第七話 その異名って意味分からないもんね②
「……で、愛しのジーク君がベルゼブブの所に行っちゃったからそんなに不機嫌なのですか?」
「うぐっ!!」
魔城ニヴルヘイムの外。
大広間と執務室と150を超える数の悪魔達が生活できる部屋がゆうに入るほどの広大な城を、もう一つ新たに立てられそうなほどの敷地面積を有している庭の一角にポツリと存在しているカフェテラスにリリスは腰掛けていた。
傍らには人間街から帰ったばかりのグレシールが甘々コーヒーを啜りながら苦笑している。
ジークがベルゼブブの元へ向かってからまだ数時間も経っていないが、リリスの精神的苦痛はそれでもマックスに近づきつつあった。
このままでは溜まりに溜まった仕事も片付かないだろうと気分転換に誰にも見られないようにこっそりカフェテラスに向かっていた所でグレシールにばったりと遭遇したのだった。
「というより、こうして休憩しているぐらいならリリス様も同行すればよかったのではないかしら? ベルゼブブの城ってそんなに離れている訳じゃありませんし」
「そうしたいのは山々だったんだけどねー」
ストローに息を吹き込みながらグデッとテーブルに突っ伏しているリリス。
本当はジークが城から出て行って直ぐに後を追おうとしたのだが、事前にカミオの手が回っていたようで城中の悪魔が総出となって道を塞がれてしまった。とはいえ、この世界の魔王たるリリスが少しでも本気を出せばどうにかなったのだが流石にそこまで大人げない行動を取る訳にはいかない。
魔王とはいえ人望を失ってしまえばどうにもならないのだから。
「うーうーうー」
「はいはい。そうやって女子力ゼロの呻き声を上げないで下さいませ。……はぁ。まぁあの殿方には私も興味がありますし、少しぐらいならば協力して差し上げますわ」
するとウェーブ金髪をテーブルに広げていたリリスがグワッ! と顔を上げる。
「マジで!?!?!?」
「……その食いつきぶりは少々引きますわ」
グレシールはハァと溜息を吐き、空いたテーブルの上に先の尖った爪で紋様を描いていく。
「……それは、遠距離通信用の魔法?」
独特の紋様のパターンを見たリリスがそう口にする。
三重の円の中心に正五角形を二つ重なり合わせた図形が入っている。三重の円の間と正五角形の端にはこの世界で悪魔のみが使用している言語が書かれていた。
(……見た事のない紋様ね。基本的にはさっき思った遠距離通信用っぽいけど細微が微妙に違っているわ。これはグレシールのオリジナルかしら?)
「うふふ、リリス様が理解出来ないのも無理はありませんわ。何せ、これは私が数年もの歳月を掛けて完成させた魔法ですもの。名付けて【除き窓】! これを使えば遠く離れた相手の様子を一方的に監視できるのですわ」
「うわー、嫌な予感がビンビンきちゃってるんだけど。グレシール、それって何の為に使っているわけ?」
「決まっていますでしょう! チェックしておいた殿方が空いた瞬間を狙って夜這いする為でうわ。独身男性なら何も気にする事などありませんが、既婚ともなれば厳重な警戒が必要ですからね。不必要ないざこざを起こさない為には必要でしたのよ!」
と、豊満な胸を張って自慢するグレシール。
新規で魔法を生み出すなど相当の根気と技術や知識が必要になる訳で、その事を考えればグレシールは天才の部類にランクインしていてもおかしくはないのだ。だが、その下地というか素の部分、悪魔としての本質が不純過ぎるからどうしても認めたくはない。
カミオも言っていたが悪魔とは欲望の塊だ。
悪魔としては清廉潔白を自称するリリス(ショタコン)よりも、堂々と男漁りをしているグレシールの方が正しいぐらいなのだが、こればっかりは善悪以前に好悪の問題だった。
「本当に妙な問題だけは起こさないで頂戴ね。今だって仕事仕事で大変なのに、これ以上増やされたらたまらないわよ」
「うふふ、気を付けますわ。……っと、どうやら上手くジーク君とリンクしたみたいですわよ」
「ッ!! どれどれ!?」
半ばグレシールを押しのけるようにしてリリスが身を乗り出す。
すると、テーブルに描かれた紋様の上に張られた薄い水の膜にジークとカミオの姿が映っていた。
『いくぞーいくぞーベルゼブブのもとへー♪』
頭にカミオを乗せたままのジークは歌いながら楽しそうに歩いていた。
訓練終わりに突然と飛び出していったのだから、当然その格好は第一階級公爵の悪魔とこれからドンパチやれるものではない。手に持っているのは魔王城に乗り込んできた時にも武器にしていた先を軽く尖らせた木の棒。靴はリリスが用意させた革靴なので少しはマシなのだが、それ以外がテンで駄目なので相殺すら叶わない。
「うふふ。ここは……、まだ近くの森みたいですわね。数時間前に出たのだとしたら随分とゆっくりな歩きですこと」
「仕方ないじゃない。ジークはまだ8歳の子供なのよ。むしろ私としてはあそこまで進んでいる事を褒め称えてあげたいぐらいよッ!」
「偏見が混ざりに混ざったリリス様の見解は置いておくとして。これではベルゼブブの城に辿り着く前に日が暮れてしまいますわね。あの森は獣の棲み処になっていると聞きますし、相当危険な状態なのでは?」
「ッ!!!!」
と、興奮気味に立ち上がったリリスの腕をしっかりと掴んだグレシールは強引に座らせる。
「今からリリス様が向かっても間に合いませんわよ。幸いにもジーク君にはカミオが付いているみたいですし、そこまで心配する必要もないのでは?」
柔和な笑みを浮かべて会話しながらグレシールの手はリリスの腕を放そうとはしない。実はこのグレシールという悪魔、階級でいえば第七階級公爵に当てはまるほどの存在だった。つまり悪魔の中でリリス・ベルゼブブ・レビアタン・アスモデウス・バルべリス・アスタロト・ヴェリーヌに次いで強力な力を持っている。
リリスもそれでいくらか頭が冷めたのか、ごほんと咳払いをし、
「いやー、ちょっとだけ取り乱してしまったみたいね。ごめんごめん」
「いやいや、私のほぼ全力で抑え込みましたからね。あれでちょっとだけとか、他の雑兵みたいな悪魔が聞いたら泣き崩れますわよ」
「おッ! 何かジーク達が立ち止まったみたいよ!」
「……聞いていませんし。……はぁ、私がツッコミに回るなど異常ですわよ」
グレシールは水膜に映っているジークの頭に乗っているカミオに視線を向け、
「これを普段から行っているのだとしたら、カミオさんの苦労が少しは理解した気がしますわ」
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