第3話 二周年記念一大チャンピオンシップ三連弾 その2
閑話休題。話を戻そう。
ノーガード反撃特化スタイルであるリラの機体は、反撃効果が発動しない遠距離攻撃がやや苦手だ。つまり、自分から突撃してくる敵ばかりの渓谷フィールドは大得意なのだ。
リラの機体は、回復剤を使用したときの演出効果でぽやぽや淡く発光しながら、自分から敵の落下点へと飛び込んでいく。イヤホンからは琴子お嬢の緩んだ笑い声が聞こえてくる。
雨の日にはしゃぐ幼稚園児みたいだと思った。雨合羽に長靴で、水溜まりをばしゃばしゃ踏み鳴らしては大はしゃぎする年長さんだ。……この感想を声に出したら、臍を曲げられること間違いなしだな。
俺は保護者の気分で、リラが敵の落下地点にできる影から影へと飛びまわるのを眺めていた。
――突然、爆発が起きた。
リラの頭上に急降下した敵が、リラにぶつかる寸前、爆発四散したのだ。敵のなかには自爆する類のものもいるが、いまのは敵の攻撃ではない。リラに激突する寸前で第三者の銃撃を受け、撃破されたのだ。
「何者だッ!?」
琴子お嬢が音声チャットで喚きながら、機体をこちらに振り返らせる。音声チャットは俺にしか聞こえていないのだが、それが聞こえていたんじゃないかという絶妙なタイミングで、チャット表示窓に範囲チャットが表示された。
『こんなところで奇遇だな』
チャットの発言には、文頭に発言者の名前が表示される。範囲チャットで話しかけてきたのは、アガートラームという名前のプレイヤーだった。
『誰かと思えば、貴様か』
ゲーム内の文章チャットで、リラが発言する。そのときにはもう、アガートラームなる
塗装は全身真っ黒で、銀色の線が縁取りのように走っている。ただし、右腕は別だ。というより、右腕は肘から先が銀色の大剣になっていた。いま敵を撃ったのだろう銃身の長い拳銃は、左手に握られていた。
右腕が剣になっている漆黒の剣士……といった風体の機体だった。これでマントでも羽織っていたら完璧だったが、その代わりとばかりに、まるで翼のような大型推進器を背負っていた。
アガートラームなる相手に対する俺の第一印象は……
「あ、
だった。
いわゆる中二病真っ盛りの男子がドハマリしそうな要素の合わせ技一本! ……みたいな機体構成だった。
アガートラームという名前も、ケルト神話だったかに登場する、片腕が銀製の義手という神さまのものだ。そのことから考えると、さきに銀色の大剣型前腕パーツを入手して、それからキャラ作成したのだろう。
俺がぼんやり考えごとをしているのは、リラとアガートラームが完全に二人の世界を作って話し込んでいたからだ。
もっとも、二人の世界といっても甘い雰囲気ではなく、中二病全開の雰囲気だが。
『銀腕の黒騎士か、久しいな。まさか、貴様とこのような辺境で出会おうとはな……』
『それはこちらの台詞だ、ハートの女王。こんなところでお供を連れて、クロッケーの練習かい?』
『まあ、そのようなところだ。こいつはまだ、ハートのエースと呼ぶにはほど遠いひよっこだからな』
『ふん……装備を見た限り、その通りのようだ。よくてクラブのジャックというところだな』
『絵札に喩えてもらえるとは光栄だな。なあ、ハルマサ』
ぼけーっと話を聞いていたら、琴子お嬢はいきなり、こちらに話を振ってきた。
「……え?」
と、音声チャットで答えてから、はたと気づいてゲーム内の文章チャットで打ち直す。
『はい、そうですね』
チャット窓に残っている
『なんだ、そのつまらない返事は!』
リラに文章チャットで怒られた。
さらにアガートラームくんからも駄目出しされる。
『強さとは言動の端々から滲み出すものだ。つまり、どれだけ風格のあることが言えるかで、己の強さは変わってくるのだぞ』
俺は画面の前で唖然としながら、
『はい、そうですね。気をつけます』
と打っていた。
この二人が俺には持ち合わせない楽しみで繋がっている友人、いや同志であることは分かった。俺に、その楽しみに水を差すつもりはない。でも、付き合うこともできない――そういう距離感を感じ取って欲しいという意味を込めての発言だった。
果たして、その思いは二人に伝わったのか……アガートラームは何事もなかったかのように話題を換えた。
『それはそうと、ハートの女王。ここで先年の苦杯を舐め直しているということは、今年も周年祭にて己と凌ぎを削るつもりということか?』
『そういうことだ。去年のコースを復習うことに如何ほどの意味があるかも分からんが、今年のレースはチーム戦だ。相棒のハルマサに去年の空気を少しでも感じ取ってもらえれば、きっと役に立つだろう』
『そうか……クラブのジャック君は去年の大戦を知らない若輩者なのだな。であるならば、きみの解説を傾聴しながらこの道程をなぞるのも、意味のあることなのかも知れんな』
リラとアガートラームは何やら通じ合っている。搭乗者には感情表現のコマンドがあるけれど、機体ではそういう感情表現ができない。本当に文章だけのやり取りなのに、よくもまあ、こうも通じ合った空気を醸し出せるものだ。もういっそ、俺ではなくて、このひとがリラの相方になれば良いんじゃないかな……。
……あれ? いまのって嫉妬か? 俺の仕事を奪うな、という意味での嫉妬ならまだ良いのだけれど……まさか、俺の相方を奪うな、だったりしたら……。
幸いにも、これ以上考えが進んでしまう前に、話のほうが進展した。
『さて、休憩はここまでだ。わたしたちはもう行かせてもらう。ハルマサには、目を瞑ってもコース走破できるようになるまで走ってもらうつもりだからな』
「え、マジですか?」
リラの発言に、俺は音声チャットでおののく。でも、リラは……琴子お嬢は、ふっと鼻で笑うような吐息を漏らしただけで、ゲーム内のチャットを続ける。
『さあ、ハルマサ。行くぞ』
『はいはい分かりましたよ!!』
俺も今度はゲーム内のチャットで答えた。
『そうか、もう行くのか』
アガートラームが少し寂しげに発言する。不思議なもので、ただの無機質な文章なのに寂しげに見えた。
だからつい、俺はこう言った。
『アガートラームさんも一緒にまわったらどうですか?』
『なんと! 良いのか!?』
アガートラームは驚きの声を発言するが、すぐに言い直した。
『……いや、止めておこう。己とお前は今年も争う敵同士だ。馴れ合うのはまたいずれの機会に預けるとしよう』
『そうか……そうだな。馴れ合いは、わたしたちには似合わない』
リラも何やら格好いいように聞こえなくもないことを言って、了解した。
『短い邂逅だったが、楽しめたぞ。では、これでさらばだ。本戦でまた会おう』
アガートラームはそう言うと、右腕の大剣を高速で十字に振るう。剣技のひとつ、その名もずばりの【十文字斬り】だ。
空中に刻まれた青白く光る十字の軌跡を別れの挨拶にして、アガートラームは去っていった。背中の翼型推進器を全開噴射させて飛んでいき、瞬く間に見えなくなった。
それを見送って、リラが言う。
『では、わたしたちも練習を再開だ』
『了解』
俺たちも動きだし、再び渓谷を進み始めた。
この後、俺は本当に同じ道程を何周も走りまわらされた。コースを覚えた後はリラと競走させられ、わたしに勝つまで終わらないから、と言い渡されたのだった。
コースはしっかり覚えたし、ショートカットについても全部叩き込まれた。だから、その点についての不利はなかったのだが、その点以外については不利だらけだった。
まず、すでに述べているけれど、ここは狙撃銃がまったく活かせない。こっちが進路上に出てくる敵の対処に手こずっている間に、リラは敵を避けることすらしないで最短コースを突き進む。
さらに、機体の移動速度が違う。狙撃銃は重量が重たいため、防御力よりも軽量性を重視した装甲しか装備できないのだが、それでも
しかし、リラは違う。そもそもの設計思想が、装甲を必要としないのだ。さらに、重くて強力な武器も必要ない。耐久力を増加させるための補助的なパーツもあるが、補助的と区分されるだけあって軽い。そうしたことから、リラの機体の総重量は限界重量よりも軽く、機動性にボーナスがつくのだ。要するに、リラの機体は移動速度が俺のものよりずっと速いのだ。
敵の処理にかかる時間も、移動速度もリラのほうが上――と来ては、俺がいくら頑張ったところで勝てるはずがなかった。琴子お嬢は一度も手加減してくれなかったし。
結局、お嬢のほうが先に根負けした。
「今日はこのくらいにしておこう。明日もやるから、イメージトレーニングをしっかりやっておくように」
と、宿題付きで解放してもらえたのだった。
時計を見ると、二十二時をとっくにまわっている。いつからコース周回していたのかは覚えていないけれど、始めてしばらくのときはまだ外が明るかったように記憶している。そういえば、途中で十数秒だけ中座してカーテンを締めたような気もする。勝ても終わりもしないレースが苦行すぎて、意識が半分飛んでいたから、この何時間かのことを正直ほとんど憶えていなかった。
この調子だと、明日も意識が飛ぶまで延々走らされることになりそうだ。それで次に意識を取り戻すと、ハムスターに生まれ変わっていたりして。
「……コンビニ、行こう」
馬鹿馬鹿しいことを考えてしまうのは、ずっと座ったままで血の巡りが悪くなっているからだ。あと、空きっ腹だからだ。こんなときは散歩がてらにいつものコンビニまで行って、ビールと弁当でも買ってくるにかぎる。
俺は立ち上がって背筋を伸ばすと、財布を片手に部屋を出た。
今夜は生憎と、安曇さんはシフトに入っていなかった。
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