トライアンフの魔法

寝る犬

愚者 The Fool

愚者-01

 僕、アレフ・トライアンフは、魔法が使えない。


 幸いにも裕福な家に生まれたので、友達と何か競争をする時以外は困ったことはないけれど、誰もが多少なりとも魔法の力を持っているこの世界から見れば、やっぱり僕は不具者に見えるらしかった。

 父さんは有名な占い師や魔法研究者に来てもらって、僕の隠れた(隠れてなかったけど)魔法の才能を何とかして探そうとしたけど、僕が18歳になった時、やっと諦めてくれたみたいだった。


 僕の18歳の誕生日、正にその当日に、当世最高の魔術師だと言われている厳つい顔をしたじいさんが「残念だがこの子には全く魔法の力を感じませんな、トライアンフ殿」と告げた時の父さんの顔は未だに忘れられない。


 母さんは「私が悪いのです」と叫んで自殺しようとするし、妹は「友達を家に呼べない」と泣き叫ぶしで、家の中はわりと修羅場だったかなと思う。

 使用人頭のマグリアを筆頭に、周りの皆がほっと胸をなでおろしたのは、僕自身が魔法の才能がない事にそんなに落胆した様子を見せないことだった。

 それはそうだ。何しろ僕は物心付く前からとうに諦めていたのだから。


 誕生日の夜、僕ことアレフ・トライアンフ18歳は、両親に別れを告げる事にした。


「父さん、母さん。僕は魔法が使えません。でも絵を書くことは好きだし、誰もが僕の絵を『魔法のようだ』と褒めてくれます。僕は世界中を旅して絵を描く、旅の絵描きになろうと思います。お願いです、僕のわがままを許してください」

 以前から計画していた事とは言え、よくもまぁこんなに白々しい言葉がスラスラ出たものだと自分でも驚く。

 直前に母さんの自殺未遂や妹の発狂具合を見ていた父には渡りに船の言葉だったんだろう。


「うむ、可愛い子には旅をさせろと言う言葉もある。見聞を広めるのも良い頃合いだな」

 威厳の有る顔を保とうと努力しながら、旅の資金援助の約束をしてくれた。何しろ金は結構持ってる家なのだ。トライアンフ家は。


 次の日の朝は薄曇りの冴えない天気の日だったが、僕にとって、いや、家族にとっても最高の日になった。

 僕にとっては「いつ魔法の力に目覚めるのか」という家族からの無言のプレッシャーと、腫れ物にさわるように扱う使用人達の哀れんだ目からの脱出の日。

 家族にとっては「名家の長男が不具者である事を隠しながらの生活」からの開放をもたらした記念すべき日なのだから。


 数日後に近くの街で聞いた噂によると「あの名家トライアンフ家のご子息は、ただ血筋だけで家を継ぐ事を潔しとせず、家名を継ぐのに相応しい偉業をなすための武者修行の旅に出た」のだそうだ。

 噂好きのおばさんでなくても涙が出そうになる。 なんとも立派なご子息だと僕も思う。


 どこに行くかも決めていない気ままな旅だったが、最近ゴブリンが出たという西の街道は避けて東へ向かう事にしたのは、我ながら幸運だったと思う。

 いや、運の尽きだったのだろうか?

 絵も描かないまま数日の旅をして、ふと立ち寄った街の酒場で、僕は妙な魔術師と相席になった。

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