第16話 ゴミクズ勇者 vs S級ドラゴン
「あぁ、僕の人生苦行の連続だよ」
「くにょうニャ」
「苦行、苦行だよ。あーきっと死亡フラグが立っちゃってるよ」
僕はそう叫びながら街中を駆け抜けたんだ。早く逃げないと捕まっちゃうからね。
そういえば、あれって僕たちが殺したことになるのかな? 罪を犯したっていう罪悪感は全然ないんだけど、だって僕はあんなにやめてって云ったんだから……。それでも向かってきたんだから仕方ないよね。お姉さんは可哀想だったけど、お姉さんも剣を持って暴れている人を止めなかったんだから自業自得だよね。
そんなことを考えながら門をくぐって外に出たんだけど、何だか知らないけどそこには冒険者がいっぱいいたんだ。見るとそこにはダンジョンの入口があって、ダンジョンを取り囲むみたいに壁があるから、つまりここは袋小路になっていたんだ。
今からさっき出てきた門から戻ったら、僕を追って来る人と鉢合わせする可能性が高い。もうこうなったらダンジョンに入ってほとぼりが冷めるまで隠れるしかないよ。
そう考えて僕はダンジョンに入ったんだ。まだ指名手配されてないからタグを見せたら入れたよ。
このダンジョンは洞窟みたいになっていて、初心者ダンジョンとは違いマッピングが難しそうだ。まぁ、ネコニャーの探索能力にかかったら、そんなの関係ないと思うけどね。
洞窟を歩いていると前の方から何かやってきた。それはネズミみたいなんだけどピョンピョン跳ねてるんだ。
うん、数も多いし普通だったら大変だね。まぁ、ネコニャーバリアの前にはただのオヒネリなんだけどね。そうこうしてるうちにピョンピョンネズミはバリアに弾き飛ばされて魔石になって無限収納に入っていった。もう流れ作業だよ。
今日は1階層の冒険者が居なさそうなところを探して休む事にしよう。色々あって疲れたし、とにかく落ち着いて疲れを取ろう。早くお風呂に入って今日あったことは忘れよう。
こうして僕たちは冒険者があまり来なさそうな所を見つけてバリアハウスで一夜を過ごしたんだ。1時間ぐらいボーッとお風呂に入ってよく温まった後で眠ったから、感情の切り替えはできたみたい。なんだかんだ云っても、目の前で人間が死ぬのは本当にショックを受けるからね。
翌朝目覚めたときは幾分心が軽くなっていた。眠ると頭の中が整理されて、少し現実味が薄れるからね。
僕はパッと目を覚まし、軽くラジオ体操をして朝食を採った。搾りたての新鮮なジュースを飲んで出発だ。
30分ぐらい鍾乳洞みたいな所を歩いていると、急に真っ暗になったんだ。すごく変なのは、歩いている時ってどちらかの足が必ず地面に着いているでしょ。それが、両足とも地面を踏んでる感触が無くなったんだ。まるで地面が消失したみたいに。
うっ、
気が付くと僕は地面に倒れていたんだ。ネコニャーを抱えたままだったから下敷きにしちゃったよ。
「ネコニャー大丈夫?」
「大丈夫ニャ」
僕は起き上がってネコニャーが怪我をしていないか確認した。擦り傷もないし大丈夫そうだったので安心した。それにしても何が起こったんだろう。落とし穴にしては音がしなかったし……。
「ねぇ、ネコニャー、何が起こったか分かる?」
「ワープしたニャ」
「ワープって瞬間移動のこと? ネコニャーがワープしたの?」
「違うニャ、誰かが勝手にしたニャ」
「そうなんだ、誰が何の為にそんなことをしたんだろ。あぁ、もしかしてランダム転移の罠なのかな?」
ぐーーーー
「うわっ、奧に何かいるみたいだよ」
僕は音のした方を向いたんだ、するとそこには金色に輝く大きな2つの玉が浮かんでいたんだ。よく見るとそれは眼球だった。猫みたいな縦長の瞳孔でこちらを見ている。かなり大きな生物がそこにいるようだった。
「ネコニャー、明るくして」
僕がそういうと、ファッと部屋中が明るくなり全体を目にすることができたんだ。どうやらここは広間のようで、20メートル四方の石床に、天井までの高さが10メートルぐらいあった。
うわーーーーーーーーー
そこに居たのはドラゴンだったんだ。いや、ドラゴンって云っていいのか分からないけど、顔は確かにドラゴンだった。でも手足はなく、壁から首だけが生えてるみたい。例えるなら、首の長さが10メートルぐらいの亀の頭が壁から出ている感じなんだ。
「な、な、な、な、なに? どうなってるの。なんなんだよーーー」
「うるさいぞ、こわっぱ」
「誰なんですかあなたは? 何で僕を連れてきたんですか?」
僕がそう叫ぶと、ドラゴンは低いうなり声のような声で返事をした。
「うーむ、我はこのダンジョンの意志じゃ。このダンジョンそのものと云ってもよいじゃろう。そしてここは100層あるダンジョンの最下層、お前達が云うところのラスボスを倒した後に現れる裏ボスの部屋じゃ」
もしかして、これはスペシャルイベントなのかな? ほら、いきなり勝てそうにない上位の存在が物語の序盤で出てくるときって、力を試すとか、能力を授けてくれるとか、後は何か欲しいものがあってお使い的イベントが発生して、達成できたら重大なアイテムをくれるとかでしょ。ということは、仲良くしといた方がいいよね。
「そ、そうですか。うるさくしてご免なさい。ちょっと気が動転してました。それで僕に何かご用ですか?」
「フーム、用という程の事ではない。わがダンジョンはまだ半分程までしか攻略されておらなくてじゃな、ここまで冒険者が来たことはない。もう千年もここにこうしておるというのじゃがな」
ははん、これは寂しいから何か話を聞かせてくれってパターンかな?
「わが糧となる魔力はダンジョンを通じて得られるのじゃが、口が寂しくてのう、たまには肉を喰らいたいのよ。まぁお主らの云うところのおやつじゃな」
うん、そうだねたまには食べたいよね。つまりお肉を取ってくればいいんだね。
「それで、たまに独りでウロチョロしておるレベルの低い冒険者をこっそりとここに転移しておるのじゃよ。雑魚がいなくなったところで魔物にやられたと思うじゃろうし、転移するところを見られんかったらバレんからの。今回は2人じゃったが問題ないじゃろう」
あれっ? なんか僕が思ってたクエストと違うんだけど……。
「えっと、つまり?」
僕がそう訊くとドラゴンは嬉しそうに云ったんだ。
「喰らう為に呼んだのじゃよ」
ヤバイよ、ヤバイよ、ネコニャー、ヤバイよ、史上最大のピンチだよ。絶対無理だよ勝てないよ。だってどう見てもドラゴンってS級モンスターでしょ。勝てる訳ないよ、無理ゲーだよ。こんなのいったいどうしろって云うんだよ。
「なんて苦行……」
「くのうニャ」
うん、苦悩はしてるけど、苦行だから……。
もう疲れちゃったよ、僕。ああ、ドラゴンが大きな口を開いてかぶりついてくる。いくらネコニャーバリアが強力でもドラゴンの攻撃には勝てないでしょ。だってドラゴンだもん、しかも裏ボスの。
あぁ、でも最後にネコニャーと一緒に旅が出来てよかったな。ねぇ、ネコニャー、君も僕と同じように思ってくれてるのかな? やっぱり契約だから仕方なく一緒にいてくれたのかな?
ネコニャーの顔を見るといつもと同じように無表情で今から食べられるなんて考えてもいないようだった。
そして頭の上から陰が落ちてきて、僕たちは……。
ガリガリガリバキガガガーーー
凄い音がした。ダンプカーが横転してアスファルトを削って転がったらこんな音がするかも知れないが、今まで聞いたこともないような破砕音だった。
見上げると鋭かった歯を全部失ってのけ反るように跳ね返されたドラゴンの姿があった。
ネコニャーのバリアってドラゴンの歯よりも強いんだ。僕は改めてネコニャーの凄さを実感したんだ。
「ぬぬ、こしゃくな」
歯が無くなったからちゃんと喋れなくなるかと思ったら普通に喋ってる。きっとテレパシー的な何かなんだろう。
さすがドラゴンと云ったところか、ダメージは無いようだ。折れた歯の方も黒い霧みたいになって消えて行ったし、このドラゴンは実体は無く、魔力で出来ているのかもしれないね。
ドン、ドン、ドン、ドン
今度はドラゴンが体当たりをしてきたんだ。左、右、上、最後に首をすぼめて槍で突いてくるみたいに頭突きをしてきたんだけど、ネコニャーのバリアはびくともしなかったよ。
そして最後の手段なのか大きく息を吸い込んだんだ。今まで気が動転していてよく見てなかったんだけど、このドラゴンの鱗は赤いんだ。ということは何が起こるかわかるよね。そう、ファイヤーブレスだ。
さすがにびっくりしたよ。だって目の前が真っ赤になったんだから。きっと何千度って世界だと思うんだけど、バリアの中は全然変化がないんだ。もう、リアルチートだよ。
そこでドラゴンからの攻撃は終わったんだ。疲れたのかなって思ったけど、そんなに早く疲れないよね。きっと打つ手が無くなったんだよ。
しばらくするとドラゴンが話し掛けてきたんだ。
「いい気になるなよ、我は魔力さえあれば何年でもこうしておれる。しかしお主らはどうかの、出口は我を倒さぬ限り現れぬぞ、さて何日もつかの」
そういってドラゴンはおとなしくなって床に寝そべったんだ。僕たちも食事とかしたいし、バリアを外から見えないように白く濁して休むことにしたんだ。ステルスにしなかったのは後で攻撃の時に役に立つかもしれないから、手札を取っておこうと思ったからなんだ。
そして3日が過ぎたんだけど、ドラゴンは攻撃してこなかったので僕はずっとドラゴンの攻略法を考えていたんだ。そしてたどり着いた答えが、僕が何をやってもドラゴンに傷ひとつ付けることはできないってことなんだ。当たり前だよね。
でもね、攻略のヒントはあったんだよ。それは言葉が通じるってことなんだ。
え、話せばわかるってことで説得でもするのかって思った? やだなー僕はコミュ障なんだよ、そんなことができるわけないでしょ。逆だよ逆、怒らすんだよ。あのドラゴンってけっこうプライド高そうだし、怒りンボなとこあるでしょ。かなり上から目線だし、人間を見下してるし、歳もとってるみたいだから切れやすいと思うんだ、脳の血管がね。
ほら、憤死ってあるでしょ。怒りすぎて死ぬやつ。あれを狙ってるんだ、それしか倒し方を思い付かないから。
だから僕は戦うよ、巨大掲示板で培われた現代日本人の闇を、喰って寝るしか能のない爬虫類に教えてやるんだ。
「おい、喰って寝るしか能のないヘビ野郎。いい加減自分の力をわきまえて大人しく云うことを聞きやがれ。だいたい千年も生きてなんなの、その無能さ。力が通用しないからってふて寝ですか? いいでちゅねママのオッパイ飲んで寝んねでちゅか」
僕の言葉に最初は何を云われているのか分からなかったみたいだけど、段々と鱗の色が濃くなっていった。たぶん人間だったら顔を真っ赤にしているところだろう。
「何を云うかこわっぱめ、その首、喰いちぎってくれよう」
そういって噛みついてきたのだけど、前回同様せっかく元に戻った歯を全てばら蒔くことになった。
「あれれー、もう忘れたんでちゅか? おバカさんでちゅねー。やっぱり体だけ大きくても脳がちっちゃいとダメでちゅねー」
グォーーーー、ガン、ガン、ガン、ガン
「バカのひとつ覚えでちゅね。何度やってもムダ、ムダ、ムダーーー。ねー、今どんな気持ち。どんな気持ちなの? 僕みたいなこわっぱにいいように云われて、反撃しても全然通用しないって、どんな気持ちなの? えっ、悔しいの? 泣きたいの? 泣いてもいいでちゅよ、我慢してるんでしょ。ほら、涙がこぼれてるよ。みんなに云ってやろ、泣き虫ドラゴン、泣き虫ドラゴン、泣き虫ドラゴン、エーンエン」
僕は思い付く限りの悪口を並べたんだ。自分でもこんなにも言葉が出てくるなんて思ってなかったよ。
こんな幼稚な悪口がドラゴンに通じるなんて思ってなかったんだけど、考えてみれば僕は日本語を話してる訳で、もともと言葉は通じないんだ。でも異世界言語自動翻訳のおかげで通じてるんだ。つまり悪口もいい感じに翻訳されてドラゴンに伝わっているんだ。
僕は調子にのっていた。こんなにも悪口を云うことが気持ちいいなんて知らなかったんだ。だから気付かなかった、僕以外は静まり返っていることに。そしてこの部屋中にダンジョンを崩壊させる程の魔力が集まっているということに。
「あれ? ネコニャー、なんかヤバイ感じなんだけど」
「爆発するニャ、生き埋めニャ、ハルマゲドンニャーーー」
うわー、どうしよ、どうしよ、魔力が暴走して爆発しちゃうよ。アバババ、アバババ、こんなにも、うわー、こんなにも溢れてるよ…………、そうだ圧縮して玉にしよう。
「ネコニャー、魔力圧縮」
僕がそういうと、ネコニャーは両手を前に出して手のひらを猫の手にした。そして、「ニャ」といって魔力を玉にした。その玉は手のひらの間からそのまま下に落ちて無限収納に入っていった。
「よーし、ネコニャー、部屋の魔力が無くなるまで行くよ」
圧縮、圧縮、圧縮、圧縮、圧縮、圧縮ーーーーーー。
まるでフィーバーしてる時のパチンコの玉のように、魔石が造られては無限収納の中に落ちていく。いったいどれくらいの時間がたった頃だろうか、ネコニャーの手の間から玉が落ちて来なくなったんだ。
辺りを見ると、すっかりと魔力は無くなったみたいで、いつの間にかドラゴンはいなくなり、壁にポッカリとトンネルの入口みたいにアーチ型の穴が開いていたんだ。さっきまでドラゴンが生えてた場所だったので、それが出口なんだろう。
こうして僕たちは最大のピンチを脱したんだ。
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