魔術師 The Magician

魔術師-01

「アレフ! すごいわ! これあなたが描いたの!?」


 フランチェスカとの旅の一日目は彼女の歓声で始まった。


 そのカードを僕以外の誰かが描いたのだとしたら大変だ。僕は宿屋の主人に防犯とは何かを教えてやらなくちゃいけなくなる。

 ベッドの中から顔も出さずに「そうだよ」と答えると、もう一度心地良い枕の位置を探し出して、頭をうずめた。

 すごくいい夢を見ていた気がする。こんな素敵な気持ちは久しぶりだ。もう一度続きを味わわなくちゃ。


「ほんとにすごいわ! まるで魔法みたい!」

 フランチェスカがもう一度大きな声で叫んだ後、少しの間部屋の中が静かになった。

 たぶん、今自分が言った言葉のあまりのデリカシーの無さに、彼女は落ち込んでるんだろう。


 窓の外で小鳥のさえずりが聞こえる。


 遠くから市場の喧騒も伝わってくる。


 自宅のものと比べたら数段格は落ちるけれど、ベッドは清潔で暖かい。


 僕は心地良いまどろみの中に沈んで行った。


「アレフ! どうしてまた寝ちゃうのよ!」 

 毛布を勢い良く引き剥がされた僕は、最後の抵抗としてシーツを体に巻きつけ、枕の下に頭を突っ込んだ。


「フランチェスカ、僕はキミが大イビキをかいている間、遅くまで絵を描いていたんだ、もう少し眠らせてよ」

 枕も取り上げられて、眩しさに目を細めながらフランチェスカを見上げると、僕が「イビキ」と言った所で動きが止まっていた。

 枕を頭の上に振り上げた格好のまま、見る見るうちに耳まで真っ赤になる。

 フランチェスカは本当に面白い。


「う……うそ! 私イビキなんてかいてないわ!」

 今にも泣きそうな顔で口をモゴモゴさせる彼女を見ていると、流石に申し訳なくなってくる。


「……ぷっ。あはは、ごめん。イビキはウソ。今起きるよ」

 でもやっぱり申し訳ない気持ちよりも面白さが上回って、ちょっと笑ってしまった。

 ベッドから飛び起きると、枕を手に持ったまま口をパクパクさせているフランチェスカを横目に、顔を洗いに向かう。洗面所のドアを後ろ手で閉めるのと、ドアに枕が飛んで来たのは同時だった。


「もうっ! アレフのいじわる!」

 僕はもう一度声を出して笑うと、いそいそと出発の準備を始めた。

 今日もいい一日になりそうだ。

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