第3話 守護獣召喚

 いま僕の目の前には巨大な門がある。巨人族でも出入りできるようにしているのかな? 巨人族見たことないからわからないんだけどね。

 今日は朝早くに1ヶ月滞在していた宿を引き払い、旅の準備をした。旅で必要なのが、まずは水だ。お店で聞くと、何かの動物の胃袋ぽいのを見せてくれて、この水入れだと2リットルぐらい入るし、たすき掛けにして持てるって教えてくれたので買ったんだ。水は井戸で汲んだので、今は満タンだ。

 それと、背負い袋と水を飲むための木のコップも同じ店で買った。後、パンとかハムっぽいのとか、猫が食べられそうなのも背負い袋に入るだけ買っておいた。

 残りのお金も2万Gぐらいしかない。ダンジョンのある街に入るのにも、ギルドに登録するのにもお金が掛かると思う。僕はこのお金がなくなる前に、ちゃんと稼げるようになっているのだろうか……。


 門をくぐると、真っ直ぐな道が青い空まで続くようにのびていた。


「今日は死ぬにはいい日だ」


 僕は強がりを口にしながら歩き出した。そうしないと不安で押し潰されそうだったから。

 先ずは召喚をしないと、ダンジョンで絶対に死ぬ。でも、どんな獣が召喚されるかはわからない。何を食べるのだろうか? 意思の疎通はできるのだろうか?

 きっと入学試験を受けるのってこんな気持ちなんだろうね。足は重いし気が落ち着かない、胃も痛くなってきたよ。

 それでも、1時間ぐらいは歩いた。道の左手側が丘になっていて、大きな木がてっぺんに生えているところを見つけた。道から外れているし少し登らないといけないので人気はなさそうだった。

 僕はその丘を登った。やはり人はおらずひっそりとしていた。僕は木の根元に荷物を全部置いて深呼吸した。なるべく自然体で立ち心を落ち着けた。

 5分だったか10分だったかはわからないが、しばらく瞼を閉じて僕の覚悟は決まった。

 僕は全ての想いを込めて言葉を紡いだ。


「来て、僕を守ってくれる……何か?」


 う、うん。僕を守ってくれるのが人か獣かわからないし、何て呼べばいいのかわからなかったよ。


 …………あれ、何も起きないぞ? もしかして騙されたの?


 すると、ホタルの光のようなものが、ゆらゆらと目の前を漂ってきた。


 ちっちゃ、妖精的な何かなの? 蚊ぐらいの大きさかな……。僕の力じゃこれが限界ってことなのかな?


 呆然とその光を見ていると、だんだんと光が強くなってきた。よく見ると周りから次々と光が集まってくる。そしてその光は人の形になり、そして弾けた。

 眩しさに瞼を閉じ、再び目を開けたとき、僕の目の前には一体の獣人が立っていた。

 身長は120センチぐらいだろうか。僕より頭2つ分ぐらい低そうだ。ナチュラルにカールした茶色い髪には、注文通りにピンと立った猫耳が生えている。

 僕と違ってちゃんと服も着ていて、細い脚がよく見える短パンに、ノースリーブのシャツを着ている。シャツにはフリルがあしらってあり、この世界の平民が着るには少しオシャレ過ぎて目立つんじゃないかと思った。この世界にはなさそうな靴や靴下も履いているようなので、やはり異世界から来てくれたのだろう。

 女の子だとは思うんだけど、10才ぐらいなので胸のふくらみからは判断できない。じっと僕の方を見ているんだけど、これって僕から話し掛けないといけないんだよね。まずは自己紹介から始めないと……だけど言葉通じるのかな?


「あ、あの僕の名前はソータって云うんだけど、君は何ていう名前なの?」


「吾輩は、ねこニャ」


 あっ、しゃべった。しかも一人称が吾輩って、なんか僕が住んでた地球世界の影響をモロにうけてるみたいなんだけど……それとも自動翻訳が勝手にそう変換しているのかな?


「そうなんだ、ネコニャーって名前なんだね、あの……僕のこと守ってくれるの?」


「守るにゃ、吾輩はソータのこと守るにゃ、鉄壁ニャ、アリも入ってこないニャ」


 う、うん。なんかギャグっぽいこと云ってるように聞こえるけど、表情が全然変わってないんだよね。どこか人形っぽいっていうか、感情がこもってないっていうか、まだ逢ったばかりだけど、人間とは違う異質な何かをそのとき僕は感じていた。


「ありがとう守ってくれて、これからよろしくお願いします」


 僕がそういうと、ネコニャーは「ニャッ」とひと鳴きした。えっ? 今のニャは肯定の返事なの?


 あっそうだ、ゴハンのこと聴いておかなきゃ。もし今流行りの腹ペコキャラだったら僕の生活が破綻するもんね。食事は1回につき牛1頭なんて可能性もあるから。


「ネコニャーはお腹空いてない? パンとかお肉とかあるんだけど、良かったら一緒に食べない?」


「食べないニャ」


「そうなんだ、お腹空いてないのかな? じゃあ、のどは渇いてない? お水ならあるよ」


「いらないニャ」


 ど、どうしよう、何をどれくらい食べるのか聞いておかないとこれからの計画が立てられないよ。


「いつもはなに食べてるの?」


「食べたことないニャ、クックックッ、さっき生まれたばかりだからニャ」


 ネコニャーはどや顔でそう云った。そう云えば、そうだった。ペンギン天使が云っていた、身体はこちらの世界で造るって。それと、ネコニャーはコピーみたいなものでオリジナルの存在は、そのまま元の世界で暮らしているんだった。


「そうなんだ。えーと、ネコニャーの元の存在ってわかるかな? その人は何を食べてたの?」


「チクワニャ、チクワを食べてたニャ、キャラ付けだったからニャ。きっとチクワのCMに出てひと儲けする気だったにちがいないニャ」


「そっ、そうなんだ。じゃあネコニャーもチクワ食べるの?」


「いらないニャ、キャラ付けは終わりニャ、吾輩はオリジナルとは違うキャラになってみせるニャ」


「わかったよ、頑張ってね」


 僕がそういうと、またニャッと返事をしてネコニャーはうなずいた。やっぱりニャッていうのは肯定の合図みたいだ。


「じゃあ行こうか、あっちの方にダンジョンの街があるんだ。一生懸命歩けば、多分、日が暮れる前に着くと思うよ」


 そう云って僕は南の方を指差して歩き出した。一瞬目を逸らして再びネコニャーの方を見たとき、すでにその姿はどこにもなかった。


「えっ? ネコニャーどこに行ったの?」


 僕は迷子になったような心細さから、必死で辺りを見回した。

 すると、シュバッという音と共にネコニャーが目の前に現れた。


「ワッ、びっくりした。ネコニャーどこにいたの?」


「あっちに歩いて行ってたニャ」


 そう云ってネコニャーは南の方を指差した。僕は意味がわからず、もう一度歩いてみてと云ったら、ネコニャーは一瞬にして姿を消し、百メートル程先に姿を見せた。

 ダッ、駄目だ。速さの次元が違いすぎる。瞬動とか縮地とか漫画や小説でいうけど、そんなレベルじゃないよ、むしろテレポートだよ。

 僕はもう一度ネコニャーに戻ってきてもらい、僕と同じスピードで歩いてくれるようにお願いした。

 するとネコニャーはぎこちなく5歩ぐらいは一緒に歩いてくれたけど、その後パッといなくなって、また先の方に出現した。


「「………………」」


 再び戻ってきたネコニャーと僕は、お互い言葉もなく見つめ合った。僕が思うに、ネコニャーにとって人間と同じスピードで歩くってことは、人間に1センチずつ進めっていうのと同じなんだ。つまり、やってやれなくはないけど、ずっとはできないってことなんだ。

 どうしよう、まさかこんな問題が発生するなんて思ってなかったよ。


「抱っこすればいいニャ」


 僕があれこれ考えていると突然ネコニャーがそう云った。僕は一瞬何のことか理解できず、えっ? と聞き返した。


「ソータが吾輩のことを抱っこして運べばいいニャ」


「えっ、いいの?」


 僕はその犯罪的な提案に思わず聞き返していた。ロリ的な意味で。


「いいニャ」


 そう云ってネコニャーは僕の胸の前にシュッと現れた。思わず両手で抱えると、僕の腕はネコニャーの脇の下をくぐってしっかりと胸の前で交差していた。

 うわっ軽い、びっくりするぐらい軽いよ。ぬいぐるみぐらいの重さだ。ふわっとしてて、温かくて、これなら僕でも抱えたまま歩けるよ。

 ちょうど僕の口の高さに猫耳の先があるんだけど、小刻みにピクピク動いてるんだ。なんか音を拾ってるのかな?

 いま気が付いたんだけど、人間の耳も付いてるよ。どんな役割分担があるんだろう? 高音用と低音用なのかな?


 僕は丘を下り、街道を歩き始めた。すれ違う人たちは僕らのことをどんな目で見るのかな? 完全に力を抜いて、だらんと腕を垂らしている姿は、本当に人形のようだ。

 でも、彼女の存在に僕は本当に救われた気分なんだ。心配していたのがバカみたいだ。あの神様のデータベースって本当に正しい答えをはじき出していたんだね。今度ペンギン天使に会ったら、そのことだけはお礼を云わなきゃ。


 意気揚々と歩いてたんだけど、ネコニャーを抱えながら2時間も歩くと疲れてきちゃって、ちょうどお昼頃だから、腰を掛けられそうな石のところで、昼食を採ることにしたんだ。

 ネコニャーを隣に座らせて、僕は背負い袋からパンとハムを取り出し、ハムをナイフで削ぎ落とすようにカットして口に運んだ。ネコニャーの方を見たんだけど、僕が食事をしているのには無関心だった。何も食べないっていうのは本当みたいだ。

 僕はフゥッと息を吐き石の上に寝転がった。空が青い、風も少し吹いている。

 あれっ! 木の枝とか草を見たら風が吹いているみたいなんだけど、身体には風が全く感じられない。何でだろうと思い、ネコニャーに訊いてみた。


「なんか風が遮られてるみたいなんだけど」


「吾輩がソータを守ってるニャ。アリも入って来ないぐらい守ってるニャ」


「そうなんだ、ありがとう。どうやって守ってるの?」


「バリアニャ」


 ……あるんだバリア。


 それにしても暑い。フードを被ってるから余計暑いんだけど、これを取るときっと絡まれるんだ。なぜか僕の顔は絡まれやすい信号を出しているようなんだ。地球にいたときもそうだったし、たぶん今も同じだと思う。この世界に来たとき、もしかしたら顔とか変わるのかと思っていたんだけど、前と同じだったから。


「暑いね、ネコニャー」


 僕がそう云ったとき、急に周りの気温が下がったみたいにヒヤッとして、快適な状態になった。


「すごい、バリアの中って温度もコントロールできるの?」


「できるニャ」


 ネコニャーは事も無げにそう云った。


「そうなんだ、できるんだ」


 こうして僕は現代人の必須アイテム、エアコンを手に入れた。これで炎天下でも体力をあまり消費せず歩けるようになった。僕は安心感と満腹感、そして疲労感でそのまま寝てしまったんだ。


 そして目が覚めると日は傾いていて、おそらく3時ぐらいになっていたと思う。

 僕はバッと起き上がり辺りを見た。僕の左側にはネコニャーが寝る前と同じ姿勢で座っていた。もしかしたら僕が寝ている間、微動だにしていなかったのかもしれないと、僕はそんな気がしてならなかった。


 そんなことよりも問題なのは寝坊してしまったことだ。おそらくまだ道のりの3分の1ぐらいしか進んでいないだろう。ここまで来るのに3時間ぐらいかかったから、後6時間ぐらい必要になる。つまり、到着するのは夜の9時、早足で稼いでも8時ぐらいにはなると思う。ダメだ日が暮れてしまう。


「ヤバイよ、ネコニャー、早く行かないと街に着かないよ」


 そう云って僕はネコニャーを抱え上げ、早足で街道を進んだ。



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