第3話 二周年記念一大チャンピオンシップ三連弾 その4

 予選を想定した練習ということで、リラが選んだのは大量の雑魚敵だった。

 リラはいつものように単身で敵中に突っ込み、群がる敵をご自慢の反撃装備で次々に撃破していく。俺はといえば、リラが回復剤使用の発光エフェクトを垂れ流すのをステージ端のほうで静観していた。

 すでに述べているように、俺の得物である狙撃銃は雑魚戦に不向きだ。下手に攻撃して大群の攻撃意欲ヘイトを集めては、袋叩きに遭ってしまう。それならば、敵を刺激しないようにじっとしているほうがましだと判断したのだ。俺には、動かないでいると周囲の敵からヘイトを集めにくくなる特殊能力【気配遮断】付きの装備があるから、開始地点から一歩も動かないでいるだけで良かった。

 結果的に、俺の判断は正しかった。リラは一人で危なげなく、全ての敵を撃破した。俺の助けは一度も求めなかったし、事実、そんなものは必要なかった。

 その後、ボス級の敵単体を相手取っての戦闘練習もしたのだが、そこでも俺の助けは要らなかった。リラの武器は反撃能力だけではない。対遠距離用の火器もあれば、格闘距離での天臓解放リミットブレイク【餓狼の暴食】がある。

 天臓解放とは、条件を満たしたときにのみ使用できる強力な行動のことだ。

 リラの機体に組み込まれている【餓狼の暴食】は、作戦中の被弾ダメージが一定値を超えることで発動可能になる解放技だ。これが発動すると、攻撃時に追加ダメージが得られ、さらに与えたダメージの一定割合分だけ自機の耐久力を回復させる吸収効果も付くようになる。

 この追加ダメージも吸収効果も規格外に強力だけど、機体の防御力が大幅に除算されるという代償もある。だけど、リラの機体は最初から防御力が少ないから、除算つまり割り算で減らされても、そんなに大きく減ることにならないのだ。

 【餓狼の暴食】は発動条件、効果、代償――三要素のどれもがリラの戦法に適した解放技だった。

 リラは解放技が発動中であることを示す赤黒い燐光と残像をまとい、回復剤使用の発光エフェクトも引き続きぺかぺか垂れ流しながら、大型ボスと肉弾戦を繰り広げる。俺は開始地点から一歩も動いていないまま、それをぼんやり観戦している。


「ハルマサ、援護は!?」


 琴子が音声チャットで喚くけれど、


「必要ないでしょ」


 俺は冷静に答えた。

 リラの機体の耐久力を示す横棒は、ボスの攻撃を受けるたびに大きく削れて真っ赤になるけれど、すぐに発光エフェクトが荒ぶって緑色の長い棒に回復する。ボスの攻撃力も強烈だけど、被ダメ軽減の課金アイテムを使えば耐えきれるだろう――。

 俺は冷静に観察して、そう判断した。だから、何もしないでいるだけだ。琴子の楽しみを無駄に奪わないようにしているわけで、つまり動く必要がないのではなく、動かないでいる必要があるからそうしているのだ。


「おい、ハルマサ! おい!」


 琴子が騒いでいるけれど、リラはちゃんと戦っている。問題ない。ほら、ボスが瀕死になったことを示す怯えた仕草をする。ボス敵のなかには瀕死になると凶暴化するものもいるけれど、こいつは逆に防御行動が多くなる。倒すのに手間がかかるけれど、危険はない。だから、手を貸す必要はますますなくなった。


「……」


 琴子も同意見のようで、もう何も言うことなく戦闘を続けた。

 それからしばらくして、逃げまわっていたボスが沈む。反撃が主力ダメージ源であるリラにとって、身を守ってばかりの敵は普通以上にやりにくかっただろうが、そこは最古参を自称しているくらいだから、


「普通の輩には無理でも、わたしなら余裕。手助けなど無用」


 と思っていたに違いない。事実、時間をかけつつも撃破したのだから、やはり手を貸さなくて正解だった。


「……止めよう」


 琴子がぼそりと言う。

 いつもならミッション再受注して、自分が納得するまで延々繰り返すくせに、今日は一度で飽きたらしい。


「そうですか」


 答えた俺に、琴子はなぜか言い淀む。


「ああ……うん、そうだな。練習は後回しにして今日は買い物をしようと思う。きみも付き合いたまえ」

「それは仕事として、ですか?」

「……そうだ」

「じゃあ、分かりました」

「また敬語……まあいい。行こう」


 琴子はごにょごにょと不服げだったが、溜め息で言葉を切って、リラを歩かせ始めた。俺もその後に続く。

 エクシア発進用カタパルトという体裁の任務待機室から艦内広場へ戻ると、そのまま広場を突っ切って壁際に行き、区画間移動装置トランスポーターを起動。すると、行き先を選択するダイアログが表示される。


「補給区画だ」


 琴子が言うのを聞きながら、俺は選択肢のなかから補給区画をクリックした。

 ロード画面を挟んで、補給区画が画面に描き出される。ここは要するに、百貨店の店内だ。販売員NPCの立っているブースがいくつも整然と立ち並んでいて、【FMA】内での買い物はここで全て済ますことができるようになっていた。

 リラが向かったのは、そのなかでもとくに人集りのできているブースだ。ブースの規模も最大で、口の字型カウンターの内側には店員NPCがずらりと並んでいる。

 このブースでは、プレイヤー間取り引きが一括管理されている。ブース内のNPCに話しかければ、売りたいアイテムを市場に登録したり、市場に登録されているアイテムを検索、購入することができるのだ。

 リラが店員に話しかける前に、琴子の声がイヤホンから聞こえてきた。


「ハルマサ、トレードだ」


 その言葉と同時に、俺のゲーム画面にぱっと、個人取り引きトレードの要請が来たことを示すダイアログが表示された。了承をクリックしてトレードボードを開くといきなり、ゼロがいくつも並んでいる大金が表示された。


「これは?」


 俺が訊ねると、琴子は奥歯に物が挟まっているように、もごもご言ってきた。


「ん……いや、さっきの演習できみが動かなかったのは、まともな武器が狙撃銃しかないからだったのだろう? 実際の予選ではあれよりもっと広いステージで戦うことになるようだが、それでも狙撃銃では射程が余ってしまうだろう」


 俺が黙っていると、琴子はいっそう歯切れが悪くなりながら言った。


「だから……本来なら、こういうことはわたしの主義に反するし、きみもあまり快く思わないかもしれないが、今回だけはイベント対応ということで特例だ。そのお金を無利子無期限で貸すから、決定戦用の武装を調えるように――いいな、これは業務命令だと思え!」


 最後は強い語調で締めくくった……と思った矢先、また弱気な溜め息が続いた。


「……雇い主として、きみの不満にすぐ気づかなかったことは謝罪する。すまなかった。だから……うん、その……そういうのは、もうここで終わりだ。普通に戻ってくれ。あっ……ほら、これはきみにとって仕事なのだから、それらしい態度を取ることは、きみの義務だろう?」

「……そうですね」

「だから、そういうのは止めろと――」


 琴子は忌々しげに語気を荒げたが、


「雇い主に敬語を使うのは義務かと思いますが」


 声を被せるようにして素早く言い返したら、黙った。


「……」

「他に訓辞がないようなら、買い物してきますね」


 俺はそう言うと、放置しっぱなしだったトレードボードの了承アイコンをクリックし、取り引きを確定させた。トレードボードに記載されていた金額が、ゲーム画面に表示されている俺の所持金に加算される。独力で稼ごうとしたら、あと何十時間、何百時間頑張らないと手に入らない額なのだろうか……。

 大金が手に入ったことを喜んでいる自分も、確かにいた。

 これだけあれば、試着画面プレビューを色んな視点から眺めるだけで満足していた装備を自分のものにできる。これまで苦労していた敵も余裕で撃破できるようになる! ……そんな想像が膨らみ、わくわくする気持ちは確かにあった。

 でも、普通にやったら、いまの異常なプレイ時間でも稼ぐのに一ヶ月はかかりそうな金額だ。それを琴子は、ぽんと渡してきた。幼い子供の我が儘に辟易した母親が、これでお菓子を買ってきていいから機嫌直しなさい、とでも言うかのように。


「……どうかしたか?」


 黙りこくっていた俺に、琴子が不審げな声をかけてくる。


「いえ、べつに……」

「金が足りないのか? だったら、もう少し渡しても――」

「いえ、問題ないです。十分です……というか、そうだ。俺が買うより、そちらで俺に装備させたいものを買って、後からそれをトレードで渡してください。そのほうがトラブルにならなくて良いでしょう」

「む……いや、それではきみが買い物の楽しみを味わえないではないか。それに、きみの装備を買うんだ。きみ自身で選んだほうが合理的だ」

「べつに何でも良いですよ。どうせ使うこともないんですから」

「……どういう意味だ?」

「さっきの練習ではっきりしたじゃないですか。俺が手を出す必要はないって。むしろ、下手に手を出すと敵の動きが乱れて、かえって殲滅が遅くなるかもしれないですし」

「馬鹿を言うな! 人手が倍に増えて、殲滅が遅くなるわけがないだろうが!」

「さあ、分かりませんよ。なんたって、俺と琴子さんとじゃ腕も経験も違いますからね」

「なんだ、それは……」


 琴子が掠れた声を出す。いまさらそんな落ち込んだ声を出されても、俺は止まれない。


「でも、しょうがないですよね。だって俺、お嬢みたいに人生をネトゲに投げ捨ててませんから――」

「うるさい!!」


 琴子の怒声が耳のなかで爆発した。

 一瞬で頭が冷めた。

 どうして俺は勝手に拗ねて、あんなことを言ってしまったんだ? いくら何でも、いまのは言っちゃいけないことだった。


「あ、の……すまない。いまのは言いすぎ――」

「――もういい」


 イヤホンから染み出してきた声は、ますます低く掠れていた。よく分からない苛立ちが冷めたおかげで、俺はようやく気づいた。琴子お嬢はさっき、落ち込んでいたのではない。怒っていたのだ――怒っているのだ。


「もういい。勝手にしろ」

「あ……」


 俺に言い訳する暇も与えず、琴子お嬢は音声チャットの通話を切った。こちらから再度呼び出そうとしたら、お嬢はチャットアプリからログアウトしてしまった。

 ならばゲーム内のチャットで……と思ってゲーム画面に目を戻すと、すぐ近くにいたリラの姿が見えなくなっていた。ずっと組んでいたままだったチームも解散されていて、現在地を追えなくなっていた。

 でも、ゲーム内では距離に関係なく、指定した相手にチャットを飛ばせるのだ。個人チャット、ウィスパーというやつだ。

 ……届かなかった。指定した相手からのウィスパーを受信拒否する機能、いわゆるブラックリスト機能を使われたのだった。

 まだ携帯で電話なりメール、メッセなりの連絡手段はあるけれど、二度も会話を拒否された後では、連絡を取る勇気がなかった。


「ああぁ……」


 溜め息が漏れる。自分の馬鹿さ加減に、だ。

 俺はもう本当、何をやっているんだか……。

 今日はもう仕方ないけれど、明日にはこちらから連絡して謝ろう。それで早く関係修復しよう。予選が始まる前にさっさと仲直りしてしまう。

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