Develop 22
博美は書斎の椅子に深く腰を下ろして、珈琲を飲みつつ、カップ越しにソファに寝転がるRe-17を見ていた。
ここ最近、Re-17の様子が明らかにおかしい。
入鹿との訓練が終わると、いつもなら麗紅の部屋や庭に行くのに、最近は直ぐに博美の書斎に帰り、一日を書斎で過ごしている。加えて、天井や壁を見つめては溜め息を吐いているのだ。
「はあ……」
Re-17がまた溜め息を吐く。博美は遂に堪らずカップを机に置いた。
「どうしたの」
Re-17がゆっくりと博美の方を向く。博美自身見たことのないような
Re-17は弱々しく笑い、小さく首を横に振った。
「分からないんだ」
博美は首を傾げた。
「もうずっと麗紅に会ってない。会いたいよ。……でも、会えないんだ」
「麗紅ちゃんと何かあったの?」
「いや……」
どうもしっかり口が開かないらしい。博美は一つ溜め息を吐く。
「好きなんでしょ? 麗紅ちゃんが」
ガタタッという音を立てて、Re-17がソファから起き上がる。顔は紅い。
「そんなに顔紅くすると、内部機器にダメージ来るわよ」
「何で……」
博美はクスリと笑う。
「入鹿から聞いたわよ」
「健人、何言って……」
「そんなに好きなら会えばいいのに」
「……それが出来ないから困ってるんだよ」
「どうして?」
少しRe-17に意地悪を言う博美は子供のように無邪気に笑う。
「好きだったら会うなんて、単純な話でしょう」
「そんな単純なことじゃないんだ」
Re-17は眉間に皺を寄せて口先を尖らせる。
おかしな話だ。ロボットである彼が単純に事を見ることが出来ないなんて。それほどまでに、Re-17の感情プログラムは発達しつつあるのだ。
「僕は麗紅が好きだけど、麗紅はそうとは限らない。もし、僕の気持ちが分かった時に僕は麗紅を困らせてしまうかもしれない」
「ふぅん」
博美は少しつまらなそうな顔をして頬杖をつき、「それでいいのかしら」と呟いた。
「困らせているのが、Re-17自身の気持ちじゃなくて今の行動だとしたら? 麗紅ちゃんは手術に必死で貴方に会いに来ていないけど、会いたがっているかもしれないのよ? 貴方が会いに行かなくてどうするのよ」
「それは……」
「男なら、しゃきっとしなさい」
席を立ち、Re-17の背中を強く叩く。博美はそのまま部屋を出ていった。
Re-17は今頃もう一度溜め息を吐いている頃だろう。そう頭の中で思いながら、博美は書斎のドアに背中を預けていた。
───最低だわ、私。
博美は今までRe-17自身から生まれる恋心を待ち望んでいた。独自のプログラミングが成功したことは嬉しいことだ。だが、この先待っているのは嬉しさからくる笑顔なんかではない。絶望に近いものだ。
麗紅の体は現在進行している手術が落ち着けば、体の半分が人工物となる。彼女のゴールは脳の人口脳移植。その全ての過程で一つでも失敗すれば、彼女はもう榎宮麗紅としていられなくなる。
これは医学ではない。科学だ。確率などありはせず、0か100の世界なのだ。
もし、ゴールまでに失敗してしまったら? Re-17の想いはどうなる? 失恋という新たな進歩に喜ぶべきか。そんなこと、博美には出来ない。
───だって、あの子は。
博美はその先を遮るように額に掌を当てた。ほぼ、叩いた。
「私がしっかりしないでどうするのよ」
言葉にすることで身を奮い立たせた。研究所の大時計が正午を告げた。
To be continued......
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