第十二話 その異名って意味分からないもんね⑦

「そもそも勘違いされてるようだから言っとくが、基本的にオレはこの土地の政策には関わっちゃいないんだ。そういうのは全部アスタロトに任してるもんでね。オレの仕事はここ最近、人里に下りてくるようになった魔獣の討伐なんだよ」

 魔城ムスペルヘイムの一室でグラスを片手にベルゼブブが言う。

「ほら、この城の中には一体も悪魔がいないだろ? あいつらは今頃森の中で魔獣の討伐に出てるんだ。栄光の蠅騎士団も今じゃ魔獣討伐隊に落ち着いちまってるよ」

「ん、ん~?」 

 先ほどの一幕ですっかりとビビってしまったカミオはジークの頭の上でブルブルと震えていた。

 その代わりにジークがベルゼブブに質問するはずだったのだが、やはり8才の子供には理解しがたかったようで難しい顔をしながら唸っていた。

 ベルゼブブはグラスに入った飲み物を一口すすり、

「簡単にいえば、お前達が森で出会ったような魔獣を殺してるんだよ」

「ベルゼブブは、にんげんをまもってる?」

「ま、そういうことになるな。この世界の支配者が悪魔だとしても、結局この世界を回さなきゃいけないのは人間達なんだ。あいつ等はオレ達悪魔よりも数が多いし、ちゃんと考えられる頭も持ってる。オレの役目はそういう人間達がちゃんと暮らせる世界にしてやることだ」

「ほぇ~、ベルゼブブっていいひと」

「……そう言われるほどでもないさ」

 ベルゼブブはグラスに注がれた液体をジークに見せ、

「こうして代わりに人間達から貢ぎ物を貰ってるしな。別に無償の奉仕ってわけでもないんだ」

「いいひと!」

「や、やめろッ! なんか顔が熱くなってきた」

 ベルゼブブの話をきちんと理解できたとは思えないが、ジークは自らの顔の前でわちゃわちゃと手を振っているベルゼブブの近くへ移動すると彼女の膝の上にちょこんと座る。

 ジークは満足そうに頬を吊り上げ、

「んふふー」

「おい鳩野郎……このジークって子供、距離の詰め方がおかしくねぇか?」

「仕方ありません。それでリリス様もやられてしまったのですから」

 と、お互いの誤解が解けたのを確認したベルゼブブは、膝に乗ったジークの頭を撫でながら頬を緩ませている。

 思えば、ベルゼブブは最初にジークと出会ったときから甘く接していたような気がする。リリスやニヴルヘイムの悪魔達と比べれば分かりづらいかもしれないが、どうやら彼女もジークの無邪気さに当てられているようだ。

 悪魔という種族は人間の子供に弱いのかもしれない。

 大昔の悪魔を呼び出す黒魔術には子供の骨を使っていたこともあるらしいし、そういった部分で何らかの影響を受けていると考えるのが妥当か。

 とはいえ、問題は残っている。

「でしたら、あの報告書はなんだったのでしょう?」

「さあな。オレに因縁でも持つ悪魔の嫌がらせじゃないのか?」

「あなたと因縁のある悪魔というと……、ハデス辺りですか?」

「あいつはどっちかっていうと悪魔じゃなくて冥界の神だけどな。ていうか、あいつも人間界に来てんのか? すげー人間嫌いだったはずだろ」

「リリス様が魔王になった時に一度だけ挨拶に参りました。その後の消息は掴めていません」

「あいつのことだ。どうせ地下の世界にでも引きこもってるんだろうさ」

 と、ふいにベルゼブブが身長の何倍の高さをほこる天井を見上げた。

 彼女の膝の上に座っていたジークは不思議そうに、

「なにみてるのー?」

「……そろそろお前の保護者が限界らしいぞ。あの手この手でこの城の術式を破ろうとしてやがる。ったく、そんなに大事なら手元から離すなってんだ」

 この城の住人ではないカミオや人間のジークには分からないが、ベルゼブブの瞳にはこの城を囲んでいる通信妨害用の術式で組まれた結界に入った小さなヒビが映っている。これが何を意味するかというと、この城にかけられている通信術式の魔力が結界の許容量を大幅に超えているということだ。

 ベルゼブブが編んだ結界を超える魔力を持つ者などそうはいないが、このジークがどこからやってきたかを考えれば自ずと回答は導き出される。

 正直、この結界が破られるのはベルゼブブにとっても痛手になる。

 別にリリスに見つかって困るようなことはしていないのだが、それとこれとは話が違う。プライベートを覗かれて喜ぶ者など居ないのだ。ごく一部を除いては。

 ベルゼブブは嘆息する。

 膝の上に座っていたジークの脇を掴んで持ち上げると彼女の隣に立たせる。

「どうしたの?」

「……しゃあないな。ついでに様子でも見てくるか」

 ジークの質問を無視し、ベルゼブブは立ち上がると少年の頭に手を置いた。

 彼女は天井を見上げたまま口元を怪しく歪めて言った。

「なぁジーク。ちょっとオレと一緒に街まで遊びに行こうぜ」

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