第15話 美味しい水魔石

 ここは初心者ダンジョン北冒険者ギルドのギルド長室。今ここに5人の人物が顔を会わせていた。

 熊のような男、ギルド長。メガネをかけた出来る男、副ギルド長。それと中級ダンジョンに潜るついでに美味しい水魔石の調査依頼を受けていたB級パーティー狼の右肩の3人だった。


「ご苦労だったな」


 口火を切ったのはギルド長だった。


「いや、そちらの方こそ巨神像が休憩所を閉鎖して閉じ込められたと聞いた。大変だったんじゃないか」


 狼の右肩リーダー、30才手前の男はそう答えた。


「ふむ」


 そう云って黙り込んだギルド長を見て、これ以上話さないと思った副ギルド長は話を引き継いだ。


「ええ、幸いにも死人は出ませんでしたし、巨神像もいつの間にか元の位置に戻っていましたからね。開放されて1週間経ちましたが休憩所を利用しても大丈夫そうなので、人数が200人を越えないように注意しながら使っています」


 それを聞いた狼の右肩のリーダーは、挨拶はここまでと、ポケットから丸い玉を取り出してテーブルの上に置いた。

 その玉は元の美しい水色を失って、薄暗い色をしていた。

 それを見た副ギルド長は目を細めた。なぜなら普通の水魔石は使えば小さくなって行き、このように色が変わったり形が残ったりするものではないからだ。

 副ギルド長も自分でこの美味しい水魔石を使っているがまだ100リットル位しか使っていなかったので色の変化が分からなかったのだ。


「これはとんでもないアーティファクトだ」


 リーダーの言葉に副ギルド長は頷いて言葉の続きを促した。


「まず飲料水としては文句なく使える。そしてポーション程ではないが魔力回復効果もある。そして最大の特徴は解毒効果だ。調べた限り全ての毒に効果が確認された。傷を負ったとき傷口にかけると消毒効果がある。水の特性としてはこんなところだ」


 狼の右肩リーダーの報告に、右隣にいた20才前の若い女が付け足して云った。


「大事なことが抜けてるわ、この水には美肌効果があるのよ。わたしなんて毎日この水で顔を洗ってたからダンジョンに潜っててもお肌がツルツルだったわ。髪を洗うとすっごく潤って艶々になるし、もう最高の水よ」


「ほう、それは素晴らしいです。解毒効果に美容効果、これだけでもこの魔石の価値は計り知れないでしょう」


 副ギルド長の言葉に、狼の右肩リーダーは思い出したかのように付け加えた。


「あ、そうそう、アンデット系とゴースト系には効果抜群だったな。掛けただけで消滅していたから、戦いにすらならなかったな」


「何と、それ程の効果が……」


 絶句する副ギルド長に更なる追い討ちが掛けられた。


「まあ、これだけでもたいしたもんだ。はっきり云って100万G払っても欲しいところだ。だが、ある事を発見してその評価が正しいのか分からなくなった」


 リーダーの言葉で副ギルド長はこの魔石に何か欠陥でもあるのかと一瞬思い、緊張して次の言葉を待った。


「補充できるんだ」


「は?」


「いや、ダンジョンに潜って5日目には全部使いきってよ、まあ、周りにいたパーティーとかにも盛大に配ってたからよ。それで、もう出なくなったんだが石が消滅しなかったもんで他の水魔石と一緒に袋に入れてたらよ、他の水魔石から水を奪い取って満タンになってたって訳だ」


 その言葉にギルド長と副ギルド長は一瞬絶句した。


「いや待て、その補充された水も飲めるのか」


 あわてて問い質すギルド長にリーダーは答えた。


「ああ、もちろん飲めるし効果も同じだ。だいたいアンデットにぶっ掛けたのは補充された方だからな。ちなみに1ヶ月で10回補充したがまだ使えている。何回補充できるかは分からねぇ。だから価値も判断できねぇ。少なくとも100万Gだったら即買いするな俺なら」


「ということで、ここからは商談ですが」


 そういって、今まで言葉を発していなかった狼の右肩リーダーの左側に腰を掛けた女が口を開いた。年齢はリーダーと同じぐらいに見えるので20代後半。少し性格がキツそうな印象があるが、それは整った顔からくるものなのかもしれない。


「私は狼の右肩の事務的なことを全て任されております。ダンジョン攻略のスケジュールの作成や物資の調達、もちろん金銭の出納や予算管理、ひいては財産管理も含まれます。その私が全権限をもちまして、この魔石を買うことを決断致しました」


 副ギルド長は女の言葉に押されながらも言質をとられないように答えた。


「いや、まだ調査も途中ですし、幾らでお売りできるかも決めておりません」


 その答えに対して女はまるで聞いていなかったかのように言葉を続けた。


「クランの部屋に1つ、ダンジョンに持って行く用に1つ、いえ、予備として2つにした方が安全ね。途中ではぐれてしまうかもしれないし、水が切れて補充待ちになるかもしれない。後は私の家に1つと……ルーシーあなたも要るわね」


「もちろんです」


「ではとりあえず5個頂けるかしら?」


「いえ、そんなにはその……」


「あら、ないのかしら? たくさん有るように聞いたのだけど、お幾つあるのかしら?」


「幾つあるかは云えませんが……」


「あら、もしかして譲ってくださらないのかしら? 何のために私とルーシーがついて来たのかおわかり頂けてないようですわね。

 この魔石は乙女にとって黄金よりも価値があるもの。もしここで手に入れられなかったら、きっとどこかの貴族という名の毒虫に取り上げられて、ダンジョン攻略とはまったく関係のないところで浪費されるに決まってますわ。そうならないようにする為に、ここにこうして参上致しましたのよ。もちろん不退転の決意ですわよ」


 勢いに押された副ギルド長は、ギルド長の方を向いて助けを求めたが、お前が何とかしろという表情を見て、あきらめて答えた。


「わかりました、こちらにある水を使いきった魔石は差し上げますので引き続き調査をお願い致します。それとは別に新しいのを1つ100万Gで売りますのでそれでご容赦ください」


 こうして商談が成立し狼の右肩の面々は帰って行った。3人を見送ったギルド長は隣の男に尋ねた。


「あれで良かったのか?」


「ええ、まぁ仕方がありません。とりあえず、美味しい水魔石100個を購入した代金は回収できましたし、これから売れるのは全部利益になりますから、精々儲けさせてもらいましょう」


 ☆ ☆ ☆


 今僕たちは街道に沿ってネコニャーのバリアカーで走っている。外からは見えないステルスモードだ。街道を走るとぶつかるかもしれないので10メートル程街道の横を走っているんだ。

 次の街まではだいたい500キロ位ある。かなり長い道のりだ。その街にはダンジョンがあるのだけど、この国と隣の国の国境付近にあるらしくかなり治安が悪いようだ。きっとガラの悪い冒険者に因縁を付けられたり、後をつけられて脅されるなんてイベントが発生しちゃうのかなと憂鬱になる。でも次の街で食糧も調達したいしお金も稼ぎたいから我慢するしかない。

 そうやって考え事をしながら走ってるといつの間にか山道になってたんだ。どうやら山を越えないといけないみたい。山道なんて歩いたら僕だったらすぐに倒れちゃうんだけどね。でもバリアカーのおかげて全然疲れないし振動もない。きっと下から空気を噴射してホバリングしてるんだと思い下を見たんだ。


「うわーーー、ネコニャー道がないよーーー」


 そうなんだ、僕たちの下には道がなかったんだ。街道を10メートル位右にそれて走ってたから、街道が山の絶壁に沿う形で延びていたら当然10メートル横なら谷の上だよね。つまり空中ってことだ。


「ねぇ、ネコニャー、なんか飛んでるみたいなんだけどネコニャーのバリアって空も飛べるの?」


「飛べるニャ」


 そうなんだ……飛べちゃうんだ。ただ映像をバリアに映してる訳じゃないよね。ということは街道沿いに走らず飛行機みたいに直線で飛んで行ってもいいんだね。


「じゃあ、ネコニャー、もっと高く飛んで、そうそう、このぐらいの高さで。このまま真っ直ぐだんだんスピードを上げて、よし、このスピードをキープして」


 こうやって僕は高速移動の手段を手に入れたんだ。ほんとに全部ネコニャーのおかげだよ。これで何かに襲われても逃げられるよ。たぶんドラゴンでも時速500キロは出せないと思うしね。


 1時間で次の街に到着した。この街は出入り口での荷物検査はやっていないみたいだ。アイテムボックスとかのことも書いてないし、あの街だけ異常に厳しかったのかもしれない。

 門をくぐるときに冒険者のタグを見せるだけで通れた。マスクも付けたまま通ったんだけど何も云われなかった。

 時刻はまだお昼過ぎなので時間もあることだし冒険者ギルドに行ってみることにした。

 途中の屋台でホットドッグみたいな腸詰め肉を挟んだパンが売っていたので、1つ買って食べてみた。噛むと皮がバリッと破れ、すごく肉汁が出て美味しかった。今度100本位買い溜めしたい。


 屋台のおじさんに教えてもらった通り歩くと、すぐに冒険者ギルドが見つかった。音を立てないようにスイングドアを押し開けて中に入ると、ガラの悪そうなおじさん達が昼間から酒を飲んでいた。どうやらこのギルドは酒場も兼ねているみたいだ。

 こっそり入ったのになんか注目されてて居心地が悪いよ。僕のマスクのせいで目立ってるのかな、それともネコニャーかな?

 僕は素早く空いてる受付のお姉さんのところに行ったんだ。たぶん受付の人と話してるときは絡んでこないと思ったからだ。


「あの、僕はF級冒険者なんですが、さっきこの街に来たばかりでよくわからないんですけど、ダンジョンに潜るにはなにか必要ですか?」


 僕は冒険者タグを見せてそう云ったんだ。


「ギャハハハハ、おい聞いたかダンジョンに潜るのに必要なものだってよ。そりゃあ、とりあえず武器と防具だろうがよ」


 周りの酔っぱらいたちがヤジってくる。僕はそれを無視して話を続けた。


「そ、装備はいいのでお金とか資格とかそういったもので……」


 僕がそう訊いたんだけど、お姉さんは何も答えてくれなかった。何してるんだろ? 早く答えてくれないと酔っぱらいが絡みに来ちゃうよ。

 僕がこんなに焦っているのに、お姉さんは澄まし顔で何かを待っているようだ。


「おい坊主、ここはお前のようなガキが来る所じゃねぇ、さっさと帰んな」


 うわー、来ちゃったよ。大きな男の人が近づいて来るよ。なんか右手に反り返った剣を持って、自分の肩を剣でトントン叩きながら近づいて来るよ。


「ぼ、僕はF級冒険者です。冒険者だからダンジョンに入っていいはずです」


 僕は怖いから剣を持った男の方は見ずに、お姉さんに向かって叫んだんだ。

 でも、お姉さんはカウンターに肘をついて僕から目線を外して溜め息をついた。完全に無視する体勢だ。


「おい、聞いているのか小僧、さっさと帰れって云ってるんだ」


 うわ、もう3歩ぐらいしか離れてないよ、なんか云わないとやられるよ。


「ぼ、僕には構わないでください。そ、それ以上近づくと敵対行動だと判断しますから。どうなっても知りませんから」


「はぁー、敵対行動だ? 何生意気なこと云ってるんだ。じゃあ、これ以上近づくとどうなるか教えてもらおうじゃないか」


「誰かギルドの人、暴力事件ですよ、ギルド内での暴力沙汰は禁止でしょ、早く何とかしてください」


 僕はカウンターをバンバン叩いて大声で叫んだんだ。するとさっきまで黙っていた受付の女の人が口を開いた。


「ギルド内での暴力沙汰は自己責任よ、冒険者どうしで何かあってもギルドは関知しないわ。それぐらいの問題も解決できないのなら冒険者なんてやめることね」


「えーーー、そんなーーー。じゃあ僕も何が起こっても知らないから、後で後悔してもあんた達の責任だからね」


 僕がそういうと、酔っぱらい達はバカ笑いして、やっちまえとはやし立てたんだ。

 僕はあきらめて剣を持って目の前に立っている男の人を見上げた。いつも通りネコニャーをしっかりと抱えて。


「小僧、覚悟はできているんだろうな。それだけの口を叩いたんだ、今さらご免なさいじゃ済まないぞ」


「そっちこそ忘れるな、僕は止めてって云ったんだ。でも、あんたもギルドの人も、酔っぱらってるそこにいる人達も誰も止めなかったんだ。だから何があっても責任はお前達が取るんだ」


 男はゆっくりと剣を振り上げ、軽く降り下ろしたんだ。武器も防具も持っていない相手にはそれで充分だと思ったのだろう。もしかしたら僕が不格好に床を転がって避けると思っていたのかもしれない。だから男はその力の入ってない手のひらから剣がスポッと抜けて呆気に取られていた。

 その剣は男の手のひらを離れると、まるで僕が剣にヒモを付けて振り回したかのように、ネコニャーのバリアの表面をぐるっと一周して男の首に突き刺さったんだ。


ドタン


 冒険者の男は床に倒れた。そして僕の目の前が真っ赤になったんだ。それはネコニャーバリアに血が降り注いでバリアの表面をまるで循環しているように流れているからなんだけど変なんだ、だって男の人からは噴き出すほどの血は出ていなかったから。

 恐る恐る受付の方を見ると、受付のお姉さんの首がパカッて口を開いて噴水のように血を噴き出していたんだ。


「うわー」


 僕は思わず叫んでいた。なんでお姉さんまで切れてるんだろう。もしかしてバリアの表面を剣が移動したときにスパッとやっちゃったのかな?


「きさま何しやがる」


 そんな怒声が聞こえたかと思うと、みんなが僕を取り押さえようと迫ってきたんだ。僕はあわてて、ネコニャーにステルスを使ってもらって、5倍アシストでギルドから逃げ出したんだ。

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