Develop 23

 Re-17は博美が部屋を出ていった後も、まだ部屋に残っていた。それも、ソファの上で頭を抱えて、だ。

 男ならしゃきっとしろ、と言われたものの未だ動けない自分が情けないと感じつつも仕方ないではないか、と感じるRe-17は自分の髪の毛をくしゃくしゃと掻き回す。今日で何度目かの溜息を吐く。

 ───麗紅は僕に会いたいと思っているのだろうか。

 ───自分に会うことで逆に疲れてしまっているのではないだろうか。

 嫌な想像がRe-17の頭の中を駆け巡る。しばし眉間に皺を寄せ続けた後、Re-17は脳内で駆け巡るそれを振り払うようにブォン、と音でも出るんじゃないかと言うくらいに首を左右振る。

 最終的に出た答えは───どうにでもなりやがれ。

「男ならしゃきっとしろ」

 一人でいるには少し広い書斎にRe-17の声が響く。胸を張り、少しだけ顎を上げる。こうすることで、自信がつく作用があるらしい。前に入鹿から教えてもらったことだ。Re-17には自信がついたかどうかは分からなかったが、ソファから立ち上がり、書斎のドアの方へ歩を進める。そして───。

「須賀野博士!」

 Re-17がドアノブに手を掛けようとする前にドアが開き、男が博美の名を叫んだ。

「近江、さん」

 近江の顔は青ざめており、Re-17に向けられるいつもの優しい笑顔もなかった。

「Re-17、須賀野博士は?」

「ちょっと前に出ていったけど…どうしたの?」

 近江は眉間に皺を寄せ、苦虫を噛んだような顔をしてなかなかRe-17の問いに答えなかった。それはほんの数秒だろうが、二人の間では時間が止まったのではないだろうかというくらいに長く感じた。やがて、近江は意を決したように、眉間に皺を寄せたままRe-17の目を見て重たそう口を開いた。

「──────麗紅ちゃんが」



 近江と並んで、Re-17は検査室へ走った。隣を走る近江は何度も博美に連絡を取るが、博美は出てくれない。怒りに近い苛立ちを帯びた舌打ちの音が右耳からRe-17に届く。でも、今は近江が珍しく苛立ちを顕にしているとかそういうことはどうでもいい。今大事なのは、麗紅の安否である。

「急に、容態が変化したんだ」

 息を切らしながら、近江は麗紅の具体的な状況を漏らし始める。

「容態?」

「腕が痛むと訴えてから時間が経たない間に全神経の痛みって言うのかな。それが酷くなって暴走に近い感じで痙攣が起きてる」

「今は?」

「鎮痛剤を投与したけど、治まらなくって、助手達に抑えてもらっている状態だよ」

 2階フロア奥側のエスカレーターに乗り、そのまま6階フロアまで駆け上がる。検査室近くまで来ると、室内が騒々しいことが直ぐに分かった。

「麗紅!」

 検査室のドアを開けて、Re-17が見たのは叫び暴れる一人の少女を三人がかりで必死に抑える男性研究員の姿だった。

「──────ろしてっ」

 叫び声の中で麗紅が何かを訴える。

「…ろしてっ。ころしてっ。殺してっ」

 頭がおかしくなりそうなほどの激痛があとどのくらい麗紅を襲うのか。当の本人もここにいる全員も分からない。あと少しか、まだまだ襲ってくるのか。分からない中でこの痛みがまだ続くのならば、いっそのこと殺してくれ、と。見開かれた充血した目と唾液が溢れ出す口で麗紅は近江に訴える。

 そんな麗紅をどうすることも出来ず、Re-17はただ早くこの悪夢から解放してやりたいと強く祈ることしか出来なかった。



 Re-17は検査室のベッドで眠る麗紅をじっと見ていた。

 Re-17と近江が検査室に到着してから麗紅の痙攣が治まるまで、1時間強掛かった。最後らへんはもう、麗紅の声は枯れて果てていた。

 痙攣時に床や壁にぶつけたのか、肩や二の腕、更に顔には嫌な色をした青痣あおあざが浮かんできていた。人工物化した二の腕中間部分から手先ほどの義手にも擦り傷のような痕が残っていた。

 それらの傷が癒されるわけではないだろうが、Re-17は青痣や擦り傷のある部分を優しく撫で、最後は麗紅の頭をゆっくりと何度も優しく撫でた。

「──────ごめん」

 Re-17の麗紅に向けられた言葉は。許しを乞うかのように、麗紅の頭を撫でながら、何度も何度も呟いた。

「ねえ、ちょっといい?」

 ベットを囲むカーテンを開けて、近江がRe-17に手招きをする。Re-17は名残惜しそうに麗紅を見つめ、麗紅の頭をポンポン、と優しく触れてからカーテンの外へと出た。

 近江はソファに座るように勧め、それに従ってRe-17は指されたソファに座る。

「ごめんね。ショッキングなところ見せたね」

 Re-17は近江の言葉に首を横に振って返す。

「君には言わないといけないと思って。麗紅ちゃんのことについて」

 Re-17は固く口を一文字に閉じ、背筋を伸ばして真っ直ぐに近江の目を見る。

「両手脚が義肢なのは見たら分かるだろうけど、麗紅ちゃんは今、食道、胃、小腸、大腸、その他諸々の消化器官の人工臓器化が既に済んでいる状態なんだ。今は肉体と人工臓器を慣らす状態」

「それって……」

「合わなかったら危険だね。でも、今回のは消化器官に対しての神経痛じゃなくて、義肢と接続してある神経からの痛みみたいだから大丈夫だよ。不幸中の幸いって今の状況からなら言えるかな」

「それでね」と近江は膝に腕を乗せて、少し上体を前に出す。

「これからも麗紅ちゃんの手術はプロジェクトの目標到達点まで続く。それまでに今日みたいなことやもっと辛いことも麗紅ちゃんには降り掛かる。その時にね、Re-17には麗紅ちゃんに寄り添っていてほしいんだ」

「僕が?」

 Re-17は自分を指差す。近江は優しい笑みを浮かべて頷いた。

「Re-17が来ない間、麗紅ちゃんね、『レイセ、レイセ』って言うんだ。寝てる時やリハビリで辛い時」

 Re-17は罪悪感から眉間に皺を寄せた。

「レイセってたぶん…Re-17のことでしょう? 麗紅ちゃんにとって君は大事な人なんだよ」

 Re-17は黙って俯く。近江は最後の言葉を紡ごうとしっかり息を吸ってそれを吐き出す。

「……だから、もう逃げるな」

 近江にしては強めの言葉だった。近江はRe-17の肩を強く叩いて検査室を出た。

 Re-17の感覚器官が近江の激励とも言える思うをしっかりと受け止める。

「ありがとう。────もう逃げないよ」

 Re-17は拳を強く握って、麗紅を囲むカーテンの中へと入っていった。


 To be continued......

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