第十六話 カマセじゃない第二位の強さって半端じゃないよね③


 音が。

 視界が。

 それ、の着地と共にまとめて吹き飛ばされた。体長10メートルほどの巨大な爬虫類によって衝撃の嵐が巻き起こされたのだ。近くにあった商店の壁は崩れ、砂煙が砲弾の如き勢いで四方八方に荒れ狂う。

 その直前に動けたのはベルゼブブだけだった。

 唖然としている余裕さえなかった。

「ッ! クソッタレッ!」

 咄嗟にベルゼブブがジークの首元を掴んで放り投げる。

 投げ捨てられたジークは流れのままに地面を転がったが、あの巨大爬虫類の下で肉塊になっていたかもしれなかったと考えれば充分にマシな結果といえるだろう。

 通りを動いている骸骨達は事前にインプットされた動きしか出来ないのか、突然現れたジークに興味を視線すら示すことはなかった。

 だが、そちらに気を配っている場合ではない。

 ベルゼブブの眼前。

 もうもうと立ち込める粉塵の中に、この災害を一瞬の内に引き起こした怪物が居る。


 悪魔アスタロト。

 

 第一階級公爵ベルゼブブの僕であり、蠅騎士団トップクラスの実力者である彼女は、先ほど別れた時と幾分違わぬ表情で粉塵越しのベルゼブブを見つめていた。

「あらあら、これはこれは。またもや失敗ですか」

 ベルゼブブからはアスタロトの表情は見えない。

 だが、言葉の中から確かな悪意だけは受け取れた。

「んー……、どうにも未来というモノは巧く転がってくれないものですね」

「……、」

「これでは街の住人も浮かばれませんよ。足りない演技力は私の方で補ってあげたとはいっても、自ら望んで受け入れていたというのに。あーあ、最初からやり直すなんて出来ない一回こっきりのチャンスをふいにしてしまいました」

「つまり……、なんだ。お前が全部やったのか?」

「質問の意図が不明瞭ですよ」

「お前がこの街の人間達を殺した後に骸の兵に変化させて操ってたのかって聞いてんだよ! わざわざジーク一人を殺すだけのために!!」

「ま、それも失敗に終わりましたけどね。やはり小細工は性に合わないようですね、私は。先ほども申し上げましたが元々戦闘寄りの性質ですから。こうして相棒を従えて正面から突っ込む方が気楽でいいですね」

 ベルゼブブとアスタロトを隔てていた粉塵が晴れていく。

 黒人の彼女は自身の何倍もあろう生物の背に乗って笑う。

 よくよく見てみれば、それは巨大な爬虫類ではなかった。

 ドラゴン、とでも呼ぶのが正しいのだろうか。日本語での竜とは違う西洋風のドラゴン。コモドオオトカゲを更に巨大化して、二足歩行を可能にし、その両足で全体重を支えるためにもう一回り太股辺りから下を太くした生物。全身を覆っているのは鱗のような皮膚だが、そちらも肉体の巨大化に耐えられるよう強度が増されているに違いない。

 こんな生物が人間の街に降り立ったならば、半日と経たず陥落することだろう。

「さて、これで皆殺しの時間は終わりです」

 アスタロトはそう言うと、ドラゴンの背を足で叩く。

 伝説と神話の象徴ともされるドラゴンを、まるで下僕か奴隷を扱っているみたいに。

 その瞳が指すのは、通りで倒れているジーク。

「……させると思うのか、このオレが」

「逆に聞きますが、まだ『お前』は私に勝てると思っているんですか?」

「あん?」

 ベルゼブブが怪訝な表情を出したその瞬間だった。

 トントン、とアスタロトがドラゴンの背中を叩く。

 それが合図となった。

 メキメキメキッ! とドラゴンの脇腹少し上の辺りから5メートルはありそうな翼が顕現する。それも左右に一つずつ。鳥類の羽というよりは背中に馬鹿でかいコウモリがくっついたような形状だった。その翼は両脇にあった商店の壁を無理やりに崩しながら伸びていく。

「ドラゴンとは単なる爬虫類の進化形ではありません」

 ベルゼブブは横目でジークの位置を確認する。

 あの位置関係ならば壁の崩落に巻き込まれることはないだろう。というか、わざわざそういう位置に投げ込んだのだから当然ともいえるが。

「あらゆる神話や伝承にも度々その姿を現している、いわば誰でも知っているメジャーな伝説。ドラゴンは攻撃をしません。単に息を吐くだけ、腕を振るうだけ」

 目の前のドラゴンが動く。

 巨大な生物は得てして動きがノロマという印象だが、そこまで伝説の生物は甘くない。

 既存の生物とは一線を画しているから伝説であり、畏敬と恐怖の象徴にもなるのだ。

「そして、翼を羽ばたかせるだけ。これでミッションコンプリートです」

 アスタロトの言葉の直後だった。

 ドラゴンの翼が轟音と共にその巨体を宙に持ち上げようと羽ばたき始める。

 黒人女性の言う通り、それはまだ攻撃という段階ではなかったのかもしれない。

 だが、その羽ばたきによって巻き起こったのは暴風だけではなかったのだ。

 

 瓦礫が、岩が、土嚢が、地面が、空気が、果ては形を保てなくなった骸骨の骨まで。


 この場にあった物全てが、燃料要らずで再装填容易な砲弾となって、倒れているジークに襲い掛かっていた。

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