Develop 2
全身がもぎたくなるほどの痛みで包まれた。辛うじて動く脳が出す信号は『助けて』。べたりと視界を邪魔する液体を痺れる右手で拭う。ぼやけた世界で見えた二人の姿。
ぐったりと顔面を熱いアスファルトにくっつけ、ぴくりと動かない。
「お父さん・・・・・・」
隣で手足を四方に投げ出しているもう一人が、微かに動いたのを再び視界を襲う液体の中でも見逃さなかった。
「お母さん・・・・・・っ」
できる限りの力で腹から声を出した。
「
弱々しく名前を呼ぶ声に邪魔をする液体とは別の液体が目から溢れ出す。
───もっと近くに。
重い体を引きずり、少しずつ前へ進む。少しでも触れたかった。
突然の爆発音が聞こえた瞬間、音は消え、視界が真っ赤に染まった。耳に届かぬ叫びを喉が張り裂けそうなほどに上げ、何もかもが真っ暗になった。
前へ進めば進むほど、徐徐に多かった高層ビルの数も人数も減っていく。
どうやら、目的地はあまり人気のないところらしい。
「ねえ、麗紅ちゃん。本当にいいの?」
運転席の叔母が麗紅をミラー越しに見る。麗紅は「うん」と表情を帰ることなく静かに口内で音を響かせた。
「でも、もう
「私に残っているものなんて何もない。惜しいと思うものもないよ」
「麗紅ちゃん」
叔母が目を見開くのがミラー越しに麗紅の目に映る。
「冗談」
叔母を黙らせるための嘘を吐く。
「大丈夫。私は平気。だから、心配しないで。叔父さんが紹介してくれて良かった。結構、感謝してるんだよ?」
微かに口角を上げて笑ってみせる。
叔父はこれからの目的地で働いていた。あの日をきっかけに、叔父が麗紅に提案したのだ。その提案は麗紅にとって、藁にもすがるような思いで首を縦に振るものだった。
叔母は何か言おうと口を開いたが、そのまま閉じた。
「少しの間だったけど、ありがとうございました」
改まった口調で麗紅が言う。ゆっくりとしっかりと。
「・・・たまには連絡ちょうだいね」
「うん」
腕時計に目をやるとそろそろ言われていた時刻を差そうとしていた。前方を見ると、大きな白い建物が
「ここ?」
看板も何もない建物だった。「そうよ」と叔母は返事をして、門の前まで車を移動させる。
門の管理人が門の隣の小さな管理室の窓から顔を覗かせる。後部座席に座る麗紅を見て、「嗚呼」と声を漏らし、叔母に笑顔を見せる。
「榎宮さんですね」
「はい。主人の紹介です」
管理人は手元を見て、ボタンを押す。モーター音と共に門が開けられた。叔母は管理人に会釈をしてアクセルを踏んだ。
「ここが、叔父さんのいる研究所?」
車のドアを閉めながら、麗紅は叔母に問う。
「うん。あの人は研究というよりはデータの管理とかだけどね」
研究所内に入ると、叔父と背の高い白衣の似合う女性が待っていた。
「ようこそ、我が研究所へ」
白衣の女性が手を差し出す。麗紅はその手に応えて、握手する。
「
「榎宮麗紅です。これから、よろしくお願いします」
少しの世間話をした後、別室に案内され、同意書、誓約書を渡された。麗紅は説明に目を通し、ペンを持つ。
「麗紅ちゃん」
ペン先が紙面に触れた瞬間、叔父が麗紅を呼び止める。眉尻を下げて、心配な顔をしていた。叔母も優しく麗紅の肩に触れる。麗紅は、二人に微笑を浮かべた表情を見せ、「私は大丈夫」と言って、名前を書き、印を押した。
博美は同意書と誓約書を受け取り、麗紅に笑顔を向ける。
「ありがとう。これから、一緒に頑張りましょう」
これからのことの説明を聞いた後、叔母と叔父との時間を過ごしたあと、叔父は仕事場へ戻り、叔母も研究所を後にした。
麗紅は叔母に渡されたお菓子の入った袋を見つめ、叔母の代わりと抱き締めた。
『被検体』
同意書と誓約書に書かれたその三文字を、紙面に名前を書いた瞬間に、麗紅はその三文字を背負った。
これからの生活がどんなものになるなんて、想像もつかない。恐怖や不安がないわけではなかった。だが、麗紅はこのプロジェクトが自分にとっていい方向であることを信じた。
「この腕もこの脚も」
硬い左腕と左脚に目をやる。
「左の手脚は義肢?」
背後から博美が麗紅に問う。麗紅は黙って頷いた。数年前、事故で両親と共に、左腕と左脚を失った。右腕と右脚は辛うじて残り、リハビリで何とか以前と同様に動かせるようになったものだった。
「博美さん」
「何?」
「また、自由に指先まで動かせるようになりますか」
麗紅は真っ直ぐに博美の目を見た。博美はその視線から目を逸らすことはなかった。博美は大きく頷いた。
「約束するわ」
安堵から笑顔を覗かせる。
今、【完全サイボーグ化計画】が遂に本格化しようとしていた。
To be continued…
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