第3話 二周年記念一大チャンピオンシップ三連弾 その3
二周年イベントの特設サイトが更新された。
その日、起床すると、珍しく携帯のほうに琴子お嬢からのメッセが入っていて、特設サイトが更新されたから確認しておくように、と言い渡されたのだった。
そんなわけで、いつもならパソコンを起ち上げたらすぐに音声チャットと【FMA】を起動させるのだけど、今日はまず最初にウェブサイト閲覧用のブラウザを開いて、件の特設サイトを表示させた。
更新内容は、二周年イベントの目玉企画である『最強チーム決定戦』の第一回予選についてだった。これまでは全体の大まかな流れしか発表されていなかったのが、とうとう具体的な選考方法について発表されたのである。
第一回予選の内容は、単純な殲滅ミッションだった。戦闘フィールドに無限沸きする大量の雑魚敵を規定時間内にどれだけ多く殲滅できるか、を競ものだった。
予選の期間である一週間の間、普通のミッションに混ざって、この第一予選が選択肢に登場する。これを受注すると、受注したチームのみが進入できる戦闘フィールドが生成され、チーム全員が入室すると秒読みの後に戦闘開始――というわけだ。
「さて、フィールドは……」
俺は呟きながらスクロールバーを下げていく。すると、この一文が見つかった。
『使用フィールドは演習ステージ(特大)です』
文章の他にもテストプレイ中の画像が添えてあり、そこに戦闘シーンの背景として、予選のフィールドがしっかり映っていた。
何の遮蔽物もない、ただひたすら真っ平らな床と、半円形の天井があるだけの簡素なフィールド。その無機質で無個性なフィールドこそが、主に戦闘チュートリアルで使われている演習ステージだ。画像を見るかぎり、特大と言うだけあって、普通の演習ステージよりもだだっ広いようだった。
広くて隠れる場所のないフィールドは、狙撃手にとって、けして嬉しい戦場ではない。射程を活かせるのはいいのだけど、こっちの隠れる場所もない。つまり、一発撃ったら自分の居場所がすぐにばれてしまうのだ。
また、このフィールドには高低差がない。水平方向への狙撃は意外にやりにくいのだ……これは俺だけかもしれないが。
問題はまだある。出現する敵が大量の雑魚だという点だ。単発高威力が取り柄の狙撃銃にとって、大量に押し寄せる雑魚敵の掃討というのは鬼門なのだ。
まあ、その点については、雑魚敵の
「……」
果たして、俺が頑張らなくてはならない場面が出てくるのだろうか?
俺だって初心者と呼ばれないくらいには強くなった自負があるけれど、琴子お嬢の強さはそのくらいの頑張りで埋まるような次元にない。【FMA】をクローズβからプレイしている最古参プレイヤーを自認しているだけあって、腕も経験も底が知れない。そのうえ課金に躊躇がない。
【FMA】に課金で入手できる強力な装備はないけれど、装備強化時の成功率を上げたり、失敗時に装備が壊れる確率を減らすアイテム。効果の高い回復剤や、機体性能を一時的に強化する薬剤等々――課金でしか手に入らない消耗品は数多い。琴子お嬢はそうした課金アイテムを山ほど携帯していて、それをじゃんじゃん湯水のごとく使用する。
反撃の特殊能力をレベル九まで強化するのに使われた課金アイテムの個数を想像すると、冷や汗が出てくる。金額にして一体、何万円を溶かしたのだろうか……。
俺もネトゲオタだと思っていたけれど、琴子お嬢が【FMA】に躊躇いなく金と時間を投じる姿を見ていると、自分なんて全然浅いオタだったのだと思い知らされるのだ。
そんなお嬢に、俺の助けが要るとは思えなかった。
わざわざ意味があるかも分からない特訓をさせたあたり、俺と一緒に参加登録するつもりでいるようだ。でも、それは単に二人以上のチームでなければ参加できないルールだから、なのではないか?
「……」
お嬢が俺に望んでいることは、俺の活躍だとか、対ボス戦でのダメージ源だとかではない。ただの単なる数合わせだ。それ以上のことなんて、何も期待していないのだ――。
「……」
どうして、いきなりこんなことを考えてしまったのだろうか。……いや、そうではないのだ。きっと逆なのだ。
二周年イベントが、『最強チーム決定戦』開催が発表されてから今日まで、何度も考えるべき機会があった。だけど、俺はずっと無意識の内に考えるのを避けてきた。それをいま、ようやく意識したのだ。
でも、意識したからといって、どうなる? 何かが変わるのか? 変えられるのか?
「……」
俺は無言で、椅子から腰を上げた。
中腰でキーボードを操作して終了ダイアログを呼び出し、少し考えてからパソコンをスリープ状態にする。それから財布をポケットに突っ込むと、外に出た。
行き先は例によって、いつものコンビニだ。
安曇さんは今日もいなかった。
コンビニから戻ってきて、スリープ状態だったパソコンを起こす。音声チャットを起動させるとすぐに、琴子からの通話要請が飛んできた。
俺は躊躇ったものの、通話許可のアイコンをクリックした。
「おい、遅刻だぞ。職務怠慢だ!」
耳に嵌めたイヤホンからの第一声は、それだった。
「すいませんでした」
俺は素直に謝った。言い訳の余地もなく、俺が悪いのだから。
「……どうした。具合でも悪いのか?」
琴子の声が不安げに曇る。
俺は普通に、いつものように返事する。
「いえ、とくに。何もないです。ただ……遅れただけです。今後、気をつけます」
「何もないなら、どうして敬語だ?」
「……すいません。気づきませんでした」
「だから、また――」
琴子は言いかけて、溜め息を吐く。そして改めて、心配げに声をかけてきた。
「本当にどうしたんだ? 気分が悪いのなら、今日は休みということにしてもいいぞ」
「いえ、本当に大丈夫で……大丈夫だから」
「本当か? いま無理をして、いざ予選の当日に寝込んでしまったら本末転倒だぞ」
「分かってます……るよ。本当に何でもないんだ。遅刻の原因はただの寝坊。悪かった、謝ります。いますぐログインして仕事を始めますから」
言っている間にも、俺は【FMA】を起ち上げる。すぐにログインして、自キャラ・ハルマサを艦内広場に降り立たせた。
「今日も渓谷ですか?」
「だから、どうして敬語……」
「そんなこといいから、早くしよう」
俺はミッション受注用の受付に向かう。だが、琴子にそれを止められた。
「ああ、待て。渓谷はもう終わりだ。あれはあくまで、きみに去年のイベントのイメージを感じ取ってもらうための……いわば、練習の予行演習だ。予選の詳細が発表された今日からは、本当の練習を始める」
「つまり?」
「……つまり、演習ミッションをやる。第一予選とできるだけ同じ状況を整えての戦闘経験を積むのが目的だ」
「了解です」
「また敬語……」
琴子の不服げな小声は聞き流しながら、俺はマイクに入らないようにして舌打ち混じりの溜め息をした。
演習ミッションとはその名の通り、練習をするためのものだ。出現する敵の種類と数を選択して戦闘することができる。また、このときの戦闘で消費された回復剤などはミッション終了時に全て戻ってくるため、普通なら使えないような高級アイテムもじゃんじゃん使っていける。
しかし練習ミッションは、あくまでも練習のためのもの。経験値は一切、手に入らない。敵がアイテムを落とすこともない。つまり、何も減らない代わりに、何も得られないのだ。
新しい武装の試し撃ちや、チームプレイの練習などでたまに使われることがあるが……逆に言えば、そのくらいしか使い道のないミッションだった。
琴子が俺を演習ミッションに付き合わせるというのは、俺に経験値を稼がせないということだ。俺を戦力として当てにしていないということだ。
「なあ、ハルマサ。本当に大丈夫なのか?」
ずっと黙っていたせいか、琴子からまた不安げな声をかけられた。
俺は大丈夫だと答える代わりに、
「早く練習ミッションを選択してくれ。チームリーダーはそっちなんだから」
誰かとチームを組んでいる場合、ミッションの受注ができるのはリーダーだけだ。
「あ、うむ……そうだな」
琴子は慌てたように言った十数秒後、画面が暗転して、ハルマサは艦内広場から任務待機室へと転送された。リラが自室からミッション受注したのだった。
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