第9話 10階層の休憩所は至れり尽くせりです

 初心者ダンジョン北冒険者ギルドのギルド長は、元A級冒険者だった。風貌はひとことで云えば熊だった。威圧するような筋肉に、太い首、そして温和そうだとはとても云えない鋭い眼光を常に放っているような男だった。

 それに反して副ギルド長は、知的眼鏡のできる執事で、そのふたりが現在ギルド長室でテーブルを挟んで向かい合って座っていた。


「それでずいぶんと高い買い物をしたそうじゃないか」


 ギルド長は何故か楽しそうに身を乗り出して尋ねた。


「あぁ、あの水魔石のことですか。でしたら高い買い物とは思いません。妥当な価格だったと私は思いますよ」


「ほぅ、普通の物に比べ100倍もの価値があるというんだな」


「もちろんですとも、飲めますし、しかも美味しい」


「だからと云って100倍はふっかけすぎだろ」


「いえいえ、私の直観が訴えてくるのです、きっとこの水はアールグレイに合うと」


「いや、それはおめーさんの趣味だろ」


「ハハハ、冗談はさておき、こんな水魔石、私は見たことがありません。ギルド長はおありで?」


「いや、まだオレ飲んでないし」


「そうでした」


 そう云って副ギルド長は誘導石が付いた装置に例の魔石をセットして2つのグラスに水を注いだ。


「では乾杯」


 ふたりはグラスを傾けた。ギルド長はまるでワインをテイストしているかのように慎重に、副ギルド長はもう慣れたもんだと一気に飲んだ。


「ふむ、確かに飲めるな」


 ギルド長は、この商品の価値が妥当であったのかを確かめるように唸った。


「まぁ昨日買い上げたばかりですし、しばらくはこの魔石の能力を検証するということでいいのでは。さしあたって私がこの水を毎日飲み続けて検証しましょう」


「おいおい、それは自分が飲みたいだけだろ」


 そういってふたりは笑い声をあげた。


「で、その魔石を持ち込んだのが例のガキか?」


「ええ、あの猫型獣人を抱えたいつもフードで顔を隠している少年です。冒険者の間ではキャットフードと呼ばれているみたいですね。ステータスに比べて魔石の収集数は異常です。それも1日ダンジョンに入ったら6日間は休んでいるようで、休みの日にどこかで魔石を手に入れてないとしたら、ギルドに売りに来ているのは1日分の収入になります。つまり異常な収集速度です。そして更に不可解なのが誰もダンジョンで彼を目撃してないということです。あれだけの量の魔石を集めようとしたら、ダンジョン中を走り回って魔物を倒しまくらないといけないはずですが、まったく不思議です。そして、この見たこともない魔石、いったいどうやって手に入れたのか……」


「ふむ……、そういえば、B級冒険者パーティー、狼の右肩がこの街に来ていたな。奴等にこの石の能力調査を依頼したらいいんじゃねーか」


「そうですね。あの方達でしたら、きちんと調査報告ができるでしょう。近々中級ダンジョンに潜ると云ってましたし」


「そうだな、それにしても狼の右肩か、変なパーティー名つけやがって」


「仕方ありませんよ、パーティー名に狼を冠するのは冒険者の憧れですから。そして同じ名前は付けられませんのでどうしてもあまり使われない部位の名称になってしまいます。私が知っているパーティー名で一番笑えたのは、狼の右乳首上から2つ目っていうのでしたよ」


「ぐゎははは、そりゃ、ウケ狙いだろーが」


「それはそうと、東西南北のギルド長集会はどうでしたか?」


「あー、どうやら王都の守護隊養成所の初心者ダンジョン研修と、大手クラン這い寄る狼総出のダンジョン攻略がバッティングしたみたいで、それの日程調整だった。お互い150人規模だから休憩場所とか色々あってよ」


「なるほど、それは大変でしたね」


「あぁ、這い寄る狼の日程を1日繰り上げることで話はついたがな」


 ☆ ☆ ☆


 朝だ。昨日ダンジョンでガッポリ稼いだし、ネコニャーが作った水魔石も売れたので、いつもなら1週間宿に籠っているんだけど今回は違うんだ。

 だってあんなに稼いじゃったし、もしネコニャーが作った魔石のことがバレちゃったら、命を狙われるかも知れないしね。だから今日からは食糧その他雑貨品の買い貯めをしようと思うんだ。いつ逃亡生活をしなくちゃいけなくなるかわからないしね。

 ということで僕たちは、1週間かけてひたすら買い物をしたんだ。宿のおばさんに頼んでハンバーグを100個作ってもらって、それを野菜と一緒にパンに挟んでハンバーカーもどきを作ったりもしたよ。偶然油紙が売ってたからそれでくるんで無限収納に入れてるんだ。

 他にも色々大人買いして、たぶん千食分ぐらいあるんじゃないかな。1年ぐらいは余裕で生活できそうだよ。


 こうして僕はこの街を出る準備を完了させたんだけど、ひとつ忘れていたことがあったんだ。それは魔石をストックしておくこと。魔石ってお金にしやすいし、誘導石があれば火を着けたりもできるからね。持ってても損はしないんだ。

 だから最後に初心者ダンジョンを行けるとこまで攻略することにしたんだ。


 いつものようにタグを見せてダンジョンに入った。最初は少し歩こうと思って、そうしていたんだけど、今日はきっと他の冒険者にも遭遇するだろうと思い至った。

 それで魔物がバリアに当たって吹っ飛んでいくのって変に思われないかなって思ったんだ。だからネコニャーに訊いてみた。


「ねぇ、ネコニャー、バリアをもっと身体の近くにできないかな? 服を着るみたいに」


「できるニャ」


 ネコニャーがそういうと、なんか暖かいものに身体を包まれたような感じがした。


「なんかパワードスーツみたいだね。じゃあ、僕の動きに合わせて動く力を後押しできる?」


「ニャ!」


 そういうと、身体が軽くなり駆け足で歩いているような感じになった。今までも動きを助けてもらったことはあったんだけど、それはどちらかと云えば背中を押してもらっている感じだった。でも、今回のパワードスーツ方式は、僕の動き自体をアシストしてもらっている感じで、こっちの方が疲れない気がする。

 僕はこれをアシストスーツって名付けたんだ。


「ネコニャー、今押してもらってる力をアシスト2倍って呼ぶことにするからね」


「わかったニャ」


「じゃあ次はアシスト3倍」


 僕がそういうと更にスピードが増し、全力で走ってるぐらいになった。


「よーし、アシスト10倍だ」


 そういった次の瞬間、僕は壁に激突していた。でもエアーバッグみたいに衝撃は殺されて怪我ひとつせずに止まることができたんだ。


 こうして新しい能力の練習をしながら僕たちはダンジョンを進んで行ったんだ。

 今回でこのダンジョンは最後になるから1階層ごと丹念に回ってたくさん魔石を集めた。6階層の途中で眠たくなってきたので、たぶんもう寝る時間なんだろうと思って通路の行き止まりでネコニャーにエアーマットを作ってもらって寝たんだ。外から見えないようにステルスにしてたから誰にも見つからなかったみたいで、ぐっすりと寝られた。

 目が覚めた後もアシストスーツモードで攻略を続けた。第10階層に着いたのは午後3時過ぎだった。この階層は特別で、休憩したりテントを張って宿泊するのに適した休憩所と呼ばれる広間があるんだ。その休憩所に続く通路も普通の倍くらいの幅があって6メートルぐらいかな、とにかくわかりやすいんだ。

 通路を抜けると20メートルぐらいの高い天上の部屋があって、広さも奥行きも20メートルの立方体の謎の空間にでたんだ。

 その部屋の中央まで進み後ろを振り返ると天上まで届くぐらいの巨大な彫刻があったんだ。その彫刻は剣と盾を持った人間の形をしていて、僕たちはその彫刻の開いた足の間から入ってきたんだ。その立方体の部屋の向こう側に休憩所の入口があって僕はその入口に入った。

 この休憩所の大きさは学校の体育館ぐらいで、中央に飲み水が湧き出してる池があるんだ。この池は昔からあるみたいで、人工のものではなくダンジョンの機能の一部みたいなんだ。

 そして隅の方にはトイレもあるんだ。こちらは人工物なんだけど、排泄物の処理はダンジョンが勝手に吸収してくれるから考えなくていいんだ。

 水とトイレがあり、そしてこの休憩所には魔物は出ない、これらの条件によりこの休憩所はダンジョン攻略をする多くの冒険者に利用されてるんだ。ちょうど中間地点にあるしね。


 休憩所に入ると冒険者の姿が数人目に入ったが、10人もいない感じだった。それよりも屋台がずらっと並んでいることに驚いた。10台ぐらいありそうでまるで縁日のようだった。

 その屋台の中に、お肉の串焼きを売ってる店があったんだ。すごく甘い匂いがして、焼き鳥のタレがかかっているみたいだ。値段は1本500Gと少し高めだけど、大きな肉が3つも刺さってるからお買い得なのかもしれない。

 そして何よりの特徴は僕より背が低い男の子が売り子をしていることなんだ。お父さんの手伝いだと思うんだけど、こんなダンジョンの奥まで子供がきて大丈夫なのかと思ったんだ。

 その子とチラッと目が合ったんだけど、人懐っこい笑顔で、「兄さん、美味しい肉の串焼きはいかがでやすか?」って声をかけられたんだ。「やす」ってどこかの方言なのかと思いつつも、せっかくなので1本買ったんだ。

 こんなに屋台だけあってもお客さんがいなかったら商売が成り立たないんじゃないかと思って訊いたら、どうやら理由があるみたいなんだ。

 その理由っていうのが、這い寄る狼っていうクランが20階層まで潜ったんだけど、まだ戻ってきてないみたいなんだ。昨日帰ってくるはずだったみたいなんだけど……。もしかしてこれって救出イベント発生ってことないよね?

 クランの人は全部で120人ぐらいいて、食糧は必要最低限しか持って行ってないから、この休憩所に食糧を用意して置くようにあらかじめ商人ギルドに依頼してたみたいなんだ。それで10台も屋台があって冒険者が少ない訳なんだ。


 広い休憩所だったから僕は目立たないように隅っこの方でネコニャーハウスに入ってご飯を食べてたんだ。ネコニャーハウスっていうのは、ネコニャーのバリアの中って事なんだけど、空気でできたソファーがあったり、それがベッドのマットに変形したりと、すごく便利なんだ。トイレやお風呂にもなるし、おまけに外からは見えないようにもできるので、もうこれさえあれば野宿なんていつでもできるって感じなんだ。

 本当のところ宿に泊まらずネコニャーハウスを使ったらお金もかからないんだけど、やっぱり屋根があった方が落ち着くし、ご飯も用意してくれるし、情報も得られるから宿を使っているんだ。


 しばらくすると大勢の人が休憩所に入ってきてテントをたくさん設営しはじめたんだ。キビキビ動いているし、服装も統一されていたからどこかの軍隊の訓練かなって思ったんだ。

 さっきの串焼き屋さんもすごい勢いで肉を焼き始めて、一気に活気づいたんだ。

 しばらくすると、さっきの男の子が大声を上げて駅弁売りみたいに串肉を売り始めたんだけど、軍隊の人が男の子に何か伝えるとガッカリして屋台に戻って行ったんだ。

 屋台にいたおじさんも呆然として串肉を焼く手を止めていたから、きっと買って貰えなかったんだと思った。それで僕はもしかして買い貯めのチャンスだと思って屋台に近付いたんだ。


「ねぇ、どうしたの?」


「あぁ、さっきの兄さんでやすか。いえね、あの人達に買ってもらおうと、たくさん串肉を焼いたんでやすが、訓練だからって自分達が用意した食糧以外は口にできないそうなんでやす。調子にのって100本も焼いたんで困ってるんでやす」


「じゃあ僕が全部買っていいかな?」


「えっ、いいんでやすか?」


「はい5万G」


 僕がそういってお金を渡すとメチャクチャ感謝されて、屋台のおじさんが大きな油紙の袋に10本ずつに分けて包んでくれたんだ。

 僕はそれを受け取って、また隅っこの方に行って隠れ、ネコニャーの無限収納に串肉を収納してもらったんだ。

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