第二十一話 カマセじゃない第二位の強さって半端じゃないよね⑧


 その攻防を、カミオはただ立ち尽くして見ているしか出来なかった。

 

 無理もないことだ。

 

 ベルゼブブとアスタロトの攻防は、並の悪魔が介入できる次元を大きく超えていた。下手に手を出そうとしていれば、その時点で悪魔としての核を砕かれて塵芥と化していたかもしれなかった。――意識をこちらに向けられず、流れ弾程度のことで。

 第一階級公爵と熾天使の戦いは、その次元にあったのだ。

 もはや神話の一部と呼称しても何ら間違いではなかった。


 ――もはや終わってしまった戦いではあるが。



「――さて、これで邪魔者は消えてくれましたね」

 その、妖艶でありつつも明確な敵意を含んだ声を聞いて、カミオは呆然としていた意識をどうにか持ち直せた。

 それと同時に、現在置かれている状況がどれほど危機的なのかも理解してしまったのは、幸か不幸の二択で考えれば、確実に不幸だったといえる。



 ――ベルゼブブは死んでしまった。

 これだけは間違いない。手を出せず、ただ見ているだけだったカミオにも、それぐらいは判断できた。天使の恩寵を含んだ熾天使の攻撃に身体を切り刻まれ、黒い光に飲み込まれるように蒸発してしまった光景をみていれば、彼女の生死に疑問を含む余地はない。

 

――ジークは未だ気を失ったまま。

 こちらに関しては起きていようと関係がないのだが、忘れてはならないのは、アスタロトが最初に殺そうとしていたのはベルゼブブではなくジークだったということ。見方によっては単なる謀反やクーデターにも思える彼女の行動だが、それだけではジークをも殺害しようとする理由には足りない。

 ジークの特異性、他の勇者や人間達とは違う部分。

 わざわざ第一階級公爵を敵に回してまで執拗に狙う理由。

 たった一つしかない。

 それはリリスからの寵愛を受けていること。この子供に敵意を向けるということは、それは曲がりなりにもこの世界の魔王へ反逆した者という烙印を押されてしまうのと同義だ。

 それをアスタロトは狙っているとでもいうのだろうか。

 リリスは魔王であると同時に原初の悪魔でもある。

 戦闘力の面だけを考えればベルゼブブすらも大きく凌駕しているのがリリスだ。

 熾天使の能力があるとはいえ、容易に勝てる相手ではないはずなのに……。


 と、思考を巡らせようとしたその直後。


 カツンと音が鳴った。

 見れば、それはアスタロトがこちらに向けて歩き出した音。

 悪魔と天使のハイブリッド的存在である彼女の意識が、こちら側へと向く。

 それだけで、ゾクンッッ!! と、それだけでカミオの全身に感じたことのない寒気が襲い掛かった。

 生物としての本能が、この場に留まるのは危険だと発している。悪魔とはいっても、カミオは極めて事務的な部分を司る悪魔であり、人間程度になら負けはしないが、それでも一対一で悪魔と戦闘すればボロボロにされるレベルのスペックしか持ち合わせていない。

 ましてや、第一階級公爵をほぼ圧倒した熾天使が相手ならば、勝負にもならず――いや、戦おうと思うこと自体がおこがましい。

 故に、カミオが取れる最善の選択肢は確定していた。

 

 逃げるしかない。


 逃げ切れるのかという疑問は残ってしまうが、ここで無暗に勝負を挑むよりは確実に生き残れる可能性が高い。別に、カミオがジークを命懸けで守る必要なんてどこにもない。リリスが溺愛しているからといって、どうしてカミオが死にに行かなければならないのか。

 そう決意して、カミオはちらりと背後の少年を見た。

「…………」

 気を失ったままのジークは、ここでカミオが逃げても起きるはずはなく、意識を取り戻す前にアスタロトに殺されてしまうことだろう。

 負い目を感じる必要なんてない。

 ここで逃げたって、責める資格は誰も持っていない――リリスでさえも。

 最初からカミオには荷が重すぎる連中だったのだ。ベルゼブブもアスタロトも、並の悪魔なんかとは一線を画す存在だったではないか。そんなにジークが心配なら、もっと戦闘寄りの悪魔でも近くに置いておけばよかったのだ。むしろリリス自身が近くに居ればよかった。

「……ッ」

 もうカミオに躊躇する理由はなくなった。


 これ以上の時間は必要ない。


 これ以上、理由を探す必要なんてない。


 とっくに、それこそ最初から決意は固まっていたのだ。

 あとはそれを実行するだけの勇気が足りなかっただけの話。


 だからこそ、カミオは近づいてくるアスタロトへこう言い放った。


「それ以上、この子に近づくのは私が許さない。この警告を受け入れられないというのなら……力づくで止めてみせますッ!」

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