第11話 救助隊が来たけど、どうにもならない

チク、チク、チク、チク……


 僕は今、買ってあった裁縫セットで縫い物をしているんだ。裁縫セットって云っても布を切るハサミと縫い針と糸、後は黄色と黒の厚手の布しかないんだけどね。

 ほら、僕って顔を隠すのにフードを被ってるでしょ、でもね、なんか周りが見にくいんだよね。それにご飯も食べにくいし。それでマスクを作ろうって思ったんだ。マスクっていえばトラでしょ。だから黄色と黒の布で作ってるんだ。

 バリアの外ではみんな起き出して話し合いをしたり、脱出できる隠し通路がないか探したりしてるみたいなんだけど、見つからないみたい。

 僕たちはバリアのステルス機能を使って外からは見えないようにして、人が近づいて来たらそっと移動して隠れてるんだ。音も外に漏れないようにできるみたいで、なんとか見つからずに隠れてるよ。

 外の様子はマジックミラーみたいにこちらからは見られるようにしてるんだけど、明るさの調整や部分的に拡大とかもできて、360度スクリーンに囲まれてるみたいなんだ。

 これってどういう原理なんだろうね。明るさの調整は、まぁいいとして、この拡大してもらったところがパソコンのウインドウが開いたみたいに四角く拡大されるのはどうなっているんだろ。望遠レンズ的な何かなのかな?


「ねぇ、ネコニャー、入口のところを拡大してこの辺に映せる?」


 僕が目の前にあるバリアの壁を指差してそう訊くとネコニャーは、「できるニャ」と云って入口の映像を映してくれた。


「もっと近づいて、そのまま壁に引っ付くぐらい」


 そうお願いするとウインドウいっぱいにあの巨大な像のお尻辺りが映し出された。


「入口との境目ってどうなってるのかな?」


 そういうと、カメラを移動したみたいに映像がスクロールして境目が映し出された。やはりピッタリと塞がっていてカミソリの刃も挟めないぐらいだった。


「壁の向こう側は見えないよね」


 そういうと、壁の中を進んでいるような映像が映り、そして突き抜けて休憩所前の広い空間が映し出されたんだ。


「えっ、まじで!」


 原理はわからないけど、壁の向こう側が見れるってことは……もしかしてのぞき放題なんじゃないかな?

 これって犯罪なのかな? ヤバイな、他の人にはバレないようにしないと。


「じゃあ、180度ターンして巨人の方を映して」


 そして映し出されたのは胡座をかくように座っている巨人の姿だった。まるで初めからそこに彫り込まれていたように、まったく動く気配はなかった。


「ネコニャー、このままダンジョンの外まで見れる?」


「できるニャ」


 すると映像が早送りするみたいに流れて、1分もしない内にダンジョンの外が映し出された。


「うわー、人がいっぱいいるよ」


 ダンジョンの外には大勢の人でひしめき合っていたんだ。きっと誰かがここであったことを報せてくれて助けを呼んでくれたんだ。

 外はもう朝なんだ。何時なんだろう?


「ネコニャー、もっと上の方を見れる? 空から街を見渡す感じで」


 すると映像がかわって街全体が見えるようになってきた。


「あそこ、ほら時計塔があるでしょ、あれを映して」


 僕がそういうと、時計塔の文字盤がちょうどウインドウに収まるぐらいの大きさに映し出された。


「ありがとう。これって何時でも見れるようにしておけるかな?」


「できるニャ」


「じゃあ、時計って云ったらこの時計塔を映してね」


「わかったニャ」


 時計の時刻は8時半だった。今日の夕方ぐらいには助けが来るかなって思うけど、問題はどうやって入口に居座っている巨人を動かすかだね。簡単には動かせないと思うんだけど……。


「ねぇ、ネコニャー、時計のウインドウをこのまま置いといて、もうひとつウインドウを開いてダンジョンの入口にいる人達って見れる?」


「できるニャ」


 パッとウインドウが開いてダンジョンの中に入っていく冒険者たちの姿が映し出された。


「音って聞ける?」


「できるニャ」


 するとダンジョン入口の音がはっきりと聞こえてきたんだ。巨神様が動いて休憩所を塞いだらしいぞという話をしている人があちこちにいた。これってもしかして盗聴し放題なんじゃないかな。どんな原理でこんなことができるんだろう?


「そうだ、この映像をバリアの中いっぱいに表示できる? 本当にそこにいるみたいに」


 辺りが一瞬白く光ったかと思うと、まるでその場に立っているかのように360度映像が映った。音も自然に聞こえてくる。これって21世紀の地球の科学力でも無理だよ。魔法の一種なのかな?


「ネコニャー、上昇して」


 僕がそういうと、バリアに映る景色がまるでエレベーターに乗って見ているみたいに変わって行き、本当に空中に浮いているみたいになったんだ。

 現実はダンジョンの床に立っているはずなのに、あまりのリアリティで僕は立っていられなくてしゃがみ込んでしまった。それでネコニャーにソファーを作ってもらって座ることにしたんだ。


「じゃあ、ネコニャー南に向かって移動するよ、あっちに飛んで」


 僕は太陽の位置から見当をつけて南の方角を指差した。この辺りは秋が近づいて段々寒くなって来ていたから、ダンジョンを出たら南に行こうと考えていたんだ。だから下見をしてるんだ。

 高層ビルの天辺から見ているような景色が流れて、遠くに見えていた街がすぐに眼下に広がった。そこにはダンジョンはないようだけど、お店はいっぱいあるみたいだった。次はあの街に行こう。

 一通り街を見学した後、映像を現実のものに切り替えた。休憩所にいる人達は、それぞれ今後のことを話し合っているみたいだった。体力を温存するためか大声を出してい人はおらず、みんなこそこそと小声で話していた。


 10時ぐらいに軍隊の人達が食事を摂り始めた。スープとビスケットみたいなのを食べていた。

 そういえば僕も食事をしていなかったと思い出し、ネコニャーにハンバーガーを出してもらって食べた。飲み物はリンゴを搾ってもらった。

 食後はマスクを作る続きをしていた。そうこうしているとあっという間に午後5時になっていた。

 その時急に辺りがザワザワしだしたんだ。どうやら休憩所前の広間に救助隊が到着したみたいだ。


「ネコニャー、救助隊が来たみたいだよ、何してるか見たいんだけど映してくれる」


 僕がそういうと、目の前に四角いウインドウが開いて休憩所前の光景が映し出された。

 見ていると数人の冒険者が近づいて来て壁と巨人像の間に尖った三角形の鉄のかたまりみたいなのを押し当てていた。ドアが閉まらないように止めるドアストッパーみたいな形のやつ。大きさは30センチぐらいで、それを床に置いて尖った方を間に当ててお尻の方を大きなハンマーで叩いたら間に入っていって像と壁の間に隙間ができるって考えてるみたいだ。


ガン、ガン、ガン、ガン


 三角形の鉄の塊がめり込んで行く。でも像と壁の間に隙間は出来ない。きっと像が重すぎるんだ。それで動く前に像が削れちゃってダメなんだ。

 ガンとひときわ高く音が鳴り響いたとき、岩の欠片がウインドウの方に飛んで来て、次の瞬間ウインドウがブラックアウトしたんだ。


「あれっ、ネコニャー、映らなくなったよ?」


「死んだニャ」


「え、何が死んだの? それって回線が死んだとか比喩的な表現だよね? 誰も死んでないよね?」


「クックックックッ、御愁傷様だったニャ」


「怖いよ、ネコニャー……、あっ映った」


 話し合っている途中で新しいウインドウが開いて、また外の様子が映し出された。



ガン、ガン、ガン


 今度は休憩所の内側から何かを叩く音がした。盾で壁を叩いているみたいだ。何かの合図なのかと思ったら、外から聞こえてきた音を合図と間違って、合図を返したみたいだ。

 その後、休憩所にいる人はみんな入口の所に集まって外の人達と音の合図で話してた。声が届けば速いんだろうけど、伝わらないみたいで、ガンガン、ゴンゴンやっていた。

 僕はなんか退屈だったので、音をシャットアウトして、ご飯を食べてお風呂に入って寝たんだ。


 あーよく寝た。なんかネコニャーのバリアの中で寝てると押し入れの中で寝てるみたいで不思議な感じがするんだ。

 あれっ、ネコニャーがいないぞ、と思ったら足元で丸まって寝てた。

 ごそごそと起き出したらネコニャーも目覚めたみたいなので、時計を表示してもらった。7時だった。

 休憩所の様子を見せてもらうと、なんかみんな暗い顔をしていた。多分いい救助方法が見つからなかったんだろう。

 休憩所の外を映してもらうと、軽く食事をしながらどうやって巨人像を動かすのか話し合っているようだった。昨日より人数が多いと思ったら軍隊っぽい人達がいた。僕が眠っている内に到着したのだろう。

 軍隊も冒険者も一緒に話し合っているようで、とりあえず縄をたくさん巨人像に掛けてみんなで引っ張るみたいだ。


 2時間ぐらいして縄を何十本か巨人像にくくり付けて百人ぐらいで引っ張ってたけど、びくともしなかった。やっぱり力業じゃあダメみたい。

 その後は火の玉みたいな攻撃魔法を打ち込んだり、剣で叩いて巨人像を挑発して動かそうとしたんだけどまったく反応しなかったんだ。休憩所内からも押したりしてたんだけどね、結局どうしようもなかったんだ。

 翌日には救助隊の人達はほとんど帰っちゃったよ。何人かは連絡のためか残ってるけどね。いったん街に帰って色々考えてくれるみたいだけど、どうなんだろうね、無理っぽいんだけど……。


 ☆ ☆ ☆


 300人を飢餓地獄に叩き込んだ地獄の缶詰生活は20日間続いたんだ。もう全員限界をむかえてたけど、指導者が優秀だったのか自棄になって暴れる人も出ずに、まだ誰も死んでなかった。

 もちろん僕はいつも通り規則正しく生活してるよ。引きこもるのは得意だし、新しく出来るようになったバーチャルリアリティみたいな機能で、あっちこっちを見に行ったりして退屈はしないよ。

 さて朝食は何にしようかな。そうだ、あの串焼きのお肉をレタスみたいな野菜と一緒にパンで挟んで食べよう。飲み物はオレンジジュースでいいかな。ネコニャーに搾ってもらって、シュワシュワにしてって云ったら炭酸水みたいになるから、それにしよう。

 そして準備した食事を食べてたんだけど、クシュンとくしゃみをひとつしちゃったんだ。音は外に漏れなかったけど、このくしゃみがここにいた300人の運命を変えたんだよね、後から思ったことなんだけど。

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