第3話 二周年記念一大チャンピオンシップ三連弾 その11
高らかな号砲が鳴り響き、光の帯が消える。横並びの十組が一斉に飛び出した。
いや、俺たちだけが呼吸ひとつ分だけ出遅れた。予定通りだ。そのまま最内へと切り込み、スタート早々の第一コーナーへと進入する。
練習コースでさんざん体験した通りのタイミングで、コーナー外側の壁から雑魚の集団が降ってくる。最初に接触するのは、大外からコーナーに入ったチームだ。
彼らも雑魚の襲来は分かっていたから、隊列を乱すことなく素早く射撃で対応。雑魚はコース上に着地することすらできずに撃破された。大した足止めにはならなかったけれど、それでも攻撃したチームは若干の減速を免れず、およそコンマ八秒の遅れで第一コーナーに入った。
一方で、俺たちも先行チームからの攻撃を受けていた。このレース中、プレイヤー間での攻撃によるダメージなどの効果は発生しないが、それ以外の効果は発揮される。だから、先行チームが足下に転がしていった煙幕擲弾の爆発による煙幕が発生しても、ハルマサとリラは命中率低下の効果は受けない。だけど、俺と琴子お嬢は予想外のダメージを受けていた。
「おおっ……!?」
煙幕弾が爆発したときの
でも、
「余裕!」
琴子お嬢が笑って吠える。俺もきっと同じ笑いをマイクにぶつけていた。
俺たちが本気でコース練習を始めたのは、ここにいる十チームのどこよりも遅かっただろう。だけど、握手を交わした日の翌日から今日まで、俺たちは一度も【FMA】をログアウトしていない。練習時間なら、十チームのどこよりも長いという自負がある。とくにスタートから第一コーナーを抜けるまでなんて何百回と繰り返した。目を瞑ってだって走れる自信がある。一瞬の煙幕くらいでは動揺するにも至らない。ただちょっと笑ってしまっただけだ。
俺とお嬢は――ハルマサとリラは黒煙を突っ切り、コーナー内縁を減速なしで縁取りする完璧なコーナリングを決めた。
そこからの短い直線を駆け引きしながら突っ切り、第二コーナーに突入。そこまでは二人でも戦えたけれど、続く関門である障壁突破のギミックで十位に後退させられてしまった。
コースを塞いでる巨大な障壁には、扉を固く閉ざした十個の門が造られている。門を開けるには、それぞれの門に対応した二つのレバーを誤差一秒内で同時操作しなくてはならない。自分たちが開けた門を他チームが通り抜けることはできないようになっているけれど、レバー操作で開いてから十秒でまた閉じてしまうようにもなっている。
また、障壁の周辺にはアルマジロのような雑魚が無限沸きしているのだが、この敵は攻撃を受けると身体を丸くして吹っ飛び、
関門前の広場はたちまち乱戦になる。すんなりと抜けていったのは、一位でこの関門に入ってきたチームだけだ。一糸乱れぬ動きで三名ずつに分かれて、わずかに遅れてやってきた二位以下の集団に付け入る隙を与える間もなく、開門した門を六名揃って通過していったのだった。
なお、もしもチームのうち一人だけが取り残されてしまった場合、再びレバーを操作して開門させることは、たぶん不可能だ。
有志が検証したところによれば、レバー同時操作のフラグを立てられるのは同チームの者が操作した場合だけらしいし、俺たちも単独でこの関門を突破する方法は見つけられなかった。
二人以上でないと突破できないギミックがこの先にもある以上、二人チームの俺たちはここで一方を置いてけぼりにしてしまうわけにはいかない――その意識が強すぎて、足並みを揃えることにばかり注意がいってしまった結果、最後尾での関門通過になってしまったのだった。
この関門での脱落者は出なかったが、レースは大きく動いた。一位が独走態勢になり、二位から九位が数珠つながり。しばしの間を空けて最下位の俺たち――という展開になった。
直線を進みながら、一秒だけ全体地図を画面中央に大写しさせて、このフィールドにいる全キャラクターの位置を確かめる。二位から九位は固まりすぎていてよく分からないけれど、二位以下と一位チームの差が縮まっていないことは一目で分かった。だけど位置的に、一位チームはもう少しでこのコース中盤の難関に差し掛かる。いくらなんでも、そこで多少の足止めを食らうはずだ。そこへ二位以下集団が飛び込んでいけば、もう一度の乱戦を期待できる。全員の足が鈍れば、俺たちにも勝機が見えてくる!
乱戦は起きなかった。どういうことか詳しくは分からないけれど、少しした後にもう一度地図を確認したら、一位と二位が集団を三位以下集団から抜け出していた。一位チームと二位チームが手を組んだのか!?
ともかく、一位チームは期待するほど足止めされなかった。でも、まだ勝機はある。一筋の光が、俺には見える!
俺たち二人は集団に遅れて、障害の待ち受ける広場に駆け込む。九位チームが仲間一人を犠牲にしながら向こう側の出口に到達したのと、ちょうど入れ違いだった。
この広場で待ち受けている関門は、
こちらの人型戦闘機より三倍はあるような鉄仮面の巨人が三体、闊歩していた。三体とも、右手にはその巨体に相応しい大きさのハンマーを携えている。
こいつらはとある高難度任務に出てくるボス敵で、動きこそ愚鈍だが、耐久力、攻撃力、攻撃範囲の三要素がずば抜けている。一般的な対処法は、距離を保っての射撃で削りきることだが……ここで重要なのは、こいつらを倒すことではない。攻撃の継ぎ目を縫って、素早く広間奥の出口から脱出することだ。そのために仲間一人を囮にすることもやむなしなのだ。
――というのは一般的な解答だ。でも俺たちが狙うのは、そんな模範解答ではない。一発逆転の答えだ。
「いくぞ、ハルマサ。特訓を思い出せ!」
「分かってる。そっちもミスるな!」
巨人の攻撃が来る。上段からハンマーで叩きつける一撃だ。
違う、この攻撃ではない。
俺はキーボード上で指を踊らせて、巨人の一撃を躱す。
「油断するな!」
琴子お嬢に言われるまでもない。バケツのような鉄仮面を被った巨人は三体もいるのだ。一体ずつの動きは鈍くても、三体もいると攻撃の継ぎ目なんかほとんど見つけられない。頭上から叩きつけられる一撃を避けたところに、横殴りの一撃が飛んでくる――全てを避けることはできず、いくつかは防御するしかなかった。
防御することでダメージは軽減できるが、ハンマー攻撃の特性である吹き飛ばし効果で機体がわずかに浮かされる。浮いている最中は移動が制限されるから、そこに攻撃されたらまた防御しないといけなくなる――防御しても少なからずダメージを受ける以上、このままではいずれ耐久値を削りきられてしまう。
だけど、焦ってはいけない。タイミングは必ず来るはずだ。
「――来た!」
巨人の一体がハンマーを両手で握って、ちょうどゴルフをするように高々と振りかぶった。鉄仮面の巨人【クルティオス】の必殺攻撃だ。これこそが、俺たちの待ち望んでいた攻撃だった。
「そっちは!?」
「いつでも!」
琴子お嬢の返事と同時に、巨人の必殺ゴルフスイングが唸りを上げた。
俺はその攻撃を、防御しないでまともに食らった。耐久値を示すバーがごっそりと減る。練習で何度も試していたからギリギリ耐えられるとは思っていたけれど、本当にギリギリだった。
強烈な一撃をまともに受けた俺の機体は、これまたちょうどゴルフボールのように吹っ飛んだ。【クルティオス】がゴルフの構えから放つ一撃には、最大級の吹き飛ばし効果が付いているのだ。
このまま吹き飛べば、俺の機体は壁に当たって追加ダメージを食らうだろう。でも、そうなるよりも前に、俺の機体はリラの機体と激突した。放物線の軌跡を描いて飛んでいた俺の進路上に、リラが跳び上がって割り込んできたのだった。
ちょうどビリヤードのボール同士がぶつかったときのように、俺はわずかに跳ね返され、リラは俺がそれまで飛んでいた方向へと飛ばされていく。吹き飛ばし効果を受けている最中に仲間とぶつかると、こういうふうに仲間も吹き飛ばしてしまう仕様なのだ。
これがゴルフでもビリヤードでもナイスショットと声をかけたくなるような勢いで、リラの機体は飛んでいく。そして壁の高いところにぶつかり――そのまま壁を擦り抜けて、さらに向こうへ飛んでいった。
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