第2話 全裸召喚と情報収集

 うっ、一瞬意識を失ってたのかな? 身体前面にひんやりとした感覚がある。どうやら石床の上にうつ伏せで寝ているみたい。

 あれっ、股間を刺激する石床のひんやり感、これって裸ってこと? そう云えば、身体は現地で造るって云っていたような……。

 まさかの全裸召喚なの? さっきからざわざわと人の気配がしてる。もうお尻とかきっと見られてるよ。クッ、なんて苦行……。

 僕はゆっくりと顔を上げて周りを見た。正面には豪華な椅子に座っている王様みたいな人、その左隣に綺麗なお姫様、右側には目付きの鋭い宰相的な人がいた。

 そして、お姫様の隣にライオンのような顔の怖そうなおじさんがいて、後は左右の壁に沿うように5人ずつ武器をもった屈強そうな兵士が並んでいる。


「勇者よ、よくぞ参った」


 王様が威厳のある声で話しかけてきた。僕のことを勇者って云ったけど、なにか事情を知っているのだろうか?

 それに、よくある勇者召喚なら、どこか儀式をするところで召喚されるのに、いきなり謁見の間みたいなところで召喚されるのも変だと思うんだけど。中には暴れ出す勇者もいると思うし、王様の安全を考えるとこれはないんじゃないかなと思った。

 そんなことを考えていると、身体にフワッとなにかを掛けられた。それはシーツのような布で、これで身体を隠せということみたいだった。

 僕はシーツを纏うと、そのまま正座し王様の話を聞いた。実はさっきから王様の名前とか国名とか話していたみたいだけど、全然頭に入らなくて覚えてないんだ。もしテストとかあったらヤバいんだけど、ないよね?


「――神からのお告げがあり、それでこうして勇者の降臨を待っていたというわけだ」


 あっ、今大事なこと云った。危うく聞き逃すところだった。ということは、王様達が勇者召喚をしたんじゃないってことだよね。もしかして迷惑とか思われているのかな?


「それで勇者殿、お主の名を教えてはくれないか?」


 王様の質問に僕は考えた。こういうとき本当の名前を云うと、なにかの誓約が働いたり、呪いとかあるかもしれないし……。でも、適当な名前にすると自分が呼ばれているってわからなくて無視しちゃってあやしまれたりするのってお約束だし、どうしようかな? そのとき自分にぴったりな名前が閃いた。


「僕の名前は、ニートです」


「そうか、ニートというのか。良い名じゃ。ところでニートよ、神託によると12人の勇者にそれぞれひとつずつチートとか云う特殊能力を与え、最後のひとりになるまで争わせるとのことだったが、お主にはどのようなチートが与えられたのじゃ? 我らにも勇者を導き、可能な限り援助せよと神命がくだっておるのでな」


 チートか……、やっぱり正直に云ったらダメだよね。まだ王様が敵か味方かもわからないし、それに僕が召喚できるのって本当のところそんなに強い生き物って決まってないしね。だってあのペンギン天使って、かなり怪しかったもんね。

 もしここで召喚して、出てきたのがただの猫だったりしたら、きっと見捨てられちゃうよ。だからここは絶対にすぐにはわからないようなチートじゃなきゃいけないんだ。


「ぼっ、僕のチートは、僕に嫌なことをした人が不幸になるチートです。誰かに命令してもダメです。命令した人も不幸になります」


 僕がそういうと全員固まった。きっと、もっと攻撃的なチートだと思っていたんだろう。それはそうだ、殺し合いをするというのに自分から攻撃できないチートを選ぶなんて普通考えないから。


「なぜそのチートを選んだのじゃ?」


 王様の焦ったような問い掛けに、「僕なんかが勝てるって思えませんでしたので、せめてもの仕返しがしたかったんです」と答えた。するとみんなあきらめたような顔をしていた。


 その後、場所を移動して色々検査とかされた。その中にステータスチェックがあって、専門の人が見てくれたんだけど、やっぱりステータスは低いみたいだったんだ。でも、称号って項目があって、そのおかげで僕が勇者で間違いないってことが証明された。でも、笑っちゃうよね、「ゴミクズ勇者」っていう称号だって。僕にふさわしいよ。

 それから僕はすごく豪華な部屋に案内された。たぶん勇者用に用意されていた部屋なんだろう。

 メイドみたいな人から、お疲れでしょうからと云われて、下着とか寝間着を渡された。それで僕はそれを着て、そそくさとベッドにもぐり込んだ。

 ふわふわと暖かい布団に頭まで包まれていると安心できる。ここには僕しかいない。僕を傷つける人はいない。

 こうして僕の召喚イベントは終わり、なんとか一日生き残ることができた。もしかしたら、選択肢をひとつ間違っていたら生きていなかったかもしれない。このまま何も起こらなければいいのにと思いながら、僕は瞼を閉じた。


 それから2日たった。僕は食べて寝ての規則正しい生活を送っていたんだけど、いきなりライオンのおじさんが部屋に入ってきて、外にある鍛練場につれだされた。


「勇者よ、今日はお前の力を見せて貰うぞ、ついてこい」


 野太い声でそう云って、ライオンおじさんは鍛練場の周りを走り出した。いうこときかないと怒られると思って従ったけど、1年以上部屋で引きこもっていた僕には、炎天下でのランニングは無理だったみたいで一周も走らずに意識を失っていた。

 気付いたらベッドで寝てたんだけど、部屋がなんか変わってて、使用人の人が使うような狭くて質素な感じになってた。別にいいんだけどね。ごはんとベッドとトイレがあったら生きていけるんだから。


 その部屋で1ヶ月ぐらい過ごしていたと思うけど、あるとき王様からの呼び出しがあった。

 僕はまたあの謁見の間で王様の前に正座していた。本当はもっとちゃんとした姿勢があると思うんだけど、こんなときは正座が一番だと僕は思う。


「ふむ、勇者よ、このひと月さぞや鋭気を養ったことと思う。他国の勇者たちの噂も、この国にまで聞こえるようになってきておる。それによるとチートという能力は、さすが神々の力の欠片と云えるほど強大なもののようじゃ。我が国の戦力をもってしても太刀打ちできんじゃろう。故に、お主はここにおるより外に出た方がよいと思うがどうじゃ?」


「はい、でも僕はたぶんこの世界で生きていけないと……思うんですけど……」


「ふむ、もちろん当面生活できるように資金と装備は用意するつもりじゃ。腕のたつ従者を付けるとかえって目立つことになるじゃろう。ここは民にまぎれて潜伏し勇者どもが殺しあっていなくなるのを待つのがよいと思うが、どうじゃ?」


「わ、わかりました。そうします。今までお世話になりました」


 そう云って僕は頭を下げた。


 こうして僕は王城から追い出された。装備品は冒険者風なのをもらったけど剣はどのみち使えないし、無理に使って自分の足とか切ったら嫌なので遠慮しておいた。その代わり果物ナイフみたいなのがあったので貰った。

 靴も丈夫な皮のやつを貰ったし、雨にあっても大丈夫なようにフード付きのローブを貰った。お金は20万G貰った。だいたい1Gが1円なのでわかりやすくていい。これだけのお金があれば、1ヶ月は食事付きの宿に泊まれるだろう。

 王城の裏口から出ると、貴族が住んでいる1等街区が広がっていた。ここまではメイドさんに送って貰った。僕が勇者だということは秘密なので、出入りの商人のお使いで来ていて、先に帰るということになっているようだ。

 2等街区は下級貴族と裕福な商人とかが住んでいるみたいだ。2等街区に入るとき検問みたいなところを通ったけど、あらかじめ貰っていた通行証を渡すとすんなりと通れた。

 あれっ? 僕の身分を証明するものが何もなくなったぞと思ったけど、まぁいいかと思い、そのまま3等街区の門をくぐった。ここは入るときは検査されるけど、出るのは自由みたいだ。


 3等街区は庶民のエリアで、すごく賑やかだ。このエリアの外はもう都市の外側になり、街に住めない人たちのスラムがあったり、野生の動物とかスライムやゴブリンなんかの魔物がいるんだと思う。

 だから僕は、ここで宿屋を探すことにした。旅立ってすぐ城の外で宿をとるなんて期待はずれもいいとこだと思われるかも知れないけど、僕の実力だと多分今晩にも動物に襲われて死ぬと思う。それに、どこに向かって進めばいいかわからないし、取り合えず情報を集めようと思う。

 そして1階が飲み屋になっている宿屋を見つけた。なぜここを選んだのかと云えば、10才ぐらいの男の子が元気よく働いていたからだ。

 別に友達になろうとかじゃなくて、子どもが安心して働けるということは、誰か守ってくれる大人がこの宿にはいるって思ったんだ。子どもを守れるってことは、その人はかなり強いってことでしょ。

 宿代は朝と夜の2食付きで5千Gだった。それで30日間の長期滞在にしたので15万Gを支払った。残りは5万Gだ。これで1ヶ月間は生き延びることができる。もちろん一歩も部屋の外に出る気はない。


 男の子に案内してもらい部屋に着いた。ベッドとテーブルがあるだけの狭い部屋だった。床の下からは店にいる客の声が聞こえてくる。結構うるさいんだけど、これは僕が望んだことなんだ。だって、コミュ障の僕には誰かに情報をもらうなんて高等なことはできないから。だから床に耳をあてて酒場の客の会話を盗み聞きしようと思ったんだ。


 長期滞在者になった僕は、日々の情報収集活動で取り合えずの目的地を決めることができた。その目的地とは、ここから南に半日歩いた所にある初心者用のダンジョンだ。

 そこには、そこそこ大きな街があるそうで、そこの冒険者ギルドで登録して冒険者になったと話している人がいたので、僕もそこで冒険者になってダンジョンでお金を稼ごうと思ったんだ。

 そのダンジョンは全部で20層あって地下に降りていくダンジョンみたいだ。最深部にボスがいるみたいだけど、そのボスは石でできたライオンらしい。

 剣で叩くと刃がこぼれるので、大きなハンマーがあるといいみたいだ。まぁ、どのみち僕はボスとは戦わないけど。

 それと、ダンジョン内の魔物はやっつけると光の粒子になって消えるみたいだ。そして魔石と呼ばれるものをドロップするらしい。その魔石をギルドに持っていくとお金に替えてくれて、そのお金で冒険者は生活しているみたいだ。


 取り合えずの目的地は決まったんだけど、その前に僕にはやらないといけないことがある。それは僕を守ってくれる存在の召喚。守護獣といえばいいのだろうか?

 でも、あのペンギン天使を見てわかるけど、召喚はきっと僕が考えているような生易しいもので終わらないと思う。

 酒場から聴こえてきた客の話で、最強のドラゴンを召喚したひとりの召喚師の失敗話があった。

 召喚師の呼び掛けに、そのドラゴンは云ったそうだ、「我は大喰らい故、好きなものを腹一杯喰わせてくれるなら召喚に応じよう」と。それで召喚師は、自分で餌を獲るのなら幾らでも喰ってくれていいと答えたそうだ。

 そして召喚されたのが、巨大で真っ赤な翼竜だったそうだ。それが百年前に召喚され、幾多の街を滅ぼした最強最悪なドラゴン。そのドラゴンの好きな食べ物って人間だったんだ。


 そんな話があるから、僕は召喚を躊躇ってるんだ。まぁ、食糧が人間じゃなかったとしても、大喰らいじゃない保証はないし、実際、三度の食事を用意する能力なんて僕にはないんだから……。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る