第21話 『幸福な王子』をリメイクしてみた

「今回は悲哀に満ちた趣向で行こうと思うの」

「嫌な予感しかしないんだが」


 よりにもよって悲哀と言い出したか。そもそも昔話は原典版で悲劇に見舞われているパターンが多い。現代版に改変された際にある程度辻褄を合わせているが、浦島太郎みたいに元々の時点から納得のいかない終わり方をしているものも多い。


「で、題材は何だ」

「『幸福な王子』よ」


 なかなかシビアな題材を持ち出してきたものだ。

 こいつはオスカー・ワイルドの短編小説が原作だ。自我を持った王子の像が全身の宝石や金箔をツバメに頼んで街の貧しい人々に配るお話だ。

 結局ツバメは暖かい地方へ渡る時期を逃して凍死。王子像は全身の宝石や金箔が無くなってみすぼらしい姿になり、壊されるという話だ。


「そもそも救いがない話だろ、これ」


 一応、天使が王子像の心臓とツバメを神様の下へ持って行き、楽園で幸せに暮らすという結末を迎えるわけだが、この話は皮肉と哀愁に満ちた「メリーバッドエンド」の部類に入る作品だ。


「大丈夫。リアルに追求すればちゃんとした結末に向かうから」


 これまでがちゃんとした結末だと思っているらしい。さて、いったいどう魔改造リメイクされるのだろうか。


「『俺はこの街の象徴、王子の像。群れから遅れたツバメを引き留めて協力させていたら、冬になってしまった』」

「高校生名探偵みたいな冒頭はやめろ。と言うかいきなり終わらせるな」

「冗談よ」


 相変わらずフルスロットルで雰囲気をぶち壊しに来る奴である。


「『ある街の柱の上に、「幸福な王子」と呼ばれる像が立っていました。』」

「冒頭は普通だな」

「『目と剣の装飾に宝石。体は金箔で、心臓は鉛。いかにも若くして亡くなった王子を偲んで親が金に任せて作った自分の愛と財力を見せつける悪趣味な像でした』」

「お前は金持ちに何か恨みでもあるのか」


 もう少し言葉を選んでやれ。


「『しかし、その像には王子の魂が宿っており、自我を持っていたのでした』」

「重要な部分だな」

「『ある日、王子は若いツバメを囲い込みました』」

「やばい意味になりかねんからやめろ」


 それじゃ愛人扱いだ。


「それじゃ『ツバメが寝床を探し、王子像の足元で寝ようとすると、突然上から大粒の涙が降ってきました』」


 さて、王子とツバメが言葉を交わすシーンだ。


「『ツバメくん。俺は今、猛烈に嘆き悲しんでいる!』」

「スポ根か!」

「『町中の悲しい出来事がこの目に入ってくる。だが俺はここから動けん。この体が憎い!』」


 何だこの無駄に熱い性格の王子は。


「『ツバメくん、お願いだ。この剣のルビーをあの家へ運んでくれないか』『わかりました、王子様』『ツバメは言われたとおり、剣の装飾に使われていたルビーを病気の子供がいる母親の下へ届けてあげました』」

「さすがにここは改変しないか」

「『しかし、窓が閉まっていて中に入れなかったので、ルビーは窓を突き破って届けられました』」

「台無しじゃねえか!」


 何故こいつは余計な一文を差し挟むのか。


「『次の日、王子はまたツバメに頼みました』『僕の眼のサファイアをあの若い劇作家の所へ持って行ってくれないか?』『でも、僕エジプトへ行かなくちゃ』」

「エジプト?」

「どうもこのツバメ、エジプトに渡る予定だったらしいのよね」


 そんな設定だったのか。細かい所なので覚えていないものだ。


「『お願いだ。今日一日だけでいいから』『……わかりました』『そしてツバメは、王子の眼のサファイアを抉り取りました』」

「もう少し柔らかい表現にしてやれ」

「『ぎゃああああ!』」

「悲鳴上げてるじゃねえか!」

「『ツバメがサファイアを届けてあげると、若者は目を輝かせて喜びました』」

「王子との対比が辛い!」


 原作どおりとはいえ、片方が光を失って、片方が輝かせるとか皮肉すぎる。


「『じゃあ、僕はこれで』『待ってくれ。あと一日だけお願いだ。あそこでマッチ売りの少女が泣いているんだ』『わかりました(ブスッ)』『ぎゃああああ!』」

「躊躇ねえな!?」


「それじゃ目が見えなくなりますよ」の会話はどこへ行った。


「『仕方ないなあ、王子様は。これからは僕が貴方の目になってあげますよ……フフフ』」

「何か怖いぞこのツバメ!?」


 ヤンデレ要素が加わりやがった!


「『それからツバメは町を飛び回り、貧しい人たちの暮らしを王子に聞かせました』『それでは、僕の体の金を……』『バリッ』『ぎゃあああ!』」

「言わせてやれよ!」

「『一枚一枚、丁寧に剥がしてあげますからね……フフフフフフフ』」


 いかん、変なスイッチ入ってるぞこのツバメ。


「『痛いですか、でも逃げられないですよね?』『ああ……ツ、ツバメさん』」

「目覚めさせるな!」


 この方向はまずい。


「その場面は良いから先へ進めろ」

「それじゃ、『やがて、冬がやってきました。ツバメは凍えて動けなくなってしまいました』『王子様、さようなら……僕は幸せでした』『ツバ……ご主人様』」

「立場変わってるじゃねえか!」


 大変なことになってしまった。


「『ツバメは最後の力で王子にキスをすると、力尽きて死んでしまいました』『ツバメさん……最後に突然デレるなんて反則です』『その瞬間、王子は心臓が音を立てて砕けてハートブレイクしてしまいました』」

「ギャップ萌えさせるな」


 尊さで心が折れたみたいになってるぞ、おい。


「『次の朝、町の人は王子の像がみすぼらしい姿になっているのに気づきました』『こんな汚い像なんか溶かしてしまおう』『ところが、王子の心臓だけは溶けませんでした』」

「さすがに、ここはまともか」

「『もう王子の心はツバメのもの。こんな攻め程度では屈しなくなっていたのです』」

「だから余計な一文を入れるな」


 こんなインモラルな関係にしてしまって大丈夫か。神様が命じるのは「この町で一番尊いものを持ってこい」と言う命令だったはずだ。


「『神に命じられ、この町で最も尊いものとして、天使は王子の心臓とツバメを持ってきました』」


 さて、どうする気だ。


「『この二人の関係、マジ尊いんですけど!』」

「神様そっち側かよ!」

「『王子とツバメは天国で幸せに暮らしました』」

「まともな関係に見えねえ!」

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