ゴミクズ勇者と猫化けちゃん

romuni

第1話 僕が選んだ最強チート

 僕の声は他人を不快にするらしい。小学生の頃、女子に云われたことがある。あんたの声を聞くぐらいなら、黒板を爪で引っ掻く音を聞いた方がまっしだと。

 だから僕はなるべく喋らないようにしている。どうしてもと云うときは、ボソボソと声帯を震わせないようにしている。それでも不快感はあるみたいなんだけど……。

 中学に入って初日のことだった。みんなが自己紹介をしていて、僕の番が回ってきた。僕はいつも通りボソボソとしゃべったのだけど、先生にもっと大きな声で話せと云われて、それでみんなに聞こえるぐらいの声を出したんだ。すると全員が一斉に耳を塞ぎ顔をしかめて睨んできた。先生も含めて。それで、その後僕に大きな声で話せと云う人はいなくなったけど、イジメが始まった。まあ、小学生の頃も無視されたり色々あったけど、中学になってそれがエスカレートした。

 この世界は僕にとって苦行の連続だ。普通の人みたいに声が出せないなんて、将来働くこともできないだろう。だから僕は学校に行かず家に引きこもることにした。この部屋だけが僕の安全地帯だ。父さんも母さんもわかってくれた。うすうす僕がいじめられていることに気が付いていたのだろう。父さんと母さんがいてくれたこと、僕にとってそれがこの世界に生まれてきて、たったひとつの幸運だったのかもしれない。


 中1の夏休みを終えた後、僕は学校に行くのを止めた。つまり1学期しか中学には行ってないことになる。それから一年、僕はずっと家にいた。クラス替えもあっただろうし、もう誰も僕のことなんて気にしていないだろう。

 僕の方も学校のことなんて忘れて、今はインターネットの世界に浸っている。厚いカーテンを閉めた僕の部屋は薄暗く、今が昼か夜かはよくわからない。僕の生活リズムは、目が覚めたらパソコンの電源を入れて、ニュースとかを一通りチェックした後は動画を見たり、巨大掲示板を見たりする。そしてお腹が空いたら台所に行って、お母さんが用意してくれた食事が冷蔵庫の中にあるのでチンして食べる。お風呂は滅多に入らないでシャワーで済ませている。僕の生活リズムが両親と合わないからだ。

 最近、はまっているのがネット小説を読むことだ。特に異世界に召喚されたり転生する話が好きだ。小説の中には僕みたいないじめられっ子で家に引きこもっているような主人公が異世界に行って、凄い能力を神様に貰って活躍する話がたくさんある。いじめていた奴らを見返したり、かわいい女の子と仲間になったりと、すごく憧れるんだけど僕には無理だ。

 だいたい、いじめられっ子なのにかわいい幼馴染みがいるとか、異世界に行ったらなぜかモテ始めるとか意味不明だ。そんな性格なら初めからいじめられないし、引きこもりになることもないと思う。つまり僕が云いたいのは、やつらは弱者の皮を着たリア充ってことだ。……僕とは違うんだ。


 今日も僕はネット小説を漁っている。目が覚めたら、最近オープンした某出版社が運営している小説投稿サイトを一通りチェックするのがまず最初にやることだ。

 色とりどりのキャッチコピーをザッと眺めて、面白そうなのがあったら粗筋を読んでみる。興味がわいたら本文を読むんだけど、パソコンのモニターで読もうと思えるのは、僕の場合は5千字ぐらいかな。それ以上の小説はスマホにダウンロードして音声合成で聴くことにしている。だって目が疲れるから。そして、小説を聴きながらニュースを見たり、動画を見たりする。動画の音声と音がかぶっちゃうけど、小説を聴いてるときは、だいたい動物の動画とか見てるから大丈夫。


 そんなことを考えながらマウスを操作していると、ポンと小さな音がして画面の中央にダイヤログがポップアップした。


「異世界に行きたいですか?」


 メッセージの下にYesとNoのボタンがある。アンケートでも始めたのかなと思ったけど、もしかしたらウイルスかもしれないと思い、右上にある×をクリックしてダイヤログを消そうと思ったんだけど反応しなかった。ブラウザごと閉じようと思い、画面の一番上を見たんだけど、いつの間にかボタンがなくなっていた。


「ヤバイよ、どうしよう……」


 こういうのは、一歩間違えるとコンピューターを乗っ取られたり、動かなくさせられたりするんだよね。最悪、OSのインストールからやり直さないといけないけど、別に貴重なデータなんてないし、普通の人みたいに写真とか撮ってないからいいやと思って、僕はNoをクリックした。

 するとあっけなくダイヤログは消えてパソコンの操作が出来るようになった。


「なんだ、悪いウイルスじゃなかったんだ」


 僕はホッと息を吐いて作業を続けた。十分ぐらい経っただろうか、またポンと云ってダイヤログが表示された。


「異世界に行きたいんでしょ?」Yes、No。

 僕はすかさずNoを押した。


「異世界好きでしょ?」Yes、No。

 僕はNoを押した。


「異世界に行こうよ?」Yes、No。

 僕はNoを押した。


「異世界に行きたいくせに?」Yes、No。

 僕はNoを押した。


「異世界に行ったら魔法もあるよ?」Yes、No。

 もう、いい加減にしてよと思いながら僕はNoを押し続けた。そして……。


「異世界に行くってことでファイナルアンサー?」No、Yes。


 あっと思ったのもつかの間、僕は卑劣な罠にはまって意識を失った。YesとNoの位置を入れ替えるなんて、インチキもいいところだ。


パタパタ、パタパタ。


 いつの間にか僕は寝転んでいた。肌に感じる感覚からすると、下は地面ではないみたいだ。なんか不自然に温かいし、僕の部屋ではないことは確かだ。

 何だろう、パタパタと何かの音がする。嫌だな~、きっと良くないことが起こるよ。このまま寝たふりしときたいけど、ダメなんだろうな……。

 僕はゆっくりと瞼を開いた。真っ白だ。何もない。いや、嘘ついた。本当は目の前にいる。それが何かと云えば、僕にだって正確に表現できる。それは、ペンギンだと。

 さっきからパタパタいってたのは、ペンギンが腕じゃなくてフリッパーを振ってる音みたいだ。一生懸命振っているけど、なんか意味があるのかな? 犬が尻尾を振るみたいなものかな?

 それはいいんだけど、背中にあるのは、やっぱり翼なのかな? 天使の翼と似てるけど、あれが飾りじゃなかったら、ここは僕の知らない世界だ。


「ヤーヤー、ボクはペンギンの天使、ぺ☆天使だよ。チート神様のお使いで、異世界チート転生の案内をしているのさ」


 そう云って、ペンギン天使は一拍おいた。きっと僕の反応を見ているんだと思うけど、何から訊けばいいのかわからず、僕は、「はぁ」と曖昧に返事をした。こんなとき、コミュ障の僕はとりあえず相手が云い終わるのを待つことにしている。


「君は選ばれたんだよ。異世界の勇者にさ。チートをひとつあげるから、それで勇者になって殺し合いをしてくれないかい?」


 あまりにもあっけらかんと怖いことを云うペンギン天使に、僕はものすごく嫌

な予感を覚え、このままではとんでもないことになりそうなので、勇気を出して質問した。


「あのー、殺し合うって、魔王とかいるんですか?」


「魔王かい? そう呼ばれているものはいるね。でも君が殺し合うのは、勇者だよ」


「と云うことは、僕以外にも勇者がいるんですか?」


「そうだよ、君を含めて12人だよ。その12人で殺し合ってほしいのさ」


「な、何で勇者が殺し合うんですか?」


 パタパタパタとフリッパーを鳴らし、ペンギン天使は一呼吸置いてから、核心部分を語り始めた。


「それはもちろん、最強のチートを決めるためさ。ボクはチート神様にお仕えしているんだけど、そのチート神様は最近誕生した神様で、これまでは異世界転移神様が世界間移動を管理していたんだけど、最近日本でチートって言葉が流行りだして、多くの人に周知されたから、チート神様が誕生したってわけさ」


パタパタパタ。


「まったく迷惑な民族だよ、何でも神様にしちゃうんだから」

「まぁ、それはいいんだけど、せっかく生まれたんだからってチート神様も何か面白いことをやってみようってことで、今回、第一回最強チート決定戦をすることになったのさ」


「でもなんで僕なの、僕なんて何もできないのに」


「それは君が無知で無能で引きこもりのゴミクズのような人間だからさ」


「そ、それって僕がいらない人間だから、死んでもいい人間だから、どうなってもいいってことなの」


 自分がダメな人間だってことは僕にもわかるよ。でも、面と向かって云われるとやっぱり傷つく……。


「違うよ」


 えっ、違うの? じゃあ何で?


「それはね、他の勇者はそれなりに能力のある人を選んだんだけど、もし能力の高い人が勝ち残っても、チートが凄かったのか元からの能力のせいか分からないでしょ。それで最後の一人は能力のない人を選ぼうって、さっき思いついたのさ」


 つまり、適当な思いつきで僕を選んだってことなんだ……。


「説明は終わったよ。さー、君が考えた最強のチートをボクに聞かせてくれよ」


「その前にどうしても気になることがあるんですが、訊いていいですか?」


「なんだい?」


「現実世界の僕ってどうなってますか?」


「肉体の事かい? それだったら安心してよ。ちゃんと不自然にならないように心臓発作で死んでるからさ」


「えっ、そんな!」


「ん、なんか問題あった?」


 パタパタパタとフリッパーを鳴らしながら、ペンギン天使は無表情で問い掛けてくる。僕はこれまでの人生経験で直観した。このペンギン天使は僕のことなんてゴミ虫ぐらいにしか思ってないのだと。


「問題……ないです」


「そうかい、それはよかったよ。さっきもいたんだよ、責任とれとか土下座しろとか云うおバカさんがね。笑っちゃうよねこのボクに向かって土下座しろなんて。見ればわかるのに、だってボクのベースはペンギンだよ、この体型で土下座したら、ただ寝そべっているようにしか見えないよ。つまり初めっから謝る気がないって、身体全体で表現してるのにね」


「そ、それでそのおバカさんは……」


「放っておいたよ、その後どうなったかは知らないけどね。でもちょっとムカついたから、身体の方は心臓発作プラスパソコンの画面でエロ動画エンドレスループして、服を全部脱がしてピーを握らせといたけどね」


 怖いよ、ありとあらゆる意味で怖いよ。もう、トラックにひかれてバラバラになった方がまっしだよ。


「それで、チートは決まったかい?」


 僕だって今までたくさんのネット小説を読んで、こんなとき僕だったらどんなチートを選ぶだろうかって考えたことはある。でも、いくら考えても僕には無理だと思った。だって仲間がいなかったら、例えどんなチートを持っていても寝ている間に殺されるから。

 ひとりでは生き残れない、僕を守ってくれる都合のいい仲間なんて、コミュ障の僕には見つけることなんてできない。よくある小説みたいに、絶対に命令をきく奴隷を買ったとしても、きっと僕には重荷になって、お互いストレスで最終的には破滅するだろう。

 だいたい、僕のことを絶対に守ってくれて、しかも僕とうまくやっていけるような存在なんているのだろうか?

 まぁ、この広い宇宙にはいるのかも知れないけど、そんなの見つけるなんて無理だし……。

 あれっ? ちょっと待てよ、もしかしたら今この瞬間、この場所なら出来るんじゃないかな? 僕は恐る恐る訊いた。


「あのー、召喚ってできますか?」


「従魔召喚かい? 出来るけど召喚できる従魔は君のステータスに比例するし、そして君のステータスでは大した従魔は喚べないよ。君だったらせいぜい仔犬ぐらいかな」


「条件を決めて検索することはできますか?」


「もしかして現地の生物じゃなく、ボクたちが管理している全ての世界を検索するってことかな? その場合、召喚できるのは1回だけで、その従魔が死んじゃうと他のは喚べなくなるよ。それに相手の許可が必要だから断られることもあるしね」


「そうですよね、相手にも生活があるし、僕なんかのために異世界に来てくれる人なんていないから……」


「イヤイヤ、相手の生活は関係ないよ、だって本体はそのまま影響ないから。君に分かるように云えば、データをコピーさせてもらう感じだよ。肉体の方は現地でつくるから。それは君も同じだよ。今の君は魂の状態だからね」


「相手に迷惑はかからないってことだったら、検索お願いします」


「じゃあ条件を云ってみて」


 そう云ってペンギン天使の目の前にパソコンのキーボードみたいなのが浮かんだので僕は条件を云った。


「どんな異世界か分からないけど、例えどんな異世界だったとしても、例え地球の裏側ぐらい離れていても、僕がピンチになったときは守ってくれて、そして僕と仲良くやっていける存在。……できたらネコミミがいいです」


 僕がそう云うと、ペンギン天使はポチポチとフリッパーの先でキーボードをたたいて目の前の空間を見た。きっとそこに検索結果が表示されているのだろう。僕は祈るような気持ちで答えを待った。


「おっ、1件ヒットしたよ。無理だと思ったんだけどね。探せばいるもんだね。じゃあ、連絡とってみるよ」


 そう云ってペンギン天使はしばらくだまり、そして日本語ではない言葉をペラペラとしゃべった後、僕の方を見て云った。


「オッケーがでたよ」


 ヤッター、すごくヤッターって気分だ。今まで生きてきてこんなにも嬉しかったことはないよ。だって僕の仲間になってもいいって人がいたんだ。これって、プロポーズしてオッケーもらったのと同じぐらい幸運なことだよ。


「チートも決まったし、じゃあ送るね」


「え、ちょっと待って、どうやって召喚すればいいの?」


「あぁ、いい忘れていたね。召喚って叫んでもいいし、心の中で強く願っても召喚できるよ」


「分かりました。ありがとうございます」


「うん、じゃあね」


 こうして僕は異世界に転移した。僕を守ってくれる守護獣を、たった1度だけ召喚できるというチートをたずさえて。

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