女教皇 The High Priestess

女教皇-01

 降り続ける雪が踏み固められ、氷のようになった狭い道の地吹雪の中を、僕らは乗り合いの馬車で南へ向かっていた。

 緑に溢れたフランチェスカの住んで居た街「マギアバート」から、王国最北の街「トリンチェスク」までの1ヶ月の船旅は劇的で、世界の時間が早送りされているような気分にさせられたし、船の中の生活も楽しかったけど、今はもうそれどころではない。

 この旅始まって以来の危機的状況に、僕らは陥っていた。


「女性の教皇様ですか?」

 乗り合いの馬車で一緒になった旅の商人は、分厚い手帳をパラパラとめくりながら答えてくれた。


「……少なくとも王国と交易関係にある国の噂では聞いたこと無いですね。 まぁ、あまり有名ではない新興宗教になると、専門家ではないもので分かりかねますが」

 商人は手帳をパタンと閉じると「それはもしかして金になる話かい?」と言う目でこっちを見る。父さんがお役人と世間話をしている時と同じ目だ。


「そうですか。ありがとうございました」

 ちょっとした嫌悪感を感じながら、こちらも商人用の笑顔でニッコリ笑ってお礼を言う。腰をかがめながらフランチェスカの隣の席まで戻ると、僕は硬い板のベンチに深く腰掛け、真っ白なため息を付いた。


「やっぱり居ないって」

 正面へ顔を向けたまま、目だけフランチェスカの方へ向けてそう言うと、ちょっと期待を持っていたらしい彼女は、大きな鳶色の瞳にあからさまな落胆の色を浮かべて目を伏せた。


「だって……〈予見〉では女性の教皇様に出会って、必要な知識を得るって出たんだもの……」

 右手の赤い指輪を左手でくるくると回しながら、拗ねたように口をとがらせる姿は小さな子供みたいで可愛らしかったけど、流石に今は笑う気にもなれなかった。


 フランチェスカの予見に従って、北へ向かった僕らは、生まれて初めての旅に興奮した彼女の暴走に近い提案によって、船で一気に最北の街まで向かう事を選んだ。

 確かに船旅は楽で良かったけど、北の街に到着して気付いたのは、この街までは父の、トライアンフ家の商業網は到達してなくて、お金も引き出せなければ情報も貰えないっていう事実だった。

 また1ヶ月かけて船で帰る気にもなれないし、そもそも船に乗るにはお金が足りない。陸路で帰るとなると3倍以上の時間がかかるらしかった。

 仕方なく僕らは北で最も栄えている商業都市「ハイエスブルク」へと向かう乗合馬車に乗って南へ向かっている。……と、そう言う状況だ。

 まったく、〈予見者〉が聞いて呆れる。


 会話もないまま更に1時間ほど馬車に揺られ、そろそろおしりの痛みが限界に近づいた頃、馬車はゆっくりと停車した。


「到着しました。アペルキスクです。何方様もお忘れ物無きよう、お気をつけてお降りください」

 アペ……なんだって?

 僕は最北の街トリンチェスクよりも寂れているように見える寒村の馬車着き場に立ち尽くし、地吹雪にもまれていた。


「……ちょ、ちょっとすみません。この馬車はハイエスブルクへ向かう馬車だと聞いて乗ったのですが」

 僕は忙しそうに馬の装具を外す御者に駆け寄り、掴みかかる勢いで聞いた。こんな所で放り出されては死んでしまう。


「はい、向かいますよ。ただし、馬を休めるために出発は2~3日くらい後になります。地吹雪がひどくて代わりの馬車が到着していないものですからね。吹雪の状況によっては出発はもう少し遅れます。……あ、ご乗車なされる前にそちらのお嬢様に説明したはずですが……?」

 御者の指差す先には、小さな体を更に小さく畳んでしゃがみ込み、ミトンの手袋に息を吹きかけるフランチェスカの姿があった。こうなってはもう溜息を付くしか無い。僕は頭を抱えた。


「では、馬を厩へ入れてやらねばなりませんので、これで」

「あ、すみません、この辺に宿はありませんか?」

 馬を連れて立ち去る御者の背中に、僕は慌てて声をかける。

 彼は背中を丸めたまま、振り向きもせず、ただ左の方向を指さした。


「ありがとうございました」

 僕は雪だるまになりかけているフランチェスカの横を通り、ただ「行くよ」とだけ言うと、御者の指さした方向の真っ白で何も見えない吹雪の中へと歩き出した。

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