魔術師-03

「あー、オホン。弟子よ。ここに居たのか」

 ふくろうの口から話されたダンディーな声に僕は唖然とする。

 いくらこの世界に魔法があふれていると言っても、ふくろうが喋るなんておかしすぎる。ありえないじゃないか。


「……え?師匠?」

 頭を抱えてしゃがみこんでいたフランチェスカが、僕の足の間からそーっと顔を出し、ふくろうを見上げる。彼女のその言葉に、僕は更に唖然とした。

 いくらこの世界に魔法があふれていると言っても、ふくろうが魔術師の師匠だなんておかしすぎる。ありえないじゃないか。


 そんな僕を無視したまま、ふくろうはフランチェスカへ話を続ける。普段野ねずみとか食ってるくせに無駄にダンディな声な所が、なんかすごくムカつく。このふくろうとは友だちになれそうにない。


「私の可愛い弟子、フランチェスカよ。お前の運命の日にそばに居れなくてすまない。私は今、氷壁の上の白竜の城で、人間の運命について大変有意義な研究をしている。膨大な資料と白竜の知識は今までの研究成果を裏付けもし、覆しもしてくれるのだよ。白竜の持つ書物はその城の静謐な空気と低温により、虫に食われることも太陽の光で風化することもなく何千年も昔のものが美しく保管されていてな、写本ではない原本が……」

「師匠! ご無事だったんですね!」

 フランチェスカは、ふくろうが話しの終わるのを一生懸命待っていたけど、とうとう待ちきれなくなったみたいに立ち上がって叫ぶ。


 ふくろうがそれでなくても大きい目をパチクリさせて「う、うむ」と返事を返すと、フランチェスカはその返事を聞いて崩れ落ちそうになった。僕は彼女の肩を抱きかかえ、優しく支える。彼女の目には安堵の涙が溢れだしていた。


「こら! 貴様! 私の可愛い弟子に馴れ馴れしく触るんじゃない! そもそも何でこんな宿に2人で宿泊しているのだ?!」

 その僕らのラブラブな姿を見たふくろうは、翼を大きく広げ僕を威嚇してきた。


「ち、違います師匠! その……アレフはそう言うんじゃなくて……あの……私の運命の人なんです!」

 慌てたフランチェスカが、涙を流しながら言う「運命の人」

 普段聞いたらこれはもう逆プロポーズレベルの言葉なんだけど、彼女に限って言えば運命の人=ビジネスパートナーみたいなものだ。


「……そう言うんじゃ……ないんだ……」

 僕は久々に落ち込んだ。子供の頃に魔法が使えないと気付いた時と同じくらいに。深く。


「ああん、違うのよアレフ! そういう意味じゃないの!」

「違うとはどういう事かな! 弟子よ!」

 迫るふくろう。


「どう言う事なの? フランチェスカ?」

 僕もここは引けない。


「うるさい、黙れ小僧!」

「そっちこそ黙りなよ! ふくろう!」

「ふくろうではない! 魔術師だ! 使い魔も知らんのか!」

「なんだよ! 普段野ねずみとか食ってるくせに!」

「これは仮の姿だ! ちゃんと美味いもの食っとるわ!」

「へー、あーネズミくさー!」

「この! ちゃんと人の話を聞け!」

「人じゃないし! ふくろうだし!」


 僕とふくろうは、頭を抱えてうずくまるフランチェスカの頭上でつかみ合いのケンカをした。あちこち引っかかれ、僕も対抗してふくろうの羽根をむしる。

 ケンカをしながら僕は「あぁ、ケンカなんて何年ぶりだろう」と考えていた。魔法の力が無いと分かってから、家族はよそよそしくなった。遊び相手として呼び寄せられた使用人の子供も、親にキツく言われているのかケンカなんかとんでもないと言う感じだった。


 僕もそんな雰囲気を察して、自分の気持ちを爆発させることはしないようになった。それがどうだ、フランチェスカと居ると僕はどんどん違う人間になっていくようだ。

 その感覚は、とてもいい気分だった。


「もう! やめなさーい!」


 両手の握りこぶしを真っ直ぐ頭上に掲げたフランチェスカが大声で叫ぶ。

 僕とふくろうは、お互いの頬と羽毛を握りしめたまま、フランチェスカを見つめて固まる。

 真っ直ぐあげた両手をそのまま腰に当てて、まだ涙のたまっている目でこっちを睨む彼女は、言い知れない迫力があった。


 それから小一時間、僕とふくろうは説教をくらった。

 結局フランチェスカが本当は僕のことをどう思っているのかは、はぐらかされてしまったけど、僕が彼女を好きなことは確かだった。

 今はそれでいい。どうせこれから2人で長い旅をするんだ。僕は運命の人なんだし。


「さて、そろそろ戻らねばならんな」

 唐突にふくろうが切り出した。


「え! 師匠がアレフを導く魔術師になってくださるんじゃないんですか?!」

「あ、そうだ。フランチェスカが言ってたよね。古めかしいローブを着た小柄な魔術師に逢う必要があるって。……ぜんぜん違うよ。ふくろうだし」

 ふくろうは僕の言葉に「ふん」と鼻を鳴らし、フランチェスカに小さな赤い指輪を手渡した。


「……とにかく、この小僧を導くのは私の運命ではない。私は旅の手助けをすると言っただろう? この指輪は賢者の石を少しだけ混ぜ込んである。今はまだ使いこなせないだろうが、修行に励めばやがてお前の力を高めてくれるだろう。フランチェスカ、私の可愛い弟子よ。私はいつでもお前の力になるために戻ってくるだろう。安心して、自分の力を……それからこの小僧の事も信じて旅を続けなさい」

「師匠……」

 フランチェスカはまた泣きそうだ。


 ……あれ、ちょっと待てよ? このふくろう、今「この小僧のことも信じて」って言った?!


「ふくろう、お前……」

「ふくろうと呼ぶな! いいか! フランチェスカに手を出したら、この私が許さんからな! 私はいつでも現れるぞ! 覚悟しろ!」

 捨てぜりふを残して、ザコの悪役のように、ふくろうは窓から飛び去った。見送った僕とフランチェスカは、そのまま仰向けにベッドに倒れ込む。


「……ごめんなさいアレフ。魔術師のあてが無くなっちゃったわ」

 フランチェスカはしっかりしているように見えて本当に抜けたところがある。


「そう? 僕にはあてがあるから大丈夫だよ。とりあえず、もう一泊宿を取ってくる」

 僕の言葉に驚いて飛び起きたフランチェスカを置いて、僕は宿泊料金を払いに一階へと向かった。

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