川の河川敷は、村の中心に伸びる神社までの一本道だ。七夕祭の明日は、村の参加者みんながこの短冊の道を歩くため、カラフルな短冊の配置バランスは、何度も試行錯誤されながら徐々に形作られていく。
「こうして並べてみると、やっぱり壮観ね!」
いくつか柵に括りつけては、離れて確認しては歓声をあげるあかり。
「はい! まだまだ沢山ありますが、一気に片付けちゃいましょう!」
その度に、春香もあかりのテンションに釣られて、両手を軽快に叩いて歌う。
「薄情にも事件について行っちゃった貴史の分まで、バリバリ行くわよ!」
「えぇ! 貴史兄さんを驚かせてやりましょう!」
彼女らは、手際よく軽トラの荷台に乗せた笹を二人がかりで括りつける。委員長になる前から毎年この作業をしてきた森よりも、息のあった二人はテキパキと作業をこなして行く。
そして一段落したところで森が言った。
「……一旦休憩にしましょうか」
「そうね、流石に疲れちゃったよ」
あかりも便乗する。
そして彼女は腕を広げて笑顔で続けた。
「それにほら、こーんなに飾り終えたんだし、明日の七夕には余裕で間に合うよ!」
春香も顔をあげて頷く。
「はい、そうですねー」
そうやって皆が思い思いに息抜きを始めたのを見て、森はその場を離れる。
「みんなが休憩している間に、残りの笹も持ってくることにするよ」
そう言ってトラックに乗り込む森に、あかりも駆け寄った。
「短冊を取りに行くの? 私も手伝うわ」
「大丈夫さ。あかりちゃんは春香ちゃんと一緒に待っていてくれていいんだよ」
そういう森の遠慮も聞かずに、運転席に乗り込んだ彼の隣に、彼女はスルリと滑り込む。
「春香ちゃんは大丈夫よ。十条さんについて貰ってる。私は、さっきの事で話がしたいの」
どうやら彼女の意思は決まっていると見て、森は頷きアクセルを踏んだ。
そしてある程度進んだところで、森は訊ねる。
「さっきの事って?」
「隆太兄さんが言っていたでしょ。七夕の伝説に殺されてるかもしれないって」
彼女の説明で、ようやく合点がいった森は苦笑いする。
「あぁ、そのことか。そうだね……僕はそうじゃないかと睨んでいるよ。刑事さんには一蹴されちゃったけどね」
森やあかりの言うことを、妄言だと一刀両断した宮野のことは、記憶に新しい。
どうやら彼女も、何か思うところがあったようで話してくれた。
「私もね、いろいろ考えてみたんだ。神器を犯行に使ったのは、そうやって隆太兄さんみたいに、伝説と錯覚させる意図があったんじゃないかって」
彼女の突飛な発言に、さすがの森も呆気に取られている。
「まさか……あかりちゃんは信じていないのかい? 伝説」
「もちろん私は信じているわ……だけど今回ものは違う」
あかりにはそう言い切るだけの根拠があった。
だが、根拠は告げずに一言だけ零す。
「事件は、これで終わりとは思えないのよね」
彼女の胸の内に、重大な秘密が隠されていた。
***
神社で新たに笹を回収して、荷台に運び込んだ。これで、全体の過半数は持ち出した計算になる。残りの半分は、神社の境内や石段に飾られる予定なので、まだ括りつけが終わっていないものもあるが「このペースなら大丈夫さ」と森は後回しにした。
復路。
森はダッシュボードに手を伸ばして、村の地図を取り出した。
「……言ってくれれば、運転席から手を伸ばさなくても私が取ってあげたのに」
「っ……いえ、大した手間ではありませんから」
彼は片手でハンドルを握りながら、地図を広げる。
「あとでこちらにも行きましょうか」
森が指さしたのは村の中心に位置する商店街。河川敷での滞りなく終えた一行は、森の導き通りそのままの流れで商店通りへとやって来た。
「こっちには二週間前から笹を並べているから、おかしなところがないか確認するだけで大丈夫ですね」
森が言うように、八百屋や魚屋の軒先にはそれぞれ笹が設置されている。笹と一緒に置いてある短冊に、通りかかった人が自由に書いて括り付けを出来るようにしているのだ。
「神社で作っていた笹以外にも、村の各地にこうして置いているのですね。素晴らしい光景です。こうした非日常な一面が見られるのも、祭の楽しみですね」
色とりどりの短冊が吊られた笹を見て、十条は感心したように声を上げた。
森は照れつつ答える。
「それこそ僕の目指した七夕祭なんだ。それに、神社であかりちゃん達に任せていたのは、神社の境内と神憑川の河川沿いの分で、その他の大半は、こうして村人たちの意思に任せているのさ」
彼の言うとおり、今いる商店通り以外にも笹を立てて、短冊の飾り付けを村人たちに任せている。主な場所は、商店通りと旅館から村役場の大通り、市民会館のある緑地公園のような人の集まる場所に目立つように設置されている。
彼らの話を聞きながら、あかりは目に付いた短冊を手に取って感心した。
「昨晩の大雨で、屋外にあるのは全部やられちゃったんじゃないかって気にしてたけれど、見た感じだと雨には濡れていないみたいね」
「商店通りの皆さんが、自主的に店の中に避難させてくれたんですよ。ほかの場所にも確認に行きましたが、どこも管理人さんたちがいち早く行動してくれたおかげで助かりました」
森は嬉しそうに頬を緩める。
「その様子だと、安心して確認できそうですね」
春香の笑みを含んだ一言で、一同は作業に取り掛かることにした。
そして彼女は設置している短冊を手早く確認していた。
「……これも違う。そんな簡単に見つかるわけないけど、うーん」
唸るあかりの元に、森が小声で話しかける。春香や十条には聞かせられない話だ。
「どう? 見つかりそうかい?」
「ううん。どの短冊も、普通の折り紙だったりコピー用紙だったり……絹の短冊なんて、やっぱりないわ。それに『憎シミヲ受ケサセル』なんて気味の悪い文章も見当たらない」
彼女が探していたのは、神器に使われている絹の短冊と、それに書かれているであろう願いの原因となった怪文。
「木を隠すなら森の中、短冊を隠すなら七夕祭に使われる笹の中……あかりちゃんの推理、かなりいい線いってると思ったんだけどね」
ここにある笹は、あかりたちがまだ触れていない短冊が括られている。これまで見つかった絹の短冊は、いずれも被害者とともにあった。だが元々持っていたのか後から持たされたのかは分かっていない。
神器を探す過程で、一つ一つ候補を潰していく程度の感覚だった。
***
しかし「見つけてしまった」。
商店通りの笹の葉の、陰に隠れた短冊の、その裏に息を潜める絹の短冊。その文字を見て、彼女の表情は凍りつく。事実を認識しようとしない緩慢な思考を無理やり動かして、戦慄し震える唇で、括りつけられた短冊の文字を読み上げた。
『旭あかりニ、死ヲモッテ失ッタ者ノ憎シミヲ受ケサセル』
感情の読めない無機質な文字が並んでいた。
しかしあかりはその文字に、その悪意に、背後に迫った害意に恐怖する。
犯人を突き止めてやろうなんて甘かった。そんなの立場を誤っている。
あかりは、一転して命を脅かされる窮地に立たされたのだ。
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