第八話 その異名って意味分からないもんね③

 で、その頃。

 森の中を歩いていたジークはというと。

「んー。そういえばベルゼブブのおしろってどこにあるのかなー?」

 木の棒をブンブンと振り回しながら悠々と歩いていたジークだったが、ふと思い出したかのようにそう切り出した。

 グレシールは近くの森と言っていたが、それでも魔王城からは既に十キロ以上は離れているので八歳児にとっては途方もない距離を歩いているはずなのだが、その顔色には未だに慰労の文字が浮かんでいる様子はなかった。

 そもそもジークが生まれ育った村から魔王城までの距離とて、大の大人だとしてもヒーヒー言いながらでないと辿り着けない距離だったのだから以外にも足腰は丈夫なのかもしれない。

 相変わらずジークの頭の上に乗っていたカミオは軽く息を吐く。

 彼はコツコツとそのくちばしでジークの頭を叩きながら告げる。

「やっぱり適当に歩いていただけでしたか」

「むむ。なんかこっちからビビッてきてたんだけどなー」

 と言いながらむーむーと唸り始めるジーク。

 実を言うとジークが進んでいた道は正真正銘ベルゼブブの城へと向かうルートで間違いなかったりする。あまりにも真っ直ぐに進むものだからてっきり城の場所を知っているのかと思っていたが、どうやら勘が冴えていただけのようだ。

 カミオは周囲の森に様子を確認しながら口を開く。

「……では、そろそろリリス様の元へ戻りましょうか?」

 ベルゼブブの道を辿っていたとはいえ、未だにジークは道程の半分も歩いていない。こればかりは仕方がないのだがこのままでは目的地に着くまでに数日と掛かってしまうかもしれない。

 そうなってしまえば帰ってからリリスに何を言われるか分かったものではないカミオの脳裏に浮かんでいるのは、どうにかしてジークに諦めてしまおうという考えのみ。

 カミオの言葉を受けたジークは頭を横に激しく振りながら、

「だめっ! ベルゼブブをやっつけるってリリスとやくそくしたんだもん!」

「こ、こらっ……頭を振るでない……ッ! ぐえ……、気分が」

 思わぬ攻撃にあったカミオは目を回しながら訴える。

 それで何とか気分を持ち直したのか、ジークは木の棒を再び振りながら口を開く。

「うーん、ビビッがこなくなっちゃったんだよねー」

「……先ほどから言っているビビッとは何なのですか?」

「こっちだよこっちだよってよばれてるかんじ! リリスのところにもそれでついたんだよ!」

(……精神誘導系の魔法ですかね? リリス様に気付かれずに使える者がいるとは思えませんが)

 一般的に悪魔という種族には魔法をという超常現象を扱える力が備わっている。その中でも精神誘導系の魔法は比較的初歩の部類になっているため誰でも扱えるレベルなのだが、人間への使用はリリスが固く禁じていたはずである。なのでグレシールが人間を誘惑しているのは単純な話術と美貌を駆使しているだけなのだ。

 そもそも魔王城からジークの村までの距離を考えると並みの悪魔では不可能な距離なので誰かが誘導したというわけではないのだろう。

 とすると、やはり残った可能性はジークが単に勘の良い子供という理由だけ。

「やはり今日は戻りませんかね? 明日にでも再チャレンジしてみては?」

 元々見晴らしの良い森ではないうえに段々と日も落ちてきてしまったので、どこか薄暗く不気味な様子が漂い始めている。

 加えてこの森は獣の住処になっているという噂まで存在している。悪魔とはいえ基本は鳩のカミオと八歳児のジークでは出会った瞬間に死を覚悟してもおかしくはない。

 ジークも進む道が分からなくなったことで多少なりとも不安だったのか、そのカミオの言葉を審議するように考え込んだ後、すんなりと了承した。

「むーむーむー」

「はいはい。失敗して悔しいのは分かったから変な声をあげないように。その声に引き寄せられて獣達が襲ってくるかもしれないんですから」

「ねぇ、あれなにかな?」

 と、突然。

 不機嫌感満載で歩みを進めていたジークの足が止まった。

 その理由は頭に乗っているカミオにも分かっていたのでそれに関して口を出すようなことはしなかった。

 というか、そういう場合ではないのだ。

「……おいぬさん?」

 ボソリとジークがそう呟いたが、あれはそんな『さん』付けで呼ぶような可愛らしい生き物ではない。四本足で這うように立ち、餌を与えられたペットのように地面に落ちている何かをムシャムシャと食べているようだがあれは犬などではない。

 カミオはギョッとしながらも呟く。

「……ちょっと正直これはやばいですよ。獣に遭うことまでは想定していましたが……、」

 その時。

 ジークたちの眼前にいた生物がこちらに気が付いたかのように振り向いた。

 灰色よりも黒に近いグレーの肌。その中で異彩を放つ紅の瞳。更には通常の狼の1.5倍ぐらいに大きくなったその身体を見てカミオは確信する。


「まさか魔獣と出会うなんて、どんな星の巡り合わせなんでしょうね」

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