第13話 パンドラの箱を開けちゃったかもしれない
今僕たちは20階層のボス部屋にいるんだ。部屋の中央では岩で出来たライオンがお座りの状態で待機している。ある距離まで近づくと立ち上がって攻撃してくるみたい。でも入口が閉まって閉じ込められる訳ではないから部屋から出たら追いかけてこない。この甘さが初心者ダンジョンって呼ばれる理由なんだ。
ちなみに、このライオンの倒し方は、ひたすら岩を砕いて心臓の位置にある魔石を取り出すことなんだ。すぐに再生しちゃうから、まずは足を砕いて動けないようにして、後は再生スピードを上回る早さで壊せばいいんだ。
僕はいつも通りネコニャーを抱えてライオンに近づいた。5メートルぐらいまで近づくとライオンが立ち上がったので、逆に僕はイスに座るみたいに腰を下ろしたんだ。いつも通りネコニャーがクッションを用意してくれていたから転んだりはしないよ。
そして僕たちとライオンの長時間に及ぶ死闘のゴングが鳴ったんだ。
先手はライオンの突撃だった。
僕はすかさずネコニャーに云った。
「とりあえずオレンジジュース出してシュワシュワのやつ」
ライオンはネコニャーバリアにぶつかり跳ね返って床に転がった。
僕はコップに入ったジュースを飲んでひと息ついた。
ライオンがまた飛びついてきて今度はジャイアントスイングでくるくる回って壁に激突した。
僕は10階層からここまでの道のりのことを思い出していた。あんなことがあったから冒険者はダンジョンの中におらず魔石が取り放題でけっこう稼いだ。そしてしばらくこのボス部屋にも人が来ないと思うからゆっくりしていこうかなと思っていた。
こんな感じで僕たちとライオンの果てしない死闘が続いたんだ。仕方ないよね、ライオンが死なないんだもん。
僕はご飯を食べてお風呂に入って寝ることにしたんだ。とりあえずライオンの攻撃じゃあネコニャーのバリアは破れないみたいだから安心して寝るよ。
翌朝、目が覚めるとまだライオンの攻撃が続いてたんだ。ビックリだよね。どんなエネルギーで動いてるんだろ。やっぱり魔力なのかな?
もしかしたらこの部屋って凄い魔力が溢れているのかも知れないね。
「ネコニャー、この部屋にある魔力をギュッて圧縮できる?」
「できるニャ」
そういうと僕の手の上に薄い黒色の玉が出現したんだ。
これが魔力の玉か……。火や水みたいに系統がないんだけど、これって何かの役に立つのかな?
「じゃあネコニャー、今度はダンジョン中の魔力を圧縮して100個玉を作るよ。僕が数をかぞえるから無限収納の中に入れてね」
いーち、にーい、さーん……
こうやって使うあては無かったんだけど魔力玉を作って保管したんだ。なぜかライオンの元気がなくなって攻撃してこなかったから、僕たちはボス部屋を出て帰路につくことにしたんだ。
ちょっと寄り道のつもりでダンジョンに寄ったけど、そろそろ次の街に旅立たないと目をつけられちゃうからね。
2日後、僕たちはダンジョンを出た。そして南の門を通り抜けて次の街に向かったんだ。距離は50キロぐらいかな。馬車なら1日かけて到着するぐらいの距離だ。
僕たちは街を出てしばらく歩くことにしたんだ。そしてここで登場するのが新アイテムの虎のマスク。これさえ装着すれば絡まれる確率が半分ぐらいに減少するはずなんだ。フードを被ってるよりは周りもよく見えるしね。被ったままご飯も食べられるように口のところが開いてるんだ。
3時間ぐらい自力で歩いて、いい運動になったしちょっと疲れちゃったから昼食がてら休憩することにしたんだ。
街道から外れた草原で薄く伸ばしたバリアを敷いて座り込み足を伸ばして、ネコニャーは僕の左側に置いて食事にした。たまにはオニギリでも食べたいんだけど、まだお米を売ってるとこって見たことがないんだ。水田も見ないし、もしかしたらこの世界には、お米がないのかもしれない。
お昼ご飯は野菜のスープとパンにした。スープは大きな壺いっぱいにお店で買ったやつがあるからお玉ですくってコップに入れて飲んでるんだ。
食事の間、ネコニャーはじっと動かず僕の隣で座っていた。よく見るとまばたきもしていないみたいなんだ。ネコニャーっていつも何考えてるんだろ? 僕と一緒にいて楽しいのかな?
「ねぇ、ネコニャー。ネコニャーはやりたいこととかないの? 遊びたいとか……」
僕がそう訊くと、ネコニャーはグルンとこちらに顔を向けて云ったんだ。
「遊んでいいニャか?」
「う、うんいいよ」
僕がそういうとネコニャーは僕に左手を向けて、猫の手に変化させて肉球を見せたんだ。そして指のところにある肉球を指差して、「指球ニャ」、中心にある山の字形の肉球を指して、「掌球ニャ」、そして手首の辺りを指差して、「ここに手根球があったニャ、邪魔だったから取ったニャ。シッポも取ったニャ、邪魔だったからニャ、クッ、クッ、クッ、クッ」って笑ったんだ。
「怖いよネコニャー」
僕が怖がっているのに気をよくしたのかネコニャーは更なる行動に出たんだ。その行動っていうのが、右手で自分の左手首を掴んで…………。
ブチブチブチ
左腕を引きちぎったんだ。
「な、何やってるのネコニャー! 何でそんなことするんだよ」
僕は思わず叫んでた。普通叫ぶでしょ、だって左腕が肩から取れて血が吹き出してるんだから。意味がわからないよ。
ネコニャーはまるで痛みを感じてないようで、左腕を地面に投げ捨てると云ったんだ、「遊んでるニャ」って。
「そんな遊びダメだよ! これからどうするんだよ腕がなかったら不便じゃないか」
そう云いつつ、僕はネコニャーがそんなに手を使っているところを見たことがないなと思った。でも腕がないと抱きかかえるのも大変だし、やっぱり腕は必要だと思ったんだ。
そんなことを考えていると、ネコニャーは自分の鼻を摘まんでフンって身体に力を込めたんだ。するとポンと左腕が生えてきた。もうそれは呆気ないぐらい簡単に。
どうやら僕はネコニャーという生物を自分の常識の範囲内で判断していたみたい。でもそれは間違っていたんだ。腕がなくなっても生えてきて当たり前なんだね、ネコニャー的には。
そうやって僕は心の安定を取り戻したんだけど、この後更なる非常識に遭遇したんだ……。
ビクビクビクって、さっき投げ捨てられた左腕が動いたかと思ったら、生えてきたんだ……身体が。
そして僕が見ている目の前でネコニャーは2人に増えたんだ。よく見ると髪の色が少し違うんだけど、どこから見ても双子だよ。
ゴクリと喉がなった。時間が止まったように3人とも無言だった。ここは僕が何か云わないといけないって思うんだけど何を訊けばいいかわからないよ。
「あの……、君はネコニャーなの?」
「吾輩はネコニャ」
うわー、喋ったよ。幻影とか劣化コピーとかじゃないみたいだよ。どうしよう、もしかして今日からはネコニャーを2人とも抱えて旅をしないといけないのかな? 僕は隣に座っているネコニャーの方を向いて訊いた。
「ねぇ、ネコニャー、分身してどうする気なの?」
「遊んでくるニャ。吾輩がソータを守っている間、遊んでくるニャ。さっき遊んでいいって云ってたニャ」
あー、そうか僕がさっき遊んでいいって云ったから分身したんだ。
「それでそっちのネコニャーは何して遊ぶの?」
「人間を怖がらせて遊ぶニャ。グワーって泣いて、ジャーってオシッコが出たら吾輩の勝ちニャ」
「えっ、それだけ? 傷つけたり殺したりしないの?」
「しないニャ」
「つまり、魔物の真似をして怖がらせるって事だよね。怖がらせるだけだったらその内みんな飽きちゃうと思うな。それだったら、何かドロップアイテムとかあった方がいいんじゃないかな? ネコニャーには魔石とかないでしょ」
「ないニャ……」
「じゃあ、代わりに何か落とせる?」
「……目玉ニャ」
「いや、それ怖いから。もっと怖くないものがいいんだけど……例えば猫耳とかだったら帽子に縫い付けたりして飾りになるかも」
「できるニャ、負けたら耳を置いとくニャ」
「よし、じゃあ決まりだね。倒されたら猫耳をドロップするってことで決定だね。でもネコニャー、大人相手にそんな遊びしたらダメだよ。本気になって殺されちゃうからね。遊ぶならネコニャーより身長が低い子供だけにしといた方がいいよ」
「わかったニャ、吾輩より小さいのと遊ぶニャ」
「あっ、それと服装なんだけど、そんな綺麗な洋服なんか着てたら魔物らしくないよ。もっと汚れてて破れてるやつを着るか、動物の毛皮みたいなのがそれらしくていいんじゃないかな」
僕がそう云うと洋服が消えて茶色い体毛が伸びてきたんだ。ちょうど女子用のスクール水着を着ているみたいだ。
こんな感じでネコニャーの魔物ごっこが始まったんだ。
「整列するニャ」
僕の隣でネコニャーがそう云ったんだ。整列って云ってもひとりしかいないんだけどね。僕の目の前でビシッて直立する新しく生まれたネコニャー。
「番号ニャ」
ネコニャーがそういうと……
「いちニャ、にニャ、さんニャ、よんニャ、ごニャ、ろくニャ、ななニャ、はちニャ、きゅーニャ、じゅーニャ」
と、10体に増えたんだ。もちろん模様が違うやつが。
「えーーー、ネコニャーってそんなに簡単に増えれるの? さっき腕を千切ってたのって何だったの?」
僕の絶叫は虚しくスルーされた。
「行って来るニャ」
ネコニャーの合図でネコニャーズは四方八方に飛んで行った。あれっ? 飛んでるよ、空を飛んでるよ。もしかしてネコニャーも空を飛べちゃうの?
こうして10体のネコニャーが世界にばらまかれたんだ。もしかしたら、今僕って不味いことをしちゃったんじゃないのかなぁ? 何て云ったかな、開けちゃいけない箱のやつ…………そうそうパンドラだった。
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