第4話 初心者ダンジョンの街と全裸土下座

 ヒッヒッヒィー、もうダメだ、これ以上歩けない。目が覚めて1時間ぐらい早足で歩いたんだけど、たぶん5キロぐらいしか進んでない。まだ全体の半分ぐらいしか来てないので、後15キロを3時間で歩かないといけない。つまり、この1時間のペースを後3時間続けないといけないってことなんだ。無理でしょ。


「ネ、ネコニャー、もうダメだよ、これ以上進めないよ。ち、力を貸して、お願いだよ」


「ニャッ」


 うわっ、いきなり身体が軽くなったぞ。追い風が背中を押してくれているみたいだ。これだったらまだまだ歩けそうだ。


「ありがとう、ネコニャーなんとか頑張れそうだよ」


「よかったニャ」


 こんな感じで頑張って歩いていたんだけど、気が付けば随分太陽が傾いてきていたんだ。ヤバイよ、日が暮れちゃうよ、こうなったらネコニャーにもっと頑張ってもらうしかない。


「ネコニャー、もうちょっと強くできる?」


「できるニャ」


 うおっ、凄いよ、これはもう駆け足ぐらいのスピードだよ、この調子でいけば……、あれっ、身体が浮き上がって足が地面に着かなくなってきたんだけど。


「ちょっとネコニャー、速いよ、速すぎるよ」


 すると、急に背中を押す圧力が弱まり、尻餅をつきそうになったんだ。でも転ぶって思って身を固くしたら、後ろにソファーがあったんだ。

 何でこんなところにあるんだろうと思って見たら、何もそこにはなかったんだ。ただ空気の塊みたいなのがあるみたいで、それがしっかりと僕を支えてくれていたんだ。


「凄いよネコニャー、クッションみたいだよ」


 僕はお尻に感じる弾力を楽しみながら、これってもしかしたらベッドの代わりになるんじゃないかなと、活用法方を考えていたんだ。

 でも、ふと周りを見て今考えてたことはふっとんじゃったんだ。なぜなら周りの景色が流れていたんだから。

 落ち着いて考えよう。今僕はソファーのような空気の塊に座っている。足は動かしてない。でも景色は流れている。つまり僕たちは移動している。

 うわー、云ってよ、云ってよ、こんな便利な能力を持っているんだったら初めから教えといてよ。今まで僕があんなに辛い思いして歩いてたのに全部無駄だったっていうの?


「あのー、ネコニャーさん、僕が歩いてないのに移動しているみたいなんだけど、これってネコニャーの力なの?」


「そうニャ、押してるニャ。一生懸命ニャ」


「教えといてくれたら、うれしかったんだけど……、こうやって押すのってネコニャーは疲れるの?」


「疲れないニャ」


「じゃあ、このまま走っていきたいんだけど、もっと速く走れる?」


「できるニャ」


 ネコニャーがそういうと、スピードはグンと上がり、だいたい時速60キロぐらいになったと思う。

 こうして僕は車を手に入れたんだ。うん、楽チンだ。


 街道を走っていると、何人かの人とすれ違ったけど、みんな驚いていたよ。外から見たらどう見えるんだろう? きっと宙に浮いた人間が凄いスピードで移動しているように見えるんだろうな……、ってちょっとまずくないかな? 目立ちすぎちゃうよ。


「ねぇ、ネコニャー、外から見えなくするってできる?」


「できるニャ」


「えっ、できるの? まじで?」


 それから人とすれ違っても驚かれなくなったんだ。車にステルス機能が装備されたみたい。


 そして夕日が沈む前に初心者ダンジョンがある街に到着した。門の前には人が多くいたので、見付からないように少し手前で止まりステルスを解除して歩いて近づいたんだ。できるだけ目立たないように、フードを被って、ネコニャーもコートの中に身体を入れて頭だけ出した状態で僕が抱えて歩いたよ。

 門の入り口でなんか通行証みたいなのが要るのかなと思っていたんだけど、そんなのは要らないみたいで素通りできた。門番さんはちゃんといたんだけどね。

 それでもう日が暮れかけていたので、宿屋を探して長かった1日がやっと終わった。

 ネコニャーの宿代も払わないといけないのかと思ったんだけど、食事はひとり分でいいこととベッドはひとつの部屋でいいって云ったらひとり分の料金にしてくれた。もちろん、ネコニャーにベッドはひとつでいいのか先に訊いたよ。


 部屋に入って、案内してくれた女の人に、部屋に食事を持ってきてくれるように頼んだ。これは下の酒場に行ったら絡まれるかもしれないのでどこの宿でもお願いしているんだ。

 食事が終わった後に身体を拭く為の水を持ってきてもらった。今日はかなり歩いて汗をかいたし、ずっとお風呂に入ってないから気持ち悪いんだ。風呂嫌いな僕でも王城を出てからなので、もう1ヶ月も入ってない。さすがにお風呂がこいしいよ。

 でも仕方がないので布に水を浸けて拭くだけで我慢する。


「ねぇ、ネコニャー、気温を変えるみたいにお水も暖められないの?」


「できるニャ」


 そう云ってネコニャーは桶に入っている水に人差し指を浸けた。するとすぐに湯気が出てきたので、僕も湯に手を浸けて温度を確認した。


「アチッ、ストップ、ネコニャー止めて」


 ちょっと熱くなっちゃったけど、布に含ませるとちょうどいい熱さになったので、僕は身体を隅々まで拭いた。


「ありがとう、ネコニャー」


 お礼を云いながらベッドに座っているネコニャーの方を見ると、ネコニャーも僕の方をジッと見てたんだ。

 しまった、ネコニャーがいるのを忘れて全部脱いじゃったよ! 恥ずかしいなぁ。そう思いながらネコニャーの顔を見たんだけど、これといった反応はなかった。それは人間が犬とか猫を見て、裸だとか気にしないのと同じなんだろうなと僕は思った。だから僕も気にしないことにした。きっとこれからもこんなことがいっぱいあると思うしね。


 その後寝ようと思ったんだけど、敷布団が固くて、それにあまり清潔そうじゃなかったので、ネコニャーに移動していたときのソファーみたいな空気の塊を布団がわりに敷いてもらった。

 これがけっこう気持ちよくって朝までぐっすりと寝られたんだ。きっと疲れもたまっていたんだと思う。


 あー、よく寝た。朝日に照らされて部屋が明るくなってる、もう朝なんだと僕は寝ぼけ眼で天井を見た。ここで云うべきセリフがあったのかもしれないが、それどころじゃなかったんだ。掛け布ではない何かの感触が僕の身体の上にあったんだから。

 そちらを見ると、まず目に入ったのは猫耳、続いて茶色い髪の毛、その向こう側には肌色が広がっていた。

 見た、僕は凝視した。僕のお腹の上で折り畳むように収納された足、そしてまるで光を遮るように頭を抱え込む腕、更に僕の胸に押し付けられた顔、極めつけは輝くまでに真っ白な一糸纏わぬその裸体、これは、これは…………。


「全裸土下座寝オンマイボデェやーーーー」


 思わず叫んでしまった。こんなにも声を出したことはここ1年なかった。

 すると、猫耳がピクピクと動いてネコニャーは顔を上げ、そのままゆっくりと立ち上がった。

 見えちゃう、見えちゃうよ、昨日からネコニャーが男の子か女の子かわからなくて、暫定女の子にしといたんだけど、その答えが見えちゃうよーー。

 見たいけど、知りたいんだけど見ちゃ駄目なんだ、と葛藤してたんだけど全部見えちゃいました。

 無いです。ついてません…………。何も無いです。全く無いです。確認しました。ネコニャーには性器はありませんでした。妖精的な何かなのでしょうか?

 とりあえず、女の子ではないということで、一緒に寝ても、お風呂に入ってもセーフだと僕の中では決定されました。


 ドタバタした朝のひとときを終え、今日やらないといけないことを考えた。

 とにかく冒険者ギルドに行って登録すること、それができたらダンジョンに行ってお金を稼ぐこと……なんだけど、その前にどうやって魔物を倒すのか考えないと……。


「ねぇ、ネコニャー、武器って持ってるの? それか、魔法とかで攻撃できるの?」


 それを聞くとネコニャーは熊が威嚇するように両手を上げて、ニャッといって手に力を込めた。するとネコニャーの手首から先が一瞬にして猫の手になった。まるで猫の手の手袋を着けているようだ。


「これが第1段階ニャ、そしてこれが第2段階ニャーー」


 そう云ってネコニャーは更に力を込め、シャキーンと爪を出した。


「そ、それがネコニャーの武器なの? 確かに引っ掻かれると痛そうなんだけど……」


「クックックックッ、大丈夫ニャ、あと1個変身を残してるニャ、ソータのことは我輩が守るニャ」


「ありがとう」


 とは云ったんだけど、なんか凄く心配になってきたよ。

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