第21話 収納されちゃったけど僕は元気です
フッ、と満足げに息をもらした屋台のおやじは、今の出来事を見られなかったかを確認してから、かがんで屋台の陰に隠れた。そして、つけ髭を顔から剥がして「収納」と云ってそれを消した。
次に、空間の切れ目に手を入れて、そこから本物の屋台のおやじを取り出して腰掛けに座らせて云った。
「大丈夫ですか? 急に倒れられて」
「はっ、あっ、すまない、急に意識が途切れたみたいに……、こんなことは今までなかったんじゃが。いや、助かった。ありがとうよ」
「いえいえ、お気になさらず」
こうして作り笑顔の青年はその場を立ち去った。
⭐ ⭐ ⭐
「ネコニャー聞こえる?」
「聞こえるニャ」
「すごく暗いんだけど明るくできる」
「できるニャ」
ネコニャーがそういうと、パッと明るくなって周りの様子が見えたんだ。そこは無重力状態みたいで色々なものが浮いていたんだ。それはもうケーキみたいなお菓子から、盗賊団みたいな人達の死体まで。いつの間に手から離れたのか、僕が買ったフランクフルトもプカプカ浮いていた。毒が入っているかもしれないのでそのままにしておいた。
「ネコニャー、さっきの屋台の人が最後に『収納』っていってたから、きっと僕たち収納されちゃったんだよ」
「そうニャか?」
「きっとそうだよ。ところでネコニャー、僕たちも無重力でフワフワ浮いてるんだけど重力ってなんとかならないのかな?」
「どうするニャ?」
「えっとフワフワをやめていつもみたいに座ったりしたいんだけど……」
「できるニャ」
ネコニャーがそういうとズンと重力が発生して座ることができたんだ。
「ありがとう、ネコニャー」
僕はとりあえず現在位置が分かるかなと思って「ステータスオープン」と云ってウィンドウを出し、地図を確認してみた。すると地図は表示されるけど勇者の居場所を示すアイコンがひとつも表示されなかったんだ。
うん、ダメみたい。神界電波が届いてないみたいだ。ということは、僕は死亡扱いになってるのかもしれない。それはいいんだけど、永遠に出られないっていうのはやっぱりまずいよね。
「ネコニャー、とりあえずこの空間がどこまで続いているのか調べてみるよ」
こうして僕たちは収納空間の中を探検することにしたんだ。
分かったことは、どうやらこの空間にあるものは時間が止まっているということ。でも、ネコニャーのバリアの中に入れたら時間は動き出すみたい。ケーキがあったので取ってみたらちゃんと柔らかくなって食べられたから、それは間違いない。
そして、この収納空間は大きな袋状になっていて、閉鎖空間になっているんだ。でも、ネコニャーの探査カメラで外の様子をバリア内のスクリーンに映すことができたんだ。
外の様子はまるで宇宙空間みたいだったんだ。そして、無数の収納空間が浮かんでいたんだ。つまり、みんなが使っている収納空間はこの宇宙に浮かんでいて、きっとネコニャーの無限収納もこのどこかにあるっていうことなんだ。これってすごいことだよね。
よく見ると浮かんでいる収納空間には2種類あるんだ。ひとつはコードみたいなのが延びているもの、もうひとつはコードがないもの。ちなみに僕たちが今いる収納空間にはコードがある。
人間の魂もシルバーコードとかいうのでどこかに繋がっているっていうでしょ、これも一緒じゃないのかな?
つまり、生きているのにはコードがあって、死んでいるのにはないってこと。ようするに、コードがないやつは誰のものでもないからもらっちゃってもいいってことだよね。
「ネコニャー、この場所記憶しといて」
「わかったニャ」
「じゃあ、カメラを前進させてあそこのコードがないやつの中に入って」
僕がそういうと、バリア内に映る全方位映像がコードがない収納空間の中を映し出したんだ。
そこにあったのはテーブルにイス、ベッドなどの家財道具がたくさん。まるで引っ越しの荷物を詰め込んだみたい。
「ネコニャー、ワープできる?」
「できるニャ」
「じゃあ、ワープ」
ベッドを触ってみると、ついさっきまで使っていたような感じで、埃が積もったりとか全くしていなかった。すぐにでも使えそうだったけど、なんか申し訳ないからそのまま離れた。
「ネコニャーさっき記憶した場所にワープして」
僕がそういうと元の場所に戻っていた。
「じゃあ、次は無限収納からパンをひとつ出してみて」
出てきたパンを手に取ってかじると、入れたときと同じく温かかった。この収納空間でもネコニャーの無限収納は使えた。
「今度は僕を無限収納に入れて、10までかぞえてから出して欲しいんだけど出来るかな?」
「できるニャ」
そういって、ネコニャーは僕を収納したんだ。そしてすぐに取り出された。僕の体感では入ってすぐ出たと思ったんだけど、どうだったのだろうか?
「ネコニャー、10までかぞえてから出してくれた?」
「かぞえたニャ」
「ありがとう」
よし、これで分かったぞ。いざとなったら僕は無限収納に隠れることができるんだ。
「今、ネコニャーの収納の中に行ってたんだけど、どこにあるかネコニャーには分かるのかな?」
「わかるニャ」
「じゃあワープもできるの?」
「できるニャ」
じゃあ行ってみようかと云おうと思ったんだけど、あることに気付いてやっぱりやめといたんだ。
それは、ネコニャーの無限収納に行ったら外に出られるかもしれないと思ったんだけど、なんか矛盾するかなって思ったんだ。つまり、外に出るにはネコニャーに出してもらわないといけないんだけど、そのネコニャーがいるのは無限収納の中なわけだから、出しても出しても無限収納から出られないことになっちゃう。それだけならいいんだけど、宇宙的秩序がどうので消滅しちゃったら嫌だからね。
「やっぱりワープはやめとくよ。しばらくはここでのんびり暮らすから、ネコニャーもそのつもりでいてね。考えてみれば、周りの時間が止まっているってことはすごく安全だということだしね。もしかしたら、引きこもりの僕にとっては天国かもしれないね。僕がこもっている間にチート大戦も終わってくれたらいいのにね」
⭐ ⭐ ⭐
「チッ、せっかく転移して来たのによー、怪獣とロボットが爆発するところしか見られなかったぜ」
そういって、山賊のようないかにも風呂には入っていませんといった風体の男は街を歩いていた。彼こそはチート神様ランキング7位「成り代わり」のチート持ちだ。
彼は、ウィンドウを開いて人型のアイコンがある方向に進んでいるのだが、どうしてもそれらしい人物が見つからず街をさまよっていたのだ。
そうこうしていると、前から羨ましい、いやけしからんパーティーが目に入った。
まるで王子様のように高貴な身なりの男がひとりに3人もの美女が身体をこすり付けるようにしながら歩いている。おまけにあれは伝説の蒼天の狼ではないか。あの輝くばかりの蒼い体毛、そして知性を感じさせる瞳。天からの使いとまで云われたその気品は、一介の冒険者が連れて歩けるものではない。まるで物語の主人公じゃねーか。
フフッ、これはなかなか良さそうだ。俺のチートであの男に成り代われば――考えただけでもゾクゾクするぜ。よっし、ここはいっちょう派手に殺されてやろーじゃないか。
俺はわざと道を譲るふりをして端に寄って歩いた。最初は警戒していた奴等も、自分達の高貴なオーラか何かが卑しい俺に道を譲らせたんだと思ったんだろう、気を抜いた様子ですれ違った。きっと俺の事なんか眼中に入れたくもなかったんだろうよ。道を譲ったことで危険度を下げて、見なかったことにしたようだ。
そして俺はすれ違いざま、肉付きのいい女のケツを鷲掴みにしてやった。キャーーーッという悲鳴の心地いいことといったらなかったぜ。
「何をする!!」
一団は俺から離れて反転し、戦闘体勢で問いただしてきた。フォーメーションは先頭に狼、その後ろにイケメン、女どもはイケメンの右手側にひとりと左手側にふたりとなっていた。
「何をするって? あー決まってるだろ、そこにいいケツがあったから触ったまでだ。何か文句があるのか?」
「この人は僕の連れだ。無礼は許さないぞ」
「はぁーーー?、連れだと、愛人の間違いじゃねえのか? 昼間っからベタベタベタベタしやがって、相手のいない俺に見せ付けてるんだろ。だいたい、テメーが3人も独り占めしてるから俺の分が無くなるんだ。とっととひとりを選んで結婚でも何でもしやがれ。残った内のひとりを俺がもらってやるからよー」
「誰があんたのものになんかなるか!」
「そうよ、タイプじゃありませんわ」
「あなたは死ぬべき、今すぐに」
3人の女もギャーギャー騒ぎ立ててくる。たまんねーな、イケメンに成り代わってこの女たちを好きにできるとはよー。さー早くかかって来いよ、さっくり殺されてやるからよー。
シュバッ、ガブリ
あれっ? 何か生温かいよだれのようなものが首筋に…………。
そこで俺は死んだようだ。誤算だったのは蒼天の狼の奴が思ったより短気だったってことだ。俺たちの言葉のキャッチボールを無視して攻撃してきやがった。まったくなんてこった――。
こんな感じでチートが発動して俺は蒼天の狼になっちまった。まぁ、良かったとも云えないが、そこそこの強さはあるので安心していられる。完全に体を乗っ取るまでの1週間、このイケメンのハーレムでも眺めながらじっくりと今後の計画でも練ることにしよう。
⭐ ⭐ ⭐
スライム使いの青年は、草原で寝そべって青い空を見上げていた。昨日の戦いで赤髪の男との力の差を思い知り対抗策を考えていたのだ。しかし、なかなかいい案が浮かばなかった。鋼鉄のように硬くなったメタルスライムをあんなにスパッと切られるとは思っていなかったのだ。こうなったらスライムを無限に召喚して相手を包み、窒息死を狙うか。それとも毒を持ったスライムを作って毒攻撃をしてみるか。爆発するスライムっていうのも面白いかも。
とにかく早急に対策をたてないといつ襲ってくるかわからない、と考えていた。
カン、カン、カン、カーン
「うお、敵襲か? ステータスオープン。あちゃー赤髪だ、とりあえずスライムをまとってっと」
そういっている間に、赤髪の男がテレポートしてきた。
「おー、いたいた、よくも昨日は汚ねースライムを浴びせかけてくれたな。今日はテメーを殺しに来てやったぞ」
「へー、チート神ランキング3位のあんたが、11位の俺をわざわざ追いかけてくるなんてね。もしかして上位陣の人達が怖くて逃げ回ってるんですかねー」
「はん、何いってるんだか、俺様はただ単に昨日の後片付けをしにきただけだ。ウォーミングアップなんだよテメーなんてよ」
「上等だ、そっちがその気なら、俺の方は下克上かまして、あんたの鼻っ柱をへし折ってやるぜ!!」
そういって、スライム勇者は全力でスライムを召喚した。あっという間にスライムは山となり赤髪の青年を覆い尽くした。しかしサイキックバリアがあるので傷を負わせることはできない。それでも幾千幾万ものスライムを喚び続けた。
それは攻撃ではなかった。ただの目隠しだったのだ。この隙にスライム勇者は間合いをはかり、一撃必殺の技の準備をしていたのだ。その技とはドリルアタックだった。黄金のスライムを纏った青年は右腕にメタルスライムで作ったドリルを装着して、それで突撃しようとしていたのだ。
こんな技で勝てるのかと問われれば、無理だと思うとしか答えようがないのだが、それでもドリルのもつ理屈を超越するパワーに賭けたのだった。
「いくぞ、ドリルアターーーック」
ドリルはサイキックバリアにまとわりついていたスライムを弾き飛ばし真っ直ぐにバリアへと突き刺さった。
しかし、赤髪の青年が伸ばした左手で止められてしまっていた。
「はぁーーー、何がやりてーのかはわかんねーけどよ、廻ってねードリルでやられるほど落ちぶれちゃあいないんだよー」
次は赤髪の青年からの反撃だった。握った右の拳を前に突き出すと同時に指を弾くように開いて云った。
「散弾」
すると散弾銃で射たれたかのようにスライムを纏った勇者の身体に幾つもの穴が空いた。
「グホッ、ちくしょう。スラ君、穴を塞いで血を止めて。痛いから麻痺液もお願い」
そういうと、身体を覆っている金色のスライムは、開いた穴から入り込み傷口を塞いだ。麻痺液も効いてきたのかスライム勇者の表情からも苦痛の色が取れた。
「こいつ、こいつ、死ね、死ね、死ねーーー」
何度もドリルで殴り付けるが、赤髪の青年にはまったく攻撃が通らない。
「ハン! もう飽きたぜ、終わりにしてやる」
そういうと、赤髪の青年の頭上に小型の太陽を思わせる炎の塊が出現し、青年が腕を振り下ろすと、それはスライム勇者に向かって飛んできた。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ここで終わりか!! スラ君、君だけでも逃げて。そして最弱と云われているスライムが本当は凄いってことをみんなに教えてやってよ」
そういって、スライム勇者は炎に包まれ燃え尽きていった。その時、ひと欠片の金色に輝くスライムが森へと飛んで行ったことを赤髪の青年は見逃していた。
赤髪の青年は少しの間、人間だったものが燃え尽きるのを見ていたが、それが終わると深く呼吸した。
「ちっ、やってられねーぜ」
そう残して、赤髪の青年はテレポートでその場から消えた。
草原には草花が焼けて地面がむき出しになった後が刻まれたが、他には何も残されていなかった。
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