第12話 飢餓地獄
「あーひもじいでやす。限界でやす」
串焼き売りの少年はゴロンと床に寝そべって人が余り来ない隅っこの方にいた。少年は孤児だった。串焼きのおじさんに拾われて一緒に生活をしているが血縁関係はなかった。
そのおじさんの自分を見る目が、最近解体する肉を見るような目になってきているような気がして一緒にいたら何か恐ろしいことが起こりそうなので逃げてきたのだった。
それで人気のない陰で寝転がっていると、一瞬いつも嗅いでいたあの肉の匂いが漂ってきたような気がした。
甘く香ばしいタレの匂いに釣られ、少年はコロコロと床の上を転がった。もう少年には立ち上がる気力も体力もなかったのだ。
しばらく転がっているとコツンと柔らかいものにぶつかり少年は停止した。見上げるとそこにいたのは……。
「あれっ? 猫の兄さん、いらっしゃったんでやすか?」
少年はこの休憩所に閉じ込められたとき、串焼き100本買った少年を探したが見つからなかったので、てっきり難を逃れて休憩所の外にいるのだろうと思っていた。それがこんなところで見つかって驚いたのだ。
うわー見つかっちゃったよ、ヤバイよどうしよう、なんでネコニャーバリアを抜けて来られるんだよ。
「ああ、ちょっと目立ちたくないから隠れてたんだよ」
「そうでやすか、それはさておき……」
少年の喉がゴクリとなって、口からはヨダレが溢れてきた。
「何か食べ物はありやすか? もしかして串焼きがまだ残っていやすか?」
「あ、あるよ、あるけど……」
「売ってください、いえ、買い戻させてください。お願いでやす、もう死にそうでやす」
さっきまで死にそうだった少年が、勢い込んで迫ってきたんだ。あまりの迫力に僕は思わず頷いちゃった。
「わかった、わかったよ、お肉は返すから落ち着いてよ。とりあえずこれを食べて落ち着いてよ」
そういって僕は串焼きを1本出して渡したんだ。すると少年はガツガツと貪るように食べた。あまりの勢いに喉に詰まったみたいだったのでお水もあげた。
「はー、生き返ったでやす。力がみなぎってきたでやす」
「ナイショだよ、僕たちのことは誰にも云わないでね。約束だよ」
「わかりやした、絶対に口は割らないでやす。それで串焼きの方は……」
「えーと、まだ90本と3本端数があるから全部渡すよ、でもどうやって渡そうかな……、ここで渡したら匂いとかでみんなにバレるし……」
「それだったら大丈夫でやす。食材運搬用の見た目より沢山入る魔法の収納袋がありやすから、それを持ってくるでやす」
そういって串焼き屋の少年は屋台の方に駆けて行ったんだ。あんなに元気に走ったら目立っちゃうと思うんだけど……。
はー、でもここに居るのもそろそろ潮時かな。いくらナイショにするって云っても大人の人に問い詰められたら口を割っちゃうと思うし。ここは、食糧のこと以上の刺激を与えてごまかすしかないよね。問題はあの入口にいる人達か……、あの人達が居るとネコニャーに巨人像をなんとかしてもらうときに僕たちがやったってバレて目をつけられちゃうかもしれないからね。
そうだ、あの男の子に屋台の所にあの人達も集めてもらってその隙にこっそり逃げればいいんだ。ということは、お肉以外にもエサがいるかな?
「お待たせしたでやす。兄さんどこでやすか」
小声でそう囁いた男の子を、周りに誰も居ないのを確認してバリアの中に取り込んだんだ。
見ると男の子は引きずるように大きな収納袋を持っていた。どれくらい入るんだろう?
「えーと、作戦があるんだけど……」
「何でやすか? 何の作戦でやす?」
「えっとね、僕たちはここから出て行きたいんだけど、入口に人がいっぱいいて出られないでしょ」
「イヤイヤ、兄貴、人がいなくても出られないでやす、巨神様をなんとかしないとどうにもなりやせん」
「まぁ、そうなんだけど、とにかくあそこにいる人達を移動させて欲しいんだけど……何とかならないかな?」
「そりゃあ、串焼きで釣ったら集まると思いやすが、本当に出られるんでやすか?」
「それはわからないよ、取りあえずお肉だけって心細いからリンゴも付けるよ。だから君は大声を出してみんなを屋台の所に集めてよ」
「分かりやした、任せておくれやす」
「じゃあリンゴから渡すよ」
そういって僕は男の子が開いている収納袋にリンゴを入れるようネコニャーにお願いしたんだ。いきなり空間が割れてリンゴが収納袋に流れ込むのを見て男の子は驚いていたけど、誰にも云わないでねって念押ししといたよ。
多分リンゴは200個ぐらいあったけど袋の中に全部入ったよ。そして最後に串焼きの袋を収納袋に入れて引き渡しは終了したんだ。
「じゃあ、くれぐれも僕たちのことはナイショだよ」
そういって男の子と別れた。凄い感謝された。あっ、もちろん串焼きのお金は返してもらったよ。リンゴ代は今からやってもらうことの代金としておまけしといたけどね。
☆ ☆ ☆
「おやっさん、おやっさん、一大事でやす」
「何だ、水はもうないぞ、次の配給まで待て」
「違いやす、仕事でやす、仕事があるんでやす」
「何だ、気でも狂ったのか?」
「いいから、これを喰うでやす」
そういって差し出された串焼きを見るや、おやっさんは飢えた獣のように3つ刺さった肉をかっ喰らった。
「おやっさん、リンゴもありやす」
甘いタレのついた肉を食べたせいで口の中が水分不足になっていたおやっさんはリンゴを奪い取るとガツガツと頬張った。
ハーっとひと息ついて、おやっさんは訊いた。
「それで、今の食い物はどうしたんだ? 串焼きは俺がつくった物だが最後に焼いたのは、あの日だったはずだ。それが何で出来たての状態であるんだ」
「おやっさん、それは云えやせん、男と男の約束でやす。ですが今からこの串焼きとリンゴをみんなに配らないといけないでやす」
「はー? 配るってまだあるのか。いったいいくつあるんだ」
「串焼きが92とリンゴはわかりやせん」
「92って……あの100本買ってくれた少年か?」
「バレたでやすーーー」
それから2人はリンゴの数をかぞえたら185個あったので半分にして配ることに決めた。肉の数は3切れ刺さった串が92本だから276切れなので、大きそうな肉を30切れほど半分にすることにし、半分の人はリンゴを丸々ひとつ渡すことにした。
肉を串から抜いたりリンゴを切ったりするのに自分達の屋台より隣の鉄板焼の屋台の方がやりやすいと思ったので、2人は隣の屋台の持ち主にリンゴを渡して買収し、ついでにリンゴを2つに切るのを手伝わせることにした。
ガン、ガン、ガン、ガン、ガン
鍋の底を木の棒で叩いて少年は注目を集めた。
「さーさー皆さん、ひょんな所から肉とリンゴが見つかったでやすよー、並んで並んで、今から配りやすよ。入口で寝ている皆さん、肉ですよ、肉。今から配りやすのでこっちに来るでやす。お皿を持ってる人は持って来るでやす」
最初は何をバカなことを叫んでいるんだと訝しんでいた者たちも、辺りに焼けた肉の匂いが立ち込めてくるに至り、まるでゾンビのごとく集まってきた。
「ハイハイ、並んでおくれやす。みんな並ばないと配れないでやすよ。動けない人も連れてきておくれやす」
這い寄る狼所属B級冒険者のルレムは包まっていた敷き布から顔を出し呟いた。
「今誰かお肉って云った?」
クンクンと鼻を鳴らし這い出す姿は、まさに狼だった。
「来てる、来てるわ、あたしのお肉がもうそこまで。みんなお肉よ、お肉に向かって前進するのよ」
こうして這い寄る狼一団は、まるで不死者のように起き上がり行進を始めた。
一方、王都守護隊養成所のテントでは、大隊長のライオネルの元に報告が届いていた。
「大隊長、大変です。商人ギルドの方で少年が肉があると騒いでいます」
ライオネルは悼ましそうに目を閉じると云った。
「ついに始まってしまったか……、恐らく空腹のあまり気がふれたのであろう。かわいそうに」
「そ、それが本当のようで、焼いた肉の匂いがここまで流れてきております」
ライオネルは、ハッと何かに気が付いたように顔を上げ、更に眉間に皺を寄せて呟いた。
「……人肉か」
「いえいえ、それはないでしょう。誰も死んでませんし」
「そうなのか?」
ライオネルはそういうと立ち上がりテントの外に出た。見ると屋台の方に歩き寄っていく沢山の冒険者の姿が目に映った。
「よし、我々も行くぞ。本当か嘘かは判らぬが、あれだけ人が集まるなら何かあるのだろう。全員集合せよ、そして整列して屋台前に並べ」
こうして屋台前には長蛇の列が出来上がった。順番は、一番近くにいた商人ギルド、這い寄る狼他冒険者、そして命令待ちをしていたため出遅れた守護隊養成所となっていた。
「それでは皆さんお揃いになりましたのでお肉とリンゴを配りたいと思いやす。お肉ひと切れ、リンゴ半分がお一人様の取り分になりやすが、残念ながらお肉は全員分御座いやせん。ですから大きめのお肉を30ばかり半分にいたしやす。その代わり、半分のお肉の方はリンゴは1個に致しやす。体調が悪くお肉をあまり食べられない方がいらっしゃいやしたら、お肉半分リンゴ1個とお申し付けくださいやす」
少年の口上が終わると、次々とお肉とリンゴが配られた。入れ物を持っている者にはその中に、ない者には半分になったリンゴの上にお肉をのせて渡された。
手渡された者たちは、思い思いにそれを口に運んだ。あるものはゆっくりとネズミがかじるように少しずつ、あるものはライオンが貪るように豪快に食べた。
しかし後日の為に残しておこうというものは誰一人としていなかった。それは、ほんの少し生きながらえても助けが間に合う可能性なんてなかったからだ。
☆ ☆ ☆
今、僕とネコニャーは休憩所の入口に立っている。計画通り事が進み、誰にも気付かれずに来られた。
「じゃあ、ネコニャー、お願いします」
「…………」
「どうしたの? ここはネコニャーの不思議パワーで何とかなるシュチュエーションでしょ?」
「……どうするニャ」
「えーーー、まさかのノープラン。イヤイヤイヤ、出来るよね、ネコニャーの力で外に出られるよね」
「どうやって出るニャ?」
ヤバイよ、ヤバイよ、まさかネコニャーでも出られないなんて想定外だよ。あーーー、ピンチだよ、絶体絶命だよ、どうしよう……。
「……出られないの?」
「できるニャ」
えっ? さっき出来ないって云ったのに?
……あれ? 出来ないって云ってたかな?
どうするニャとか、どうやって出るニャとか云ってたような……。
もしかして出る手順を云わないといけないのかな?
「えーと、ネコニャーのバリアを入口の壁と巨人像の間に染み込ませるみたいに広げて行って、音が出ないように巨人像の下にも広げて、ジャッキで持ち上げるみたいに空気で浮かせて、ソーと巨人像を動かすって出来る?」
「できるニャ」
そういうと巨人像は床の上を滑るように音もなく動いて、右手側の壁と巨人像の間に60センチぐらいの隙間ができたんだ。
「よしっ、じゃあ行こうか。ステルスオン」
こうして僕たちは外の見張りの人にも気付かれずに休憩所を出たんだ。
さて目指すはダンジョン深奥のボス部屋だ。魔法石収拾の続きもしないとね。よし、僕たちの冒険はこれからだ。
☆ ☆ ☆
「おい、何かさっきから人の騒ぎ声が聞こえてこないか?」
「おいおい、よせよ。昨日の定時連絡では全員生存って話だったはずだぜ。まさかもう化けて出たってことはないはずだぜ」
「今度は歌が聞こえて来たぞ。隊長に連絡だ」
こうして見張りの2人は隊長を伴って巨神像の周りを調査した。原因はすぐに特定された。まるで通路でもあるかのように巨神像と壁との間に人が通れる程の隙間があったのだ。
3人は巨神像を見上げた、もし自分達が通るのを待ち構えていて、通った途端に閉ざすつもりなのではないだろうかと思ったのだ。
「よし、お前は残って離れて見ていろ。俺たちは中に入る」
そういって隊長と呼ばれている男は部下をひとり連れだって細い隙間を進んだ。
そして見たものは、リンゴをかじりながら唄っている大勢の人間の姿だった。
ガチャン
用心のため手にしていた剣を思わず落としてしまった。その音を聞き付け、300人が一斉に振り返り、そして休憩所は静寂に包まれた。
休憩所にいた人達の心は、ひとつの思いに支配された。
『えっ? 何でいるの』
そしてパラパラと入口に向かう人が現れたかと思うと、その流れは次第に激しくなり、まるで土石流のように2人を呑み込んで行った。
入口を確認し通れる道があると見るや否や、ウォーと雄叫びを上げながら猛ダッシュで走り去りそのままダンジョンの外へ向かってデスマーチを開始した。
B級冒険者のルレムは自身の愛剣を手にする為に少し出遅れたがその後の追走はまるで猟犬のようで、次から次へと追い抜いてあっという間に先頭へと躍り出た。
「肉、メシ、肉、メシ、もっと喰わせろ!」
「肉、メシ、肉、メシ、もっと喰わせろ!」
先頭をきり、本能の思うがまま疾駆する女狼を誰ひとり止めるものはいなかった。
「おい、あれもう自分が女だということを忘れているんじゃないか?」
後ろから、そんな囁きが聞こえてきても、今のルレムには届かなかった。そのとき、前方から魔物が3匹現れた。しかしルレムは走る勢いそのままにひと振りで3匹まとめて凪ぎ払った。「そして風呂ーーー」という掛け声と共に。
どうやら魔物を切ると風呂のことを思い出すようだ。
「肉、メシ、肉、メシ、もっと喰わせろ!」
「そして風呂ーーー」
飢えた狼と化した這い寄る狼の面々は奇妙な掛け声と共にダンジョンの中を駆け抜けた。
そして10階層を僅か2時間で駆け上がるという記録を樹立したのであった。
「いちおう風呂って云ってるから女を忘れてないってことでいいんじゃね」
そんな呟きを残して……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます