第5話 冒険者ギルドの受付嬢がブチギレました

 朝食をとったあと、僕たちは冒険者ギルドに向かった。場所は宿の人から聞いたのですぐにわかった。

 3人ぐらいの大人がいっぺんに通れそうな大きな出入口をくぐって中に入ると大勢の冒険者がいた。

 僕はフードをすっぽりと被って、ネコニャーは僕の胸の辺りで顔だけ出している。たぶん目立たないと思うんだけど、大丈夫かな?

 カウンターには受け付けのお姉さんが5人並んでいた。僕は人が少ない列に並んだ。周りの人の会話に耳を傾けて情報を収集しながら待っていた。


 そしていよいよ僕の番が回ってきたんだ。


「冒険者になりたいです」


「冒険者登録ですか? お名前と年齢をお聞かせください」


「ソータ、14歳です」


「それではステータスを拝見させて頂きます。鑑定魔法を使いますがよろしいでしょうか」


「はい」


 水晶みたいなのに手をかざしたり、血を垂らしたりしなくていいんだ。そういえば、お城でも調べられたっけ、確か僕のステータスは凄く低かったような……。


「あなたのステータスはこちらになります」


 そう云って小さな紙に書かれたものを渡されたんだ。


名前 ソータ

年齢 14歳

レベル 1

生命力 10

攻撃力 11

防御力 10

魔力 0

反応力 9

持続力 8

幸運値 3


「このステータスではダンジョンは無理ですね」


 受付嬢はそう云ったんだけど、ダンジョンに入れなかったら生活ができないので、何とか許可をもらわないといけないと思って僕は必死にうったえたんだ。


「僕には守護獣がいます。僕が召喚したんです。ネコニャーは凄く強いからきっと僕のことを守ってくれます」


 そう云って僕はネコニャーの脇に手をやり、ズンと受付嬢につき出したんだ。


「では鑑定致します」


 しばらくすると受付嬢は少し驚いた顔をして、数字を紙に書き留めこちらに差し出した。


レベル 1

生命力 1

攻撃力 1

防御力 1

魔力 1

反応力 1

持続力 1

幸運値 1


 オール1だった。でもおかしいよ、ネコニャーはあんなに速く動けるし、バリアもあるし、水も温めたりできるんだから。だから云ってやったんだ。


「ネコニャーは弱くなんかありません、もっと凄いんです。鑑定が間違っているんです」


 僕がそういうと、ピキッて音がしたんじゃないかと思うぐらいお姉さんの表情が変わり、声のトーンも低くなって僕を睨んできた。


「あのねボク、冒険者なめてんの? ボクちゃんみたいな低ステータスでダンジョンに入ったら10分もしないうちに食い殺されるわよ。いくら初心者ダンジョンの1階層にはネズミの魔物しかいないといってもね。しっかりとした装備がなかったら肉は食いちぎられるし、目玉だって狙ってくるのよ、あなたそんなに怖い経験したことあるの。

 だいたい守護獣って何よ、そんなの聞いたことがないわ。召喚なんて云ってるけど、どうせどこかで拾ってきた獣人のこどもでしょ。それって誘拐よ、犯罪なのよ。おおごとになる前に返していらっしゃい」


 バンとカウンターを叩いてお姉さんは立ち上がって威嚇してきた。周りの冒険者がこちらを見てなにやら云ってるのが聞こえてくる。


「おい、フロイラ嬢が阿修羅モードに入ってるぞ」


「まじか、あの2メートルもある筋肉達磨も泣いて土下座するという阿修羅モードか」


 こ、怖いよ、何でそんなに怒るんだよ。僕のいうことは信じてくれないし、ネコニャーのこともそうだよ、調べもしないのに勝手に決めつけて……。


「いい加減なこと云わないで下さい、僕にも生活があるんです。冒険者になれなかったら飢え死にするしかないんです。それとも、お姉さんが養ってくれるんですか。できないんだったら僕のことは放っておいてください」


 僕はもう限界だった。ただでさえ他人と話すなんて嫌なのに、大勢の人に注目され嫌な目で見られて、さっきまでネコニャーとうまくやっていけそうで安心していたのに、冒険者になれなかったらこれからお先真っ暗だよ。


 ビキビキビキ、何の音だよ怖いよ、このお姉さん変身してるよ。いや、人間だとは思うから実際は人間のままなんだけど、オーラっていうか何か危険なのが身体から噴き出してるよ。


「おい、魔王が降臨したぞ、俺達も逃げた方がいいんじゃないか?」


 冒険者のおじさんたちが騒いでるよ。僕、何か開けちゃいけないものを開けちゃったのかな? どうしよう。


「こーのークソガキ。いうにことかいて私に養えですって。私もあんたみたいなガキの相手なんかしたくないわよ。でもね、私の仕事はあなたのような無知で無能で自分の実力もわからないような思い上がったバカができるだけ死なないようにすることなの。そんなに私の云うことを聞きたくないなら勝手にしなさい。どうせあなたなんてすぐに死んじゃうんだから」


 うっ、どうしよう。こんなに目立っちゃって、どんな苦行だよ。でも何か云わないとこのままじゃ登録証を貰えないよ。なんて云ったらいいの? わかんないよ。


「勝手にしますから、さっさと登録証を発行してください、おばさん」


 あれ? 急に静かになったぞ、さっきまでざわざわいってた冒険者たちも水をうったように静かだ。どうしたのかな?

 そのとき誰かが云った。


「おい、あれって伝説の菩薩モードじゃないか?」


「それって、すべての怒りをあの無表情な仮面の下に封じ込め、まるで機械のように淡々と仕事をこなすという……」


「そうだ、今までに3回ああなったことがあるが、その3回ともその原因になった奴は1週間以内に死んでいる。またの名を死神モードとも呼ぶ」


 ヤバイの? 僕、いま死亡フラグ立てちゃったの? どうしよう……。


 そのとき、パチンという音と共に、カウンターの上にドッグタグみたいのが置かれた。お姉さんを見ると無表情に僕を見ている。まるで僕には何の関心もないと云ってるようだ。

 たぶんお姉さんの中では僕はもう死人なんだ……。

 僕は黙ってタグを手にした。タグは2つあった。僕のとネコニャーのものだろう。首にぶら下げるように鎖が付いてる。僕は2つとも自分の首に掛けて、黙ってギルドを後にした。

 よく、小説ではギルドのお姉さんに気に入られて、贔屓にしてもらったり、仲間になったりするんだけど、やっぱり僕には無理だった。きっとこれがコミュ障の引きこもりにとっての現実なんだよ。

 でも、僕にはネコニャーがいる。ネコニャーさえいれば、僕は何もいらない。綺麗なギルドのお姉さんも、支えてくれる恋人や仲間も、導いてくれる大人も……、僕は誰にも認められず、相手にもされず、仲間に入れてもらわなくたっていいんだ。ネコニャーさえ居てくれたら。


 僕たちはダンジョン北門を通ってダンジョンの入口にやってきた。このダンジョンの街はドーナツ形になっていて、ドーナツの中心にダンジョンがあって、ダンジョンから百メートルぐらい離れたところに、ぐるっと一周高さ5メートルぐらいの壁がある。

 壁には東西南北の門があって、そこから出入りできるようになっている。門の向こう側には街があり、街の外周にはまた壁がある。そんな感じのドーナツ形の街なんだ。

 ダンジョンの入口は1ヶ所で、そこでタグを見せれば中に入れる。僕はネコニャーのタグと合わせて2枚を入口の番をしているおじさんに見せて中に入った。


 ダンジョンの中は石造りになっていて、天井も壁も床も石でできている。道幅は5メートルぐらいかな。何か閉じ込められたみたいで圧迫感がすごい。


「ネコニャー、大丈夫? 怖くない?」


「1階はネズミしかいないみたいだけど、ネコニャーは猫だからネズミには勝てるよね?」


「勝てるニャ、きっと勝つニャ、ねこだからニャ」


 そのとき、チューチューと鳴き声がし、通路の奥から赤い目を光らせたネズミが3匹やってきた。


「うわっ、来たよネコニャー、3匹もいるよ」


 いよいよネズミが飛び掛かってきて思わずのけぞってしまったんだけど、ネズミは3匹とも空中で方向を強引に変えられ、地面に投げつけられたかのように衝突し、そのまま光の粒になって消えた。

 そして後に残されたのは、直径が3ミリ程の丸い粒だった。色は茶色っぽく光っているので、それが土の魔石だとすぐにわかった。


「ヤッター、ネコニャー魔石だよ。これ1粒が30~50Gだから全部で100Gちょっとかな」


 僕は魔石を得られた喜びで忘れていたんだけど、さっきのネズミが死んだのってバリアに当たったからだよね。

 僕は魔石を拾って皮袋に入れながら、ネコニャーのバリアってけっこう強力なのかなって考えていた。


 それから1時間ぐらいダンジョン内を歩き回ったけど、ネズミに出会ったのは5回、だいたい10分に1回の割合でエンカウントするみたいだ。

 ネズミはだいたいいつも3匹出てくるから宿代をためるには、50回ぐらい遭遇しないといけない。つまり、8時間以上歩き回らないといけないんだ。

 うん、確かに割りに合わないや。僕たちみたいに自動的に倒せれば楽なんだけど、普通の人は剣で叩いたりする訳でしょ、武器も傷むし、魔石を拾うのは大変だし。僕もいいかげん魔石拾いは疲れてきたよ……。

 こんなときは、ネコニャーの不思議パワーでなんとかならないかな?


「ねぇ、ネコニャー、魔石を拾って袋に入れるのって出来るかなぁ?」


「できるニャ」


「えっ、できるの? じゃあ次にネズミが来たらやってみて」


 そして、しばらくしてネズミが現れるといつも通りネズミは床に叩きつけられて死に魔石になった。そして僕が皮袋を構えて待っていると、3つの魔石がコロコロと足元まで転がってきて、フワリと浮き上がって皮袋の中に入ったんだ。

 よし、これなら取り残すことなく魔石を集められるよ。魔石は床の上に置いておくと1分ぐらいでダンジョンに吸収されちゃうからね。やっぱりネコニャーは凄いや。何でもできちゃうんだから。


「ありがとうネコニャー、これからもこの調子で頑張ろうね」


「ニャッ」


 こうやって僕たちのダンジョン探索は好調な滑り出しを見せたんだ。だけどね、僕みたいな幸運値の低い人間が何の問題もなくすんなりとダンジョン探索を終わらせることなんてできなかったんだ。

 それはちょうどお昼御飯でも食べようかなと考えていたときだった。後で知ったんだけど、このダンジョンの1階には初心者殺しの罠があったんだ。

 ダンジョンの1階には学校の体育館ぐらいの大きな部屋が3つあるんだけど、ネズミが増えすぎるとその大きな部屋のどれかに千から2千匹ものネズミが一斉に発生するという罠が発動するみたいなんだ。そのときは部屋の入口が横からスライドしてくる岩に閉ざされて、ネズミがいなくなるか冒険者が全員死ぬかするまで出られなくなっちゃうんだ。これがダンジョン1階の罠なんだ。ネズミってお金にならないからみんなすぐに2階に行くので、ネズミが増えてちょくちょく罠が発動しちゃうんだ。

 たまにギルドが依頼を出して大部屋のネズミを駆除してるんだけど、あまり依頼料が高くないのでやる人が少ないらしい。ネズミは弱いので範囲攻撃ができる人ならすぐに倒せるんだけど、魔石を拾うのは大変だし、1分で消えるからやっぱりお金にならないんだ。

 新人の冒険者には大部屋に入らないようにとギルドで教えているんだけど、僕は聞かずに飛び出しちゃったから知らなかったんだよ。だから僕はそんな罠にあっさりと嵌まってしまったんだ。



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