第10話 300人殺しの罠

 軍隊の人たちも食事を終えて、やっと静かになってみんな寝静まった頃、急にざわざわと休憩所の入口あたりがしはじめたんだ。

 そして灯りが着き始めて、一気にやかましくなってきた。見ると冒険者っぽい人たちがゾロゾロ入ってきて、みんなが寝ているのなんかお構いなしに騒いでるんだ。

 耳を澄ませて聞いていると、どうやら20階層に行っていた冒険者たちが帰って来たみたいなんだけど、お腹が空いてるのか屋台の人たちを叩き起こして食べ物を用意しろって云ってるみたい。

 それで屋台の人たちも起き出して準備を始めたんだけど、軍隊の人が何人か起きてきて、静かにしろって文句を云ったみたいなんだけど、ダンジョンは別荘地じゃねーって逆に怒鳴られてた。


ゴゴゴゴゴーーーーー


 そんな騒ぎの中、突然すごい音がしたんだ。なんか重い岩が擦れるみたいな……って思っていたら誰かが叫んだ。


「おい、巨神さまが動いてるぞ」


 僕の所からは見えないんだけど、あの休憩所の前にあった20メートルぐらいの彫刻が動いてるみたいなんだ。しかもこちらに向かって来てるみたい。


「ダメだ、逃げろ」


 そんな叫び声と共に、うわーって人が休憩所の入口から入ってきて、みんな無事に逃げ込めたと思ったのも束の間、ゴゴゴゴ、ドシンって感じで入口が閉ざされたんだ。

 どうやら巨神さまが入口に背を向けて座り込んだみたい。みんな呆然と立ち尽くしていたよ。助かったのかって思った人も多かったのかも知れないけど、これって絶対なにかのイベントだから、しかも、かなりヤバイやつだと思うんだ。


「ネコニャーヤバイよ、閉じ込められちゃったよ」


「だが断るニャ」


「いや、断っても出られないから」


「ネコニャー、何とかならないの?」


「今断ったから大丈夫ニャ」


 う、ダメだ、話が通じないよ……。とりあえず他の人たちのがどうするのか様子を見ることにしよう。食べ物は1年分あるし、水だって水魔石がいっぱいあるから大丈夫だろう。オッケー、とにかく見つからないように隠れていよう。


「はぁー、ほんと僕の人生苦行の連続だよ」


「くぎぅよう……ニャ」


「うん、苦行だよ」


 ステルスで見えないようにして、隅っこに隠れて見ていると入口の方で身体の大きな冒険者が5人ぐらいで巨神さまを押していたけどびくともしないみたいだった。

 その後、大きなオノのような武器で、バキンバキンと叩いていたけど、ダンジョンの壁と同じでキズは付くけど直ぐに修復されるみたいで穴を開けることは無理だった。


 閉じ込められて脱出不可能だとみんなが認識して、事態は次の段階に進んだんだ。つまり話し合いをしないといけないってことなんだ。

 そして現在この休憩所にいる3つの団体からそれぞれ数名ずつ選出して1回目の会合が行われたんだ。


 ☆ ☆ ☆


 王都守護隊養成所からは大隊長1名、中隊長3名、這い寄る狼から3名、商人ギルドから3名が養成所が設営したテントで会していた。

 

「わたしが守護隊養成所の代表を務めている大隊長のライオネルだ」


 金髪碧眼のいかにも貴族ですという身だしなみの整った20才の青年が口火を切った。


「あたしはルレム、私たち3人が今回這い寄る狼恒例のダンジョン攻略研修の責任者よ」


 茶髪を三つ編みにした細身の女がライオネルに向かい威圧するような声で続いた。


「えー、私はサンタナと云います。商人ギルドに所属しておりまして、この度は這い寄る狼様のご依頼により屋台を率いてこちらの休憩所まで参りました」


 そういって小太りのおじさんが恐縮したように挨拶をした。


「それで何が起こったのかわかっているものはいるのか?」


 ライオネルの問にルレムが答えた。


「原因は分からないけど、巨神が突然動き出して入口を塞いだってのはわかるわよね。そして、いくら押してもびくともしない。おそらく何10トンとか何100トンとかあるんだと思うよ。それにダンジョンの壁と同じで穴を掘ることもできない。完全にお手上げよ」


「原因は不明か……」


「ハッキリとはわからないけど、ひとつ心当たりがあるわ」


 ライオネルの片眉がピクリと動いたのを見てルレムは続けた。


「人数よ。今まで休憩所にこんなに多くの人が居るのを見たことがないわ。たぶん一定の人数を越えると発動する罠なんじゃないかしら。10階層にボスがいないのが今まで不思議だったんだけど、まったく、とんでもないトラップがあったものね」


「人数か……、我ら守護隊候補生は151名だが他は?」


「這い寄る狼は122名よ」


「商人は20名です」


「後、這い寄る狼以外の冒険者が9名いたわ」


「全部で302名か、もしかしたら300を越えたら罠が発動するのか?」


「そういえば、湧き水の水量が1日300リットルだと聞いたことがあります」


 サンタナの言葉にライオネルは、フムと頷きつぶやいた。


「いやに符合するな……。それはさておき這い寄る狼がこの休憩所に戻って来るのは昨日だったはずだが、何か問題でもあったのか?」


「フン、ちょっとまとまった数の魔物に襲われて何人かはぐれちゃったから探していたのよ。おかげでお腹がペコペコ、早くご飯を食べたいわ」


「ご飯か……、そこが問題だな。水と食糧、生きていく上にはなくてはならないものだ。しかし今この場には限られたものしかなく、水はさておき食糧においては補給するあてもない。いったい今ある物資で何日間生きられるのだろうか?」


 ライオネルの言葉に全員が口を閉ざした。それぞれの頭に浮かぶのは自分達が持っている食糧の備蓄だった。

 守護隊は7日間の訓練予定だったので残り6日分×151人の食糧はあるが、携帯性と保存性を重視した、栄養はあるが味はイマイチというものだった。

 商人たちは栄養があり味覚を満足させるに充分な食材を150人×3食分程を持ち込んでいた。

 そして一番悲惨なのが冒険者でほとんど食糧と呼べるものは持っておらず、おまけに今現在も腹を空かせていたのだった。

 圧倒的に不利な冒険者たちであったが、力関係という意味においては3つの勢力の内では最強だった。B級冒険者3人を筆頭に猛者が揃っており、いかに守護隊候補生が優秀であろうと所詮は学生の身、人数の過多では乗り越えられない圧倒的な力の差があったのだ。

 そして食糧事情に余裕のある商人たちが、今この場では一番の弱者だった。現にこの10階層に来るのも冒険者を雇って護衛をしてもらわなければならず、その護衛は昨日帰ってこの場にはいないのだった。それで地上に帰るのに冒険者に送ってもらおうと考えてたぐらいで、とても自分たちだけで帰ることなどできないのだった。


「まずは水と食糧の分配について取り決めをしておく必要があるな。水は1日300リットル湧いてくるというのなら、ひとり1日1リットルの配分になるが、それでいいのだな」


「あぁ、それでいいよ」


「私もそれでいいと思いますが、水場の管理を誰がするのか、そしてどのように各個人に水を分配するのかという問題が残りますな」


 サンタナの言葉に一同は思案した。


「それぞれの陣営で数人ずつ見張りを出して、水を汲むときはお互い確認しあえばよいのではないか」


 ライオネルの意見に全員が頷いた。


「それでなんですが、私たち商人ギルドのものは人数も少ないことですし、冒険者グループの方に混ぜて頂きたいんですが、いかがなものでしょうか? 冒険者さまのご依頼でここにこうしている訳ですし」


「確かにそうね。這い寄る狼とその他の冒険者、そして商人たちの寄せ集めグループってことで、ちょうど人数も151人ずつになるしね」


「フム、後は食糧か……。今ある食糧を全てかき集めて全員で分配する、という訳にはいかないかな?」


「それでそちらは何日分の食糧があるんだい?」


「普通に食事をして6日だな。身体を動かさず節約しても2週間ぐらいで食糧は尽きるだろう。後は水だけ飲んでしのいでも1ヶ月が限界だろうな」


「こちらはどうなんだ?」


 ルレムの問にサンタナは答えた。


「はい、こちらは150人が3回腹一杯食べられるぐらいの食糧がありますから普通の食事に換算しますと4日分ってとこです。しかし食材の種類は豊富ですから工夫次第では、あちらさまと同じぐらいにはなると思います」


「へー、工夫ってどうするんだい?」


「ええ、水で薄めてスープにするんです。スープにしたら水魔石の水を多少混ぜても味は変わりませんので量を増やせるんですよ」


「ほう、水魔石の水も使えるのか」


「はい、飲み水にもある程度なら混ぜても味は変わりませんよ」


「なるほど、庶民の知恵だな。それでは食糧の方は自分達が所有している物を食べ、交換はしないということでよいか?」


 そういってライオネルは全員を見回した。異論は無かったのでそれで決定された。


「すみません私からお願いがあるのですが」


 サンタナの言葉に全員耳を傾け、ライオネルが代表して訊いた。


「何だ?」


「トイレなんですが、この休憩所には5つあるんですが、この人数ではちょっと足りないと思います。テント型のトイレをお持ちでしたらいくつか設置してもらいたいんです」


「わかった。持ってきているので5張り程設置しておこう」


「ありがとうございます」


 こうして1回目の会合は終了した。その後、這い寄る狼の面々は商人たちによって作られたスープを腹一杯とはいかなかったが、お腹が膨れるぐらいは食べて眠りについた。

 不安な気持ちを抱きつつも、今は束の間の満腹感に浸っていたいとばかりに、誰もが静かに身を縮ませるのであった。

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