第7話 僕はヤマアラシのジレンマが嫌いです

 宿屋での情報収集に専念した1週間が終わり、そろそろまたダンジョンに行って稼がなければいけなくなってきたんだ。

 この1週間でハムもパンも食べちゃったし、食料も買っておかないといけない。

 でも、この1週間ですごいことがわかったんだ。それはね、あのお風呂の水を排水した黒い穴なんだけど、あれってどうやら亜空間に繋がってるみたいなんだ。

 そこでネコニャーに協力してもらって作り出したのが洋式トイレなんだ。まず、ネコニャーに湯船を作るように洋式の便座を作ってもらって、水も下の方に溜めてもらって準備オッケー。

 出すものを出したら温水をお尻にかけてもらうんだけど、地球の温水便座みたいな棒みたいなものは出てこなくて、代わりに透明な触手みたいなのが出てきてその先からお湯が出るんだ。

 そしてその触手なんだけど、タコの足みたいにクニャクニャ動くから、お湯を掛けながら近づいてきて――ペロペロするんだ。

 これで紙がなくても大丈夫なんだけど、慣れるまでくすぐったくて大変だったよ。ペロペロが終わったら黒い穴に排水して、お尻をボアッと一瞬で乾かして終了なんだ。これでダンジョンに行っても気兼ねなくトイレに行けるよ。もちろんステルス機能もあるから外からは見えないよ。

 トイレの他にもうひとつすごい発見があったんだよ。それは無限収納なんだけど、あの黒い穴が亜空間っていうのはさっき話した通りなんだけど、ネコニャーは亜空間に入れた物を取り出すこともできるみたいなんだ。でも、ウンコは取り出さないでねって、勿論お願いしておいたよ。

 それでね、焼いたハムを1時間ぐらい収納して取り出したんだけど熱いままだったんだ。つまり中では時間が止まってるみたいなんだ。いい忘れたけど、ウンコとは別のところにしまってるみたいだから安心してね。

 これで荷物を持たなくても良くなったんだけど、持ってないと変に思われるから、カモフラージュの為に持っておくことにするんだ。でも無限収納があるから食料とか色々買い溜めができるよ。消費期限も気にしなくていいしね。


 いったん宿を引き払って商店で食料をたくさん買い、水袋を売ったあとにダンジョンに向かったんだ。

 入口でタグを見せてダンジョンに入った。もう1階にいるネズミは余裕で対処できるので、この階にいる一番危険な生き物、つまり人間に出あわないようにネコニャーに誘導してもらいながら歩いたんだ。

 どうやらネコニャーにはダンジョンのマップがわかるみたいで、ネズミのいる場所も的確に案内してくれるんだ。

 大きい部屋も全部まわったんだけど今回はネズミの大群は出てこなかった。しかたがないので一日中動き回ったよ。もちろん足が疲れた後はバリアでできた車に乗ってたから楽だったけどね。

 ネズミを轢き殺しては魔石を自動的に回収するという、何かダンジョン攻略というより、レーシングゲームみたいだったよ。

 それで集まった魔石は前回より少なくて、たぶん1500個ぐらい。時間は倍以上かかってるのに、やっぱり大部屋の罠はおいしかったんだよね。


 夕方、ダンジョンから出てギルドに行った。時間が前回より遅かったせいか買取所は少し並んでいた。

 僕の番がきたので魔石を渡して、6万Gほどもらった。用事は済んだので帰ろうとしたら、まるで待ち構えていたかのように女の人に呼び止められたんだ。

 知らない女の人だ。あれっ耳が尖ってるぞ、もしかしたらエルフかな。あぁ、またなんかのイベントが発生したのかもしれないね?


 僕たちは応接室のような部屋に案内された。エルフの人は飲み物を取ってくると云っていったん部屋を出て行った。


「ねぇ、ネコニャー、あの人エルフみたいだよ。耳が尖ってたでしょ」


 僕がそういうと、ネコニャーは自分の手のひらを猫耳の先に、チョンチョンと押し当てて云ったんだ。


「尖ってるニャ」


「うん、そうだね。猫耳も先が尖ってるね」


「エルフニャ……、エルフだったニャ……、エルフになってきたニャーーーー」


「いやいやいや、待ってよ、ネコニャーのは猫耳だよ、猫耳も尖ってていいんだよ」


「そうニャのか?」


「そ、そうだよ。ネコニャーのは猫耳だから。エルフじゃないから!」


 ふたりの話が落ち着いた頃、エルフのお姉さんが帰ってきた。アイスティーみたいなのを3人分用意してくれたんだけど、ネコニャーは飲まないんだよね。でも、今そんなこと云わなくてもいいかと思い黙っていた。

 僕はひとくち飲み物をすすってから訊いたんだ。


「僕に何か用ですか?」


「えぇ、その前に自己紹介がまだだったわね。私はリリアンナ、ギルドの受付主任をしているわ。つまり受付嬢のまとめ役ね」


「そうですか、僕はソータでこちらがネコニャーです」


「それでお話と云うのは、まずひとつは、先日うちの受付嬢があなたに失礼なことを云ったようで、その謝罪をしたかったことよ。ご免なさいね、彼女の職務上ステータスに合ってない仕事を冒険者にさせられないのよ。そこはわかって頂戴ね。

 でも不思議ね、あなた達のステータスじゃ、どうしたってあんなに魔石を集められないわ。大部屋のトラップに引っ掛かったんでしょ、よく生きて出られたわね」


 エルフのお姉さんの話は、僕たちの秘密を聞き出すことみたいだった。僕はそれを知られたくはなかったんだ。だってネコニャーの能力がバレたら僕から取り上げようとするかもしれないから。僕はもうネコニャーなしでは生きていけないし、ネコニャーのいない生活なんて考えられないよ。


「方法は云えません。だって真似されると僕が稼げなくなりますから」


 僕はあえて知れば誰でもできる方法があると思い込ませてネコニャーの秘密を守ったんだ。


「そうなの、仕方ないわね。あっそうだ、可愛いネコちゃんとお話ししていいかしら」


「あまり喋りませんけど、いいですよ。ネコニャー、お姉さんに自己紹介して」


 僕がそういうと、


「我輩は、ねこニャ。名前はまだないニャ」


 えっ、ネコニャーって名前じゃなかったの? どうしよう、名前を付けないといけないのかな。でもネコニャーでなれちゃってるし、今更他の名前なんて嫌だよ。


「あら、今なんて云ったのかしら? 意味のある言葉には聞こえなかったのですけど」


「えっ、そうなんですか? 僕には意味はわかりましたけど。どんな風に聞こえたんですか?」


「えーと、オレオレオレオレかしら。なにか野良猫が喧嘩しているような声だったわ」


「そうなんですか。きっとネコニャーは僕の守護獣だから僕以外の人とは意思の疎通ができないんだと思います」


 そういえば、僕にはこの国の言葉がわかるし、しゃべれるんだけど、これって召喚されたときに与えられるおまけの能力なんだろうか? もしそうなら、ネコニャーにはその能力が与えられなかったのかもしれない。


「そうなの、残念だわ」


 そう云ってお姉さんは言葉を切った。僕も話すことがなかったので黙ってアイスティーを飲んでいたんだ。


「話は変わるけど、受付嬢ともう少し仲良くできないかしら。冒険者と受付嬢には適切な距離があると思うのだけど……。近すぎてもダメ、離れすぎてもダメ。あなた達は少し距離が離れすぎてると思うのよ」


「こういう話があるわ、ヤマアラシっていう体中にトゲのある動物がいてね、その動物のオスとメスの2匹が暖をとろうとしたのよ。でも、お互いにトゲがあるから近すぎたらトゲが刺さってお互い痛いし、離れすぎると寒くなっちゃうのよ。だから適切な距離をとらないといけないってことね。これをヤマアラシのジレンマって云うみたいよ」


 あー出たよ、ヤマアラシのジレンマ。でもね僕その話嫌いなんだよね。なぜかっていえば、嘘っぽいからね。だから反論したんだ。


「でもヤマアラシって絶滅してませんよね」


「え? ええそうね、してないけど?」


「と云うことは子どもをつくれるってことですよね。つまりある角度によっては接近できるってことじゃないですか。主に後ろからだと思いますが」


 エルフのお姉さんは口をアングリと開けて固まった。どうやら言葉をなくしたようだ。


 こうしてエルフのお姉さんとの会合は終わったんだ。なぜ呼ばれたのかを考えると、第1に僕たちが2回連続で魔石をたくさん集めちゃったから、その方法の調査。第2に受付嬢との関係改善、第3にネコニャーのことなんだろうと思う。この世界にいる猫耳族は、猫耳と人間の耳を両方持っているってことはないから、そこが異常だと思われたのかもしれない。

 もしかしたら目をつけられちゃったのかな? そんなことを考えながら宿に戻り、また1週間の情報収集という名の引きこもり生活を送ったんだ。

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