第17話 米、ごはん、めし、いしー

 壁に開いた穴を潜ると、そこには直径が30センチぐらいある8面体の透明な宝石みたいなのが、空中に浮いてゆっくりと回っていた。たぶんこれがダンジョンコアなんだろう。

 その向こう側には金銀財宝といったいわゆるお宝が山のように積み上げられていたんだ。一目見て価値が低そうな錆びた剣もあるところを見ると、これはダンジョンの宝箱に入れる用のアイテムなんじゃないかなと思った。たぶん転移魔法で宝箱に送っているのだと思う。

 あのドラゴンも仕事してたんだ……。ダンジョン経営も大変だなぁ。


 この宝物部屋はかなり広くて、さっきまでいた部屋と同じく20メートル四方ぐらいあった。前に進んでいくとドアがあり、そのドアの向こう側には階段があったんだ。

 階段を登ると行き止まりになっていたんだけど、一番奥まで行ったら石の床が10センチぐらい高くなっていて、それに乗ってみると、ガコンと沈んで目の前の壁がガガガと云ってせり上がった。そしてそこを通ると、またガガガと云って壁が降りてきて、僕たちは通路に立っていたんだ。たぶん99階層の。


「あれー、地上への転移装置は? ネコニャー、ワープできる装置ってこの近くにあるかな?」


「あるニャ」


「どこにあるの?」


「ここにあるニャ」


「え? えーと、どっちに行けばあるの?」


「ここでできるニャ」


「どうやってワープするの?」


「行きたい場所を云えばいいニャ」


 何なんだろう? 装置なんて近くにないのに。とりあえず行きたい場所を云ってみようかな。


「じゃあ、このダンジョンの入口の前まで」


 僕がそういうと一瞬にしてダンジョンの入口にいたんだ。しかも入口で受付している人のまん前に。

 うわー、と思わず叫んじゃったけどおかしなことに受付の人は僕たちに気付いてないみたいなんだ。

 あれ? もしかしてこれって立体映像なのかな。


「ネコニャー、これってバリアに映ってる映像だよね。実体じゃないよね」


「そうニャ、まだワープしてないニャ。もうワープするニャ?」


「もしかして移動先の状況を確認するために映像を映してるってことなのかな。じゃあ誰も見ていない場所に移動してからワープすればいいんだね」


 僕はネコニャーに云って人があまりいない場所に映像を移動してもらって、「じゃあここにワープして」って云ったんだ。


「えーと、うん、ワープオン? ねぇ、ネコニャー、何も起こらないんだけど……」


「ワープしたニャ」


 え? これって現実の風景なの。いや、さっきの映像から1ミリも変化がなかったんだけど。

 そう思いながら僕は足を出して歩き出した。屋台でコロッケを買ってやっと実感できたんだ、ネコニャーがワープ機能を身につけたってことに。

 その後、食糧品店を回って色々買ったんだ。千羽鶴みたいに束ねられたソーセージが売っていたので思わず一束買っちゃったよ。もっともっと買いたかったんだけど、僕は重大なことを忘れていたんだ。その結果がこれなんだ。


「おい、そこの猫耳幼女を抱えた男。ギルドの受付嬢を殺害した容疑がかかっている、大人しく投降しろ」


 そういえばそうだった。ほとぼりが冷めるまでダンジョンに隠れていたんだった。すっかり囲まれちゃったよ。まいったなぁ、仕方ないから出発しようか。


「ネコニャー、ステルスにして上昇」


 僕がそういうと、囲んでいた人達は僕たちがいなくなって驚いてたよ。それを見ながらグングン上昇して、周りの山を見下ろせるぐらいになってから南に向かって飛んで逃げたんだ。


「そういえば、ネコニャーっていつからワープできるようになったの?」


「ワープしたから出来るようになったニャ」


「あぁ、ドラゴンに強制転移されたときか。じゃあ、もしかしてドラゴンを倒さなくてもワープ出来たの?」


「できたニャ」


「そっ、そうなんだ。教えてくれたらワープして逃げたのに……」


 そんな話をしていたんだけど、眼下に広がる光景が目に入って、どうでもよくなったんだ。それは、日本ではよく見る田園の風景だったんだ。


「うおっ、お米だ、お米があるよ。ごはんだ、ごはんもあるに違いないよ。よし、あそこに街が見える。ネコニャーあっちに飛んで」


 街の少し手前で着地し歩いて門に並んだんだ。この街は今までの街より小さいんだけど活気はあるみたい。

 入口での荷物チェックは甘めで、すぐに入ることができたんだ。

 さっそくごはんを食べられそうな食堂を見つけて中に入った。食事をしている人達を見ると、間違いなく白いごはんを食べていた。メニューはトンカツみたいなのをナイフとフォークで食べている人が多かった。

 僕は空いている席に座って店の人が来るのを待った。すぐにすごく元気そうなウエイトレスのお姉さんがやってきて注文を聞いてきた。僕は料理名が分からなかったので、近くで食べている人を指差して、あの人が食べているやつをくださいって云ったんだ。

 日本と違うのは、代金は前払いで札を渡されるから料理が来たら引き換えにすることと、水にもお金がかかるところだ。

 しばらく待っていると、揚げたてのトンカツと大盛りごはんがやってきた。トンカツには何か日本のとは違うソースがかかっていて、少し甘めだったけど美味しかった。ごはんの方は日本のものよりややパサパサしていたけど、味はごはんそのものだった。

 僕は夢中になって食べていた。それこそ、かっ喰らうといっていいほどに。でも僕はここで異世界料理の現実に直面したんだ。


ガリッ


 そんな嫌な音が僕の口から聞こえたんだ。僕は舌で口のごはんを動かして、ゆるく噛んでその硬いものを特定し口から出したんだ。それは小さな石だった。色は白くて米とよく似ていた。

 なんでこんなものが……。僕はウエイトレスのお姉さんにこの事を云ってやったんだ。クレーマーじゃないけど、もう少しで歯が欠けるとこだったんだもん。こんな歯医者のない世界で歯が無くなっちゃったら大変だからね。それで返ってきた答えが次の言葉だったんだ。


「えっ、小石ですか? 入ってますよ、たまにですけど。当たり前じゃないですか貴族様じゃあるまいし。知ってるんですか、貴族様は黒いトレーに米粒を少しずつ乗せて石が入ってないか目で確認するんですよ、使用人がですけど。そんなこと街の食堂で出来るわけないでしょ。もし仮に出来たとしても悪いお客さんが自分で石を入れて文句を云ってきますよ。だから石は入っていて当たり前、入ってなかったら幸運ってことになってるんですよ」


 な、なんじゃそりゃー。マジですか? マジで云ってるんですか、そんなバカな、今まで読んだ異世界小説にそんなこと書いてなかったよ。みんなごはんを作ったり、醤油とか、甘い物とか色々食べて飯テロしてたじゃないかーーー。

 考えてみれば、いくら甘いものを食べても虫歯になっている描写は一度も見たことがなかった。回復魔法で虫歯も治ればいいんだけど、歯医者がいなければ歯を抜くしかない。今頃甘いもの好きのヒロインはみんな歯抜けになってるに違いないよ。

 まずいね、この異世界。虫歯になる可能性がありそうだよ。

 僕はそんなことを考えながら用心してごはんを噛んでいたんだ。


 そうだ、ネコニャーならお米の中から小石を取り出せるかもしれない。僕はそう考えてお米を買いに外に出たんだ。

 商店が並んでいる通りを歩いていると穀物を売っている店があったので入った。

 米はもちろん、小麦、大豆、あずきとかも大きな木の樽に入れて売っていた。

 米は玄米でよく見る白米ではなかった。精米しないと白くならないけど、どうやってみんな精米しているのかな。まあ、きっとネコニャーの万能家電能力で精米も出来るに違いないよ。僕はそう思って玄米を60キロ買ったんだ。

 いや60キロでひと俵になってたからなんだけど、普通は持てないよね。まぁ、大人が気合いを入れたら持てる重さなんだろうけど、僕はネコニャーを抱えているから片手しか使えないんだ。でも店の人が見ている目の前で無限収納に入れたら目立っちゃうからね。

 だから僕は片手で持ち上げたんだ、アシスト5倍を使ってね。店の人はビックリしていたんだけど、ちょっとギリギリ持ててますとふらつく芝居をしながら運んだからセーフだと思うんだ。

 もちろん店から出て人目に付かない所で無限収納に収納してもらったよ。

 その後そこそこ上等な宿屋を見つけて、とりあえず1泊したんだ。そして泥のように眠ったんだ。考えてみれば今朝はドラゴンと戦って、その後ワープして、囲まれて捕まりそうになって飛んで逃げて、水田を見つけて食堂でごはんを食べて石が入っていて、お米を買ってと色々あったな。ちょっと疲れる1日だったな。


 それから1週間ぐらいは何事もなく過ごせたんだ。朝食と夕食は宿屋で食べて、昼食は目に留まった食堂でごはんを食べてた。

 ごはんの中に小石が入っていた事件が初日にあったおかげで、ビクビクしながらごはんを噛んでいたんだけど、ネコニャーのウルトラ不思議パワーでごはんに混じっている小石を抜き出せると判明したんだ。それで毎回食べる前に小石が入っていたらごはんから取り出してもらっていたので安心して食べられるようになったんだ。

 空いてる時間は主に食糧品の買い溜めをしていた。お金が減ってきたから魔石を換金しようと思ったんだけど、冒険者ギルドに行くといつも嫌なイベントが発生するので他の所で換金しようと思ったんだ。それで宿の人に訊いてみると魔石を買い取ってくれる魔石屋さんみたいなのを教えてくれたので、そこに行って換金してもらったんだ。魔石は燃料みたいなものだからちゃんと売買できる店があっちこっちにあるみたい。


 そんな平穏な日々も遂に終わりを迎えたんだ。そう、いよいよチート勇者による殺し合い開始の幕が切って落とされたんだ。

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