第25話 『鶴の恩返し』をリメイクしてみた
「そう言えば、この間『三枚のお札』をリメイクして閃いたの」
「どうした」
またろくでもないことを考えたのか。
「昔話の中には、地域ごとに違いのあるパターンが存在しているじゃない?」
「元々が民話だからな。言い伝えられている間に変わるものもあるだろう」
浦島太郎だって竜宮城じゃなく、蓬莱の国へ行ったバージョンなんてのもあるくらいだ。それに、現代で絵本にする際に改変されたものも多い。
「でも、お陰で現代の私たちが知っている昔話が違うなんて、おかしいじゃない。一つに統一するべきだと思うわ」
「統一……だと?」
嫌な予感しかしないぞ。
「そんなわけで、今日はこれを採用しました」
「鶴の恩返し?」
これは日本の民話だが、一説には中国の唐の時代に似た話があるらしく、それが原型ではないかと言う説がある。どこで成立したのか非常にあやふやと言える。
「だけどこの話、そんなに諸説あったか?」
正直な所、こいつは誰もが知っている話だ。お爺さんが罠にかかっていた鶴を助けたら、娘の姿で恩返しに来る。しかし、機を織っている所を見てはいけないという約束を破ってしまったことで娘の正体を知ってしまい、鶴は去ってしまうという物語だ。
「聞けばわかるわ。ドロドロの人間関係を見なさい」
「すでに不安なんだが」
そして、新たなリメイクが始まった。
「『昔々、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました』」
「普通じゃないか」
「『それとは別に、両親を失い、一人で暮らす若い男がおりました』」
「誰だ」
いきなり第三者が現れたぞ。
「『そして、一人暮らしのお爺さんも居ました』」
「まだ増えたぞおい」
「『では、問題です。主役は誰でしょう』」
「何でクイズになってんだよ!」
「『①老夫婦 ②若者 ③独身のお爺さん』」
主役はそもそも①じゃなかったのか?
「『ざんねーん! 答えは、“全員主役”でした』」
「は?」
「このお話、主人公ですら数パターンあるのよ」
どうも登場人物の段階で地方や作品ごとに違いがあるらしい。お爺さんとお婆さんのパターンはむしろ最近らしい。
「つまり、老夫婦は若者の後輩ね」
「何だその複雑な関係は」
そして続きが始まる。
「『ある日、お爺さん二人と若者が罠にかかった一羽の鶴を見つけました。三人は鶴を罠から逃がしてあげようとしました』」
「凄い絵面だな」
「『ワシが助ける』『いや、ワシじゃ!』『俺が助けるんだ、引っ込めジジイ!』」
「何で取り合いになってんだ」
「『この子はワシら夫婦の娘になるんじゃ』『いーや、ワシの娘じゃ!』『うるせえ、俺の嫁になるんだよ!』」
「修羅場じゃねえか!」
おまけに台詞がメタい。
「『いっそのこと、ワシの嫁でも構わん』」
「歳を考えろ爺さん」
痴情のもつれみたいになってしまった。
「『なんやかんやで罠から逃がしてやりました』」
そこをぼかしてどうする!
「『激しく雪が降るその夜、美しい娘がやってきました。道に迷ったと言う娘を巡り、再び戦いが始まりました』」
「駄目じゃねえか!」
どうするんだこの関係。
「元のお話だと、老夫婦や一人暮らしのお爺さんの娘になって、若者とは夫婦になるのよ」
「ほう」
「つまり、全てを成立させるためにはこれしかないわ!」
┌─────────────────—┐
│お爺さん——お婆さん お爺さん2 |
│ │(養子) │(養子)│
│ 娘(鶴)—————若者 |
└────────────────—─┘
「複雑すぎるわ!」
養子と義理の息子娘の関係とか、何がどうしてこうなった!
「いっそのこと、お婆さんとお爺さん2が元夫婦で、若者はその息子だったという設定とか……」
「これ以上人間関係をややこしくするな」
もはや昼ドラの世界である。
「『雪がやむまでの間、娘は夫婦と一人暮らしの若者、そしてお爺さんの家を飛び回り、甲斐甲斐しく世話をしました』」
「鶴は一人のままかい!」
作業量が三倍になってるじゃねえか。
「『ある日、娘が布を織りたいと言うので、糸を与えると、娘は「絶対に中を覗かないで下さい」と言い渡して部屋にこもりました。』」
「ここは普通か」
「『覗くなよ、絶対に覗くなよ』」
それは覗けと言っているのではないだろうか。
「『キコパタトン。キコパタトン……チュイーン、ガガガガ、ゴキッ、ドスッ、キャーッ!』」
「何の音だ!?」
覗かせようとしてないだろうか。
「『そして娘が機を織り始めてから三日後、見事な布を織り終わりました。』」
「三日間、あの音を聞かされたのか……」
ちなみに、三日間は原作通りだ。
「『取り合いになると思ったので三家庭分作ったそうな』」
「気遣いが切ない!」
諸説織り交ぜた結果、鶴の負担が増えてるじゃねえか。
「『お爺さんたちが町へ売りに行くと、それは高く売れました。お爺さんたちは喜んで、糸を買って帰りました。娘はまた、機を織り始めました』」
ここも原作通りだが、三家庭から布を折れと言われるのか……。
「『ねえ、お爺さん。あの娘はどうしてあんなに見事に機を織るのでしょうね』」
「やっとクライマックスか」
「『私がのぞきます』『いや、ワシが』『いや俺が』『どうぞどうぞ』」
それは芸人のネタだ。
「『皆がのぞき込むと、そこには娘はおらず、やせた一羽の鶴が自分の羽毛を使って機を織っていたのでした』」
「これで正体がバレたな」
「『ちなみに、この羽毛は長時間労働のストレスで抜けたものです』」
「切ないな!?」
そりゃ三家庭分も作っていればそうだ。
「……っ、誰ですか!」
「『ヒヒーン!』『ワンワン!』『ニャーニャー』『コケコッコー!』」
「ブレーメンの音楽隊じゃねえか!」
どんな誤魔化し方だ。
「『見られてしまいましたね……そう、私はいつか助けられた鶴でございます。御恩を返したいと思って娘になって参りました』」
別れのシーンだ。これで娘は去っていく。
「『でもこんな勤務形態もう耐えられない!
逃げるよね、そりゃ!
「『お爺さんたちが引き留めるのも聞かず、娘は一羽の鶴になって空へ舞い上がりました』」
なんだか引き留める理由が別のものに見えてきたぞ。
「『その後、鶴は労働基準監督署に駆け込み、お爺さんたちはパワハラと長時間労働、賃金の未払いなどの容疑で訴えられました』」
「さらっと社会の闇を放り込むな!」
「『娘は民事訴訟で得たお金を使って幸せに暮らしましたとさ』」
待て、元々の目的はどこへ行った。
「『No more ブラック企業』」
「やかましいわ!」
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