女帝-03

「あー今日は疲れたー」

 人でごった返す酒場の小さなテーブルに、僕は腕を伸ばして突っ伏した。

 今日一日で市場の中の全部の店を回ったんじゃないかと思うくらい、僕らは歩きまわっていた。買い食いも沢山してお腹はいっぱいだったし、別に喉も乾いていなかったけど、もうとにかく座りたかった。

 一番弱そうなお酒とチーズを注文してフランチェスカを見ると、ケープの端を広げたり裏返したりして、目を輝かせている。今日は気が付くと一日中そうしていたように思う。

 女の子っていうのは不思議な生き物だなぁと思ったけど、彼女を一日中眺めては笑っている僕と、やってることは同じかなとも思った。

 飲み物が運ばれてきたので体を起こし、フランチェスカと乾杯をして一口飲む。甘い香りのお酒は、やっぱり北国らしくアルコールが強くて、僕はクラクラした。

 彼女もちょっと驚いたようにグラスと僕を見たけど、楽しそうにお酒を飲み、時々ケープの感触を確かめていた。




「振り向かずに答えろ。お前が『女帝』を探ってる小僧か?」


 急に後ろの席から小さな声が聞こえた。慌てて振り向こうとした僕の背中にチクリと冷たいものが触り、僕は固まった。


「振り向くなと言った」

 辺りの喧騒の中、その低い声は何故か良く聞き取れたけど、すぐ近くに居るフランチェスカには聞こえていないようだった。魔法かもしれない。


「もう一度聞く、お前が『女帝』を探ってる小僧か?」

「……はい……探して……ます」

「チッ、小僧が……。まぁいい、会わせてやるから3分以内にこの店の裏に来い」

 声とともに後ろの気配はすっと消える。一呼吸置いて緊張の解けた僕が振り返った時には、もう誰が声をかけてきたのか分からなくなっていた。


「どうしたの? アレフ」

 真っ青な顔をしている僕にフランチェスカが怪訝な顔を向ける。


「フランチェスカ、すぐここを出よう」

「え?」

 ……なんだこの状況? なんだこれ? なんなんだ?

 僕はちょっとふらつきながら立ち上がると、テーブルに多すぎるくらいの代金を置き、フランチェスカの手を引いて店を出た。


「ちょっとまって、ねぇアレフ! どうしたの?」

 引きずられるようにして外まで出た所で、彼女は僕を引っ張って足を止める。どうしたのって……どうしたんだろう? 僕だって何でこんなことになったのか全然わからない。


「たった今、僕に魔法を使って声をかけてきた人が居るんだ。『女帝』を探ってるのはお前か? って。会わせてやるから3分以内に店の裏に来いって。でも、すっごくヤバそうな雰囲気だった」

 とりあえず店の外に出たのはいいけど、そのまま逃げ帰ろうか、店の裏に向かおうか僕はまだ決めかねていた。

 あれは絶対ヤバい人たちだ。昔、僕や妹を誘拐しようとした人たちと似た雰囲気……いや、もっとヤバい雰囲気がプンプンした。ダメだ、やっぱりフランチェスカをあんなヤツと会わせるわけにはいかない。


「フラン……」

「すごいわ! アレフ! 急いで行きましょう!」

 口を開きかけた僕の腕を思いっきり引っ張りながら、フランチェスカは満面の笑みで飛び跳ねた。


「はやく! ね! はやく!」

 腕を上下にがくんがくんと振り回されながら、フランチェスカに引きずられた僕は、いつの間にか裏路地に入ってしまった事に気付く。


「ちょっ……待ってフランチェスカ!」

 気付いた時にはもう遅かった。喧騒が急に遠くに離れた様に小さくなり、冷たい夜風が頬の火照りを冷ましてゆくのを感じると、グレーの地味な服を着た男が僕とフランチェスカの背後に一人ずつ張り付いて、背中に鋭く尖った武器を押し付けていた。


「バカヤロウが、大声出すんじゃねぇ。次はねぇぞ」

 さっき酒場で聞いたのと同じ声が背中から静かに告げる。

 突然の恐怖に囚われて体が竦み、白い息と共に小さく「ひっ」と叫び声をあげたフランチェスカを先頭に、僕らは夜の闇より濃い暗闇へと連れ去られた。

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