愚者-02

 酒場と言っても食事をするものと酒を飲むもの半々と言った感じの食堂だったし、僕も酒はあまり飲んだ事がないから、エビのたっぷり入ったスープとジャガイモのぎっしり詰まったパイをモリモリと食べていた。

 旅に出てから食事が旨い。

 相席になった魔術師は妙に時代がかった格好をしていて、深くかぶったフードの奥でワインをちびちびやりながら、僕が大量のパイを胃袋に収めるのを感心したように眺めていた。


「キミはアレフくんだよね?」

 4つ目のパイを口に突っ込み、一息ついた僕に魔術師が話しかけてくる。 急に名前を呼ばれ、その声が若い女性の声だったのも合わせて、流石に僕も警戒した。


「……失礼ですが、以前にお会いしたことがありましたか?」

「え……あ、警戒しないで。私には未来を予見する力があるの。キミに旅の目的を告げるためにここに来たのよ」


 ……こういう輩は相手にしないに限る。トライアンフ家の財産を何とか掠め取ろうとする手合には、子供の頃から何度も付きまとわれたことが有る。

 僕はこう言う経験だけは豊富なのだ。

 そもそも未来を予見するような強い力を持っている魔術師が、こんな田舎町で燻っている訳がない。

 王立魔術院か金持ちのお抱え魔術師になって忙しく働いているだろう。

 こんな平日の真昼間に酒場に居ること自体、まっとうな大人じゃないと自己紹介しているようなものだ。


 ……僕も含めて。


「それは素晴らしい。その前にちょっとお手洗いへ、失礼します」

「……だから、私は未来が予見できると言っているでしょう? アレフくん」

 椅子からおしりを浮かせるか浮かせないかの瞬間に、魔術師はテーブルをトントンと指で叩くと、僕のおしりは椅子に吸い寄せられるように落ち着いた。

 ……驚いた。

 よく居る自称「預言者」の類かと思っていたが、ある程度は本当に予見出来るのかもしれない。 もしくは、僕の心を読んでいるかのどちらかだ。それにしたってすごい能力だと言わざるをえない。


 椅子に座らせられた簡単な魔法だって、元々魔法の力が廻りにくい僕を簡単に座らせたのだから大したものだ。

 僕は改めて椅子に座り直し、もう2人前の料理とワインを注文した。


 魔術師の名前はフランチェスカと言い、この街で魔法そのものの研究をしている「予見者」だった。


「キミは……ほら……あの……あれでしょう……。あの力が無いのでしょう?」

 フランチェスカは非常に言いにくそうに、それでいてズバッと核心を突いてきた。

 僕が傷つきやすい少年ならショック死しているところだ。


 でもこれで確信した。僕に魔法の力が全く無いことは、家族と使用人のごく一部しか知らない事だ。彼女は予見か読心か、何らかの強力な魔力を確かに持っている。

 世界に何人も居ないそんな力を持つ魔術師が、この僕に何の用が有って会いに来たのか、逆に興味が湧いてきた。


 まぁ言ってみれば僕だって世界に数人しか居ない何の力も持たない男な訳だけれども。


「えぇ、そうです」

「……あ、ごめんなさい。私はちょっと人と話をするのが苦手で。言い方を考えられないの、ごめんなさい」

 早く話の続きが聞きたくて素っ気なく答えたのを僕が傷ついたとでも思ったらしい。慌てて謝罪を繰り返す。

 どうやら悪い人間ではないようだ。僕はちょっとこの魔術師が好きになって来た。


「いや、いいですよ。本当のことですし。僕は気にしてません。ただ、他言は無用でお願いします」

 フランチェスカは2~3度咳払いをするとワインで口を湿らせ、続きを話しだす。


「私が魔法そのものの研究をしているのはさっき話したよね? その中でも一番の研究対象は、魔術の発生についてなの。つまり、人はなぜ魔法を使えるのか。人はいつ魔法を使えるようになるのか。と言うことよ」

 人はいつ魔法を使えるようになるかだって? そんなの生まれた時からに決まってる。

 僕は彼女の長年の研究の答えを教えてあげようと口を開きかけたけど、フランチェスカは気にする素振りもなく、そのまま話を続ける。


「私の研究では、人は平均で生まれてから3日以内に最初の魔法の力を発現させるの。そして新しい力の発見は、だいたい15歳くらいまで続くわ。多い人で50種類の魔法が使えたという記録が残っているの」

 そうなのか、ずるいな。その中の一つでも僕にくれればいいのに。

 ちょっと悔しい顔をしてしまったのか、フランチェスカが話を止めて、また「ごめんなさい」と目を伏せた。

 僕はひらひらと手で何かを掬うような仕草をして話の続きを促す。


「……重要なのは、生まれてすぐではなく、成長の過程で新しい魔法を発現させる人がたくさん居ることなの。でも、その発現のトリガーが何なのか、未だに分かっていないわ」

 フランチェスカの声がだんだん大きくなっている。本当に好きで研究してるんだなと思う。

 僕も昔は自分の書いた絵の、新しい筆使いをした所や初めて成功した色の説明をしている時はこんなだったなぁと懐かしく思い出した。

 絵を書くのは今でも本当に好きだけど、今はそんな情熱もない。


「でも私は予見したの。その……キミに出会うことを。そして、キミが魔法の力を手に入れる過程で、私は魔法発生の理論を手に入れるのよ!」


 いつの間にかフードは後ろに跳ね上げられ、はちみつ色の可愛らしくカールした髪がフワフワと揺れていた。

 ドヤ顔で大きな目をキラキラと輝かせたその顔は、素直に可愛らしいと思った。


 僕の視線に気がついたフランチェスカは、ハッとしてフードをかぶり直す。


「……だ……だから、私と一緒に旅をしましょう? 私はキミが魔法の力を得る手助けができるわ。どう?」

 どう? と言われても、今の話だけでどう判断すれば良いと言うのか?

 まぁどうせ何の目的もない旅だし、可愛い女の子と二人旅出来るのは願ったり叶ったりだけど。


「予見が出来るなら、僕がどう答えるのかも分かってるんじゃないの?」

 若い女性だとは思っていたけど、どうも僕と同じくらいの年齢のようだ。僕は面倒になっていきなり砕けた口調で軽口を叩いてみた。


「あ……そ……そう言う細かいことまでは……私の予見は大きな出来事の中のキーになる映像だけで……」

 何やら言い訳をしようとしている。

 別に責めてる訳じゃないんだけど、真面目なのか冗談を理解できないのか、とにかく今までの僕の友達には居なかったタイプであることは間違いない。


「いいよ、一緒に行こう。僕はアレフ・トライアンフ。18歳。男。彼女なし。キミは?」


「私はフランチェスカ・ベート。17歳。もちろんレディーよ」


「自己紹介が一つ抜けてる。彼氏は?」

「そっ! そんな事どうでもいいじゃない!」

「おっけ。彼氏なし。と。よろしくねフランチェスカ」

「キミは……!」

「おっと、キミはやめてよ。アレフでいいよ」


 可愛い女の子かどうかは別として、魔法の力が本当に手に入るなら、僕は何でもやる。

 自分でもとっくに諦めたと思っていたけど、こうして可能性を見せられると、全然諦めきれていないことを痛感させられた。

 悔しいけど、やっぱり僕は魔法を使ってみたい。

 ずっと、ずっと、昔から。ずっと、ずっと、今でも。本当は魔法を使ってみたかったのだ。


 僕らは宿を取ると、まずフランチェスカの家を引き払う手続きをした。


「いいの?フランチェスカ?」

「ええ、どうせそろそろこの街で研究できる事は少なくなって来ていたのよ。それに、私たちはこれからセフィロトの樹に示された22の小道を進まなければならないの。それがどの位で終わるのか、その後どうなるのかは私には見えていないわ。……こんな頼りない情報でも大丈夫?」


 両手でフードの縁を引っ張り、出来る限り顔を隠そうとしているフランチェスカの顔を歩きながら体を傾けて覗き込む。


「頼りない予見者だね。んー、そうだなー。一つ約束をしてくれるなら」

「な……なにかしら?」

「……フードで顔を隠さないこと……かな」

 チラッと見えた頬をフード越しでも分かるくらいに真っ赤にすると、フランチェスカは更にフードを引っ張って顔を隠す。


「~~~~~……」

 フランチェスカは5秒くらいそのままでいたけど、意を決したようにフードを跳ね上げて顔を逸らした。

 頬はやっぱり真っ赤なままだった。


「別に! 今までだって隠してた訳じゃないんだから!」

「うん、そうだね。そのほうがいいよ」

 僕は、今までも楽しかったけど、これからの旅はもっと楽しくなると確信した。

 僕にも予見の能力が発現したかと思うほどの確信だったけど、それを言うとフランチェスカとの旅が終わっちゃいそうなので黙っていることにした。

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