第3章・3日目

第15話・爆殺未遂「暗渠……ですか?」

 あかりは、寝息をたてる貴史を愛おしく見つめて呟いた。

 彼の手を握り締め、彼女自身も眠りにつく。

 明日が革命の正念場。

 もう引き返すことなんて許されない。

 それほどの罪を、彼女は犯したのだから。



   ***

 帰郷から三日目。

 その朝は騒々しく始まった。夢のことも調べなければならなかったが、それ以上の事態が起きている。何かのサイレンがけたたましく鳴り響いていたのだ。

 それが数分前のこと。

 まどろみの中でぼんやりと聞いていたそれに、随分遅れて違和感を持ち始め、何事かと布団から飛び起きったところで、隣にあかりがいないことに気がついた。


 「あかり?」


 微かに温もりは残っている。

 彼女も、この騒動に気がついて飛び出していったのかもしれない。

 そう考えた貴史は、浴衣を正してあかりを追う。

 そして旅館を出ると、それはすぐに目に付いた。


 「何があったらこんなことになるんだ?」


 朝日で白んだ空の下。

 旅館のすぐ隣にあるあかりの実家の壁が、一部だが吹き飛んでいる。それも、あかりの部屋があったはずの場所が、爆弾でも爆発したかのように粉砕され引き裂かれていた。今では外からでも見えるあの掛け時計は、あかりが愛用していたものだ。間違いない。

 出火は軽微だったのか、消火は既に終わっており、今は警察が現場検証に入っている段階であった。いくら早朝だからといって、ぼんやりしすぎて事態に取り残されたことを知る。突然の事態に唖然とする貴史に、横から声がかかった。


 「爆破されたのよ」


 既に現場検証を行っていた宮野刑事が、貴史に気づいて教えてくれる。


 「今から二十分前の午前五時五十分。突然爆発したらしいわ」

 「……そんなことより、あかりは大丈夫なのか?」


 今は、事件の詳細よりもあかりの安否が気になった。あまりに貴史が不安な顔をしていた為なのか、宮野は貴史の後ろを指差して微笑む。


 「あんまり心配しなくても、貴史のお陰で爆発には巻き込まれずに済んだわよ」

 「あかり! よかった無事だったか」

 苦笑して現れたあかりに、貴史は胸を撫で下ろす。



 「あんたは起きなかったみたいだけど、私は爆発音で起きちゃってね。旅館を飛び出してみたらこの有様よ。家で寝ていたら今頃……地獄にいたかもね」


 冗談めかしてあかりは言うが、気が気でなかった貴史にとっては冷や汗ものだった。何があっても俺が守る、などとあかりに囁いた翌朝にこれでは、貴史の肝っ玉も縮こまるというものだ。


 「なんにせよ、あかりが無事で良かったよ。洋子さんやお義父さんは?」

 「二人とも無傷よ。寝室は爆破された箇所から離れていたからね」


 どうやら被害者は零らしい。

 早朝だったということもあって、通りにも人はいなかったのが幸いした。

 しかし、これでハッキリしたことがある。


 「ご両親に害を与える気は無かったようだから、あかりさんだけを狙った犯行だったということね」


 あかりだけを狙った犯行。


 「犯行ってことは、事故じゃない事は確定なのか?」

 「えぇ。七夕祭事件の三件目よ。今回は未遂で済んだけれど、寺さんや幾野さんを殺害した犯人と同一と考えるのが妥当でしょう」


 絹の短冊をあかりが発見したのは、昨晩だった。

 そして今のこの事件。一歩間違えれば、あかりも殺されていた。

 そこで気になるのは、爆発が起きた原因である。

 宮野は、「大まかな見当だけれど」と前置きして教えてくれた。


 「使用されたのは犯人の手で加工された爆薬ね。爆発が粗悪。本来の性能が出ていればもっと被害は大きくなっていた可能性も考えられるのよ。それで……壁に貼り付けてあったそれを、無線か何かのスイッチでボカン。壁の内側へ爆風と衝撃波が向かうように、爆弾の上には蓋がしてあったわ」


 簡易な指向性の爆弾が使用されたということだ。

 「これまでの二件とは、また随分と毛色の違った犯行だな」

 寺と幾野を殺害した凶器は、七夕祭の神器である竹製の短刀であり、爆弾ではない。


 「もしかしたら、皆が警戒しているから現場には行かずに殺害しようと目論んだのかもしれないわね。それか、こちらの爆弾が本命なのかも……」

 「だけど、それにしては準備が良すぎる。どうして同一犯だって言えるんだ?」


 爆弾なんて、一朝一夕で用意できるものではない。手作りという話もある。寺たちを殺害した犯人の他に、あかりを狙った犯人がいる可能性もあるではないか。

 そこまで考えた貴史に、宮野は首を振る。


 「模倣犯のことを言っているのなら、それは弱い可能性」

 「どうしてかしら?」


 あかりも、貴史と一緒に首をかしげて尋ねた。


 「そもそも絹の短冊の件は、私たち警察や七夕祭の関係者のごく一部しか知らないの。絹の短冊で犯行予告をされてから、爆破が起きたことも一緒に考えると、犯行予告をどこかで知った別の人物が、あかりさんを爆殺する為に爆弾を用意したということになるもの」

 「……そして、そんな直ぐに爆弾なんて用意できない」

 「計画的な爆弾の用意と、突発的な模倣犯では、根本的に矛盾が生じるってことね」


 宮野と貴史の会話を聞いて、納得した表情で頷くあかり。

 「えぇ、そういうこと。今回の事件とは全く無関係に、犯行計画を画策していた別の犯人が、偶然今日動いたって可能性もあるけれど、これは最初に言ったように弱い可能性ね」


 結局、今考えられるなかで一番有力で現実的なのが同一犯という線だった。

 犯人は、七夕祭の関係者であることは間違いない。だが、貴史を含めて全員に、警察の目があるはずだ。いつどこで、あかりの家に爆弾なんて仕掛けられたのだろうか。


 「今のところ犯人は、どこくらい絞れているんだ?」


 その容疑者たちが、何か怪しい動きを見せていたのなら、そこを調べればいい。

 しかし、宮野の表情は芳しくない。


 「容疑者は、委員長の森さんと議員の松塚さん。次点で天野村長ね。だけど誰も昨晩は怖いくらいに静かだったと聞くわ。七夕祭の本番に備えているって感じでね」


 名前が上がっているのはこの四人。

 だが宮野が次点といったように、村長が犯人である可能性は低いと考えていた。必然的に、森か松塚ということになる。だがこの二人、どちらも悪い人物ではない。貴史としても、推理に感情論を挟むのは愚行だとはわかっているが、非情になりきれない自分自身がもどかしかった。


 「他に分かったことはないのか?」

 「分かったこと……というよりも、調べないといけないことが増えたわね」

 宮野は、ボールペンとノートを取り出し書き込みながら、羅列する。


 「まずはいつ爆弾が仕掛けられたのか……これは近所の住民に聞き込みしないといけないね。それに加えて、爆薬の入手ルートね。かなりの量だから、どこかに記録が残っているかもしれないの。容疑者の購買履歴を調べて割り出すしかないでしょう」


 事件の被害が増えるごとに、手がかりも増えていく。

 これなら推理へのアプローチは、多方面から可能なはずだ。

 しかし決定的なピースが手元にない。漠然とした情報ばかりが集まって、思考にモザイクをかけてしまうのだ。この歯痒さが犯人の周到な計画の結果なのだから、貴史たちにとっては洒落にならない。

 貴史とあかりの沈黙を「了解」と受け取ったのか、宮野は話題を変える。


 「私はこれから三件の現場検証と、昨日から続けている被害者の家の捜索に向かう予定だけど、貴方たちはどうするのかしら?」


 まだ朝の六時だが、刑事にとっては関係ないのだろう。

 一秒でも早く真犯人を捕まえて、事件に終止符を打たなければならない。

 それに、貴史もあかりも各々予定は決めていた。


 「私は……家がこんなことになっちゃってるけど、七夕祭の準備会場の方を手伝う予定よ」

 「今まさに命が狙われたってのに、大丈夫なのか?」

 「準備会場には春香ちゃんもいるし、神主さんもいる。お祭りで屋台を出す人たちも準備に集まっているの。これだけたくさんの人がいれば、犯人も堂々と手出しできないでしょう?」


 あかりは小さく微笑んで見せる。

 今のあかりの状況からすれば、七夕祭の準備なんて手伝っている余裕はなくてもおかしくないのに、彼女は何よりも祭を優先するようだ。昨日といい、今日の発言といい、あかりの七夕祭にかける情熱は、生半可なものではないらしい。


 「あかりの豪胆さには感心するよ」

 「褒め言葉として受け取っておくわ。それで貴史はどうするの?」


 貴史の素直な気持ちを、あかりはあっさり聞き流し、話の矛先を彼に向ける。

 「俺は捜査の続きかな。実は気になることが出てきたんだ」


 もう飛び起きる前から決めていた。

 夢で見た目に見えない川の存在を、確かめなければならない。


 「あら? 貴方の方も何か掴めそうなの?」

 「ちょっとな。何かわかってから連絡するよ」

 宮野の手を煩わせなくても、貴史一人で調べは付く内容だ。


 「私のことを心配してくれるのはいいけれど、貴史も気をつけなさいよ! 事件に首突っ込んでいるんだし」

 「わかってる! これ以上犯人の好きにはさせねぇよ」


 貴史の肩を小突くあかりに、笑顔を作って返事をする。

 すると「本当にわかっているんでしょうねぇ?」と、彼女は呆れ顔になった。


 「釘を刺しておくけど、一人きりでの行動は慎むように! 何かあったらすぐに連絡することよ。いいわね?」

 最後に、宮野にダメ押しされる。


 「「はーい」」

 貴史とあかりは仲良く返事して、その場は一時解散となった。


 

   ***

 「貴史くんの方は、見つかりましたか?」

 「地図を見てるだけじゃわからないから難航してるよ。その様子だと穂谷さんも同じみたいだな」


 静かな図書館に、二人の声が響く。

 開館直後だったためか、地元の老人たちもまだ来ていなかった。


 「ええ、やはり資料では特定することは難しいかと。現場を歩いて回った方が早いかもしれませんわね」

 「それじゃあ、穂谷さんにもこの暑い中を付き合ってもらうことになるんだが……」

 「やっぱり……今のはなかったことにしてください」


 溜息を吐く家政婦の穂谷は、貴史の隣で開いた地図を閉じる。

 単独行動をするなと釘を刺された手前、誰かを自分の捜査に付き合わせなければならなかったが、その迷惑を被ったのが彼女だった。

 まだ陽は低いが夏の暑さは健在である。そんなか、地下に流れる川が無いかと外を走り回るのは不毛なため、先に大まかなあたりをつけようと二人は考えていたのだ。


 「木箱が流れるほどの水路なんだ。たぶん、元々あった川に蓋をして暗渠になってしまった物だと思ったんだが……」

 「暗渠ですか?」

 「あぁ、地下に隠れた水路のことだ。暗渠になる前の川がどれか分かりさえすれば、それを遡って寺さんが遺棄された場所も判明するかもしれないって考えだったんだ」


 だがそれが見つからない。貴史も地図を投げ出して、図書館の椅子に背を預ける。

 「再開発が進む以前は、神憑川も支流だらけですわね」


 そう、候補の川が多すぎるのだ。古い地図と新しい地図を比べても、ごっそり全てなくなっている。神憑川以北の新天草区を流れていた川は、ほぼ全て埋められたか暗渠化していた。

 しかもその出口は、警察でも見つけるのが困難な草葉の影の川の底。


 「それに加えて、昨日は川が濁っていた。星田巡査が見つけられないわけだ」


 かくいう貴史も、夢で見るまでは新天草区に流れていた川の存在など忘れていた。

 そこで思い至る。

 「隆太兄さんなら、暗渠の場所を知っているんじゃないか?」

 一年前、この暗渠のことを教えてくれたのは彼である。


 「しかし……森様は容疑者の一人です。今直接会うのは得策ではないですわ。それに、もしも地下水路の場所を教えることが、彼にとって不利益だった場合、上手くはぐらかされるかもしれません」

 「穂谷さんは反対か」

 「えぇ、万が一にでも貴史くんに被害が及ぶようなことがあれば、わたくしは旦那様に顔向けできません」


 貴史自身も、声に出してみてから得策ではないことに気づいた。

 犯人でないにしても、今日は七夕祭の当日。森の仕事の忙しさはピークであり、推測に付き合ってもらう時間はないだろう。


 「くっ……もう時間がねぇってのに、ようやく実になりそうな手がかりすら使えねぇ」


 役に立たなかった本を閉じる貴史の声音から、徐々に余裕が失われていく。

 今朝には、寺や幾野を殺害しただけに留まらず、あかりにまで手を掛けようとしたのだ。貴史の心中はすでに穏やかではない。焦りは思考力を奪っていく。

 それが分かっているから、彼は努めて冷静を装っていたが、限度がある。

 貴史は、重い腰を上げた。


 「穂谷さんには悪いが、こうなったら足を使うしかない」

 「そうするしか方法がなさそうですわね」


 彼女も、渋々頷く。彼女としても、陽が登りきらないうちに外での作業を終わらしたいのだろう。二人は割と即断即決型である。早々に席を立つ。


 しかし、そこに老女の声が掛かった。


 「ほぅ、なんや面白そうなことしとるなぁ」

 「……長尾市長か」


 貴史よりも頭二つ小さい市長がそこに立っていた。

 彼女の表情は、言葉通り心底愉快なものを見る色をしている。その性格の悪い言動に、余裕のない貴史は苛立ちを隠せない。受付が常駐していないような閑散としたロビーで、貴史の行く手を阻むように立つ彼女は、不機嫌を隠さない彼に対してそれでも笑い掛けた。


 「つれへんなぁ。面白そうな話をしとるから、協力したろう思ったのに」

 「協力?」

 「あぁそうやぁ。聞いたでぇ……暗渠を探してるんやろ?」


 どこまで捜査状況を知っているのだろうか、貴史は口の中で悪態をつく。

 神出鬼没な彼女の行動は心臓に悪い。

 それをひとまず飲み込んで聞き返す。


 「……その通りだが、それでどう協力しようって言うんだ? まさか、暗渠の場所を知っているとかじゃ無いだろ?」


 だが、そんな取り繕った彼の冷静さなど、全て彼女の手のひらの上であった。

 「くくく、そのまさかや」

 失笑する長尾を見て、貴史は遅まきながらそれに気が付く。

 しかし、僅かな情報でも欲しい貴史は彼女の話を聞かざるを得ない。


 「聞く気になったようやねぇ」


 満足そうに頷く彼女は、貴史と穂谷に少し待っているように言ったあと、外に停めてあった車から、ノートパソコンを持ち出してきた。


 「それは……?」


 その画面に映し出された情報を見て、それまで成り行きを見守っていた穂谷が声を漏らす。それは磐舟村の地図。だが図書館にあった昔の地図でも、現在の地図でもない。


 「これはなぁ。磐舟村開発中の概要でなぁ。どこがどう変わったか……全部、纏められてる」


 ちょうど貴史が探していた情報。

 それが提示されていた。


 「そんなもの……どうしてあんたが持っているんだ?」


 図書館にも無かった資料である。ましてや長尾は、隣町の市長。驚愕し尋ねると、長尾はたいしたことではないと答える。


 「去年に寺を雇っていたときに、ついでに貰ったんや。それに、今はそんな些末な議論はあとにして、ありがたくウチの情報を拝んどきやぁ」


 一年前の七夕祭では、寺は多忙で忙しかったと松塚が言っていたが、隣町で仕事をしていたらしい。そんなことが脳裏によぎるが、彼女の言うとおり今は開発地図に目を通すべきだ。


 「暗渠の場所は?」

 「殆ど埋め立てられていますわね……暗渠は三本ですわ」

 「それで、人の通れそうな幅のある暗渠となれば……中腹で神憑川と合流する北川か」


 案外あっさりと見つかった。それほどまでに、新天草区の河川は埋め立てられたということだろう。それに、この北川なら貴史も知っている。


 「この場所ならすぐ分かる。上流の方は地上に露出しているから、そこに行けば何かわかるかも知れない」


 ようやく得たヒントに、貴史は両手を打ち鳴らす。

 「ウチの協力は役に立ったぁ?」


 相変わらず何かを企んでいるような笑みを浮かべる長尾だが、それも卑屈になった貴史の先入観でそう見えていただけかもしれないと、彼は考え直した


 「あぁ、助かった。ここで新しい手がかりが掴めれば、また真相に近づける!」


 なるほどこれが彼女の『天才』か。求める者に、的確な解を与える。

 水を得た魚のようにやる気を取り戻した貴史は、早速現場へと走り出そうとする。

 しかし、最後に長尾から一言付け加えられた。


 「ウチから聞いたぁいうことは、誰にも言わんとってなぁ。これが、情報を上げる対価やぁ思っといて」

 「なんだそんなことか……分かった。図書館の本から見つけたってことにしておく」


 貴史が笑顔で了承すると、長尾も笑って手を振る。

 貴史は「いくぞ穂谷さん!」と声をかけ、一人で先に飛び出して行った。

 一見すれば、長尾が唐突に出した助け舟に貴史が飛び乗った形。長尾側のメリットが少ないように見える。彼女は益なく他人に助力したりしないはずだが、いったいどんな利益を手に入れたのだろうか。間違いなく何かを企んでいるはずだ。少なくとも静観していた穂谷にはそう見えた。その穂谷から向けられる視線に気づいている長尾だが、貴史を見送った後に溜息を吐いた。


 「メイドの小娘や」

 「はい。なんでございましょう」

 「これは余談。ウチの利益無し……搾りかすみたいな善意からの忠告や」


 穂谷は息を呑む。なぜなら長尾の目からは、貴史と話していた時のような悪辣な光が消えていた。哀愁漂わせるその目には、困惑と哀れみがある。


 「あの小僧……歪んでいる。その影響でウチの言葉が届いてないなぁ」

 「歪んでいる……ですか?」

 「心ここにあらずやぁ。気づいてるか? 事件を解決しようと奔走しているにも関わらへんのに、あの小僧の行動原理にはそれがない。昨日会った時は勘違いかとも思ったけどなぁ。今日の小僧は一段と不気味やわぁ」


 長尾に不気味と言われる貴史。

 だが、穂谷には彼女の言っている意味が理解出来なかった。

 なおも長尾は疑念を話す。


 「小娘はウチに『何を企んでいるのか』と聞こうと思ってたやろぅ? だからすぐに小僧には付いていかず、ここに残った……それが普通やなぁ。ウチはなぁ、疑われるように……意図して対立するように会話してるんやけどねぇ。それが通用せんかった」


 貴史は、長尾の話をまるごと信じていた。

 事件の手がかりを見つけるためになりふり構っていられなかったと、言われればその可能性もあるだろう。だが貴史の行動は、歴戦の長尾の想定から大きく外れていた。刑事に事件の協力を提案されるほどの洞察力を持っている彼が、一つ返事で長尾の明らかに怪しい協力を受け入れたのがまずおかしい。

 あそこは、一度だけでも長尾を疑ってかかるべきなのだ。

 そこまで含めて長尾の茶番。弱冠二十歳の貴史に崩せるほど甘くない。


 「小僧の意思とは関係なく、小僧を突き動かしとるものがあるなぁ……それに、今日は七夕祭の当日かぁ。村の伝説に蝕まれてしまったんかねぇ?」


 そう呟く彼女はどこか遠くを見ているようで、初めて『てんさい』ではない側面の彼女が垣間見えた。

 だがそれは、長尾の言葉が嘘偽り妄言の類で無いことを如実に表しており……貴史が歪んでいるということも、安易に切り捨てられない気がかりとして穂谷の心に突き刺さる。

 おそらく、今から穂谷が追いかけていっても、貴史は普段の貴史だろう。

 だが疑ってかかれば、彼の異変に気づけるかも知れない。


 「ご忠告、ありがとうございます。お尋ねしたいことは山ほどありますが……いまさら、なぜ協力してくれたかということは、答えてくれないのでしょう?」

 「……そうやぁ。ウチのことはほっといて、そろそろ小僧を追っかけぇや」

 「はい。それでは失礼します」


 一抹の不安を抱えたまま、穂谷は長尾に別れを告げた。

 図書館に一人残された長尾は最後に一つ、虚空に呟く。


 「あの娘……恵美ちゃん以上に闇が深そうやねえ」

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