第6話 「ネコニャー紙がないよ」「ペロペロすればいいニャ」
ダンジョンの中を3時間ぐらい歩き回り、そろそろ休憩でもしようかと思っていたら凄く広い部屋があったんだ。
今まで狭い部屋は沢山あって、中に入って宝箱でもあるのかなと探したけど何もなかったんだ。でもこんなに広い部屋なら何かあるかもしれないと思い、期待して入った。
するとゴゴゴという低い音がして、入口が閉まっちゃったんだ。そのあと周りからチュウチュウ鳴き声が聞こえて、床から天井から、そして壁からもネズミが沸きだしてきて、物凄い数の大群になってドバーと僕たちを目掛けてやってきたんだ。
「うぇー、何だよこの数、こんなの無理に決まってるじゃないか」
このときギルドのお姉さんが云っていた、目玉を食べられるという言葉を思い出し、きっとめちゃくちゃ痛いんだろうと怖かったんだ。
そして思わずネコニャーを抱いたまま尻餅をつきそうになったんだけど、ソファーに座ったみたいにやんわりと身体を受け止められたんだ。でも足がすくんじゃって、そこから起き上がれなくて……。
周りを見ると次々にネズミがバリアに絡め取られていて、バリアの表面を流れ星みたいに光の糸を引きながら滑っては地面に激突して消滅して魔石になっていた。
見ると魔石が僕の足元に転がってきていたので、僕はあわてて皮袋の口を開けて待ち構えた。すると魔石は次々と袋の中に吸い込まれて行き、袋は重さを増して行った。まさに入れ食い状態だった。
5分ぐらいか、もっと長かったのかもしれないけど、その美しくもある光景が終焉を迎えたとき、辺りは静寂に包まれていたんだ。僕がゴクリと唾を飲み込んだとき、ゴゴゴといって入口だったところが開いた。トラップが解除されたんだ。終わってみれば、僕たちにとってはおいしいイベントだった。だってこんなにも魔石が貯まったんだから。きっと2千個ぐらいあるよ。金額にして8万Gぐらいかな。
僕はいい感じに腰をかけていることだし、このまま昼食をとることにした。膝に乗っていたネコニャーを左側に降ろし背負い袋と水袋は右側に置いた。背負い袋の中から固くなったパンとハムの塊を出して膝の上に置いて準備オッケー。
まずはパンにがぶりとかぶり付いたんだけど、固くて歯が立たなかったんだ。あー、そういえば固いパンはスープに浸して軟らかくしてから食べるって小説とかに書いてあったけど、スープなんて用意してなかったや。それにスープを保温する道具も、スープを温める道具もないしね。
こんなとき元の世界だったら電子レンジでチンすればいいのにね……。僕は冗談ぽく手の上にパンを乗せてネコニャーの前につき出して云ったんだ。
「ネコニャー、チンして」
僕がそういうと、手の上のパンが熱くなってきて持っていられなくて、アチッと自分の膝の上に落としちゃったんだ。よかったよ床に落とさなくて。そして、どんな原理かわからないんだけどパンからチンって音がしたんだ。
「チンしたニャ」
「えーネコニャーってチンできるの?」
「できるニャ」
いや、いいんだけど魔法か何かなのかな? 僕はナイフでハムを厚切りにして、「これもジュージュー焼きたいんだけど何とかならないかな?」って云ったんだ。
するとネコニャーは、「ここに置けばいいニャ」と云って自分の目の前を指差した。何もない空間だったんだけど、確かにハムを置くことができ、手を離すとジュージューいいだして肉の焼けるいい匂いが立ち込めてきたんだ。
僕はナイフでパンをハンバーガーのパンみたいに切って、上下に分かれた下の方のパンを焼いているハムの下に持っていき、ネコニャーに透明な鉄板を消してもらいおいしく焼けたハムをパンの上に乗せた。それに上のパンを乗せてガブリとかぶり付いたんだ。
「うん、美味しい」
あと野菜があれば最高なんだけどね、あとソースと。
ハンバーガーもどきを食べ終えると、喉が渇いたので水袋からコップに水を注いだんだ。
「ブホッ」
思わず噴き出してしまった。昨日入れた水だったせいか革の匂いが移っていたんだ。
異世界で生活するにあたって飲み水の確保は最重要事項なんだ。日本での生活に慣れた人には難しいよ。こんなときは無茶でも何でもとりあえず云ってみる。
「ネコニャーおいしいお水ちょうだい」
そういってコップを差し出すと、ジョワッといってコップが水に満たされたんだ。
「うそっ、まじで!」
思わず云ってしまった。いくらネコニャーでも無から生み出すなんてできないと思っていたからだ。
「この水ってどこからきたの?」
そう訊くとネコニャーは両手を広げて云ったんだ。
「ここにあるのを集めてギュッてしたニャ」
たぶん空気中にある水分をギュッてしたんだと思うけど、これも魔法なのかな?
僕は少しだけコップの水を口に含んでみた。大丈夫そうだ。そしてゴクゴクと飲むと、その水がめちゃくちゃおいしいってわかったんだ。ただ水分を集めただけじゃなくてプラスアルファのおいしさだった。これで僕はお水には困らなくなったんだ。
「ありがとう、ネコニャー、凄く美味しいよ」
「ニャ」
食事も終わったので、今日はダンジョン初挑戦なので、もう帰ろうかと思った。魔石もたくさん溜まったしね。これだけあれば1週間は働かなくていいや。
そのとき僕は重大なことに気がついたんだ。あれっ、帰り道がわからないぞって。
「ねぇ、ネコニャー、帰り道が分からなくなったんだけど、分かるかな?」
「わかるニャ、あっちニャ」
そういってネコニャーは指差して教えてくれた。僕はネコニャーのいう通りなにも考えずに歩いたんだ。もうどこをどう歩いたのかさえわからない。もしネコニャーの方向感覚が間違っていたら、ずっとこのままダンジョンの中を彷徨うことになるかもね。
ネコニャーのアシスト能力で背中を押してもらいながら歩いていると、前の方から何やら人が争っているような声が聞こえてきた。
「うわっ、こんなところでイベント発生かな? かかわってもろくなことにならないし、ここは見つからないように回り道しないと……」
そうしてイベントをうまく回避して僕たちはダンジョンの外に出たんだ。
「それじゃあネコニャー、ギルドに行って魔石をお金に変えようか」
「ニャ」
テクテク歩いてギルドに到着したのが2時ぐらいだった。普通の冒険者だったらまだ1日の仕事を終えるには早い時間なんだろうけど、僕たちは今日はたっぷり稼いだので意気揚々でギルドの入口をくぐることができたんだ。
でもあんまり嬉しそうにしてると、目をつけられてカツアゲされるかもしれないから、できるだけ平常心を心がけていたよ。
ギルドの中には、冒険者が何人かいたけど僕のことを気にする人はいないみたいだった。きっと朝いた人たちはまだ帰ってないんだ。
でも、受付のお姉さんたちはみんな僕の方を一瞬見て驚いてたけど……。なんかその後から空気が重いような気がするんだけど気のせいかな?
僕はそそくさと魔石を買い取ってくれる場所に行った。査定と買い取りを行っているところは個室になっていて周りに取引額がわからないようになっているんだ。だって大金を持っているってわかったら後で襲われるかもしれないからね。
買取所は空いていて、僕はドアを閉めて席についた。ちなみにドアが開いてたら入ってよくて、閉まってたら買い取り中だから入ったら駄目なんだ。だから自分が入ったらドアを閉めることになっているんだ。
担当は男の人で30歳位だった。僕が袋に入った魔石を見せると、平べったいトレーを差し出されたので、ゆっくりと袋を逆さまにして魔石を袋から出しトレーの上に置いたんだ。
するとその人はハカリで重さを量って金額を示してきた。80124Gだった。僕はその金額を受け取ると、昨日の宿に向かった。わざわざ変える必要ないからね。
宿に着くと7日分の料金を払って、まだ空いていたので昨日と同じ部屋に入った。
ネコニャーと荷物を下ろして身軽になりベッドに腰掛け今後のことを考えた。しばらくはダンジョンの1階で魔石を集めよう。ダンジョンに行ったら毎回あの大きな部屋に行って狩りをしよう。水はネコニャーが出せるので水袋はもういらないから売れるなら売ってしまおう。
他に何か考えないといけないことってあったっけ? あぁ、ネコニャーの能力をもっと教えてもらわないといけないや。ネコニャーは自分から話してくれないようだから僕が質問しないといけないんだ。
そうだ、異世界生活で困っていることの解決法があるかネコニャーに訊いてみよう。まず一番の問題は……。
「ねぇ、ネコニャー、お尻を拭く紙がなかったらどうすればいいのかな?」
実はこの世界の宿屋のトイレにはお尻を拭く紙があるんだ。でも街の外とかダンジョンなんかには公衆トイレはないし紙もないんだ。
ダンジョンでするにしても小さい方だったらそのままダンジョンに吸収されるからいいけど、大きい方はどうなっちゃうんだろうか? やはり吸収されるのかな? でもやっぱり紙はいるよね。紙を忘れずに持っていくしかないのかな。もし紙を忘れたら……葉っぱかな? ダンジョン内には葉っぱは自生してないけど。
これってダンジョン探索小説の永遠の課題だよね。ぼかして書いてない小説も多いけど、リアルにダンジョン探索するならこの問題は避けて通れないよね。
「ペ……すればいいニャ」
「えっ、今なんて云ったの?」
「ペロペロすればいいニャ」
「えーーーーー」
いや、無理だから、身体もそこまで曲がらないし、第一ペロペロしたくないから。
ふぅー、とりあえずトイレのことは後にしよう。もうひとつ切迫している問題がお風呂だ。もう、いい加減お風呂に入りたい。湯船の中にお湯をはって肩までつかりたいんだ。
「ネコニャーはお風呂って知ってる?」
「知ってるニャ、百まで数えるニャ」
「お風呂ってできるかな? ほらネコニャーってお水を出せるし温めることもできるでしょ。だったらネコニャーのバリアの中にいっぱいお湯を出してお風呂にできないかな?」
「できるニャ」
「ほんと? ちょっとやってみて。この辺に出して」
そういって僕が空いてる場所を指差すと、床から10センチぐらい浮いた場所にジュワーとお湯が沸き出してきて、1分もしない内に僕が足を伸ばして入れるぐらいのお風呂が出来あがった。
手を入れて湯加減をみたら、ちょうどいいぐらいだったので僕は服を脱いで入ろうと片足を入れたとき気がついたんだ。もしかして、お湯があふれて下のお店に漏れるんじゃないかって。
それでネコニャーに、僕が入ったらお湯がザバーってなって下に漏れるんじゃないかって訊いたら、大丈夫っていったから、僕は気がねなくザバーってやったよ。
久しぶりだったから思わず、あぁーって声が出ちゃうぐらい気持ちよかった。入ってみてわかったんだけど、お湯だけじゃなくて見えない湯船があって、ちゃんと腕を置いたりできるんだ。本当の日本の一般家庭にあるお風呂だよ。
僕がお風呂を満喫していると、ネコニャーも裸になって入ってきて、僕の身体の上に乗ったんだ。そして、いーち、にー、さーんと数え始めた。そして僕に、「一緒に数えるニャ」といって数えるのを付き合わせたんだ。もちろん快く付き合ったよ。
百まで数えるとネコニャーは湯船からでて、シュバッと身体を乾かし、次の瞬間にはいつもの服を着ていたんだ。もしかするとあの服は魔法の服なのかもしれないよ。魔力でできているのかな? 魔法少女のコスチュームみたいな……。
30分ぐらい手で身体をこすったり、頭をお湯につけてゴシゴシ髪を洗ったりして僕もお風呂を上がったんだ。それで、ネコニャーに僕もネコニャーがやったみたいにシュバッっと乾かしてって云ったら、やってくれたんだ。凄くさっぱりしたよ。
そのあとの片付けなんだけど、お湯がゴゴゴって黒い穴に吸い込まれて消えて、それでおしまいだった。もちろん床に水滴ひとつ落ちてなかったよ。
でも、あの黒い穴って何だったんだろ。
「ありがとう、ネコニャー。いいお湯だったよ」
「ニャ」
こうしてお風呂問題は片付いて、いつでもどこでも、お風呂に入れるようになったんだ。
あ、そうそう、ネコニャーのお風呂に入ると髪も身体もシャンプーと石鹸で洗ったようになるよ。香料は入ってないけどね。
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