第3話 二周年記念一大チャンピオンシップ三連弾 その12
このコースは『最強チーム決定戦』本戦のためだけに作られた特設フィールドだ。しかも、さまざまなギミックが詰め込まれている。敵の出現タイミングも絶妙で、制作者のこだわりが感じられる。だからこそ、普通ならPCもMOBも触れることのない部分についての作り込みが甘くなってしまったのだろう。
この広場を囲んでいる壁は、他の場所の壁よりも高い。それは、巨大さが魅力でもある大型エネミー【クルティオス】を登場させるためだ。だけど、そのために高さを水増しさせた部分の壁にはなんと、
……俺が思うに、制作者はとりあえず必要な高さが分かるように
これが制作者の意図していなかったバグなのか、バグのような仕様なのかはプレイヤーに判断できることではない。ただとにかく、俺とお嬢は文字通りの意味で寝食を惜しんで特訓していた最中、この秘密に気がついた。そして、本番でも成功できるようにさらなる特訓を重ねた――だからこそ、いま見事に成功させられたのだ。
これはバグ利用かもしれないし、そうでなくても仕様の穴を突いた姑息な手段かもしれない。でも、これだけははっきりと言える。
この壁抜けショートカットは、特訓なくして再現できるものではない。本番で狙って成功させられたのは、俺とお嬢が
リラと空中衝突した際のダメージで、俺の機体は耐久値がゼロになる。その場に落ちた機体は膝から崩れ落ちるようにして機能停止した。普通のフィールドでなら、この場で留まって助けを待つか、フィールド内の開始地点あるいは
待機所はゴール地点からさらに進んだところにあった。ここからだとコースの状況を窺うことはできないけれど、すぐそこに設置されている大型モニターに照準を合わせると、コース内を自由に見られるモードに画面が切り替わった。視点だけをコース内に飛ばしたような感じだ。
早速、視点を走らせて、リラがどうなったかを確かめにいった。
広場の壁を擦り抜けたリラは、コース外の上空に大きな弧を描きながら飛んでいって、進路上に聳える壁と接触。その壁も擦り抜けて、コース内に復帰しているはずだ。
果たしてリラは想定通り、曲がりくねったコースの大半を素っ飛ばした先の、最後の難関が待ち受ける広場に着地していた。
広場にはリラの他に、二組のチームがいた。一位と二位のチームに間違いあるまい。
ひとつ驚いたのは、一方のチームに見覚えのある人物がいたことだ。右腕の肘から先が銀色の大剣になっている黒騎士、アガートラームさんだ。去年はお嬢と争ったというだけあって、今年もしっかり優勝争いに残っていたわけだ。
もう一方のチームは、件の最強プレイヤー・ランドルフが率いているチームだ。こちらは下馬評通りだから、とくに驚きはなかった。
なお、両チームとも人数が三人に減っている。ここまでの妨害エネミーやギミックを効率的に乗り越えるため、三人を捨て駒にしてきたのだろう――いや、ここは敢えてこう言おう。
脱落した三人は、
「ここは俺が引き受ける! おまえたちは先に行け!」
という男の浪漫を喜んで実行したのだ、と。
それはともかく、最後の広間にいる人型戦闘機の数は七機。四位以下のチームはまだ来ていない。道中の障害で引っかかっているのでなければ、足の引っ張り合いをしているのだろう。だけど、追いついてくるのは時間の問題だ。
琴子お嬢だってそんなことは分かっているから、この広場を一刻も早く突破しようとしていた。だが――
「……まさか、ここで新ボスお披露目とは!」
琴子お嬢がイヤホンの向こうで呻いている。
広場でリラたちを待ち構えていたのは、見たこともない超大型エネミーだった。
この最終関門についてだけはずっと未公開で、練習コースでもこの広場はだだっ広いだけだった。ただ、途中の巨人三体が控えている広場と同じく、上のほうが擦り抜けられるようになっている高さの壁で囲まれていたため、巨人並に大きな敵が出てくるのだろうと予想はしていた。予想外だったのは、出てきた敵がまったくの新規エネミーだったことだ。
……新規の敵というのを別にしても、その敵の姿は異様で圧巻だった。
広場の床一面、壁一面に張り巡らされている無数の触手。ぬらぬらと不気味に艶めく黒い触手。蛸に見えたが、むしろ触手で編んだ蜘蛛の巣だ。そして、その中心にあるのは人型戦闘機よりも巨大な一つ眼だ。瞼が八割ほど閉じられていて、白目がうっすら見えている。微睡んでいるような目つきだった。
巨大な単眼と、睫毛の代わりに伸びた無数の触手――それがこの広場に巣くっている最後の障害だった。照準を合わせることで表示された名前は【夢見るシアエガ】だった。
「これは……本当に突破できるのか……?」
琴子お嬢が呻いている。
広場にいる七名はただ呆然とシアエガを眺めていたわけではない。すぐさま行動を始めていた。
一位チームも二位チームも、シアエガを倒すことは最初から考えず、張り巡らされた触手を突き破って広場を突破しようとした。シアエガの目玉は寝惚けているような見た目のままだったが、機体が近づいた途端、何本かの触手が鞭のように撓って攻撃してきた。さすがに上位チームだけあって、両チームとも素早い機体操作で触手を避けてみせたけれど、足は止められてしまった。
人型戦闘機が突破を一時断念して距離を取ると、触手も深追いせずに戻っていく。いまのは無意識に防衛本能が働いただけで、積極的に攻撃する意思はない――とでも言うかのような態度だ。
向こうから攻撃してくるなら、その隙を突いて懐に潜り込み、背後へと突破することができたかもしれない。でも、待ちに徹されてはそれも難しい。まったくの新規エネミーだから行動パターンも分からない。時間をかければ、行動パターンを見極めた上で隙を作ることもできるだろうが、いまそんな時間はない。四位以下チームまで入ってきての混戦になると、出し抜かれる危険が高くなる。ここは強行突破するべき場面だ!
お嬢以外の二チームもそう判断したようで、それぞれアガートラームさんとランドルフの機体を真ん中にした密集隊形を作って、無数の触手が渦巻くなかへと突っ込んでいく。
「っ……南無三!」
琴子お嬢も遅れて飛び出す。リラには盾になってくれる味方がいないからこそ、他の二チームに攻撃が分散されるこの好機をおいて他に強行突破の機会はない。それに、ここを突破すれば、あとはもうゴールラインに飛び込むだけだ。挽回の機会はあるまい。だから、ここで後れを取るわけにはいかなかった。
「琴子、頑張れ!」
俺にはマイクを通して声援を送ることしかできない。それが歯痒くて仕方なかった。
触手の攻撃はシアエガに近づけば近づくほど、激しさを増していく。どの機体も移動速度を上げるために軽装備だったから、盾はない。だから、左右の二機が自分自身を盾にして中央のリーダーを守りながら突き進む。
最初に耐久を削り取られて大破したのは、アガートラームさんを守っていた二機だ。これはもう運が悪かったとしか言いようがない。続いて、ランドルフ機の左右を固めていた二機の機体も落ちていく。リラの機体が味方の盾もなしにまだ生き残っているのは、図らずも先行した二チームが傘になってくれたからだった。
でも、触手の攻撃範囲に残された機体が三機になったことで、その傘もなくなった。リラを標的にする触手の数も相対的に数を増す。リラに当たった触手のいくつかは反撃効果を食らって千切れ飛ぶけれど、触手は後から後から襲ってくるから意味がない。
「このままじゃ……」
俺は堪らず、心配を口にしてしまう。このままではリラだけでなく、アガートラームさんもランドルフも共倒れだ。
「――来た! これを待ってた!」
琴子お嬢が快哉を上げた。
リラの機体が赤黒い燐光に包まれる。リミットブレイク【餓狼の暴食】が発動したのだ。盾になる味方なしに触手の攻撃を受け続けたことで、一定量以上の蓄積ダメージという条件が満たされたのだった。
【餓狼の暴食】が発動したことで、触手に反撃ダメージを与えた分だけ自機の耐久値が回復していく。
「これなら……行ける! 行け!」
俺の声援にも気合が入る。
「うむ、見てろ!」
お嬢もやる気だ。
だがしかし、他の二人もこのまま触手の巣窟に呑まれていくほど甘くはなかった。
アガートラームが右腕の大剣を突き出したスーパーマンの水平飛行姿勢になって錐揉み回転。全身を一本のドリルと化して、犇めく触手を引き千切りながら
ランドルフの所有する最強装備【天羅真眼冠】と【天錫雷火】が、一日に十三秒間しか発動できない秘められた能力を解放。天力の瞬間回復効果と、天撃スキル特有の詠唱を省略できる効果が発揮され、恐ろしいまでの相乗効果を生む。無詠唱で連打される全方位への強力な放電で、近づく触手を触れる前に焼き尽くしながら前進する。
三機の人型戦闘機がそれぞれのとっておきで触手の巣窟を――シアエガの胎内を突っ切って、その奥にある最後の直線を目指す。
最初に広間を抜け出して直線に躍り出たのは、アガートラームさんの機体だ。移動を伴う大剣技【ドリルクラッシャー】は直進しかできないものの、普通に前進するよりも速い。シアエガの攻撃範囲を抜けたところで天力が空になったようで姿勢が戻ったけれど、それで十分だ。
一秒遅れでランドルフ機が、さらにぴたりと追随してリラ機が直線に飛び出す。もう障害はない。このままの順番で決まってしまうのか、と思ったのも束の間、アガートラーム機とそれを追う二機の差がぐんぐん縮まっていく。
「どうして……あっ」
俺はすぐに思い至った。
アガートラーム機は黒い甲冑に銀色の大剣を装備している。それらは彼のトレードマークだが、たぶん見た目通りに重量級の装備なのだ。機体重量は移動速度に多少の影響を及ぼす。それを解消するための特殊能力もあるが、天力が一定割合以上でないと効果が発揮されなかったはずだ。天力は攻撃しないでいれば少しずつ自然回復するけれど、ゴールラインはもうすぐそこだ。回復は間に合わないだろう。
「うぬぬぬぬううぅッ!!」
イヤホンから琴子お嬢の悲鳴とも唸りともつかない声がする。気がついたら俺も一緒に吠えていた。
「いけええぇ!! 差せえぇ! 捲れええぇッ!!」
「ぐにゅうううぅ――ッ!!」
距離が詰まっていく。ゴールラインである青い光の帯もすぐそこだけど、このままでいけば、ぎりぎりでアガートラーム機を追い抜ける。でも、ランドルフ機は? リラ機とランドルフ機の直進速度は同じだ。機体ひとつ分を先行しているランドルフ機に追いつく方法は……ない! でも――!
「絶対! 絶対抜く! 一位に……! わたしが一位だあッ!!」
「そうだ! 行けぇ! 勝てえぇッ!!」
俺たちは諦めていない。
絶対に好機が来ると確信している。理由なんてないけれど、絶対に勝てる。少しでもそれを疑えば負ける……負けない! 【FMA】で一番なのは琴子お嬢だ!
――そのとき、状況が動いた。
三機は団子のように連なって走っていた。前を走る者が追いすがる者の頭を塞ぐように位置取りした結果だ。
きっと、いままさに自分を追い抜かんとするランドルフ機の鼻息が、アガートラームさんの指先を刺激したのだろう。ランドルフ機がアガートラーム機を抜こうとして右側に機体を振ったのとどんぴしゃのタイミングで、アガートラーム機も右にずれた。
ランドルフ機の前部とアガートラーム機の後部が軽く接触する。ただの接触でダメージは発生しないけれど、どちらの機体もわずかに減速する。
「――ッ」
琴子が息を飲むのが聞こえた。俺は息を止めていた。
この瞬間、琴子お嬢は機体を左に躱して二機を捲くり、先頭に躍り出る。ゴールラインはもう鼻先で、瞬きする間もないうちに――リラ機が
「やったな、琴子ちゃん」
「うむ……やったぞ……」
ゴールラインを一番に駆け抜け、惰性での走行を続けているリラ機。機体はそのまま、先にある転送ポイントに入って、俺たちリタイア組のいる待機スペースに送られてくる。この後、ここは表彰式会場になるのだろう。
リラ機に続いて、アガートラーム機、ランドルフ機も待機所に姿を現す。四位以下の機体がこちらに来るまで、少し間が空きそうだった。
『ひとつ聞かせてくれ』
ランドルフの機体が、アガートラームさんの機体に向き直って発言する。
『なんだ?』
『最後、なぜ右を塞いだ?』
『なぜ、己が右を許すと思った?』
アガートラームさんは惚れ惚れするようなタイピング速度で質問し返すと、右腕代わりの大剣を一振りしてみせた。
『なるほど』
ランドルフはそれ以上、何も言わなかった。
たったの四文字。でも、これがチャットだということを忘れるほど重々しいほどの四文字。最強プレイヤー、恐るべしだった。
ほどなくして、四位以下でゴールした機体が続々とこちらに転送されてくる。間もなく表彰式を開始しますので準備をお願いします、という運営からのアナウンスが流れて、にわかに騒がしくなってきた。
でも、俺たちは最初から決めていた予定通り、表彰式には参加しなかった。
本戦の模様は公式生放送でも配信されていた。後で確認したことだけど、俺たちのやった壁抜けショートカットは生配信中から物議を醸していた。
「あんなのバグ利用だ。あいつらは失格か、最低でも降着じゃないとおかしいだろ!」
だけどその逆に、
「事前にバグだという公式発表がなかった以上、あの時点ではあくまでも仕様だった。それに、やろうと思えば誰にでもできたことだ。俺はべつにありだと思う」
そんな意見もあった。
リラの優勝を巡っての論争は諸々巻き込んでの大炎上に発展する気配を見せたけれど、リラが表彰台に乗るのを辞退してログアウトしていたことで、論争の火は五日後には下火となり、翌週にはほとんど鎮火していた。
「一位、辞退しちゃって良かったの?」
琴子お嬢が表彰式を前にログアウトしたとき、俺はそう尋ねた。
「一位でゴールした。それでもう胸一杯だ」
お嬢の声は少し涙ぐんでいるようにも聞こえた。
「……うん」
誇らしさで胸が一杯なのは、俺も同じだった。
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