第3話 二周年記念一大チャンピオンシップ三連弾 その1

 いよいよ来週に迫った【FMA】二周年イベントの特設サイトが公開された。

 去年の一周年イベントも一ヶ月間お祭り状態で盛り上がったそうだが、『二周年記念一大チャンピオンシップ三連弾!!』と銘打たれた今年のイベントも負けてはいない。

 イベント期間中はロビーの飾り付けなども行われるが、なんといっても目玉企画は『最強チーム決定戦』だろう。

 この決定戦はイベント期間中に二度の予選を行い、その成績上位者のみが出場できる本戦をイベント最終日に開催するという段取りになっている。予選の内容はまだ伏せられているけれど、第一予選も第二予選も単純な戦闘力だけを計るものではないようだ。特設サイトを見たかぎりでは、「知力体力時の運」が決定戦の方向性コンセプトのようだった。


「ふむ……チームで参加というのがネックだが、なかなか面白そうだな。よし、ハルマサ。我々も参加するから、日程を確認しておくように。後になって休暇を申請してきても却下するからな」

「それって労働なんたら法的にどうなんだろうな」

「時期変更権というのがあるのだ」

「え? ジキヘンコー……なんだそれ?」

「わたしもよく知らないが、部下の一回休みをなかったことにできる呪文らしい」

「ほほう」


 絶対違うだろ。……まあ、休みたいとは思っていないから、べつにいいけれど。

 俺がこのゲーム【FMA】をプレイしているのは、それが仕事だからという理由だけではない。【FMA】が普通に楽しいからだ。プレイ歴はまだ一ヶ月もないけれど、プレイ時間で言えば常人の数ヶ月分に及んでいる。覚えたい技能も揃えたい装備もまだまだ沢山あるけれど、すでに初心者を脱したレベルだという自負はある。今回の決定戦で、自分がどのくらい強くなったのかを、順位という形で客観的に知りたかった。


「それにしても、今年はチーム戦か……」


 琴子お嬢がぽつりと漏らす。

 ちなみにいまは、誰でも自由に進入できる大規模MMOフィールドで、だらだらと音声チャットしながら狩りをしている最中だった。

 このフィールドは環境改造テラフォーミング途上の惑星という設定で、象牙色の入り組んだ渓谷と、上空を覆い尽くす黄金色の濁った大気が幻想的な光景を作り出している。背景に流れるきらきらした音楽も雰囲気に合っていて、俺の好きなフィールドのひとつだ。

 ただし、狩りがしやすいかというと、そうではない。むしろ、その逆だ。俺の駆る人型戦闘機エクシアは狙撃銃を得物にしているが、入り組んでいる上に高所を確保することも難しいこの惑星フィールドでは、狙撃銃の売りである射程の長さがほとんど活かせないからだった。

 狙撃銃が活きるのは、もっと開けた地形だ。そういうフィールドや任務もあるのに、どうしてこのフィールドでだらだらと効率のいまいちな狩りをしているのかというと――


「この渓谷は、去年の一周年イベントで開催されたタイムアタックで使用されたコースと同じ地形だ。今年の決定戦とやらがどういった形式になるのかは分からんが、何かの参考程度にはなるかもしれん。ハルマサ、きみも体験しておいたほうが良いだろう」


 という理由で、俺と琴子お嬢――ハルマサとリラは、狙撃銃には不向きなこのフィールドを散策しているのだった。タイムアタックなのに、だらだらおしゃべりしながら狩りをしているのは、


「まずはじっくり時間をかけて、コースを知るべし。タイムを気にするのは、それからだ」


 という琴子お嬢のお達しがあったからだ。

 思うに、お嬢はコースの構造やギミック、敵の出てくるタイミングだとかを講釈したくて、ゆっくり進めと言ってきたのだ。

 どこそこの岩陰から敵が出てくるだとか、そこの壁を破壊するとショートカットできるだとかを語る琴子お嬢の声音は、くすっと笑ってしまいそうになるほど得意げだった。

 ときに雑談を挟みながらの講釈を聞きつつ、俺は先行するお嬢の――リラの機体を追いかけて、白亜の渓谷を進む。脚部の補助推進器バーニアロケットを吹かして、月の兎が三段跳びをするような歩幅で飛び跳ねながら進む。プレイヤーの視点は、自分が操作している機体の後方に据えられていて、機体の背中越しに前方の景色を見ることになる。

 キャラクターの視点とプレイヤーの視点が完全一致する、いわゆる主観視点FPSよりも、やや広い範囲を画面に映して操作することができる。個人の好き好きはあるだろうけれど、俺はこの三人称視点TPSのほうがやりやすくて好きだ。さらに付け加えて言うなら、動作する身体と視点がより離れている三人称視点のほうが、酔いにくくて助かる。

 俗に言う映像酔い、3D酔いというやつだ。立体表現がこれだけ進化している現在でも――というより、ゲーム画面が実写に近づいたからこそ、視覚と平衡感覚の齟齬がより克明になっているのだろう。

 学生時代の友人にも、


「2Dのシューティングやアクションは好きだけど3D系は酔うから無理!」


 というやつがいた。

 何が言いたいのかというと、【FMA】の機体操作は無駄に写実的リアルなのだ。

 機体の前進は、先述したように大きな歩幅で跳ねるようにして行われる。そのとき視界は、跳躍と着地に合わせて上下するわけだが……それが酔うのだ。

 跳躍中の空気抵抗による微細な揺れから、ガコンと着地の大きな衝撃。その反動で、視界は前方へと大きく跳ねる。空気抵抗が画面を揺らして……と、移動中はこれが延々と続くのだ。 

 俺は慣れることができたけれど、この画面揺れでどうしても気持ち悪くなってプレイを断念したひとも少なくないのだとか。

 そしてさらに驚くべきは、琴子お嬢がこうも言っていたことだ。


「クローズβのときはもっと酷かったぞ。最前線で戦う兵士たちの過酷さを視覚以外でもリアルに表現したかったとかで、いまの倍……いや三倍は激しく揺れていたな。わたしも、あれはさすがに酔ったぞ。参加したテスター全員から苦情が来たという逸話も、どこかのインタビュー記事で読んだことがあったな」


 いまでも画面揺れがきついと言って敬遠する人がいるというのに、その三倍も激しく揺れていただと……?


「ちなみに、オープンβのときもいまの二倍は揺れが酷かったな。運営側……というよりプロデューサーはよっぽど、リアルな振動を売りにしたかったらしい」


 琴子お嬢は、ふいっと失笑して、


「リアルを追及すればするほど、我々ユーザーの求めるものから離れていく。我々ネトゲ民はゲームにリアルなぞ求めていないのだよ。プロデューサーはもっと覗き込むべきだな――我々ネトゲ廃人の深淵を!」

「……格好いい言い方をしてみても、大して格好いいこと言っていないぞ。それから、廃人基準でバランス調整するのは不毛だと思う。やつらはどんな面倒くさいコンテンツでも即日で食い尽くす蝗のような存在だ。そんなの基準にしたら、一般プレイヤーはドン引きで即引退だっつの」

「その意見には概ね同意だが、一点だけ訂正させてくれ」

「なんだ?」

「きみは自分が一般プレイヤーのように言っているが、それは違う。きみはこちら側の人間だ」

「こちら側?」

「ネトゲとリアルの境界線をネトゲ側に踏み越えた超越者、すなわち廃人だということよ」

「だから格好良く言っても、全然格好いいこと言ってないから! ……っていうか、俺も廃人か!?」

「当然だろう。FMA最長ログイン時間プレイヤーを自負するわたしの相方が、リアル捨てし者以外に務まるものかよ」

「くっ……反論できない……!」


 実際、俺は一日の大半を【FMA】にログインして過ごしている。これを廃人と言わずして、何を廃人と呼ぼうか。

 ……本当はとっくに分かっていたさ。自分がネトゲ廃人デビューしてしまったことくらい。ただ、認めたくなかっただけだ。


「おっと、こっちだ」


 琴子お嬢の声に合わせて、リラが、というかリラが搭乗する機体が進路を変えて、ごつごつした岸壁へと向かっていく。


「そこ、壁だよね?」

「一見するとただの壁だが、よく見ろ。周りとは岩肌の色が違うだろ」

「ん……?」


 そう言われてよくよく観察してみると、確かにそこだけちょっとばかり色が濃い。周りが褐色だとしたら、そこだけ茶褐色だ……って、そんなの正直、言われてやっと分かるかどうかという程度の違いだ。何も言われなかったら、モニターのせいだと思って意識せずに見過ごしていただろう。

 リラは茶褐色の岸壁に向かって進みながら、擲弾銃グレネードを茶褐色の岩肌に目がけてぶっ放した。

 岩肌にぶつかった擲弾が爆発。ごぉん、と爆音が響いて粉塵が舞い上がる。ついでに画面も震動する。その演出が晴れると、茶褐色の岩肌が崩れていて、岩壁には機体が通過できるほどの大きな穴が開いていた。


「なんと……」


 俺の呟きに、琴子お嬢が得意げに笑う。


「どうだ、分からなかっただろう? ここのショートカットを使わずに進むと、中ボス戦になってしまうから、ランクインはまず不可能になる。――どうだ、コースを知ることの重要性が理解できただろう?」

「……そうだね」


 とくに反論する意味もなく、さりとて大感激するほどのことでもなく……俺は淡泊な一言で返事した。それが、琴子お嬢にはお気に召さなかったらしい。


「なんだ、その返事は。気合が感じられないぞ?」

「いや、あんまり気合を入れていないし」

「なんだと!?」

「だって、いまはだらっとコースを流しているだけなんだろ。気合の入りようがない」

「わたしがコースを知ることの重要性を説いた直後に、その台詞か。挑戦的だな!?」

「そんなこと言われたって、この地形はすっごくやる気がなくなるんだよ。射線がさっぱり通らなすぎる!」


 入り組んだ渓谷のなかでは無用の長物でしかない狙撃銃が泣いている。この前作ったばかりの新品なのに、ここではその射程も精度も堪能できない。あ、泣いているのは俺か。


「というわけで、テンション上がらないんだよ。さっきから、まともに攻撃できてないし」

「ふむ……きみの差し当たっての課題はサブアームの調達か」

「サブアーム?」

「予備の武器だ。狙撃では微妙になる地形やミッションも多い――というか、狙撃の特性が活きる状況はかなり限定的だから、中距離以下で使える武器を早めに調達しておきたまえ」

「え、いま狙撃の存在意義が根底から否定されかかっている?」

「そこまでは言わんが、狙撃は色々と尖りすぎなのだ。活かせる場面では強いが、そうでない場面では、はっきり言って邪魔だ」

「邪魔まで言うか!」

「すまない、邪魔は言いすぎた。混戦中のところを背中から撃たれやしないかと不安で、いっそ何もしないでいてくれると助かるなと思ってる――に訂正させてくれ」

「具体的になった分だけ、より酷くなったね……」

「フレンドリーファイアの怖さは、後衛しかやったことのない者には分からんよ」


 琴子お嬢はそう言って冷笑する。過去にさんざん背中から打たれた経験があるのだろうか? ……きっと、あるのだろう。

 そんな取り留めのない話をしながらも、俺たちは壁面を破壊して作った抜け道を通って、渓谷をさらに進む。ここの敵は、渓谷の上からこちらの機体を目がけて急降下してくるというのが厄介だけど、強さ自体は大したことがない。自由落下してくる敵は足下の影に気をつければ回避可能だが、リラはまったく回避しないどころか、むしろ自分から影の下に駆け込んでいく。

 落ちてきた敵が、リラの機体周囲に展開された反撃結界リベンジフィールドにぶつかる。魔法陣が瞬間的に表示されるけれど、それは敵を弾き飛ばしたり、ダメージを軽減や反射したりするものではない。食らったダメージを相手にも与えるというものだ。防御的な効果は一切ない。

 反撃能力の付いた装備は普通、正面に立って戦う前衛タンクが敵の注意ヘイトを引きつけるために使う。

 敵は基本的に、自分にダメージを与えた相手を優先して攻撃対象にする。そのため、後衛が攻撃したらすぐに前衛も攻撃して、敵の注意が後衛に流れないようにしなければならない。というか、後衛のほうが前衛の呼吸に合わせて攻撃するように努めなければならない。でも、反撃効果が発動していれば、前衛は敵に叩かれているだけでヘイトを取り続けていられるため、ヘイト管理がかなり楽になるのだ。

 ところがリラは、反撃を主力武器の域にまで高めて運用していた。

 反撃ダメージの倍率は同能力のレベルによって上下するが、リラが使っているのはレベル九だ。装備に付与される特殊能力のレベル上限は十だが、攻略ウィキではレベル五が費用対効果の上限だとされている。レベル六以上に上げようとすると、莫大な費用と素材が電子の海に消えていくことになるという。だから、レベル九の能力付き装備といったら、サーバーにいくつもない逸品だ。それほどの代物だからこそ、普通ならヘイト管理、よくて補助のダメージ源がいいところという反撃能力を、急降下突撃してきた敵を反撃ダメージの一発だけで撃破してしまうような離れ業ができるのだ。

 もちろん、九レベルの反撃能力だからというのだけが理由ではない。それを最大限に活かすための機体構成アセンブルがあってこそだ。

 反撃の威力は食らったダメージから計算されるので、機体の防御力を上げてしまうと反撃ダメージも下がってしまう。だから、防御力は上げないで、その代わりに耐久力ヒットポイントを上げるパーツ構成にする。そして、ダメージを軽減したり、回避や無効化したりする特殊能力は外す。要するにノーガード戦法だ。食らったダメージは回復剤リペアをがぶ飲みすることで即回復させていく、お金を溶かして戦う戦法だ。こんな戦法を当たり前のように取れるのは、琴子お嬢のような血統書付きの廃課金戦士一流わんわんくらいなものだ。

 お嬢が常に持ち歩いている課金ガチャでしか手に入らないような高級回復剤を市場で売り捌いたら、俺の総資産を軽く四倍は上回ることだろう。

 それだけの大金を持っておきながら、俺にお金を貸し付けてきたり、高額装備を押しつけてきたりはしない。


「装備をじわじわ調えていくことは、ネトゲで得られる悦楽の八割だ。その悦びをきみから奪うことなんて、わたしにはできない!」


 ……とのことだった。

 でも、俺もその意見にはかなり同意だ。だから、お嬢が俺のペースを尊重してくれていることは素直に嬉しかった。

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