女教皇-06

「それにしても、イオナのお説教は迫力満点だったね」

 聖堂の掃除を終えて宿から買ってきたポトフを頬張りながら、僕はなんとなく話を振った。フランチェスカも大きく頷く。


「そ、そうですか? すみません、私頭に血が上ってしまうと自分でも歯止めが聞かなくなってしまいまして……」

「ううん、イオナちゃんのお話はすごく説得力があったし、理路整然としていて分かりやすかったわ。きっと良い司祭様になれると思うわ」

 僕が「そうだね」と相槌を打つと、イオナは少し困ったように微笑んだ。


「……私、王国教会には正式に認められていないんです。そもそも女性は司教以上の聖職にはつけないんですよ。……でもそれは……いえ、それ以外にも王国教会の教えには間違っている所がたくさんあると思うんです」

 あぁ、今朝のお説教に出てきた神様と司教の関わり方って言うあれか。


「私、新しい教えを広める、新しい教会を作りたいんです。こんな田舎の、こんな私一人から始まる教えですけど、いつか、世界中の間違った教えを正すお手伝いができればなと思っています」

「イオナちゃんなら出来るよ!」

 ……フランチェスカの安請け合いも、ここまで来ると褒めてあげたい。新しい宗教の教えなんて、そんなに簡単に広まるものじゃない。


 でも……


「僕も……イオナなら出来るような気がする」

 彼女の情熱と揺るぎない信念、知識。見ず知らずの僕らを助けてくれた優しさ。その全てが未来を約束してくれるように思えた。


「イオナ、一つお願いがあるんだ」

 僕はカバンの中から真っ白なカードと絵の道具を取り出す。

 すぐに納得がいったらしいフランチェスカと一緒に聖堂の前に椅子を並べると、照れるイオナを何とかなだめて、僕は筆を奔らせた。



 3日目の朝、それまでの吹雪がウソのように広がった青空の下で、僕らは思いっきり深呼吸をした。


「それでは、アレフさん、フランチェスカさん。お気をつけて。旅の無事と成功をお祈りしています」

 見送りに来てくれたイオナが、胸の前で手を組み祈りを捧げてくれた。


「私たちも、イオナちゃんの夢が叶えられることを祈ってるわ」

「イオナが女教皇になってくれないと、僕としても困るからね」

 カバンをポンと叩いて笑顔を向ける。イオナもとびっきりの笑顔を返してくれた。


「ねぇアレフ。もう一度カードが見たいわ」

 走りだした馬車の中でフランチェスカが僕のカバンの中身をあさりだす。


「ちょっと、やめてよ。今出すから。……ほら」

 3枚目のカードには、美しい法衣を纏い冠をかぶったイオナの姿を書き上げていた。


「本当に……なれるといいわね。イオナちゃん」

 フランチェスカが指先でなぞるカードの下には、2番の番号の後ろに「女教皇」のタイトルが書き込んであった。


「なれるよ。フランチェスカが予見した女教皇じゃないか。絶対なれるよ」


 僕は〈予見者〉フランチェスカの手を握った。



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 2.女教皇(The High Priestess)

 ―――――――――――――――

 ■正位置の意味

 知性、平常心、洞察力、客観性、優しさ、自立心、理解力、繊細、清純、独身女性

 ■逆位置の意味

 激情、無神経、我が儘、不安定、プライドが高い、神経質、ヒステリー

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