第1話 仕事内容:ネトゲのパートナー(経験者優遇・初心者応相談) その2

 俺のネットゲーム歴は、ざっと五年といったところだ。高校生になってすぐ、従兄のお下がりのパソコンで始めたのを皮切りに、大学時代も結構な頻度でプレイしていた。大学受験のときはネトゲ断ちをしていたのだけど、就活のときはなかなか上手くいかないストレスに負けて、わりと遊んでしまっていた。

 高校三年の一年間はまるまるネトゲに触っていなかったこともあり、ネトゲ歴五年の間をずっと同一のタイトルに費やしてきたわけではない。新作がサービス開始されるたび、取っ替え引っ替えに手を出してきた。ジャンルにもこだわりはなく、キャラクターを上空から見下ろす視点でマウスを使って移動するいわゆるクリックゲーも、主観視点や背中越し視点のキャラクターをWASDキーで移動させるFPSやTPSも、一通りのものは触ってきた。

 カードゲームやテーブルゲームの類も遊んでみたことはあるけれど、そちら方面はどうも俺が求めているものと違っているようだった。

 さて……求人先が指定してきたタイトル【フルメタルエンジェル】は、遠未来を舞台にしたTPSだ。

 ――ときは宇宙開拓時代。

 宇宙より飛来した生命体【天使】を増殖、改造して、宇宙船を造り上げる。増えすぎた人類はいくつかの船団に別れ、新天地を求めて散り散りに旅だった。そのひとつである船団【天津】は、入植可能ないくつもの惑星と巡り会う。しかし、その宙域には異形の先住生物が棲みついていた。【天津】首脳部はその生物を【黄泉戦】と呼称し、居住惑星を手に入れるための戦争を宣言した。

 プレイヤーは船団【天津】に所属する戦闘機乗りとなり、人型戦闘機すなわちロボットを駆って、異形の宇宙生物と戦ったり、未知なる惑星を探検したりする――。

 以上が公式サイトで確認できた【フルメタルエンジェル】、略称【FMA】の大まかな世界観だった。公開されているイメージ画像や宣伝動画PVも観てみたけれど、なかなかにハードなSFものみたいだ……と思いながらキャラクター紹介ページへのリンクをクリックしたら、胸部のどーんっと特盛りな美少女キャラばかりが、ずらーっと並んで表示された。

 【FMA】はハードSF的な世界観に反して、登場する主要キャラNPCは萌え系路線を踏襲していた。

 あ……うん。なんだか安心してしまった。

 欧米製のゲーム、いわゆる洋ゲーのノリも嫌いじゃないけれど、俺がもっとも慣れ親しんでいるのは、日本・韓国・台湾あたりが原産の、可愛くて巨乳でボディラインがくっきり浮き出たスーツ姿の美少女キャラが満載の、男性ユーザーを釣ろうという魂胆が丸見えのあざとい系もとい萌え系ネットゲームなのだ。

 パソコン用ネトゲ同士での競争のみならず、スマホで遊べるいわゆるソーシャルゲーという新勢力まで跋扈しているネトゲ群雄割拠時代の昨今、少しでも多くのユーザーに訴求するためには、マニアックなハードSF路線を突っ走るよりも、広告にも使いやすい萌え路線キャラを多数取り揃えておいたほうが安全だという運営的判断があったのだろう。

 でも、【FMA】のプレイ動画を検索してみると、ゲームプレイ中の画面にずっと映っているのは、そうした人間キャラではなく、人型戦闘機【エクシア】の後ろ姿のようだった。

 プレイヤーに対して自キャラがほとんど後ろ姿しか見せてくれないというのは、三人称視点のシューティングゲーム、いわゆるTPSの特徴というか宿命だ。TPSの評価は、フィールドを走りまわる自キャラの尻具合で決まると言っても過言ではないのだ。

 その点において【FMA】は、これが意外と悪くなかった。

 人型戦闘機【エクシア】はロボットというほど機械的ではなく、もっと生物的なデザインをしている。【エクシア】の姿は部品や外殻の組み合わせによって大分変わってくるけれど、有機的で艶美な曲線と厳つい機械的パーツとの対比が生み出すシルエットはどれも官能美に溢れていた。

 公式サイトやプレイ動画を見ているうちに、早く自分でプレイしたくなってきた。ネトゲの常で、プログラムのインストールが終了しても、初回起動時はアップデートにものすごく時間がかかる。アップデートが始まったときは「完了まで後六十分」と出ていたけれど、そろそろ一時間経ったよな……と思ってダイアログを確認してみたら、


「完了まで後百十分」


 なぜか増えていた。約二倍に増えていた。



 結局、アップデートが完了したのは二十二時だった。先方が指定してきた待ち合わせの時刻はなんと二十三時だから、まだ一時間はある。これだけの猶予があれば、ゲーム中の操作を一通り身に着けておくこともできるだろう。

 ――甘かった。

 ゲーム本編のプレイ動画ばかり見ていたから、【FMA】はキャラクター作成にも幅があることに気づいていなかった。戦闘や探索ミッション中はずっと【エクシア】に乗っているから、自キャラの姿を堪能する機会はそうそう無いだろうに。

 ここはとりあえず初期設定デフォルトのまま作成して面接に臨み、いざ本当にプレイする運びになったら、そのときに改めてキャラクターを作り込めばいいか――と考えたのも束の間、初期設定そのままのキャラで面接に臨むのもいかがなものか、と思い直した。それで本腰を入れてキャラ作成に取りかかってみたら、これがなかなか難産だった。

 ネトゲのキャラ作成は何度もやったことがあった。【FMA】のように顔のパーツを細かく設定できるものにも触ったことがある。目鼻立ちのバランスや頭部と身体のバランスについても、デッサンの構図を紹介するサイトで何度も予習したことがあるから、ばっちりだった。

 いや、少し訂正。ばっちりのはずだった。

 目鼻に唇、眉に耳。顎の形に頬の膨らみ具合まで、自分では完璧な比率で配置したつもりなのに、目と閉じて三秒数えてから開けてみると、どこか不安にさせる顔に見えてくるのだ。

 数値の微調整と長い瞬きを何度か繰り返していくうちに、不安定で違和感のある顔に見える理由が明確になってきた。

 目だ。それと顎だ。目を現実よりも大きく、頬から顎への曲線を現実よりも鋭く調整しているのに目鼻唇の比率は現実的な黄金比に即しているから、なんだかおかしなことになってしまっているのだ。

 目を小さめに、顎を丸めに……と調整していったら、三度見つめ直しても違和感なく見える顔立ちに整えることができた。


「……って、これ、最初とあんまり変わってねえ」


 出来上がったキャラは、初期設定と大して代わり映えのしていないものだった。そのうえ、顔にばかりこだわってしまったせいで、体型に凝る時間もなくなってしまっていた。顔が初期設定とあまり変わっていない分、体型がそのままでも違和感はなかったのは不幸中の幸いと言うべきなのか。

 ともかく、二十三時までもう十分ほどしか残っていない。新規プレイ開始時に特有のチュートリアルが始まってしまう可能性を考慮すると、もう時間ギリギリだ。というか、五分前行動、十分前行動が基本の時点でもうアウトだ。

 ここで不意打ち。キャラ作成はまだ終わっていなかった。キャラクター名を決定しないといけないのだった。


「やばい……!」


 これまたネトゲの常というやつで、サービス開始当日でもないかぎり、ぱっと思いつく名前は既に他の誰かが使っているものなのだ。

 大抵のネトゲは、同一サーバー内では他人のキャラと同名にすることができない。つまり、既に使われている名前を名付けることはできない仕様になっている。

 よくある名前、既存のアニメや漫画、神話の登場人物、有名人の名前、花や食べ物の名前、地名、国名等々――ぱっと思いつく名前や名前っぽい単語は大抵、もう使われていて使用不可能になっているのだ。

 解決方法としては、使いたい名前の前後に「.」や「†」といった記号を付け足すというのが一般的だけど、俺はあまり好きではない。この方法を取った場合、どこかに記号の付いていない同名のキャラがいることになって、余計な記号の付いているこちらのほうが偽物っぽい気がしてしまうからだ。

 とはいえ、今回にかぎっては本気で時間がなさすぎる。一度だけ名前を入力してみて通らなかったら、コロンでもカンマでもチルダでも付け足しまくってやれ! ……そう思って入力した名前は、あっさり承認された。

 ハルマサ。

 俺の本名は晴永はれなが正春まさはるというが、名前のほうの上下をくるっと入れ替えただけのものだ。こんな適当なのがまさか一発で通るとは思わず、パソコンの前で「へっ」と口を開けてしまった。いや、このくらい適当だからこそ良かったのか……。

 ともかく、キャラクター作成は今度こそ全て完了した。ログインボタンをクリックすると、いま作ったばかりのキャラクター「ハルマサ」が格好いいポーズを取って、画面が暗転する。ロード中を示す画面に切り替わって少し待つと、暗い宇宙のなかを亀や魚のような形状をした宇宙船が群れを成して航行している動画が始まった。ゲーム開始時に特有のイベントムービーだ。

 キーボードとマウスをかちゃかちゃしてみると、マウスの右クリックで「イベントをスキップしますか?」と訊ねてくるダイアログが表示された。俺は迷わず、「はい」をクリックした。

 ムービーが終わった後も、チュートリアルを同じようにして飛ばす。おかげで世界観に馴染むことはできなかったけれど、自キャラを操作できるところまで一分未満で漕ぎつけられた。

 俺の自キャラPCが降り立ったのは、広々とした体育館のような構内だ。世界観からして、宇宙船の艦内だろう。


「えっと、待ち合わせの場所は……」


 俺はスマホを弄って、さきほど返信されたメールを呼び出した。文面の中で指定されている待ち合わせ場所は『船室ID:KOTOKO、入室キー:5105』だったが……はて、これは何の暗号だ? 船室というからには艦内のどこかにあるのだろうけれど、ここからどう移動したらいいんだ? というかその前に、ここはそもそも艦内のどこなのだ?


「いや、落ち着け――」


 俺はひとつ大きく深呼吸して、キーボードのMを叩いてみた。すると果たして、画面上に大きく艦内地図が表示された。

 ほら、ビンゴだ。初期設定で割り当てられているキー配置のいくつかは、どのネトゲでもだいたい共通しているものなのだ。Iはアイテム管理インベントリ、Bは無視対象管理ブラックリスト、Mは地図マップというように。

 マップにはこの階層だけでなく、マウスのホイールを上下にぐりぐり回すのに合せて別階層を表示させることもできるようになっていた。また、マップ中の記号に矢印ポインタを持っていくと、施設名が吹き出し表示ポップアップされるようにもなっていた。おかげで船室がどこにあるのかも分かった。というか、地図上の船室をクリックしたら、船室IDと入室キーを入力するダイアログが表示されて、そこにメール記載の文字列と数列を打ち込んだら画面がロード中画面に切り替わる。

 ロードが終わると、そこは金属的メタリックな内装の部屋だった。高級ホテルのスイートルームくらい広々とした部屋で、船室という単語から連想される狭苦しさとはかけ離れている。ゲームには空間的な制約がないから、プレイヤー個人に与えられる私室がだだっ広いというのはよくあることだ。

 飛び込んだ船室の内観を確かめられたのも、そこまでだった。

 俺の――ハルマサの正面にあるソファセットには、この部屋の主なのだろう女性キャラが脚を組んで座っていた。

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