第3話 二周年記念一大チャンピオンシップ三連弾 その10
【FMA】の二周年イベント、その名も『二周年記念一大チャンピオンシップ三連弾!!』の目玉企画である『最強チーム決定戦』の本戦、つまり最終戦がいよいよ今日、あと十分後に開催されようとしている。
「いよいよだな」
琴子お嬢が音声チャットで話しかけてくる。興奮を隠しきれていない声音だ。
「だな」
短く返した俺の返事も、興奮と緊張で少し掠れていた。
【FMA】のなかの俺たち――ハルマサとリラは、『最強チーム決定戦』本戦の舞台である特設フィールドの端に立っていた。正面には光の帯が張られていて、定刻になるまで先へ行けないようになっている。これがスタートラインだ。
俺たちの横にも他に六人一組のチームが九組、合計五十四名のキャラクターが三列横隊で並んでいる。
整列しているなかには、アガートラームさんの姿もあった。このひとの機体は一目で見分けがつく。でも一番の注目を集めているのは、予選を四位通過したチームだろう。予選では十以内をキープするだけで目立った動きをしていなかったけれど、そのチームを率いているプレイヤー・ランドルフの機体は、この
スタート時刻までにはまだ若干の間がある。
「ハルマサ、トイレはいまのうちに済ませておけよ」
「大丈夫だ、ペットボトルを用意した」
「む、男の場合はそれでいけるのか。便利でいいな」
「いや、冗談だから……」
どうでもいいことを音声チャットで話していた俺たちの耳に――ではなく、目に、範囲チャットの白い文字が飛び込んできた。
『我が宿敵よ、久しいな。この祭典の地にて再び見えたことを喜ぼう。そして謝ろう。悪いが、勝つのは己たちだ。悪く思うなよ』
当然と言うべきか、アガートラームさんの発言だった。
何が凄いって、スタート前の緊迫した雰囲気の中で、しかも周囲の全員に見える範囲チャットで堂々と中二全開の台詞を言い放ったことだ。悪いと思っていいのかいないのか分からないところも地味にポイントが高い。
だがしかし、そういう方向性での凄さでなら、うちのお嬢も人後に落ちない。
『なに、貴様が謝ることはない。勝負は須く、時の運。勝つ日もあれば負ける日もある。ゆえに、今宵わたしたちが勝つのは、おまえたちが弱いからではない。ただ、日が悪かったというだけだ。謝ることではないさ』
長文チャットをすらすらと打ち込み、謙虚な勝利宣言を言い返してみせた。
『ほう……仲間も集めずにたった二人でのエントリーとは、端から勝つ気がないのではないかと危惧していたが、どうやら杞憂だったようだ。それでこそ、我が宿敵だ』
きっと宿敵には“とも”とルビが振ってあるのだろう。
ところで、アガートラームさんの背後には彼の仲間も侍っているわけだが、リーダーなのだろう彼の言動に何の反応も示していない。チーム内チャットでは、恥ずかしいから止めてくださいと懇願しているのかもしれないが。……いや、それもたぶん、ないな。俺がそうなのと同じで、彼らはそういう人種なのだから仕方ないのだ、と諦めているのだろう。
でも、他のチームのひとたちはどうだ? 自分たちを無視するように勝利宣言し合っているお嬢とアガートラームさんに敵意を抱いたりはしていないか? ただでさえ悪目立ちしている自覚はあるのだから、もう少し大人しくしていてくれても……って、いまさらか。
この期に及んで少しくらい自重したところで、いまさら評価が変わるわけもなし。だったら、好きにやって目立ちまくれていい。むしろ、そのほうがこっちも気合いが入る。なんたって、いまからここにいる全員を二人で倒すんだからな!
『おまえら、調子に乗るな!!』
その白い表示の発言は、スタートラインに並ぶ集団の中から飛び出してきた。予選の成績は総合四位ながら、本戦レースの本命に目されているチーム――最強プレイヤー・ランドルフが率いるチームの一人が言ったのだった。
『勝つのはうちに決まってるだろ。ランドルフさんに勝てるとか、中二やチートが夢見てんじゃねえ!!』
直後、一瞬の沈黙。そして、
『中二とは誰のことだ? いやむしろどういう意味だ中二とは聞いたことがないから己には分からないな』
『ほう、おまえの田舎では公式が販売する課金アイテムを購入および利用することをチートと呼ぶのか。きっと通貨の概念がないド田舎なのなだなよくネットがつながっているな』
リラとアガートラーム、怒濤の反論だった。
これには、相手もモニターの向こうで顔を真っ赤にして反論してくるだろう――と思ったのだけど、相手は黙ったままだった。
自分から喧嘩を売ってきたのに、反論されて怖じ気づいたのか? なんというヘタレか!
しかし驚いたことに、黙っているヘタレの代わりになんと、ランドルフそのひとが発言した。
『仲間の暴言、申し訳ない』
ただの一言だったけれど、有無を言わせぬ迫力があった。チャットの文字のどこに、そんな情報量が含まれているというのか。ヘタレが黙ったのも、ヘタレだったからではなく、彼にチームチャットで窘められたからなのだろう。
お嬢たち二人も不可視の雰囲気に気圧されたのか、
『いや、スタート前だ。己も言ったし、お互い様だろう』
『わたしも少しナーバスになっていたようだな。失敬した』
なんとびっくり、自分にも非があったと認めてしまった。
それに対してランドルフは、もう一言も発さなかった。
訪れる沈黙。そして、その沈黙を誰も破ろうとしないまま、スタート開始直前の合図が鳴った。
開始五分前を告げる黄色い太文字のアナウンスが、ゲーム画面の上方を流れていく。
「ハルマサ、最終確認だ」
「うん」
「予想通り、わたしたちは一番外側からのスタートになった。このまま第一コーナーに進入すると、大外をまわらされてしまう。それだけでなく、コーナー外縁から降ってくる雑魚の相手も押しつけられてしまうだろう。そこで、どうせ普通に行っても足止め必死なら、思い切ってスタートを遅らせ、最内に切り込む」
「うん」
「それでも良くて七位浮上くらいだろう。そこから先も、作戦通りにコースを進めたとしても、中段を維持できれば御の字。一位は望むべくもないだろう」
「……うん」
「だが、わたしたちが狙うのはあくまでも一位でのフィニッシュだ。そのための秘策、間違いなく覚えているだろうな?」
「もちろん。夢に見るくらいやったからね」
俺が冗談めかして言うと、イヤホンの向こうで琴子お嬢も不敵に笑う。
「わたしもだ。……色々あって練習時間はあまり取れなかったが、その分、密度の高い練習ができた。だから必ず、上手くいく。そうだよな?」
「うん!」
「ありがとう、いい返事だ。おかげでわたしも気合が入ったよ」
琴子お嬢の微笑が俺の耳をくすぐったところで、スタート一分前のアナウンスが画面上方を流れていく。続いて画面中央に、五十九の表示。最後の六十秒はカウントダウン付きだ。
カウント三十。
「焦って飛び出すなよ」
「分かってる。一呼吸遅れて最内に、だろ」
「うむ」
カウント十を切った。九、八……。
「……!」
もう言葉はない。歯の隙間から熱い呼吸が漏れ出すのみだ。
カウント三。二、一――
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