女教皇-03

 宿で食事を買い込み、吹雪の中を小走りで駆け抜けると、イオナの家まではすぐだった。真っ白な吹雪の中に黒々とそそり立つ大きな教会。とても「粗末な家」とは呼べない建物だったが、どうやらここで間違いないようだった。


 熾火おきびに空気を送ると、暖炉の火はすぐに暖かく燃え上がった。

 暖炉の前に低いテーブルと、形の違う3つの椅子を引き出すと、イオナはキルト地のひざ掛けを数枚抱えて持ってきてくれた。


「挨拶が遅れました。僕はアレフ・トライアンフ。旅の絵かきをしています。こちらは一緒に旅をしているフランチェスカ。魔術師です。部屋をお貸しいただきましてありがとうございます。助けていただかねば凍え死ぬ運命でした。感謝します」

 ひざ掛けを受け取った僕は慇懃にお礼の言葉を述べる。一応名門の家で育ったのだ、こう言う無駄な挨拶をするのは得意分野とも言える。

 僕のかしこまった挨拶に合わせて、フランチェスカも頭を下げる。背筋を伸ばしたイオナも同じように丁寧な挨拶を返す。


「こちらこそ挨拶が遅れましてすみません。私はイオナ・ギーメルともうします。 この古い教会の管理をしております。何もありませんが、石炭だけはたくさんありますので、吹雪が収まるまで何日でもご滞在ください」

 とりあえず、きちんとした挨拶を交わしておくのは大事だ。これでつかみはオッケーと言うことにして、僕はニッコリと笑って普段の口調に戻した。


「珍しいね。石炭の暖炉なの?」

「珍しいですか? あぁ、南から来られたのですね。この辺りの樹は杉ばかりなので、薪としてくべると火の粉が飛んで危険なのです。ですから昔から石炭の暖炉が普通ですわ。それに、この村は昔、炭鉱の町として栄えていました。ご覧のとおり吹雪で輸送に支障をきたすことが多くて、今では打ち捨てられてしまいましたが、廃坑の周りに行けば小さな石炭はいくらでも拾えますので、私のような者としては助かっていますわ」

「へぇー、そうなんだ」

 地域が変われば色々変わるものだ。もう少し煙が少なければ、中央でも流行るかもしれないな、石炭ストーブ。設置と石炭の流通を一手に引き受ければ……っと。何を父さんみたいな事を考えてるんだ僕は。


「イオナは一人でここに住んでいるの? ご家族のかたは?」

 暖炉の火で両手を炙っていたフランチェスカが周りを見回しながら尋ねる。おいおい、そこは聞くとしてももう少し馴染んでからだろう。フランチェスカは本当に会話の機微ってものを理解していない。でもまぁ気になるところでは有る。


「はい……。両親は3年前に……私が12の時に流行病で亡くなりました。兄は北の街で漁師をして、時々仕送りをしてくれます。私は父の遺志を継いでこの教会を管理しているのです」

 管理していると言うところにちょっと違和感を覚えた。普通司祭とか修道士とか言う人たちは、「神にお仕えしています」みたいな事を言うものだ。

 なんか気になるけど、僕はフランチェスカじゃない。不躾にずかずかとイオナのプライベートを聞くつもりはなかった。

 とりあえず僕は宿で包んでもらった魚のパイを取り出し、フランチェスカとイオナに一つづつ渡す。恐縮しながらパイを受け取るイオナを見ながら、どうせ吹雪が過ぎれば通り過ぎるだけの村だ。寝る場所と暖炉を提供してくれるなら、彼女が神職でもそうでなくてもどっちでもいいじゃないか。と、僕はそう思った。

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