第十五話 カマセじゃない第二位の強さって半端じゃないよね②
「……一先ずここなら平気か」
ジーク達はベルゼブブに手を引かれる形で城下街の片隅に連れてこられていた。
険しい表情を浮かべているベルゼブブとは対象に、ジークとカミオにはまるで状況を理解できていなかった。
それはそうだろう。理由も説明されず半ば無理矢理に連行されたのだから。
今は人の喧騒から離れ、商店と商店の間にできた路地裏のような場所に隠れている。
「い、いったいどうしたというのですか?」
もはや定位置になりつつあったジークの頭から離れて、慣れない飛行をしていたカミオが息も絶え絶えになりながらベルゼブブに抗議する。
ベルゼブブは路地裏の隙間から賑やかな商店のある通りを覗きながら、
「オレとしては鳩野郎が気付かない事の方が悲しいぜ。ジークは人間だから仕方ないにしろ、お前はれっきとした悪魔だろうに。リリスのやつ、部下を甘やかし過ぎなんだよ」
「ちょっと待ってください。意味がさっぱり……」
「本当に気付かないのか? この、身体中に纏わりつくような気持ち悪い魔力を」
「……何ですと?」
飛行したままでは疲労度が増していくだけと判断したカミオは、ジークの頭の上に着地すると、意識を集中させた状態でベルゼブブの視線を追う。
そして絶句した。
先ほどまで人の賑わいで溢れかえっていたはずの城下街が、途端に静寂に包まれたのだ。あれほど通りを行き交っていた人の姿など、今となっては残滓すら残っていない。
活気も、喧騒も、言葉すら一瞬の内に消え去った。
騒がしすぎる夢を見たせいで、誰も行動していない夜中に目覚めた時の感覚にそれは近かった。
だが、勘違いしてはいけない。
カミオの視界から居なくなったのは、先ほどまで商店で売り込みをしていた男性達や、売り文句に釣られた旅人、城下街に住んでいると思っていた人達だけであって、何も人の影一つなくなっているという訳ではないのだ。
今でも商店には人影が残っているし、通りを歩く姿も見える。
とあれば、そこに居る者達は何が違っているのか。
答えは簡単だ。
「……骸骨? どうして人間が骸の兵にすり替わっているのですか!」
そう、さっきまで生きていたはずの人間が、骨を接ぎ合わせた人型の生物になっていた。
ベルゼブブはなおも通りに視線を向けながら、
「違え、お前らが最初から認識をずらされてたんだよ。多分このドロッドロした魔力が原因だろうな。街の中に入った奴らに、最初から設定しておいた幻覚を見せる魔術結界みたいなもんが張ってあったんだろ」
「で、では、この街に住んでいた者達は?」
「もう自分の頭で理解してるくせに、言い難いからってオレに言わせんじゃねぇよ。まぁ、間違いなく生きてはいないだろうけどな。住人があの骨野郎になったのか、全部焼却されちまったかは分かんねぇけど」
「…………」
カミオは言葉を発することが出来なかった。
それは、自分が幻覚にはまっていたからか、それとも惨殺された住人を思ってか、それともこの所業を行った誰かに怒りを覚えたからなのかは当人でも分からなかったが。
それでも唯一マシだと思えるのは、この光景をジークが見ていないという事だけ。
ジークは今でも幻覚に囚われた世界を眺めて歓声を上げている。
だけど、それは決して悪いことではない。
齢8つの子供が見るにしては、少々どころか流石に過激すぎる。
光景がではなく、この状況がだ。
「正直に言っちまえばオレも結構ヤバかった。なんせ、この街に入った時からあれが人間にも骸骨にも見えてたんだからな。あん時はどっちに転んでも不思議じゃなかった。だけどジークに果実を渡そうとした商人を見た時にハッキリと幻覚が解けた」
「どうしてあの商人で? あの時点では疑問を持つ点はなかったように思いますが」
「そいつの腕に蛇の紋様があったって言えば理解するか? 嘘をついた蛇と赤い果実、オレ達の起源にもなってる本の中じゃそれは何を意味してるもんだ?」
「…………アダムとイヴの禁断の果実」
原初の人間であるアダムとイヴ。
ヤハウェによって創造された彼らだが、狡猾な蛇によって食べてはいけないと命じられていた善悪の果実を口にしてしまった事により人間性を取得する事になる。
だが、人間性の取得とは良い意味で使われてる訳ではない。その実を食べたせいでイヴは妊娠と出産の苦痛を感じるようになり、アダムは呪いによって労働をしなければ食料にありつけなくなったのだ。
「まさか……あれがその果実だと?」
「いや、そうじゃない。大事なのは果実そのものじゃなくて記号的な意味合いだ。狡猾に人を騙して果実を食わせようとする蛇と果実を食べた人間、そのキーワードさえ揃えれば発動する術式が街中に組み込まれてるんだろうな」
「それは……」
「禁断の果実が与えた影響は人間性の取得だけじゃない。果実を食べたアダムとイヴはそれからどうなった? 楽園の中で暮らしていたか?」
ゾクリ、とカミオの背中に嫌なものが走る。
「そうじゃないよな。もしそうだったなら、今頃人間に寿命って概念はないだろうし、こうして大地に住んでいる事すらないんだから」
だとしたら。
この街にそんな術式を組み込んだ者の真意は。
「追放術式。ま、名付けるならそんなとこだろ。追放っつってもこの街から追い出すだけじゃない、恐らくは現世からの追放って意味に曲解したうえで組み込んであるはずだ。果実を食べた奴を問答無用で消し去るんだろう。アダムとイヴの追放をモチーフにしてるなら悪魔でも逆らえないほど強力なはずだ」
「……いったい誰がそんな術式を」
と、カミオが呟いたその時だった。
「あははははははははは! バレてしまうとはまさかの予想外でしたっ!!」
カミオ達の上空から声が降ってきた。
正確にはウェーブがかった淡い紫色の髪をもつ黒人女性。
先ほど別れたはずのアスタロトという悪魔が、彼らの上から跳躍してきた。
いや、跳躍しているのは彼女自身ではなかった。
正確には彼女が乗っている、体長10メートルほどの巨大な爬虫類が屋根と屋根の遥か上を飛び、カミオが乗っているジークの真上から一直線に降りてきた。
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